スタニスワフ・レムのレビュー一覧
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レムの生誕100年の年だとのことなので、レム祭り再開。
とはいうものの、レムを読むには知力、気力、体力が必要でお酒を飲みながら気楽に流して読むことはできないのです。仕事で疲弊していたころは気力がなくて読めなかった作品群も今ならば!と取り組んだ次第。いや〜、さすがレム。架空の本の批評を作ってそれをまとめた体裁で序文を書くという二重三重の仕掛けがあるうえ、架空の本そのものが、AIをテーマにしていながら神への信仰にまで言及するものから、新しい宇宙創生理論にいたるまで脳味噌痺れるテーマを暑かったものですが、どれも読んでみたいものばかり。
レム氏に実際に書いてほしかった。 -
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非常に新鮮な読書体験だった。周知の通り、本書は「存在しない本に対する書評集」という、一風変わった内容である。そのコンセプトに惹かれて手に取ったが、架空の書評というアイデアのみならず、一編一編の書評も読み物として大変興味深かった。物語を書くということに対して、「そういうアプローチがあったか!」と膝を打った回数は数知れず、無数の示唆に富んだ一冊だったと思う。
読んでみて思ったのは、「書評集」というよりは、存在しない本のストーリーラインの要約や根幹となるアイデアを示すという趣が強いなということ。他者の批評を引き合いに出して、問題点や要点を論じる形体を取ってはいるが、その小説の大まかな流れを説明することに、決して少なくない頁が割かれていた。
現実には存在しない事象、理論を下敷きとした執筆された書物に対する書評、という体裁をとったものが幾つかあるが、これらはつまり、書評を通じて別の世界を描き出しているとも言えよう。そういう意味では、SFっぽさもところどころ感じられた。その世界に存在するテクストを通じて、世界や物語を描写する、という展開の仕方から、読み味としては、書簡小説に似ているかも知れない。
最後の数編はやや難解で、十分に理解できたとは思えないが、面白く読めたことに間違いはない。突飛なアイデアを包含する本は数あれど、これほどバラエティ豊かなものを、ぎゅっと凝縮して読むことのできる本はそうあるまい。 -
ネタバレ 購入済み
未知との接触
一部ご紹介します。
・「われわれは宇宙に飛び立つとき、どんなことに対しても覚悟ができている。
孤独、戦闘、殉教、死。口に出しては言わないが、内心、自分のことを英雄だ、などと考えることがある。
ところがそれが嘘なのだ。結局、覚悟なんて単なるポーズにすぎなかったことを思い知らされる。
われわれは宇宙を征服したいわけではない。ただ、宇宙の果てまで自分たちの知っている地球を押し広げたいだけなんだ。
われわれは人間的で気高いから、宇宙に住む他の種族を征服しようなどと思わない。
ただ、自分たちが貴重と見なすものを彼らに伝え、その代わりに彼らの遺産を受け継ぎたいだけだ。
人間は自分のことを、聖なる接触(コンタクト)の騎士だと考えている。
ところがこれが、第二の嘘だ。人間は自分たち以外の誰も求めていない。
われわれに他の世界なんて必要ない。われわれに必要なのは自分を写す鏡だけだ。
他の世界なんてどうしたらいいのかわからない。いまある自分たちの世界だけで十分だ。
けれども、その一方で、それだけじゃ息が詰まってしまうとも感じている。
そこで、自分たちの理想化された姿を見つけるか、あるいは過去の似姿を探そうとするのさ。
ところが実際には、われわれの世界の向こう側には、何やら人間が受けいれられないもの、
人間がそれから身を守らねばならないようなものがある。
結局のところ、われわれが地球から運んできたのは、美しいものだけじゃないんだ。
ここに飛んできたわれわれは、実際にあるがままの人間に過ぎないのさ。
そして、宇宙の向こう側から真実が、人間が口に出さず、隠してきた真実が突き付けられたとき、
われわれはどうしても受け入れられないんだ。
これがわれわれが望んでいたもの、つまり異文明とのコンタクトさ。
いまやまさにそのコンタクトを体験しているんだ!
