アルボムッレ・スマナサーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
怒るということが、いかに不毛な行為かが書いてある本
確かに、冷静に過去を振り返ってみたら今まで怒ってよかった試しがない。
でも、本当にたくさん怒ってきたし、怒る以外に何もできない、思いつかない。怒らないとむしろやってられないこともあった。
同時に、じゃあ怒って自分の心がスッキリしたかといえば、それは違う。
昔に比べると、怒る回数は激減した。それは私が悟ったのではなく、私を怒らせる原因が一つ一つ減ったのだ。
これからも時々怒りそうな原因に出くわすこともあるだろうが、「私が正しい」と思うことを捨て、相手に怒りそうになった時「どうしてだろう」と客観的に観察して、冷静に穏やかに生きていきたいものである。また私に対して怒っている相手をコントロールできたらどんなにいいか。
いいことが書いてあるんだけど、なんとなくフワフワしている文章で、あまり覚えていない。「2」を読んだら少しは心に残るだろうか? -
Posted by ブクログ
ネタバレ知らない人が書いた本
思ってた以上にただ精神論。されど精神論。
"期限" "寿命"とか"時間"の概念を無くしたらすぐ成立しそうな誰もが実行できそうな世界。
自分は間違いだらけだと思ってる作者がこれは間違いかもと思いながら書いた間違ってる本かもしれない。この見方も間違ってるかもしれない。この間違ってるかもって思ってるのも間違ってるかも。
p.43
"(子供や生徒や部下に対して)相手が間違っているのなら、「それはこういうことで間違っていますよ。だから二度と間違わないようにしましょう」とニコニコ顔で言えば、本当はそれですむはずです。"
子供を持ったことないから未知の領域なんだけど、未成年に対してこれは通用するのだろうか。この教育法での成功例(生まれた時からこの教えの環境で育った成人)を見せて欲しい。道に飛び出すのは危ないということをニコニコしながら伝えて伝わるのかな?楽しそうな事って思っちゃわない?考えすぎ??
東大を卒業して不幸になった人が"結構"いるらしい。何%の事を"結構"というのだろうか。
p.81
"慈しみ、どこまでも赦す。"
これは刑罰の無い世界でなら出来そう。
それか裁判官が「どこまでも赦します」って言えば出来そう。
結局は自分の精神コントロールが1番簡単で1番早い解決法ってことでFA?
考えた対処法↓
①イラついたら空中に指で三角形(図形ならなんでもいい。適当はダメ)を書く。
②相手が大声で怒鳴ったら、自分は大声で「わっ!」って言う。ポイントは短く大きな声で言うこと。意味のある単語や文にしないこと。 -
Posted by ブクログ
ネタバレスマナサーラ師の初期仏教の本のエントリー版。
読みどころは、仏教の考え方の本質を平易な言葉で説いているところ。
ー時間とか忙しいとか自我とかはすべて錯覚、妄想
ーコンタクト、衝動、認識の3つが老いたときに必要となる心の栄養
ー人間の心には鬼がいる
ー人生は苦。なぜ呼吸をするかというと苦を逃れるため
ー相手の放った言葉はただの「音」
ーいじめとは、他者の足を引っ張る行為。それは社会のシステム。
ー「生きる」とは、生きるためにしている無数の行為の総称にすぎず、実体があるわけではない。考えるべきは「何のために生きるのか」ではなく、「どのように生きるべきか」
ーわたし達は「人間」という学校の生徒
スマナサーラ師の本を読むのは3冊目なので、若干飽きが来ていると言えなくもない。新鮮なところとしては、今回は、目的論的な捉え方をする表現が目についた。これに違和感を感じないではない。人生の出来事は、宿題であり、それは対処する能力のある人のもとにやってくる例として、
ー仕事
ー障害児
が挙げられているが、やはり対応できず苦しみ続ける人はいる。なので、これは真理というより、そう考えるべきということだろう。
また、エゴノミクス egonomics にあるように、過度の自我を悪しきこととする点は、改めて興味深い。謙虚さの原則との対応は以下のとおり。
ーwe, then me ... まず与える、ついでもらう
ーI'm brilliant and I'm not ...まだ道半ば、今に集中
ーone more thing, constructive discontent ... 学び続けること -
Posted by ブクログ
・私たちの生命は、他ならぬ地球(延いては宇宙)に支えられているんですよね。
『ブッダは実在しない』を読み終えるところで、『ブッダの幸福論』を手に入れました。アルボムッレ スマナサーラ長老は、ブッダが実在しない?なんて、思ったことすらないんだろうな(・・?
『ブッダは実在しない』を読み終えて、私のための仏教の教えを再構築したいという気持ちが強くなってきました。テーラワーダ仏教は、ブッダの教えに近いという話なので、よく学びたいと思います。
本書では、生きることは完全に無価値で、無意味である。と指摘しました。といっても我々人間には、この上ない尊い目的を作ること、ゴールを設定することができるのです。自分で設定した目的なので、何の脅迫感もなく楽しくその目的を目指して、まっすぐ生きることができるのです。
シンプルなことを一つひとつ、確実に淡々とやっていけば、それが有意義な生き方ということになります。生きるということは、絶えず死をさけることです。自然の法則でハードルを乗り越えられないほど弱くなるまで、死に挑戦し続けることが、生きることなのです。
考えてみると、私たちの生命は、私たちが考えている以上に他の生命に支えられています。ですから、みなの成功は、喜ぶべきことです。エゴや憎しみさえなければ、世のなかには、簡単に楽しくなる方法があります。ほんとうに、ちょっとしたことで、いくらでも楽しくなります。~
アルボムッレ・スマナサーラ長老は、仰います。「自分が幸せになりたいのであれば、家族のみんなも、友達たちも、みんなそうでしょうと、そういう人々に対して同じ気持ちをわざと育ててみるのです。やはり幸福であって欲しい。やはり成功して欲しいと」。