アルボムッレ・スマナサーラのレビュー一覧
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これまでの人生、怒りで人間関係を危ういものにしてきた苦い経験あり。
以前著者の「執着しないこと」を読んだところ、一時的に聖母のように過ごせたことから、本書を手に取ってみた。
けっこう強めのワードで怒りを戒められた印象。
具体的にどうしたら怒りを鎮められるか、というよりも、とにかく怒っていた自分が恥ずかしいという気持ちになって、しばらくは怒らずに過ごせそう。
・ 人間の感情は「愛情」と「怒り」でできている
・ 怒りは自分に満足しない時、自分の希望どおりにいかない時に生まれる
・ 怒りは原因はエゴ
・ 自分は完璧だ、自分は正しい、相手が間違っているという思いがあるから、怒りが生じる
・ 自分は〇〇(社長・部長等の肩書)だを捨てて、謙虚に生きる
・ 怒るのは負け犬
・ 怒っている人は知性のかけらもないただの肉の塊、動物以下
・ 怒りは自分を壊し、自然を破壊し、挙句の果てには他人の幸福まで奪う
・ 鏡を見て自分を客観視する
以上、ぼんやりとした記憶。
「負け犬」、「動物以下」という言葉がとにかく効く。
オーディブルで聞くと、余計にグサグサ刺さるものがあって、なかなか強烈だった。
また怒りモードになったときには、本書を思い出して自分を客観視することで、動物以下から人間に戻りたいと思う。涙 -
Posted by ブクログ
しゅうへいさん推薦
第1章なぜ人は「時間」にとらわれるのか
時間は人間が作り出した概念
その作り出した概念に人は追われている
時間感覚は人やそれぞれによって異なる
第2章同じ瞬間、同じ日は二度と来ない
第3章「時間」に追われないための心構え
日本人は保守的
「時間に追われる」のは、間違った生き方
「やりたい」と思うことと「できる」の間に大きな隔たりがある
「やらなければならないこと」から取り組む
2種類の悩み
①あれもやらなくていけない、これもやらなくてはいけないと言う無限の項目を持っていると言う悩み
②そうした自分にはオーバーワークな願望で悩んでいるうちに
貴重な時間を浪費してしまうと言う悩み
→ 1つの時間に
ただ1つの仕事しかすることができない。
その時に応じた生き方をする
(例
炊飯器でご飯を炊こうと思った時に、
5分でご飯は炊けない。無理がある。
だから、その時に応じて適切な行動すれば良い)
時間に追われているのは無知な人の証拠
命にはタイムリミットがある
新しいものを創造することこそ文化
一番大切なのは変化し続けること
変化というのは進化か退化の2種類。
現状維持はありえない
最終章長老への人生の問いかけ
①道徳的によくないなと思う人の付き合い方
→不道徳な人からできるだけ離れる
「私にはあの人は道徳を守っていないように見える」と考えるところから始める
×「あの人は道徳を守っていない」
②潔白症の人との付き合い方
→「あなたは、不潔な人ですねと言い放つ。
私の体はきれいにするの限界がある。
しかし、
心をきれいにするには、限界は無い。
体洗うのでなく、心を洗え
③余命5分と言われると、自暴自棄にならないか?
→余命5分と言われ、いろいろ心配してもしょうがない、まぁいいかと考える人と、
大騒ぎして混乱し、自暴自棄になる人がいる。
時間の長短が問題では無い。
他人の評価は放っておくこと。
褒められても気にせず、非難されても気にしない。
明るく生きて
④他の宗教でいう永遠の世界と仏教で説いてる瞬間の世界の違いとは?