その結果、まるで顕微鏡で見るように拡大されてしまったんだ、俺たち自身の怪物のような醜さが!」
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もう長いこと「泰平ヨン」だったから、変な名前だけどそういうものと受け入れていたが、これは最初の訳者・袋一平が、主人公の名前 Ijon Tichy をそのように訳したのが始まり。Tichyはロシア語の「静かな」を舌足らずにしたような感じらしく、苗字を「泰平」にして、名前のイヨン Ijon をヨンと表記したのだという。ニール・アームストロングが「腕強ニール」になるという感じか。泰平ヨンは『航星日記』、『回想記』のシリーズのあと、この中編『未来学会議』と長編『現場検証』、『地には平和を』で主人公として登場する、ピルクスと並ぶレムの重要登場人物である。
今回ヨンは宇宙飛行士ではない。タラントガ教授の依頼で第八回世界未来学会議のためにコスタリカに来ているのだ。そこでテロが起こり、鎮圧のために軍が投下した精神活性物質を吸って、ヨンたちは幻覚にみまわれて何が現実かわからなくなってしまう。軍のヘリコプターに救出されたかと思うと炸裂音。入院して、少女の体に脳が移植されている。しかしどうもそれは幻覚らしくて、多量の幻覚剤を吸って精神に異常をきたした見込みのない患者は未来での治療に希望を託してガラス化の処置。
そう『大失敗』にも出てきた冷凍冬眠技術である。ガラス化。
目が覚めてみるとそこは未来。2039年。精神活性薬物によって精神をコントロールする精神化学文明のユートピア。泰平ヨンシリーズは基本的には風刺小説であって、このユートピアが徹底的に戯画的に描かれ、あまりのばかばかしさに苦笑しているうちに当然のことながらユートピアはディストピアの本性を現すという展開になる。
本書が出てから三十余年、レムの描いた精神化学文明はネット社会という形で一部実現したかもしれない。他方、何が入っているかもわからない中国製の薬物に手を出して、他人を傷つけてしまう世の中なんてレムの予想を超えてしまったかもしれない。
早川書房のレム復刊は多少進んでいたが、本書はむしろ映画『コングレス未来会議』の公開への便乗だ。1984年に集英社から故・深見弾訳で刊行されたものの訳文に大野典宏が手を入れて復刊したものである。映画のほうは2013年に公開されたのに日本公開が2015年となっている。泰平ヨンは出てこないのに本書の理念を忠実に映画化したものだとか。 -
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「ソラリス」の作者レムには泰平ヨンが主人公のシリーズがある。「泰平ヨン」とかいうダジャレ的なセンスが嫌いだった。「泰平」という字面は今も嫌いだ。そんな偏見で、こんなに面白い本を読まずにいたわけだ。
主人公の泰平ヨンはコスタリカで開かれる未来学会議に参加する。その会議のテーマは、破滅的に人口激増した世界とその増加の阻止だ。この人口増加による危機というやつは、原著が書かれた頃(1971年刊)には良く言われたものだったように思う。近頃なら地球温暖化になるのだろう。さて、ヨンが会議に参加する理由がよく分らないというのっけからカオスが突っ走るが、テロ事件が起きてあっと言う間に氾濫する。軍部の出動、薬物爆弾という問題外の鎮圧戦術でヨンはメロメロ。ひっちゃかめっちゃかの挙句に冷凍保存され、未来で解凍される。未来は薬物まみれ、現実崩壊大パレードの、キ印世界。この途方もない阿呆くさい出鱈目の描写がこの小説のキモだ。
この未来世界は言葉が変化して、言葉遊びの悪ふざけが度を越したようになっている。野生の鳥や動物は姿を消してしまった。再生医療が発達して、死体も蘇生可能になった。全面軍縮が達成されている。コンピュータとロボットが社会の至るところに進出しているが、知性という内面的自由を持ったコンピュータたちは考えられうる限りの逸脱をしている。要するに仕事をしない。そして何より、この未来世界では精神化学が鍵となっており、ありとあらゆる状況に適した薬物(薬名のダジャレが物凄い)を適切に服用することで人々は幸福な社会生活を営んでいる。ように見える。しかし、実のところは……と、暗鬱というよりはスラップスティック、不安感というよりは猛烈な空転感がぶちまけられ、引っくり返って、思ってた通りのオチになる。まあオチは、一応つけときましたくらいの感じだ。
この小説は、薬づけの社会という現実批判を通り越して、どうやら読むドラッグに近い。ここで体験できるのは薬物による全体主義的社会という、肌が粟立つ幻覚だ。ブラックユーモアなどというお行儀のいいものではない。意地悪になってニヤニヤしながら読むべき小説だ。傑作。 -
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ソラリス は単なる未知との遭遇を描いたSFではなく、人間の自己中心性や科学万能主義の限界を浮き彫りにする作品だった。
