『約束のネバーランド』
1巻が話題になり始めた頃から読み始め「これは面白いわ」と追いかけ続けて、次巻でいよいよ最終巻。
序盤の閉じられた世界のサスペンス的展開から、開かれつつも閉じられた世界に対するアクションファンタジーとジャンルを横断する。
そうした物語の展開はもちろん面白いのだけど、人間と異なる文化を持つ〈鬼〉を始めとした世界観の広がり。そしてエマを始めとした子どもたちの優しさと強さに、胸熱くしながら読み進めていきました。
そんな『約束のネバーランド』(略すると『約ネバ』)の物語や設定、文化の考察本なのですが、がっつり展開を割りつつ、そして気づかなかった細かい場面にも注釈や解説が入れられていて面白かったです。
著者の「仕事だから書いている」感じではなく「好きだから書いている」という感じが伝わってくるのが良い。
大まかなテーマは三つ。作中の世界観と似ているイギリスの文化・文学との繋がり。作中の宗教観。そしてジェンダー的視点。
イギリス文学との繋がりにおいては『ピーター・パン』との繋がりの話が面白かった。
物語の展開から「ネバーランド」に込められた皮肉な意味は何となく気づくのだけど、鍵を握る登場人物たちの名前が『ピーター・パン』の登場人物の名前と繋がり、
そこにまた隠された意味があると考察されていて、読んでいて「へー」と思わず声が漏れそうになりました。
鬼の貴族たちの話も面白かった。作中に出てくる鬼の貴族バイヨン卿のモデルになったのではないか、ということでバイロン卿という実在の詩人が紹介されます。そのバイロン卿の友人の恋人が『フランケンシュタイン』の著者メアリー・シュリー。
そうした詩人や作家が集まった貴族のパーティーと、鬼たちの狂気の宴が重ね合わされるのも面白い。
宗教観では作中の〈鬼〉の宗教観とユダヤ・キリスト教の類似性について語られます。
イエス・キリストとムジカの対比は、実際に読んでいる時も感じるところがあって、興味深かったのだけど、鬼たちの独特の髪型に関する考察、そして遺跡に描かれていた絵画に対する考察といった細かいところが特に面白かった。
特に遺跡の絵画については、そんなところ気にしたこともなかったので、「ここも拾うのか」と著者の戸田慧さんの『約ネバ』に対する本気度がうかがい知れます。
そして鬼たちの世界の神というべき存在は、なぜ発音できない言語で呼ばれているのか。このあたりの設定の考察も詳細で読んでいて、裏設定好きの自分はワクワクさせられます。
そしてジェンダー観について。『約ネバ』は「少年ジャンプ」という言わずと知れた少年誌の金字塔とも言うべきマンガ週刊誌で連載されました。
そこで少年でも、男性でもなく少女のエマを中心として物語が展開されていくのが新しくて、展開と合わせて良い意味で「ジャンプっぽさ」が抜けた作品だと思っていました。
少女が少年誌で活躍する意味。それを物語の要請、そして時代の要請と戸田慧さんは考察します。
アニメなどにおける女の子の活躍や描かれ方の変化というものは、少し前からサブカルの考察でも言われ始めていたと思うのだけど、
その辺を抑えつつ、女性観・そして男性観の議論を『約ネバ』の物語展開、キャラクターたちの個性や性格に落とし込んでいて、これも面白かった。
後、印象的だったのはコラムの『約ネバ』とカズオ・イシグロの作品『わたしを離さないで』との類似点の指摘。
読んでいる時はこの二つを同時に思い浮かべることはなかったのだけど、こうして言われてみると確かに作品のモチーフとして、似ているいるところがあるかも。
そして、似ているモチーフでも、二つの作品の登場人物たちの選択や行動というものはまったく違っていて、改めて物語の面白さというものを感じました。
本の中で触れられている宗教観やジェンダー観は、そこまで目新しいものでもないと思うのだけど、それをストーリーと結びつけ『約ネバ』の物語論を作り上げていく過程は、本当に良くできていたと思います。
物語分析とかに興味のある人なんかは、お手本としても使えそう。
最終巻前に改めて『約ネバ』の世界観を堪能できました。改めてマンガを全巻読み返したくなるような、そんな『約ネバ』愛と知識に溢れた考察本でした。