→人間は、変化するものにこそ、感動する。
物事は、変化する。
例えば、赤ちゃん。
育つスピードが早いため、日々変化しているから可愛く思える。
桜が散るのには感動するが、
その木の根元にある石には感動しない。
変化を感じられるものには、
感動し、
そのスピードが遅いものには感動しない。
人間を無常にこそ感動する。
逆に
変化しないものには、感動しない。
だから、
永遠の世界を渇望するのが世界の大半の宗教。
仏教では逆に、
瞬間の世界、無常の教えを説く。 -
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自信があるもないも根は同じ。
自分がちっぽけな存在だという事実を受け入れて、楽しみましょう。ということに救われた。
ただ、すぐには治らないなぁ、心配性は。
来日37年、日本に真の釈迦の教えを伝えた老師。
あなたにできることだけが、あなたの前にやってくる
ちっぽけな自分を楽しむ
1980年に来日し、40年近くにわたり日本に真の釈迦の教えを伝え続ける老師が、人生に降りかかる苦難を乗り越える方法を伝授。
大切な人を失ったら……、自らの死を受け入れるには……、邪悪な心が芽生えたら……、怒りを手放すには……、どうすればいいのだろうか。
(もくじ)
第1章 いま、ここで輝く
●遺された人が故人のためにできること
●後悔は人生を後退させ、懺悔は前に進む力になる
●自我は錯覚、変わらない「私」などない ほか
第2章 ありのままに見る
●死を受け入れるためにはどうしたらいいのか
●生きることに意味も目的もない
●仏教は昔から男女平等を貫いている ほか
第3章 自分の宿題をやろう
●何が不幸で、何が幸せかを見極める
●親は、「命を与えた人」と定義される
●子どもの宿題、親の宿題、先生の宿題 ほか
第4章 感情に振り回されない
●「さようなら。幸せになりなさい」が親の愛
●「自信がある」も「自信がない」も根は同じ
●他人の過ちを赦せない人が多すぎる ほか -
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老化はただの変化にすぎず、
不幸な出来事でもなんでもありません。
であれば、「そんなものだ」と
受け入れるほかないでしょう。
(アルボムッレ・スマナサーラ/テーラワーダ仏教長老
『怒らない、落ち込まない、迷わない』より)
* * *
「人と比べないで
自分の体と静かに対話しましょう」
わたしのヨガの先生の言葉です。
もっと健康に、
ずっと若くありたい。
そんな思いから始めたヨガですが、
今の自分を認められないと、
無理をしてケガをしてしまう……。
今、自分ができることに集中する。
できないこと、変化していくことを
「そんなものだ」と受け入れる。
そうすれば肩の力が抜けて、
本来のパワーが湧いてくる。
不自然に美しく着飾っている人より、
自然体で老いを受け入れた人は
力強くて美しいなぁと感じます。
「今の自分が好き!」と笑顔で言える、
可愛いおばあちゃんを目指そう♪ -
Posted by ブクログ
仏教的価値観でさまざまな判断の正解を解説した本とでも言うべきか。
本質は「エゴを捨てる」であり、それも抑えつけるのでなく自然とわかなくするようにする必要がある。
これが頭でわかっていても難しいところであり、誰もが実践できない理由だろう。
(そもそもそれが出来るのであればブッダになれてしまう。)
とはいえそれを何千年も追い求めてきた仏教を人生かけて学んできた人が書いた本である点に関して、敬意を持つ必要はあるように思う。
特に瞑想やメタ認知など、今になって「仏教的価値観すごい」と科学的に実証されつつもあるが、一方で具体的にどう世界を見れば良いの?という点で実践しづらくもあった。
そういう意味で、より実践的で具体的に書かれたこの本の内容は非常にためになった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレものごとは常に変化する。
人間は常に新しい変化を求める。
時間とは主観的な感情
人によって異なる時間の感覚
自分たちで作った時間という概念に支配されている
輪廻とは、始まりの点も終わりの点もない、絶え間のない流れ
flow,stream,flux、つまり流れ
心が別な心に変化する時間:瞬 khana
17分の1ナノ秒で変化する
時間に追われているのも妄想
何事もやってみないとわからない
ハードルが高いほうが人生は刺激的になる
やらなければならないことから取り組む
その時、その時に応じた生き方をする
命にはタイムリミットがある
死ぬ瞬間は苦しくない
他人の評価にこだわらず、気楽に考える
人は変化するものにこそ、感動する -
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一応法句経という仏典からの引用を50項目挙げて、その解説をする体裁になってはいるのだが、実は経典の内容とその解説はあまりリンクしていなくて、著者が信ずる処を法話風にまとめてある。その主張を強引に分類すると、小乗仏教の本質に関係する4つの要素を繰り返し述べていることに気付く。
①慈悲:善い行いを実践し、清らかな境地に至れ。
②自我:人生は勝負事ではない。「わたし」を捨て去り、ありのままに生きよ。自分を大きく見せることなかれ。
③無常:「今、ここ」に集中し、瞬間瞬間を大切にせよ。過去を思い悩んだり、未来を不安がるのは意味がない。何一つ確実なものはないのだから。
④執着:何かに執着する事は苦である。欲は決して満たされることがなく、何かを得れば不自由になる。仏教は得る道でなく捨てる道を教える。
実にありがたい教えではあるけれど、皆がみんな幼い頃からこういう思想だと世界は全く発展しない。仏教的には発展などしなくても良いのだ、という事なのだろうが、人類にとって本当にそれでいいのか悩むところだ。
以前から妻帯を許さない宗教は必然的に人類を絶滅させるだけではないかと不思議に思っていたが、こうして考えてみると仏教というのはある程度歳をとり、子供も独立し、善きことも悪しきこともやり尽くした人の為の教えなのかも知れない。家族や財産に執着せざるを得ないような若いうちから帰依してはいけない宗教なのだ。