人類は宇宙進出の過程で未知の知性と出会うことを確信していた。しかしその知性は、「人間に似た存在」であり、意思疎通可能であるという前提がどこかにあった。
その考えを根底から覆すのがソラリスの海である。海は何を考え、何を目的に活動しているのか全く分からない。人類は詳細な研究の末に「ソラリス学」という学問まで築き上げるが、そこで提示される理論はどれも決定打にならず、調べれば調べるほど理解から遠ざかっていくような皮肉がある。
さらに印象的だったのは、海が研究員たちの抑圧された無意識を“来訪者”として実体化させる設定だ。ここにはフロイト的心理学を感じた。
主人公に現れたのは、自分が原因で自殺した元妻だった。主人公は彼女を「本物の人間ではない」と理解しながらも、後悔や罪悪感から、彼女を本物であってほしいと願い続ける。その姿からは、人間が未知を理解する際にも、結局は自分の感情や願望を投影してしまうというテーマを感じた。
なお、ソラリスの海の形態的特徴に関する表現は私にとっては難解で分かりにくかったため、星4/5とした。 -
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意思を持った地球外生命体を「海」にしてしまうという大胆な設定が目を引くが、物語の中で繰り広げられるのは古典的なラブストーリーであり、ある種の幽霊譚であり、作中作『ソラリス研究の十年』における細かすぎるSF設定であったりと、読みどころは多い。
しかしオールタイム・ベストにも挙げられる本作に対して物申すのは気が引けるのだが、展開される様々なテーマ一つ一つが重厚すぎて、恐らく本書の最重要テーマであろう「理解を超えた知性とのコンタクト」の部分が霞んでしまった印象を受けた。かつて映画化された際は、ロマンスの部分をピックアップした作品になったようだけど、そりゃ原作者にしてみたら本意じゃないよなあと思う。
SF専門家やインテリ読者が本書を絶賛するのはよく分かるし、読みどころは多いと書いた一方で、市井の読者がSF部分の難解さを解読しながら読み進めるのは相当大変なんじゃないかなあ。余計なお世話かもしれないけど。 -
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ネタバレ読み終われた!途中途中で「よくわかんないな……この作品でわたしが何かを感じることってできるのかな……」という一抹の不安を抱えながらの読書だったけれど、最後の1文がとても印象的でよかった。
「それでも、残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、わたしは揺るぎなく持ち続けていたのだ。」
ケルヴィンはまだソラリスの海という未知から背を向けないことを選択したんだなぁ。
相互不理解という概念?が大好きなんだけど、今後もソラリスの海と意思疎通(コンタクト)をとることはできないかもしれないし、そもそも人間(地球人類)の型におさめて同形式でコンタクトをとろうというその思考そのものが傲慢なのかもしれないけれど、意味のあるなし関わらず、未知への拒絶ではなく蟻の歩みであろうと理解する努力を続けること、それそのものが素敵だなぁ。
人間同士であっても忘れてはいけないことだ……。
ケルヴィンは今後もソラリス学に精を出すんだろうか。出すんだろうな。
ソラリスという未知とその地で起こる現象を説明してるシーンでだいたい「………?^^」になってたけど、【ソラリスの唯一の住人と住人のやることは地球人類にはとうてい理解できない】という説得力はすごく感じた。
ところどころにはじめて見るラテン語のことわざ?みたいなのもあって調べるのも面白かった!
「ignoramus et ignorabimus」が未知への果てしなき挑戦を行うこの作品で引用されているのも面白い。
ケルヴィンとハリーの交流が淡々とした語り口から作者にそこまでの意図はないというか、舞台装置でしかないのだとはわかりつつも苦しかった。
ハリーが最終的に自分は"ソラリスの海が端末として作り出したハリーのコピー"でしかないことを知ってしまうことも、クリスのために(?)自らを滅ぼす決断をしたことも、帰ってくることはなかったことも苦しい。
ケルヴィンがハリーからハリーによく似た誰かとして"ハリー"を見ようとしている(とわたしはみえた)のも理解しあおうとする交流が好きだった。ただ、ケルヴィンは"ハリー"やスナウトにも指摘された通り、わかっている事実からは目を逸らして自分自身ですら騙しているので、"ハリー"と完全な交流というか交信?には至らなかったな……と思った。
"ハリー"のほうがよっぽどもうどこにもいきようがない現実を認めていたんだな……。
数年後とかにまた読みたいなあ。