長沼睦雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ジャーナリングは「意識が高い人がやるもの」「夢や目標を書いてそれに向けて自分をマネジメントしていくためのもの」というようなイメージがありましたが、これを読んで「自分の気持ちや頭の中にあるものを書き出すだけでいいんだ」とジャーナリングのハードルがグッと下がりました。
また、もともと自分の気持ちを紙に書くことが怖い、後から見返したときに嫌になりそう、と思っていてノートに残すことを嫌だと思っていたのですが、この本には「書いたものは見返さないこと」「それでも感情を書くのが怖い場合はその場ですぐに捨ててもOK」とあり、自分の感情を紙に書き出すことへの抵抗がかなり小さくなり、ジャーナリングを始めてみることができました。「捨ててもいい」というのは目から鱗でした。
1つのトピックが大体2ページで書かれており読みやすいです。読書が苦手な方にもおすすめです。 -
Posted by ブクログ
✾感情を手放してラクになるデトックス・ジャーナリング
✾長沼睦雄
✾日本文芸社
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“ジャーナリング×デトックス”
もし、
心のエネルギーが枯渇しそうなら、
即、やってください。
心がラクになる、回復術✧
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人は無理をしちゃう生き物です。
気が付かず無理をしていれば、
感覚が麻痺して、
なんでも『まだやれる』『大丈夫!』状態になります。
が!
それは、もう危険な状態です。
自動車がアクセルとブレーキを踏んで走行してるのと一緒。
壊れます。
だから今、自分メンテナンスを始めましょう。
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“人には言えないようなドロドロとした感情も、脈絡のない言葉も、すべて紙の上に吐き出しす
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それがネガティブな感情や感覚を洗い流し、心のエネルギーを回復させる”
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“脳は最後の手段として体と心に強制的にストップをかける「クラッシュ」
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活動後にバッテリーが切れて再起動できなくなる”
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“「自分と他人の問題の区別がつけられない」という境界線(バウンダリー)の弱さ
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健全な境界線を保つために重要なのは、まず自分の感情と感覚に気づくこと”
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理論と実践について多くの学びを得られます。
そして選んで実行してみてください。
自分理解を深めることで、
自分に目を向けることで、
状況は変わっていきます。
『あ、そうだったんだ。』
迷子な感情たちが居場所を見つけられる本。
推し本な1冊です✧
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私たちの内側の状態は、鏡のように反転して外側の出来事に映し出される
鏡像の法則
大切なのは、出てきた感情や感覚を抑え込まないこと。
人には言えないようなドロドロとした感情も、脈絡のない言葉も、すべて紙の上に吐き出してみてください。それがネガティブな感情や感覚を洗い流し、心のエネルギーを回復させることにつながります。
脳は最後の手段として体と心に強制的にストップをかけることがあります。それが「クラッシュ」と呼ばれるエネルギーの枯渇状態です。このとき特徴的なのが、活動の最中ではなく、活動後にバッテリーが切れて再起動できなくなるような状態(労作後倦怠感)
身体の中では交感神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ)の両方がオンのまま緊張状態が持続し、やがて副腎疲労にいたります。
一次感情(本音)とは、哀しみ、寂しさ、不安など、傷つきやすい本音の感情です。一方、二次感情(反応)とは、怒りや焦燥感(焦り)のように、その繊細な一次感情を守るための「防御反応」として表れる激しい感情です
表面的に出る激しい怒りや、じっとしていられないほどの焦燥感は、実は心がこれ以上傷具かないようにする防御手段にすぎません。その根っこには、必ずトラウマとなって固まっている心の痛み(一次感情)が隠れています。
自分の内側の一次感情に静かに耳を傾け、その良し悪しを問わずに、「教えてくれてありがとう」と受け入れたなら、メッセンジャーは安心して去っていきます
その怒りの根っこには、見られたくない、触れられたくない「心の傷」や、「こうするべきだ」という強い「べき思考」がきっと隠れているはずです
怒りで理性が働くなるほどの激しい感情が続く時間は、長くて6秒といわれています。なので、思わずカッとなったら、まず心の中で6秒だけ数を数えてみてください。
