鈴木芳子のレビュー一覧
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本著(下)はムルは子どもから大人になり、社会に揉まれ精神的に成長する姿が読み取れる作品である。猫視点で描かれているが、その様は人間社会のようで、現代の私たちにも充分響く内容である。
物語の後半でより顕著になり、幼さや理想主義から現実の複雑性との折り合いをつける知恵が表現されるようになることから、成熟描写が「経験を通じた内面の深化」として変化しているといえるだろう。
『ネコのムル君の人生観 (下)』で示される「成熟」の描写は、主人公ムルの若さ特有の軽率さや衝動から、経験と内面の成長を経て、自己理解と他者との関係性の深まりへと変化しています。下巻では、結婚や浮気相手との決闘、上流階級での体験といっ -
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ショーペンハウアーの『余録と補遺』から、読書に関する3篇、「自分の頭で考える(思索)」、「著述と文体について(著作と文体)」、「読書について」を収録したもの。上記カッコ内のタイトルは岩波文庫版の訳である。
3篇のうち、「著述と文体について」が一番ボリュームがある。そこではまず、お金のために書かれた本だと気付いたら、その本をすぐに投げ捨てなさいと促している。その部分を引用しよう。
まず物書きには二種類ある。テーマがあるから書くタイプと、書くために書くタイプだ。第一のタイプは思想や経験があり、それらは伝えるに値するものだと考えている。第二のタイプはお金が要るので、お金のために書く。書くために -
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下巻では、1787年6月から1788年4月にかけての第二次ローマ滞在が報告される。
絵画修業に励むとともに、引き続き古代遺跡の探訪や美術鑑賞、植物観察を精力的に行うゲーテだった。
そしてまた、様々な見聞の経験からインスピレーションを得て、中断していた作品、『イフィゲーニエ』『エグモント』『タッソ―』といった作品を完成させることができたし、”美しいミラノ娘”と呼ばれる女性との純愛と言うべきロマンスが、彩りを添える。
また、かなりの分量を費やしローマのカーニバルの様子が詳細に描かれるのだが、臨場感ある描写で、あたかも自分も現場でその様子を見ているかのような感覚を抱かせるゲーテの筆は流石 -
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長年の憧れの地イタリアに旅立ったゲーテの、1786年9月から1788年4月にローマを去るまでの2年弱の紀行の記録。出発したとき彼は37歳だった。
上巻での行程は、おおむね次のようなものだった。
カールスバートから秘かに出立し、ブレンナー峠を越えてイタリア入り。ヴェローナからヴィチェンツァ、パードヴァを経てヴェネツィアに2週間強滞在。フェラーラからボローニャ、フィレンツェ、ペルージャ、アッシジ、テル二とほとんど素通りし、ローマに10月末に着、そしてここに4か月ほど滞在する。そこからナポリへ行き、1か月ほど滞在。さらに船でシチリアに渡り40日ほどかけて島内を一周する。そしてまた船でナポリに -
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想像していたような、積極的な読書をすすめる本ではなかった。
というかぼーっと読んでいたら途中から「本を読むこと」というより「文章を書くこと」の話になっていて、ドイツ語の批判と文法解説になってきたので途中読み飛ばしてたらまた最後に読書の話に戻っていた。
読書は他人の知識を自分に刷り込むような行為だと著者は批判していましたが、まさに私が、自分の思考を本を読むことで上書きしてしまおうという目的で読書をしているので、ちょっと自分とは考え方が合わないもようです。
もちろん自分の頭で考えることは重要だけど、自分で考えるにも限界があるわけで。
他人の頭で考えた代表的なものが哲学だったりするし。
「自分の頭 -
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初めてのショーペンハウアー。思ったほど厭世的じゃないなと思っていたら、解説にも彼の「生の否定者」というような一般的なイメージは誤解の色が強いということが書かれていた。それどころか「生の哲学」の系譜の始祖であるらしい。驚いた。まあでも、あくまで思ったほど厭世的でないというだけで、かなりのひねくれ者という印象は免れ得なかったが。
中身は概ね同意したい内容であったけれど、無能な人に対する当たり方が天分は生まれで決まると言いながら異常にキツイのは気になった。もう少し詳しい論拠が知りたいと思う箇所も結構あった。「意志と表象としての世界」がさらに読みたくなったが、、読み切れる自信なし。