平良アイリーンのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
表紙の女性に惹かれて手に取った。
裸足でソファに座り、“今“を楽しみにっこりほほ笑む女性。
彼女は著者のKRさん。
ホ・オポノポノという言葉は以前から知っていたので興味深く読んだ。
それは古くからハワイに伝わる、自分一人でできる問題解決法である。
こころにうかんだ記憶や考えは、良くも悪くも分厚い眼鏡と同じ。
人は物事を、自分の眼鏡を通して見るのが常である。
(その眼鏡は智慧とは違う)
眼鏡は外しても外しても、無意識にまたかけてしまう。
例えるならば、ホ・オポノポノは、眼鏡を外すときの決まり文句を唱え、
それを習慣化し、こころを無色透明にすること。
白色は無垢な色という意味があるが、すぐ、他の色に染まってしまう。
かといって、防汚加工された白色では、頭の固い人間の様子と同じ。
こころは白色ではなく、無色透明であるべきなのだ。
なぜそうあるべきか、実践しているうちにわかってくる部分もある。
自分の中がクリアになるほどインスピレーションが湧く、という方式も。
(まだそこまでいってないけど。)
眼鏡を外すことは、潜在意識にある膨大な記憶に振り回されることがなくなること。
潜在意識にある自己の存在に気がつかないまま、幼少期のトラウマや前世を調べたりすることには意味がない。
膨大な記憶や体験により固まってしまった価値観をまっさらにするのだ。
よしもとばななさんとKRさんの対談もあり、それは意外だったのでとても嬉しかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ現代日本人は宗教などスピリチュアルなものに対して穿った見方をする傾向にあると思う。
ホ・オポノポノをネットで検索してみても、まるで超能力や、これを信じれば全てがうまくいくかのような書き方をしている記事も多くヒットし、誤解を得やすいのではと思った。
また、「ありがとう」「大好き」は兎も角も、「ごめんなさい」だけでなく
「許して下さい」となると、受け入れにくい人も多いのでは。
キリスト教圏では当然の告解も、ちょっと日本の文化にあてはめると
意味がずれてしまう気がする。
だが、本当は日本人にはとても共感できる内容のはずなのだ。八百万の神を信じ、針や人形などの物にも魂が宿っていて
神社から貰ったお札などを身につけて有難いと思う。
そこに込められた願いや思いを素直に聞き前を向いて生きる。ただそれだけのことなのである。
特に、ばななさんとKRさんの対談はとても面白かったし、わかりやすかった。
ばななさんの日本人として、作家としての言葉はとてもシンプルに間違いなく響いてくる。
グリーンの靴下の例など、本当に理解しやすいし、
ただ唱えていれば万事解決する呪文なのではなく、クリーニングして見つめつつ、必要な行動はきっちり起こすというのが本当に大事だと思った。
自分も、ばななさんほどではないが
自分の直感を信じてインスピレーションで動いたり、周りから見れば些末なことにこだわったりして、おかしい人であったし
自分なりのホ・オポノポノをやっていたのだと思う。
難しかったり怪しかったりに聞こえる人もいるかもしれないが
ホ・オポノポノだけでなく、古来からの風習や迷信や宗教や、いろんなことでも言っている基礎のことは同じで
よく見てよく考えて、澱は流して楽しく日々を生きること
ただそれだけなのだなと感じた。 -
Posted by ブクログ
読んでいてとても心が落ち着いた。自分の心、ウニヒピリの存在を思い出させてくれた本。
印象に残った言葉。
まずは自分の望みを実現させた方がいい。つまり、日々大切に生きていて、いつの間にかたどり着いたところが自分の行くところであって、いつの間にかいるところ以外のところは、ほんとうに自分の行くところじゃないのかなと思うんです。
自分を周りと比べてしまったり、憧れたり、こうある形が自分にとって最高の幸せなんだと強く思ってしまう、それは一つは洗脳されているということ、もう一つは自分の置かれた場所がどうも気に入らず、受け入れられないけど、自分で変えていく気もないということ。
-
Posted by ブクログ
ウニヒピリ、自分の潜在意識との関わりの大切さを感じることができた。
吉本ばななさんの著書をきっかけにウニヒピリ、ホ・オポノポノというハワイの伝統問題解決方法を知った。
これまで、自分のウニヒピリの声に気付かないフリや蓋をしてしまっていたことに気付き、この本を読みながら何度もウニヒピリに謝り愛を伝えた。少しずつ、一緒にウニヒピリの記憶と向き合いクリーニングすることの素晴らしさを実感することができた。
これからも自分にウニヒピリに感謝と愛を伝え続けます。
印象に残った言葉。
あなたがウニヒピリの存在を無視し、何かほかの者に助けてもらったり、変わらせてもらおうとすると、どこがで必ず行き詰まってしまいます。