浅倉久志のレビュー一覧
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ネタバレ今度は画家の話
楽しみにしている作家の(けっこう)最新作。1987年である。戦争体験を持つ画家が自らの人生を振り返るというスタイルで書かれる。細切れに小さなセンテンスが区切られていて、あっちこっちへと時間がいったり来たりするものの、絶妙のタッチで読者が混乱することがない。多少冗長とも思える350ページの長編もスムーズに読むことができた。
本来自分の死後にのみ公開する予定だったジャガイモ小屋に残した最後の作品とはどんなものなのか? このテーマを最後まで引っ張りながら、ラストで一気にその作品を見せる。主人公である画家がそれを公開する気になる部分といい、公開したときにとかれる自らに課した呪縛みたいなものがラストを締めくくる。なかなかいい本だった。 -
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挿絵入り奇作
ヴォネガット作品の定番キャラクターSF作家キルゴア・トラウトを軸に、富豪(?)の主人公が発狂するまでを描く。
いたるところで発狂している文面、作者自身の挿絵、時間軸が交錯するストーリーといかにもヴォネガット・タッチ。初めて読むととまどうだろうな。
メインストーリーよりも、むしろ作中の挿話として扱われるトラウトの(もちろんヴォネガットの)SF小話が圧倒的に楽しい。
何度かヴォネガット作品を読んでいるので、この辺で主な作品の順番を整理しておきたい。斜字は既読、太字は今後の予定、赤字はお勧めである。
プレイヤー・ピアノ(1952)
タイタンの妖女(1959)
猫のゆりかご(1963)
モンキー・ハウスへようこそ(1968)
ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (1965)
スローターハウス5 (1969)
チャンピオンたちの朝食(1973)
スラップスティック : または、もう孤独じゃない! (1976)
ジェイルバード(1979)
ガラパゴスの箱船(1985)
青ひげ(1987)
ホーカス・ポーカス(1990)
タイムクエイク(1997) -
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シンプル&スピード
原題は BINARY。「おたがいに作用しあう二つの異なった要素からなるシステム」のこと。作中では二重化の意味にとらえればいいだろう。つまり、どんでん返しがあるということ。
さすがにコーマの映画監督までしたクライトン。本作はジョン・ラングの名前で発表された初期作品だが、SF色はないもののシンプルさとスピード感は天下一品。
素材が現代の話だからか、尻切れトンボの感じはほとんどない。毒ガステロの犯人とそれを追うGメンの心理戦が筋のメインになる。犯人は先に死んでしまうが、相手のとの戦いを趣味とするGメンが事件を解決する。いやぁ、楽しい作品だった。 -
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ネタバレ大人のいる「十五少年漂流記」。ソ連からの核攻撃をシェルターでやり過ごした合衆国の一家族のサバイバル。中盤からは、未来社会で生きるタイムスリップSFにがらりと変わった。
冷戦や核戦争、人種についての話題が登場するのも、1960年代に書かれた小説ならでは。前者については、そういう時代だったでスルーすることができても、後者については非常に鼻に付いた。数千年後の未来社会でまで、人種という下らない差別で生き方に差が出るもんか。豊田有恒「モンゴルの残光」でも読んでろ。
ハインラインは合衆国が大好きだね~。主人公のおじさまが「アメリカは歴史のなかで最良の国だ」とか言っちゃうし。ねーよw黒人のハウスボーイを雇っている時点で何かに気付け。
若い頃は美人だった奥様をもつ決断力のある五十代のおじさまが、若い女の子とくっつく話と言っても間違えではないと思う。妻がいるのに若い出戻り女と子供をつくっちゃうし。娘も出戻り女も、若い男性よりおじさまにメロメロ。軍隊経験があり規律を求め皆を先導するおじさまと、弁護士で言論や行動の自由を求め父にちょいちょい口答えする息子が対比されている。おじさまが現代に戻り新しい妻と子供と未来を作っていくのに対し、息子は去勢されて薬による幸福につかる日々を過ごす。おじさまが正しくて息子が間違っていると言わんばかりの仕打ちに萎えた。おじさまが正義!って主張にしか読めない。
合衆国万歳な思想にツッコミどころは沢山あるし、好きだと言える登場人物もいなかったけど、最後まで読めたのは、娯楽性の高かったからだと思う。それとも語りの上手さか、ハインラインがエンターテイナーだからか。今読むと時代を感じるのは確かです。 -
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温暖化が進み、命に危険が及ぶほど住みづらくなってしまった地球。人類は生き残り策として火星への強制移住計画を進めていたが、開拓地の火星は何の楽しみもない荒涼たる砂漠が広がるだけだった。強制的に移住させられた貧民が心の支えとするのは、地球での暮らしを再現できるドラッグ「キャンD」。このドラッグを非合法に、且つ独占的に販売していたP・P・レイアウト社の社長レオ・ビュレロに最大の危機が訪れる。謎に包まれた実業家パーマー・エルドリッチが、新種のドラッグ「チューZ」を携えて外宇宙から帰還したのだ。エルドリッチの販路拡大を阻止すべく、レオの意を汲む予知能力者バーニー・メイヤスンが火星に乗り込むが・・・。
これがねぇ。毎年必ずある「読んだけどどうしてもレビューできない一作」に早くも該当するかと思ってしまったぐらい、鴨的には読者としての立ち位置に悩む作品でありました。
鴨がディックの長編を読むのは、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「虚空の眼」「ユービック」に続いての4作目。これまで読んだ中では、一番ディック臭が強い作品だと感じました。ストーリーはディックの超定番、「現実崩壊」に他なりません。中でもこの作品は、現実を崩壊させた張本人であるところのパーマー・エルドリッチの描写がユニークです。独特の風貌(大きな特徴が3カ所にあるため、「三つの聖痕」と呼ばれる)を持つ彼が現実を支配した後、いや、それを現実と見なすかどうかも読者にゆだねられているのですけれども、パーマー・エルドリッチであるところのその存在は、全人類の世界に遍在するようになるのです。でも、偏在するのだけれども、世界に絶対的な影響力を及ぼすほどのパワーは彼にはない。まさに、現代的な「神」そのものです。
「神」って、実はこの程度のモノなんじゃないの?
