湯浅邦弘のレビュー一覧
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儒家・墨家・道家・法家・兵家それぞれの思想の概略が、最新の発掘・研究を踏まえた上で解説される。
諸子百家という言葉の存在は知っていたが、主要な思想について説明しろと言われると難しかった自分。本書は各思想のエッセンスが説明されており、概略を知りたい人にはうってつけだ。重要事項には原文(書き下し文)とその訳文を載せてくれているところも嬉しい。
古代中国における思考が今も伝えられているということは、取りも直さずそれが時代を越えた普遍的な価値を持つものであるからだろう。そしてその種類はさまざま。単に思想内容を知るだけでなく、どの考え方が自分にしっくりくるか、自分に引きつけて考えるとより面白い。個人的には墨家のストイックな姿勢が気に入った。本書には「義の貫徹、さもなくば死。これが墨家の信条であった」とあるが、この思想を貫徹しようと思うと、現実世界において所謂"幸せ"を得ることは難しくなりそうだなぁ…。 -
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[渡る世間のお供に]中国の明末に洪自誠が著した『菜根譚』。中国最高の処世訓と呼ばれ、日本でも長く読み親しまれてきたこの作品を解説した一冊です。作品の成立背景が明らかにされるとともに、その教えが著者の解説付きで抜粋されています。著者は、同じく中公新書から『諸子百家』という作品を世に送り出している湯浅邦弘。
恥ずかしながら本書を手にするまで『菜根譚』のことを聞いたことがなかったのですが、本書を読んで早速興味が湧きました。中国の古典というと堅苦しいイメージを持たれるかもしれないのですが、平易で簡潔な内容とその深さ(とかくと自分の浅さが透けて見えてしまうのですが...)に魅力を感じること間違いなしです。著者の一条一条に関する解説その -
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ネタバレ[ 内容 ]
中国では長く厳しい乱世が多くの処世訓を生んだ。
中でも最高傑作とされるのが、明末に著された『菜根譚』である。
社会にあって身を処する世知と、世事を離れ人生を味わう心得の双方を記したこの書は、江戸期に和訳されて後、生涯の道を説くものとして多くの日本人の座右の書となった。
本書では内容を精選して解説するとともに、背景となる儒教・仏教・道教の古典や故事、人物を丁寧に紹介、より深い理解へと読者を誘う。
[ 目次 ]
1 『菜根譚』と洪自誠(明という時代;謎多き著者とテキスト ほか)
2 『菜根譚』を読む(人と交わる;幸せと楽しみ ほか)
3 『菜根譚』の言葉(衣冠の盗;烏有先生 ほか)
4 処世訓の歴史(歴史から学ぶ;家訓の登場 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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ネタバレ[ 内容 ]
春秋戦国時代、諸国をめぐって自らの主張を説いた思想家たち。
彼らの思想は、その後の中国社会の根幹を形づくったのみならず、日本をはじめ東アジアにおいても大きな影響力を持った。
一九九〇年代には大量の古代文献が発掘され、これまで謎とされてきた事柄も解き明かされつつある。
新知見をふまえ、儒家(孔子・孟子)、墨家(墨子)、道家(老子・荘子)、法家(韓非子)、兵家(孫子)などの思想と成立の過程を平易に解説する。
[ 目次 ]
序章 新出土文献の発見と諸子百家
第1章 諸子百家前史-新出土文献の語るもの
第2章 君子とは誰か-孔子の思想
第3章 人間への信頼-孟子の思想
第4章 特異な愛のかたち-墨家の思想
第5章 世界の真実を求めて-道家の思想
第6章 政治の本質とは何か-法家の思想
第7章 戦わずして勝つ-孫子の思想
終章 諸子百家の旅
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
本書は、中国思想史を専門とし、
現在は大阪大学教授である著者が、
中国の説話集『菜根譚』を紹介する著作です。
16世紀、明の時代に編纂された『菜根譚』は、
儒教をベースに、仏教・道教を融合させた人生哲学を論じる処世訓。
筆者は、まず菜根譚がどのように誕生し普及したのかを解説します。
続いて、菜根譚に納められた説話を、
その内容や意味、関連する他の古典の解説などを交えて紹介
終章では、唐代の「顔氏家訓」など『小学』など、処世訓の変遷をたどります
文は拙を以て進み、道は拙を以て成る
人の小過を責めず、人の陰私を発かず、人の旧悪を念わず
-など、含蓄に富む語はもちろん
万暦帝の墓所や中井竹山・履軒兄弟などに関するコラムも興味深かったのですが、
個人的に、もっとも印象深いのは
『菜根譚』に見出しがないのは、読者に自由な読みをさせる意図ではないか
という筆者の指摘です。
単にその場しのぎの世渡り術ではなく
よりよい人格を育み、豊かな人生を送るための手掛かりを与えてくれる本書
中国思想に関心のある方に限らず、多くの方にオススメしたい著作です。 -
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「世界は縮まった。(中略)あれほど億劫だった洋行というものも、隣村の盆踊りを見に行くほどのたやすさとなった」
明治43年(1910年)の時点で純日本人にこうまで言わしめている。
この純日本人というのが西村天囚。本書の主人公で、著者の湯浅氏が考察する『欧米遊覧記』の書き手だ。天囚は朝日新聞社が主催する「第二回 世界一周会」というツアー旅行に特派員として同行、旅中に紀行文『欧米遊覧記』をしたためた。
そろそろ人肌ならぬ旅肌が恋しくなってきたが、本書では旅疲れも感染も気にせず尚且つ優雅に廻れる笑
メンバーは、天囚ら特派員5名を含む計57名。
ルートはざっくり言うと、横浜→ハワイ→北米→ヨーロッパ周遊→シベリア鉄道でロシアを横断→船にて敦賀に帰着の計104日間。「世界一周」と言えど、日本人にとって"世界"とはまだ欧米のことしか指していなかったのか。
費用は最低でも700万円は要したという。当時の海外旅行は、やはり財力至上主義だった…!