他人の価値観ではなく、自分の本音に気づき、優先すること。
自分の本音を優先すると、自分軸ができ、エネルギーがわいてきます。
「自分と他人の問題の区別がつけられない」という境界線(バウンダリー)の弱さに気づき、他人の価値観は他人のものと認識することで、自分を大切にできるようになるでしょう
感情や責任、価値観などの心理的な境界線とは、「ここまでは自分の領域」「ここからは相手の領域」と、明確に区別するための「枠」です。
健全な境界線を保つために重要なのは、まず自分の感情と感覚に気づくことです
まず自分のコップをきれいな水(安心感、喜び、幸せ)で満たすこと
「アナログ」な入力が心を元気にする
紙の本を読んだり、映画館で映画を観たりといった、まとまった物語に深く共感したり、没入したりする体験
意識は完全に「今、ここ」
まずは「感謝」や「励まし」、「自分へのほめ言葉」といった優しさを心にたっぷりと注ぎ、エネルギーのタンクを満たしておくことが大切
ハードルを極端に下げ、今日という日を無事に過ごせたことに100点を出してみましょう。評価の基準を、他人軸ではなく、「今、自分がここにあること」、つまり存在価値そのものへと移していくのです。
まず大切なのは、すでにお伝えした通り、気づいた心の奥の一次感情に対して、「善悪の判断(ジャッジ)」を一切しないこと、つまり自分が「無(ゼロ)」になって向き合うこと
ジャーナリングを続ける最大のメリットは、自分という存在に対する「絶知的な肯定感」が育まれること -
Posted by ブクログ
ここ10年ぐらいでHSP(感覚や感情に過敏さを持つ人)という概念が日本でもかなり広がった。
この本は、HSPの子ども版とも言えるHSCについて書かれている。
おそらく保護者向けで、親しみやすく平易な語り口で書かれているが、内容は幅広い分野の研究に踏み込んで言及していて、情報量はめちゃくちゃ多い。そういう意味では決して易しい本ではない。
著者は児童を多く診てきた精神科医で、患者を診るにはあらゆるバックグラウンドを考慮して全人的に関わることが不可欠だという信念を持っているようだ。
元々の専門である脳神経的な知見をベースに、身体的・感覚的な視点、心理的な視点、スピリチュアルな視点までも含めて横断的に論じている。
過敏性への理解が深まるだけでなく、子どもの困り感や発達特性を多面的に理解することの重要性が学べる。
著者の臨床に対する姿勢からは、当事者の利益を第一に願う温かさを感じ、好感が持てた。
児童に関わる人で、より専門的な支援に足を踏み入れたい人はぜひ読んだ方がいい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレHSS型HSPというカテゴリーの研究についての本。
とても興味深かったし、もしかしたら自分はここにカテゴライズされるのかもしれないと読めば読むほど思った。
一人で落ち着く時間が必要なのに、退屈が最大の敵であり抑制から逃げ出したい。
繊細で不安がりで心配性なのに、好奇心には恐ろしく弱くて信じられないほど突拍子もないことをしでかす。
そんな両極端な二面性を持て余し、何となく社会に馴染めない気持ちを抱えながら生きるHSS型HSP。
私は多分HSP特性の方が強い。
なのに時折現れるHSSは容赦なく私が整えてきたHSP的安寧を壊し、何もかもを破壊していってしまう。それがあまりにもつらく、HSSの去った荒地に佇むHSPが可哀想でならないと思う。
HSS型HSPは、皆、死ぬ時に後悔したくないと思って生きているのだそうだ。
まるで自分の知らない自分の声を聞いているような気持ちで、立ち止まってしまう時に何度も読み返したい本。 -
Posted by ブクログ
10代の時に起こりやすい心の悩みや諸症状などを、優しく解説しており、よい1冊だと思います。
引きこもりや、不登校などの悩みを、無理やり解決したり、悩んでいる理由をしつこく詮索したりしないように、悩んでいるお子さんの目線で寄り添っている様子が伝わってきました。
敏感に物事を感じる「超敏感気質(HSP)」が5人に1人ぐらいいるという話は、驚きました。私も、急な予定変更に戸惑うなど、「HSP」に当てはまるところは少しありました。意外にそういう悩みを抱えている人は結構いるんですね...。
このような本やインターネットで、十人十色な、様々な人を知り、同じ悩みを抱えている人は1人じゃないということを知る事が大事ですね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレHSPに関するネットコラムを読んで、この著者を知った。
自分はHSPなんだろうなあと思っていて、それに関する書籍を読んだこともあったけれど、なんか腑に落ちなかった。
日々子育てをしている中でとんでもなく辛い時がある。
子供の泣き声とか、喧嘩する声とか、大きな声、高い声に対してある閾値を超えると泣き叫びたくなるくらい辛くなる時がある。
トイレに鍵をかけて篭るか、寝室にバリケードを作って一人になって布団にくるまることでどうにか対処していて。最近では耳栓買おうと思っていて。
子供の甲高い声や泣き声を不快に感じる人は一定数いると思うのだけれど、自分が敏感すぎるのではないか、これがHSPだからなのかを知りたかった。
HSPの人がどうやって子育てをしているのか知りたくてネットサーフィンをしていたところ、上記のコラムと出会う。
