オルハン パムクのレビュー一覧
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“わたしたちは他人の苦悩であるとか、愛であるとかを理解することが、果たしてできるのだろうか?自分よりもなお深い苦悩を抱え、貧困にあえぎ、虐げられる人々を理解することができるのだろうか?”
作中で問いかけられるこの言葉について考える。
そして舞台である中東の情勢や、宗教などについて自分はまだまだ知らないことが多く、理解するにはほど遠いことを思い知る。それでも、知らないことに気付き、考え、知ろうとするきっかけをこの本に与えてもらえたと思う。
灰色に沈む雪に閉ざされた街の陰鬱さが、何故か美しく思えてしまった。
雪と共にKaに詩想が舞い降りたのだろうなぁ。 -
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上巻の「赤」が恍惚として扇情的で、色鮮やかな原色の「赤」だったとしたら、下巻の「赤」は暗く、深く、いくつもの色が混ざり合った「赤」なのだろう。
幾つもの血が流され、混じり合い、赤は濃さを増していく。トルコという地で東と西が混ざり合い、16世紀という時代に旧い様式と新しい手法が交わり合ったみたいに。
『お前はどうして純粋であろうとする? わたしたちのようにここに留まれ。そして交わり合うんだ』
一つの文化が失われていく瞬間が、一人の絵師の死という形で語られているように思った。その絵師に掛けられるこの言葉は、混じり合う文化の中で失われてしまった「細密画」そのものへの哀惜と追悼の辞に思える。
今度 -
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イスラム教では偶像崇拝が禁止されている。そしてそれが徹底しているが故に絵画芸術の発展が非常に限定的になってしまった。
神を現した像も、絵もその制作は許されない。絵に描けるものは神の眼で見られたものだけに限られる。このため、描かれるものは、先人が描いたものの範囲を超えることはなく、絵を描く者はひたすら模倣し続けるしかない…
そうした中でも細密画というものは発展し、名人と呼ばれる芸術家を輩出もする。
しかし、西洋絵画の発展が、細密画を追い詰めていく。
作品を芸術家そのもののものとすること、すなわち署名。そして、遠近法。
細密画は神の眼を通したものであり、細密画師個々人の手によるものの、無名(ア -
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主人公の過去語りで物語は進行する。大学進学費用を稼ぐために、親方について井戸掘りに従事していた頃の話だ。日が暮れると親方と語り合い、その中に父親の息子殺し、息子の父親殺しの古典寓話で、オイディプスやロスタム(ロスタムは知らなかった)が出てくる物語だ。ほかに娯楽は街に出てお茶を飲むことぐらいだ。その街で見かけた赤い髪の女に恋をしてしまう。
親方を井戸の底に置き去りにしたことを罪に感じたまま、長じて成功した主人公がたどった物語は石川達三「青春の蹉跌」を思い起こさせるが、危篤としか言いようがない方向へ展開する。やがて語り手は転じるが、その事情は父親殺しの寓話に通じたものとなり、物語は終わる。
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オルハン・パムクの本は以前にも読んでいて、静かで美しい文章と、没入できる世界を感じていて
好みだった。
本作は代表作と謳われており、期待も高かったが、あまり面白く感じれなかった。
というよりも、本作の舞台であるオスマン帝国の時代背景や細密画の知識が私にあまりにも
欠けていたためかもしれない。
オスマン帝国を舞台に、冒頭で殺された細密画師の犯人を捜すストーリーが軸となり、
登場人物が入れ替わりで語り手となってストーリーが展開していく手法は面白い。
また、東洋で花開いた細密画の文化の衰退と西洋の絵画の手法(遠近法)がもたらしたインパクト
など、東西の文明がどのように相対立し、融合していったのかに -
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オスマン帝国末期の架空の島を舞台に、ペストの惨禍と島の独立が描かれる。語り手は女性の歴史家という想定なんだけれど、下巻を読む頃には、私の中では語り手がオルハン・パムクになっていた。
疫病をめぐる諸々については、20世紀初頭の物語ではあるけれど、コロナ禍を経験した21世紀の読者にはとても身近に感じられるかもしれない。消毒と隔離、外出禁止という政策はまったく同じ。イスラム教とギリシャ正教の対立という宗教的な要素や、クレタ難民、欧州諸国の海上封鎖、帝国からの独立という筋書きがトルコらしいところ。
個人的にトルコの歴史には疎いので、どのあたりが史実とフィクションの境目なのかよくわからないまま読み進んだ -
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ネタバレ数ヶ月前に読んだ同じ著者の『赤い髪の女』がとても面白くて、ぜひ同じ著者の本を読んでみたいと思って読んだ本。歴史と美術が関係していてミステリーらしい、ということがあらすじで分かり、なんかダヴィンチ・コードみたい、ぜひ読んでみたい、と思って読んだ。「訳者あとがき」に書いてあるあらすじがとても分かりやすいので、少し引用する。
「舞台はイスラム暦一千年紀の終わりがおし迫る十六世紀末のイスタンブル。半世紀前には栄華を極めたオスマン帝国も、隣国であるサファヴィー朝ペルシアとの長い戦に疲弊し、巷には雁金が横行、人々は音曲や絵画、葡萄酒や珈琲に耽溺し、そうした不品行を過激に糺そうとするエルズルム出身の説教 -
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一人称で、人が入れ替わり立ち替わり語るという形式で、オスマン帝国の歴史に疎いこともあり、最初はなかなか頭に入ってこない。語り手は死人だったり、金貨だったりもする。
絵師を殺したのは誰なのか?という謎解きもあり、カラとシェキュレの恋物語もある。
上の真ん中くらいまで読むと、キリスト教世界の写実画とオスマンの細密画の対比が浮かび上がってくる。昔の名人の画を忠実に写すこと、人物の個性を出さずに描く細密画の理念はイスラム教の反偶像主義に裏書されており、個人の人生を一枚の絵に描き出そうとするキリスト教の画とは相容れない考え方であることがわかってくる。
細密画に描かれた人物やモノに順番に焦点を当て、