堀越英美のレビュー一覧
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いわゆる日本社会の「全体主義」的な息苦しさを
学校に通う児童を持つ母の目線で、道徳の授業の
内容や、1/2成人式(つまり10歳を祝う)
なる不思議な学校行事を通して、「なんかオカシ
クね?」とライトに突っ込む本は、もっとたくさん
出ていいと思います。
前半は大まかに「そもそも道徳ってどういう内容
が”正しい”道徳として、人々の間でとらえられて
きたのか」
答えってあるの?
後半は「自己犠牲を強いる母性っていつから定着
したの?」という「同調圧力」を醸成しそうな
テーマを扱っています。
道徳なんて型にはめないでも「もっと自由に感じ
ていいじゃん」と、まっとうな社会のアンチテー
ゼを唱える一冊です。 -
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美しい日本語をより楽しむのに役立つ、奥ゆかしくエモい古語辞典です。
1654の近世語を含む古語が収録されています。
辞書として引いても良し、読んでも楽しい一冊。
外道丸(酒呑童子の幼名)が美少年だったことや、俳優(読みはわさおき)という語と役が古からあったことなど、大変勉強になりました。
以下、印象に残った語を引用して結びとします。
『愛で騒ぐ』=萌えて大騒ぎすること。
『うべなうべな』=なるほどなるほど。
『俳優』=わさおき。面白おかしく歌って踊り、神や人の心を楽しませる人。
『婆娑羅』=派手に見栄を張る事。
『審神者』=さにわ。古代の祭祀において、神の言葉を解釈し伝えるもの。
『已己巳己』=いこみき。似ているもの。 -
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ネタバレタイトルに惹かれて読みました。二児の母でもある著者が、既存の教育や「道徳」の価値に疑問をもち、異議申し立てる?内容です。私はしがない一公立中学校の教員で、教科化された「道徳」の授業を行いながら「なんだかなぁ…」といつも思っているので、同意できる部分がたくさんありました。
現在の学校教育、国語教育、道徳教育が、なぜ今のようであるのか、歴史を紐解きながら分析している。
要するに、学校教育というものは国家権力により「こんな国民を育てたい」と思って方向づけられるものであるから、戦時中なら国のために犠牲になる精神を良しとし、そのような人をたたえて感動をあおるようなお話をみんなに読ませてきたわけだし、逆に戦後は個人を大切に~と言いながらも社会規範から逸脱しないような教材を選定してきたわけだ。
で、子どもたちの心のよりどころとして「神」も「国家」も「天皇」も不適切となったこの時代、「母への感謝」ならば大抵の子どもにあてはめられるから、「母性と自己犠牲」がもてはやされ、様々な教材となって国語や道徳の教科書に掲載されている。
新見南吉の「ごんぎつね」や「スーホの白い馬」は教科書の定番だが、この作品についても著者ならではの鋭い視点でツッコミを入れていて興味深い。
本書は2018年刊行だが、2025年現在、著者が「問題だ」と言っているような巨大組体操はもう行われていないし、PTA活動もどんどん縮小され、入らなくても良くなっているし、「2分の1成人式」も流行りが終わったみたいで我が子の学校では実施されなかった。部活動も地域移行が進みつつある。PTA活動は男の偉い人が「母親を教育すべし」と考えて始めたもの、組体操は軍事教練の一環だった、など、なぜこういうものが生まれたのか歴史をたどってみれば、これが今でも「伝統」とされるおかしさに気づける。
運動会のありようについても、子どもたちの一生懸命な姿をいちばん真正面から見ることができる場所に「来賓席」が設けられて、肝心の保護者は正面から見ることができない…というおかしさも、なるほど~運動会って昔こういう理由で始まったから、地域の人に見せる必要があったのね…となるので、今はもうなくして良いのでは?と思った。(来賓席なくせって、教育委員会に提言しようかな)。
著者のように「なんか、流行っているけどそれって本当に大丈夫?感動の強制じゃない?」とか物申してくださる方がいて、世界はより良い方向に向かっている、と信じたい。
↓以下引用
自我を捨てて子どもに尽くす「母」は美しい。だからこそ恐ろしい。戦後、愛国心には警戒が払われるようになったが、母性幻想は無批判のまま生き延び続けて少子化を招いている。母性幻想に取り巻かれる現代の一個人が再びファシズムに巻き込まれないためにできることは、自我や自意識がまったく美しくなく、みっともなくて目が当てられないものだとしても、そういうものだとして面白がって愛し、他人のそれもまた愛することではないだろうか。私たちは皆それぞれに自我がある個人で、黙るのでもなく黙らせるではなくぶつかり合いながら、どうにか調整して生きるしかないのだ。「母親だから」と母性幻想の持ち主に自己犠牲を求められたら、ふてぶてしく突っぱねて、女や母親にも自我があることに慣れていただこう。それが世界平和への道だと考える次第だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者はきちんと自覚していて、本文にもむろん書いてある。だからこんな書き方はいけないと思うんだけど、「白人で、勉強ができて、アカデミックな世界にいられて、高い水準の給料を得られている」というのは、ASDとか、割り当てに合わない身体のつらさとかを加味しても……なんというか。属性(?)として強いんですよね。だから「『そこ』へ絶対に到達できないひと」にかれが連帯と呼びかけを行うことにモヤっとしてしまう。