そして、著書を早速読んでビックリ。納得できることしかない。
今まで読んだことのあった本はなんだったのだというくらい。
HSPの解剖書であり、取扱説明書であり、対処法のレシピ集なのだ。
共感しかない。
と同時に、また改めて自分のことを知れた気がする。
10代の頃は、"他人から見える自分"ということをいつも考えていたような気がする。
"いつも明るくて元気な私"でいたくて、周りにはそのように振るっていた。
常に明るくテンション高く、笑顔で、ネガティブなことは言わないように。
自分の本当の気持ち、というよりは他者を優先していたんでしょう。
その頃は自分の心に生じる微妙な違和感に、少しだけ気がついていたような気がしたけれど、蓋をする事が出来た。
20代、少しずつ社会が解り始め、なんとなく心もスレ始めて、大学に入ってからは友達が全く出来なくて、いつも校内を一人で歩いていた。他人から一人って思われるのが嫌で誰もいない教室を探したり、辛くなったらピアノを弾きに行ったり、常に音楽を聴いて外界を遮断していた。
授業は最低限の出席で。でもそれでも頑張れたのは、自分自身に対するプライド。出来ない(留年や退学)に負けたくないって思ったからなのかな。
アルバイトでは自分の真面目さが評価されて、自分の居場所があると思えた。やるべき仕事をきちんとしていれば、自分というアイデンティティが保てた。
自分のしたことで誰かが喜んでくれるのもとても嬉しかった。自分は仕事が好きなのだと思っていた。早く社会人になりたかった。
大学を卒業してから社会人になってビックリした。
まず、朝早く起きれない。辛い。自分のタイミングで睡眠がコントロール出来ない。
そして、朝から晩まで職場に拘束され、自宅には実質寝に帰るようなもの。
目を閉じたらまた朝が来てしまう。
金曜日の夕方が一番元気で、日曜日の夜はとんでもなく憂鬱になった。
1日8時間(プラスα)週に5日も働くことが苦痛で苦痛で仕方がなかった。
お昼は一人になりたくて近くの自宅に帰ろうとすると同僚に一緒に食べようと言われ、そのわりに相手は自由に携帯を見たりなんかしていて、しんどくて地獄だった。私は誰かといる時に携帯を見てはいけないと思っていたのだ。
この時間なに、一人になりたい…。。。
雑談が苦手なのだ。
意味のない会話が苦痛で仕方がない。
相手が何に興味があるのかということに関心がないから、質問も浮かばない。
そんな感じでやがて体調を崩し、酒と薬に依存するようになる。
そんな20代。
そして今、30代。
子供が生まれて、子育てに関する本を読み漁るうちにどんどん自分を俯瞰的に、客観的に見れるようになる。
どうして自分がこんなに生き辛いのか。
どうしてこんな風に育って来たのか、生きて来たのか。感じ方をしてしまうのか。
本当はどうしたかったのか、どうされたかったのか。
がんじがらめになった糸を、一本一本ゆっくりと解いていくような。
30年以上生きてきて、ようやく"本当の自分"を解り始めたような気がする。
それは今、夫と子供達という完全に安全な基地の中に居れるからなのだと思う。
(子供達には言葉を選んでるけど)夫に対しては本当に何でも言える。それは夫が何でも聞いてくれるし、何を言ってもフラットに受け止めてくれるから。
私という存在を丸ごと大きな愛で包んでくれてるなといつも感じる。
"健全で安心"を日々一心に感じている。
私は実家にいる頃本当に辛かった。
まるまる自分を肯定された記憶がない。
自分の好き を肯定されたこともない。
母親は特に自分の価値観と違うもの、美的感覚と異なることは容赦なく批判してきた。
羨ましいよね、自分は子供に対して自由に好き嫌いを言えるのに、子供には許さないんだから。
いつでも親の顔色を伺って、機嫌を損ねないように、自分が怒られないようにしてきた。
条件付きの愛情だったなって感じる。
幼少の頃から家を出るまで、良い思い出が本当に無いのだ。
歳を重ねるたび、実家のことを考えるだけで憂鬱になる。数時間実家にいるだけでも心臓がバクバクして、落ち着かなくてとんでもなく緊張してしまう。
辛い。
なるべく穏便に済ませたいから縁を切るとかはしないと思うけど、可能であればもう出来るだけ関わりたくない。
それはきっと、どうして私をこんな風に育てたんだという憎しみと、もっとこんな風に育てて欲しかったという絶対に叶えられない希望に板挟みになってこの感情を上手く昇華させられないからなんでしょうね。
長くなったけど、ここにこうやって書くことでだいぶ心を整理出来るのだ。
この本で面白かったのは、
"HSPは集団で過ごすことそのものに苦痛を感じやすいため、チームで行うスポーツの楽しさが理解できず〜"
というところ。
私は自分がプレイするのは嫌いじゃ無いんだけど、見るのとか、チームでというのがものすごく好きじゃ無いのでかなり腑に落ちました。
中学に入って、"99%の生徒が何かしらの部活に入ってるからどこかに入りなさい"と最初のアナウンスであって。
え、なんでみんな入ってるから自分も入らないといけないの?と思ったのをよーーく覚えてる。
案の定、部活選びに失敗し、中学の時はなんとか運動部に所属してたけど、人間関係で大失敗して、一生運動部なんて入らねーと思った。もちろん友達も出来ないから中学は最高に暗黒期だったな。
小学校の時の友達と離れたくなかったのに、親から強制されて中学受験したのにね。
そう考えると、私やっぱり思春期の頃からもうずっとこれだったんだなって。
そんなことを思いました。
この本に載ってた別のおすすめの本も読んでみるぞー!