ツアー客の一挙手一投足まで描写が細かい笑 船内では書画会や運動会(!)をして、徐々に運命共同体としての絆を深めていったようだ。
自分にはその場にいるような感覚になる文章と映ったが、著者は漢学者の一面を持つ天囚の美文を称賛し、その真意まで解説されている。また参加者の一人、日本画家の御船綱手が残した各国の風景画も旅の記録に華を添えている。
数ある観光地から特に印象的だった場所を挙げると…
・大陸横断鉄道(アメリカ)
西のサンフランシスコから東のボストンまでほぼ真一文字に横断している。自由時間があったりと、比較的融通が効く旅程の模様。
D.C.ツアー時には、徳川宗家16代当主の家達公が国会を訪問されていたらしい。大政奉還を経て、こうして日米の架け橋になろうと努められているのが(立場も時代も)よそ者ながら感慨深かった。
・日英博覧会(イギリス)
本ツアーにおけるメインイベント。
ここでは日本の展示品に対する場内の解説が不足していたという。「日本は古来受容を得意とし、発信の意識が乏しかった」せいで自国の文化を上手く紹介できない。彼らの残念がる姿が目に浮かんだ。それが今なお図星に思えるのがまた悔しい。
・冬宮(サンクトペテルブルク)
訪露したのがロシア革命の7年前だから、まだツァーリの時代!「虚無党無政府党」の記述、冬宮も規模の割にはガバガバセキュリティで束の間の平穏を窺わせる…。
遊覧目的の旅行は平和な時にしか出来ない。現に本ツアーも、日露戦争後-第一次大戦の「奇跡のような空白期」に催されている。
貴重な旅であるほど記憶に残りやすい。世界が狭くなっても、彼らは旅先での見聞を思い出すたびに無上の喜びを感じていたはず。 -
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「性悪説」で知られる「荀子」の一番初めの言葉は、「出藍」のもとになったもので、「学は以て已むべからず。青は之を藍より取りて、藍より青し」なんですね〜。
つまり、学習を通じた自己成長を重視しているわけですね。しかも、学ぶことで師を超える可能性を明示的に書いているというのは、ある意味、人間の可能性への大きな信頼があるわけですね〜。
荀子は、賞罰による「法治」ではなく、人間の道徳性に期待する「礼治」をといたらしい。
そして、その方法としては、なんと「夫れ樂(がく)なる者は、樂(らく)なり」ということで、「音楽」が大事とのこと!!!!!
「音楽」に限定せず、多分、「楽しいこと」によって、人々の心を調和させるようとしていたんだ!!!!
「荀子」=「性悪説」というほど、単純なものではないと思ってたけど、こんな話しだったとは。。。。。。衝撃。
まだまだ、序盤ですが。。。。
「性悪説」のもとになったのは、「人の性は悪なり、其の善なる者は偽なり」からですが、この「偽」は「いつわり」でなくて、「人+為=人為」ということだそうです。人間の自然の性質は「悪」なのだけど、それを乗り越えるために人は頑張っていろいろ工夫して「善」なるものを作り出してきたということのよう。
とするならば、ある意味、本性である悪を乗り越えて善を構築するだけの力を人間がもっているという意味なのかな?
これは、人間の本性を善として、その上にさらなる善を構築しようとする考えよりも、人間の成長の力を信じていると考えることもできるね。
「礼治」が、荀子の時代では、身分制度を前提にした身分をわきまえた礼儀ということ。荀子のあと、弟子の韓非子が「法治」を提唱し、それが始皇帝に取り入れられたのだが、厳しい統治はながもちせずに、中国社会は実態としては、荀子の「礼治」になっていったらしい。(中国の公式のイデオロギーとはして、儒学で、荀子は儒学の範疇には入れてもらえなかったのだが)
その後、中国では、「礼治」は、だんだん形式化していき、機能しなくなったし、今更、身分をわきまえる「礼」を現代にもってくるのは難しい。のだけど、日常的な楽しいプラクティス、エチケットによってまとまる社会みたいなのがあると面白いなと思った。
「性悪説」というネーミングに騙されずに、荀子はじっくり読みたいですね。