必要でだいじだし、現状世界を牛耳っている白人シスヘテロ権威男性に対して立ってくれる、紹介してくれるのはとても素敵なことだし、アドバイスも実際に役にたつ。
けれど、「既に、権威に踏みつけられて息も絶え絶え」な層にとっては、立ちあがろうと、連帯を、かれの立場からいわれることがしんどい。
ヤマトも男性主権・家父長制主義・帝国主義的で、「兵士として国に対し生産的行為を行わないものは不要」という考えのもと、一般のひとまで自己責任論(≒医療モデル)から出ない。自分が擦り切れるまま働かされるのを止められないまま、弱いひとを捌け口にしてしまう。
それに、ネットでちらっと見ただけだけど、政府は社会モデルを歪曲して伝えているフシがある……
ベル・フックスじゃないけど、利益を「搾取差別抑圧している対象に怯えつつも転換ができず享受しつづける」状態がつづくかぎり、抵抗も生存も、アンマスキングもハードがすぎる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最近のヒーローは、ただ強いものではなく、他者をケアする学級委員的な「いい子」だ。
家父長制を助長する今の右翼な政権与党に対し、個人主義を推し進める資本主義がアンチテーゼになるとしたら、個人をケアしつつ全体も守るネットワークを作ろうとすることは、まさにプレモダン→モダン→ポストモダンの弁証法的なあり方だと思う。極端に走るのではなく、中庸を。私も大事、あなたも大事。個人も大事にしつつ社会も守る。家族だから大事にする、友達だから優先する、と言った排他的な「愛」ではなく、包括的な「親切」が今、大切にされようとしている。本当にそんな世の中であればいいなとは思う。右翼な与党が前近代すぎてムカつくわ。 -
Posted by ブクログ
それにしても圧倒された…。同じお母さんでも、こんなにオールラウンドな生き方があるなんて。全員分(メインの11人とプラスアルファ数名)振り返っていかないと明確に思い出せないくらい、濃密で多種多様だった。
この1冊で世間が求める「母親像」(献身的で慈愛に満ちている)が、いかに手狭でみみっちいものであるかがよく分かる。
「自分を貫いて独自の育児をする母親」を本書では「スゴ母」と呼ぶ。
歌人 岡本かの子(岡本太郎の母)やA.リンドグレーン(『長くつ下のピッピ』作者)など古今東西のスゴ母を集結させ、悩める母たちの自己肯定感に拍車をかけたい…同じ母の肩書を持つ著者は、そうした目的で執筆されたようだ。資料集めも大変だったろうに、まるで一人ひとりの人生を目の当たりにしてきたかのように鮮明に書かれていた。
「男性がどういうものか、これでよくわかります。(……)なぜ、頼んでもいないのに、罪のない者の平安を乱すのでしょう」(マリー・キュリー/物理学者・化学者)
上半期ベスト本に選んだ『化学の授業をはじめます。』(ボニー・ガルマス著)を想起させるスゴ母が2名いる。マリー・キュリーとリリアン・ギルブレスだ。
キュリー夫人は2度もノーベル賞を受賞した凄腕物理学者だが、超多忙なため子育ては舅に委任していた。そして彼の死後は科学的見地に基づいた教育を施すこととなる。
「脳科学の観点からも理にかなう」体育を重視したり、娘たちへの手紙に数学問題を書いてよこしたり…。男性に振り回されたり、得意分野を活かした子育て術や反抗せずに合わせてくれる子供たちは、まさに『化学の…』の母娘そのものだった。
リリアン・ギルブレスは心理学者だが、職場や家庭における時短術を追求し、フットペダル付きゴミ箱等の時短アイテムを数多く開発した。
『化学の…』の主人公エリザベスは調理を科学的に分析していたが、「生活を科学する」という意味ではギルブレス氏も共通していると思う。「手間暇かける=美徳」と考えがちな日本人にとって、ギルブレス一家の日常は大いに参考になるのではないか。
「ママはどんなときでもあなたたちの味方よ。[中略](←ここに書かれていることがまた面白い!)だから、どんなに悪いことをしたときでも、いってちょうだい」(山村美紗/推理作家)
肉親の趣味に付き合い、それが自分の得意分野になった母もいれば(山村美紗)、「家庭へ入るとともに世間との交渉を断たれ」た母(青山千世/山川菊栄の母) もいる。
自分は母親でも何でもないけど、人間として仰ぎたくなる方も少なくなかった。たとえパートナーがいなくなっても自立していて、まさに「どこへでも行ける」。
そして世間の母親像から逸脱しようとも(目に余るDVやネグレクトをしない限り、多少外れてても良いと個人的には思う)、皆子供のことを気にかけ愛している。
以前読んだ育児書にも書いてあったが、親の第一の仕事は無条件に子どもを愛すること。
愛情だけは何があっても手放さず、更には子供たちを立派に育て上げた…。その御業こそが「スゴ母」と呼ぶに相応しいだろう。