オルハン パムクのレビュー一覧
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p445
「もしわたしとあなたがもっと現代的だったら、本当のヨーロッパ人だったら、きっとそれは問題にもならないんでしょうね。でも現実にはわたしたち、伝統に縛られているし、娘の純潔というのは、あなたにとってはとても大切なものでしょうし、他の人たちも敬意を払うべきものなんですものね。
明治時代における日本人の心情に通ずるような気がして、異世界ながらも親近感が湧いた。「西欧的近代化」に対する違和感、焦燥感、反発など、旧式の伝統から脱することができない場面が至るところで感じられる。イスタンブールという街自体が「西欧-イスラム」を象徴していて美しさも感じられた。
恋人を想起させる物品を片っ端から収集 -
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トルコ初のノーベル賞作家オルハンパムクの代表作。
様々な登場人物の独白によってまさに細密画やモザイク画のように物語が紡がれていく。死者や野良犬、絵に描かれた一本の木や貨幣までもが雄弁に語る。壮大な歴史絵巻であり人間ドラマでありサスペンスでもあり。
イスラム世界における芸術または世界観というべきものを垣間見る。自分とは全く違う人生を追体験するという読書の醍醐味を堪能できる一級の小説である。
おじ上がヴェネツィアの絵画に出会った時の衝撃、「わしは自分が他人とは別の異なった存在だと感じてみたかった」という告白。アラーこそ全てというイスラム世界において純粋な人間性が表出してくる瞬間。偶像を禁じたイスラ -
購入済み
単行本が出た時に、オスマン帝国の美術が扱われていると知って購入しました。
出版当時から旧訳版は読みにくいという評判でしたが、私にはそのたどたどしい文体が、異国の謎に満ちた物語の雰囲気を盛り上げてくれるように感じ、楽しく読むことができました。
(じっくり時間をかけて読む必要はありましたが)
今回新訳版が出たということで、電子書籍を購入。
確かにこちらの方が読みやすいですし、旧訳版と違和感が無いように気を使われていることにも好感を覚えました。
パムクの素晴らしい作品を、二通りの翻訳で楽しめる。これは贅沢な体験です。 -
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[「私」を語らせてほしくて]16世紀末のイスタンブール。皇帝直属の細密画の工房で、その道の名人として知られる「蝶」が何者かにより殺害される。長年留守にしたイスタンブールに戻るなり、犯人の探索をおじ上から命じられたカラは、おじ上の娘であるシェキュレに心引かれながらもその依頼を引き受けるのだが......。ニューヨーク・タイムズ紙が推す、2004年のベスト・テンにも選出された長編小説です。著者は、ノーベル文学賞も受賞しているトルコ人の作家、オルハン・パムク。訳者は、『無垢の博物館』といったパムクの他作品の翻訳も手がけている宮下遼。
安っぽい表現になってしまいますが、とにかく上手い。殺人や恋愛と -
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「雪」「わたしの名は赤」とパムク作品を続けて読んだ。物語のあとのそれぞれの主人公たち、Ka、カラ。どちらの男も物語のそのあと、魂を抜かれたように生きていった気がして、哀れで心に残った。そういえば、どちらもKだ。
それに対して女たちは逞しい。イベッキもシェキュレも恋をしても自分を見失わない。父を殺されたあとのシュキュレの判断の早さと行動力には驚いた。一人で自由に外を出歩くこともできない女たちの処世術なのか。イスラム世界の女たちのしたたかさと逞しさは、パムクの描く女だけの特徴なのか。
しばらくパムクを読んでみよう。
「薔薇の名前」を思いだした。ストーリーの面白さだけでなく細密画の世界、イスラムの世 -
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トルコ文学。未知の世界。
トルコと聞いて連想することと言えば、
ヨーロッパとアジアの中継地。イスタンブール。ケバブ。
せいぜいこの程度の知識しか無かった。
本著はオルハン・パムクの初にして最後の政治小説のようだ。
冒頭でバルザックの引用を用いて
文学に政治を持ち込む事への遺憾を表明しつつ、
地理的、文化的、宗教的に特殊な国柄がもたらす
トルコの問題を文学を通して我々に伝えてくれる。
ドイツに長らく亡命していた
主人公であり詩人のKa(カー)が取材を名目に、
トルコ辺境の地カルスを訪れるが、
様々な人間との出会いを通じて
宗教、政治の問題に翻弄されることになる。
そして、このカルスに住む
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ゆっくり味わうように一日に一章か二章ずつ読んで最後の数章は一気読み。続きが気になって早く先を読みたいのだけれども、物語の世界の濃密さに足を絡め取られて「先を読むのがもったいない」と思ってしまう不思議な本でした。先が気になると寝食忘れて読みふけるタイプなのでこんな風に「先が気になる」「でもこの文章の余韻に浸りたい」という葛藤を感じる本はとても久しぶりに読んだ気がします。
殺人犯はだれなんだろうというミステリー要素や遠近法が発明されたルネッサンス期の絵画に触れたことによって生じるトルコの細密画家達それぞれが抱える苦悩、カラとシェキレの恋の行方ももちろん気になるし、一章ごとに変わる物語の語り手達の個 -
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決して小難しい小説ではない。むしろ平易で、ほんの少しだけでも時代背景やイスラム教の知識があれば読むのに苦労はないはず。さらに言えばミステリーあり恋愛ありの堂々たるエンタメ小説である。それでも、まだ何か掴みきれていないように感じさせる奥行きがある。イスタンブールの丘と路地を思い起こす
偶像崇拝が禁じられている文化での絵師の立ち位置
あくまでも物語の挿絵として
細密画に絵師のサインを残すべきか否か
神の恩恵として盲目を渇望する老絵師
西洋文化への警戒と憧憬
多民族国家オスマン帝国
他視点での語り。くわえて死者が語る、物が語る、絵が語る
第4の壁をうちこわして読者へ語りかける -
Posted by ブクログ
オスマン帝国における細密画絵師たちの世界。名人絵師は対象を実際に目撃することなしに描くことを良しとし、いずれは盲目になることをむしろ望んだ等々のくだりは我々の理解の範疇を超えているが、自身の個性などは超越し神の目線で描くことに徹するという絶対的な価値観には瞠目させられる。宗教の待つ矛盾や理不尽と本来誰もが持つヒューマニティの葛藤。
上巻から不穏なまま続く殺人事件の犯人探しは最後の最後に判明するが、エンディングはやはりほろ苦く悲劇的だ。歴史の理不尽さに唸らされる。
我々の常識とは全く異なる異世界と価値観世界観。読書の醍醐味を存分に楽しめる長編。