そんな冒涜的な、同時に根源的な問いにディックが出した回答が、この作品なのではないかと鴨は思います。「神」に徹底的に抗戦することを誓うレオの問いかけでこの物語は始まり、そして終わります。作中で起こった問題は、何も解決していないのに。絶望的だけど、とても前向きなラスト・シーンです。
ディックって、実はとってもポジティブな人だったんじゃないのかなぁ。そんなことも感じさせてしまう、不思議な作品でした。 -
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鬼才リチャード・リンクレイターがアニメ映画化した2006年に買ったはいいが、3分の1も読めずにほっぽらかしてあった。(映画も観たかったが、機会を失った)
通読して思ったのは、一字一句理解しようなどと思わずに、酔っぱらいのたわごとを受け流す感覚で読めばよかったのだということ。しょっぱなからして、ドラッグ中毒者の悲惨な幻覚描写。主人公のボブ・アークターだって、おとり捜査官とはいえ、ヤク中だ。同じくヤク中のダチ公どもとの会話ときたら、とことんナンセンス。信用できない語り手という言葉があるけど、ヤク中の語り手ほど信用できないものがあるだろうか?
共感も同情もできないまま、読み進めるのだが、しばらくするとアークターの気持ちがわかってくる。どん底生活において、友情ほどかけがえのないものはないということだ。どうしようもなくいかれた彼らだが、お互いを支え合うという一点において、その生に意味はあるのだ。
終盤はディックらしいあざやかな視点の変換もあり、それなりに満ち足りた読後感ではあるが、ディックのあとがきを読むと悲しい気持ちに襲われる。ヤク中の友人を家に出入りさせるアークターは、ディック自身だったという。有名なSF作家だからとかしこまらず、ストレートに接した若い友人たちをディックは愛し、次々と失った。ディックの沈痛な哀悼の念から書かれた反ドラッグ小説だ。 -
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爆笑問題太田光が大絶賛するSF小説家カート・ヴォネガットが1985年に発表した長編作品です。
太田光によれば、「世の中で起こっている事実を彼が言うだけで悲劇ですらコメディーになる」とか。そして、「生きていることなんてたいしたことない。たいしたことないことは悲しむべきじゃないという考えを知って気が楽になった」。天才は「今、この時点が幸福」と表現できる人。などと、べたぼめです。
ヴォネガットは昨年7月に亡くなりましたが、作者自身、この「ガラパゴスの箱舟」は自信作だったらしく、エッセイ集でも「これまでに書いた最高の本」と語っているそうです。
すべては冒頭の、アンネ・フランクが遺した「いろんなことはありましたが、それでもわたしはだれも心底は善人だと信じています」という言葉に詰まっています。
「巨大脳が人間生活を耐えられないものにしている」。そのことが滑稽に、悲愴に、嬉々と描かれています。
他の作品を早くよみたくなりました。 -
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廃墟と化したNY。最後の奇形大統領が述懐するこの世の終わりと自伝。ヴォネガッド一流の省略と分割、累積で物語が綴られる。あっけないほど空虚で、乾いたユーモアがそこかしこにばら撒かれ、断片と変人のエピソードの重層に惹かれ、なんとなく最後まで読んでしまう。プロローグのリアルなぼやきから物語へ滑り込むあたり、何も考えて無さそうだが、細かい計算づくだろうか。最後もあまりに唐突。しかも物語の続きを匂わせる。自伝は長い時間の一片であり、さらに別の視点で先へ続くと示すがごとく。舞台仕立ては瑣末なこと。拡大家族システムこそがテーマか。孤独じゃない。ハイホー。