吉野朔実のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
解釈というのは人それぞれで、これを双子の近親相姦ものとして
読むのはひとつだと思う。
ただ、17話目のタイトル「Juliet's children」を見たときに
わたしはああ、この物語の主人公は実はお母さんだったのかと
思い、はっとしてしまった。
ここからは半分わたしの想像なのだけれど、
こう考えたらわたしはなんだか納得してしまったのだ。
・・・自分も実の兄と関係を持ち、子を宿してしまった彼女。
自らの過ちを悔い、心中を計るも愛する人に一人取り残されてしまった。
やがて彼女は生まれてきた息子に愛する人と同じ名前をつけ、
溺愛するようになる。しかし、反対に自らの名前をつけた娘は愛することができない。
彼女には自己の分身である娘の存在がみえないのだ。
娘を愛することのできない母と愛を知らずに育った娘。
娘は双子の片割れ、父親の分身である水を愛することで内面の歪みと必死に釣り合いをとろうとする。
水を中心にして保たれる危ういバランス。
その均衡は母がこどもたちが同じ轍を踏んでしまったことに気づいた時
崩壊する。そして彼女は自らの業の深さを知り愕然とするのだ。
彼女の死顔は幸せそうだったらしい。
きっと愛する人のところにいける喜びに満ちていたのだろう。
だが、それでは残された娘はどうなるというのだ。
彼女は、下田に出会い閉じられた世界の外側に道があることを
知った。水も少しずつ歩みだそうとしていた。
しかし、母親の死には一瞬で全てを拭いさる破壊力があった。
・・・これがtragic endingだとは思わない。
蛍は自らの眼で自らの意思で、もう一度世界を見ようとしているからだ。
ただ、読み終わった後にどうしようもないもやもやと、
やりきれない感じが胸に残る。
だが、わたしはこの物語を何度でも読み返すのだろう。
運命ではなく、自らの意思で道を切り開くために。 -
Posted by ブクログ
こころに残った言葉
しかし 失恋自体が不幸であるとは限りません 不幸とは むしろ その処理の仕方にある
失恋を失恋として 痛みを痛みとして
結果を 事件を それはただひたすら 受け入れることしかないことに 納得できない時
不幸は始まるのです
恋をしたことがない それは恥ずかしいことですか?
恋をするのが当然だと思い込んでいませんか?
しなくたっていいんですよ 人が言うほど当たり前じゃないんだから
でなけばTVや映画に あれほど恋愛物が多いはずがない
運命の恋人に会った者に 他人の物語は必要が無いんです
本当に恋をしている者も 本物の恋人を持っている者も 人が言うほど多くはない
大多数は いるはずだ 好きなはずだと 思い込んでいるんです
それでも他人とつき合うことはできるし 結婚は出来るし子供も出来るんです
そう 至福ではないにしろ 幸福です 本質的事実に気づかなければなおよろしい
しかし あなたのように はずやつもりでは 人とつき合えない人間は
むしろ至福を得る可能性が高い 欠乏感が強い方が 必要なものを得やすいというのが理屈です