アルボムッレ・スマナサーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
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▼ 100文字感想 ▼
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心とは「生きていること」と語る、スリランカ仏教の長老、
アルボムッレ スマナサーラ氏の著書。初めて読んだ時、
「へ〜、仏教ってこんなにわかりやすいものなのぉ」と
驚いた。仏教入門書としてこれ以上の本は、ないと思う。
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▼ 5つの共感ポイント ▼
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■「人の役に立つように生きる」ということは、簡単なこと
ではありません。なぜなら、相手にも自由があるからです
■生命はみなプライドを持っている。だから世の中では、
やたらに人にアドバイスしても、逆にされてもうまくいか
ないのです
■人はひとコマひとコマ、瞬間瞬間、別人になっている。
別人なのですが、それを「繋げている」のです
■幸福か不幸かの判断基準は、何が楽しく感じて、何を
おもしろく感じるのか
■「人の愛情」というのは、「自分が仕事をして得るもの」
なのです。それにはどうすればいいかというと、簡単で
す。自分が先に笑ってあげる、自分が先にお辞儀をして
あげる。とにかくなにか助けになることをしてあげること
です -
Posted by ブクログ
時間がかかった
考えたくないことが多すぎた、考えなければいいこと、考えてしまうと心が真っ黒になることが多いので読むことにした。
考えないというのは不可能だと思っていた。
なるほど考えないというというのは、真っ黒を考える頭の中を目の前の水で置き換えるということ。
別のことを考える、自分で掘り進めるような考えが出来ないように、無駄な考えを誘発しないように、あることをただあることとして捉えること。そのための瞑想。実況注意というのは納得がいったし、少しやった分には嫌な気持ちが減った。頭の隅に残る黒を消すのは容易ではなかったが、寝る前に蝕む思考から逃げる手段として有効だと思った。
真面目に出来ていないので勿論ものにもできなかったし、それは出来ないのでは?どういうこと?ということもあった。それでも一つの考えとして手段として実況中継を知ることができたのがこの本を読んだ収穫ということにしよう。 -
Posted by ブクログ
ざっくりとした自分なりの解釈だけど、読み終わったあとで自分の中に残ったのは、
「拒絶は怒りであり、受容は愛である。そして、怒りに満ちた人生よりも、愛に満ちた人生の方が幸せに決まっている。だから、拒絶を減らして怒らないようにしましょう」
というメッセージだったかな。
人間を含め、あらゆる動物はみんな「自分が理想とする世界」を頭の中に持っている。
ある出来事がその理想に沿っていれば受け入れて幸せを感じ、理想と違えば拒絶して怒る——それが動物的な反応の基本だと思う。
でも、私たちは知的に考えることができる人間なのだから、「自分の理想と違うから怒る」という単純な考え方は、手放してもいいんじゃないかなって。
とはいえ、理想と全く異なるものを受け入れるのは簡単ではないから、
現実的なアプローチとして、「拒絶」と「受容」のあいだに少し「余白」をつくって、「どちらでもいい」と思える範囲を広げていくのが大切なのかも。
「怒り=悪いもの」という認識は多くの人が持っていると思う。
でも、怒りやすい人は、おそらく“怒りの悪さ”を主観的に軽く見積もってしまっている状態なのだろう。
だからこそ、自分の怒りを感じたときに、それを客観的に眺める習慣をつけることが、怒りを減らすうえで効果的なんだろうし、取り入れてみたいなと思った。 -
Posted by ブクログ
怒る人間は馬鹿だ。
馬鹿だから怒る。
自分が馬鹿な人間であることを自覚していれば、少なくとも怒ることはなくなる。だって馬鹿だから。
馬鹿なら馬鹿なりに謙虚でなければならない。
第一怒りというのは自分が正しいと思うから怒るものだ。私は正しくて、相手は間違っている。自分こそが唯一正しい。そう思いたいのが人間の本音だが、やはりそうではなく、自分は間違いだらけで正しくなく、隙だらけであることを自覚することが大事である。そうすればもう怒ることはなくなる。
自分は完璧ではない。だから相手にも完璧を求めてはいけない。
怒りは幸せの大泥棒である。自身のみならず、周囲の人間も怒りで不幸にしてしまう。
この本に書かれている言葉ではないが、やはり「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言うことなのだろう。
怒らないことと甘やかすことは違う。なんでも怒らずはいはいいいですよ、というのではなく、怒りの気持ちを持たずただ淡々と事実を指摘すればよいのである。 -
Posted by ブクログ
スリランカの坊さんが教えてくれる瞑想のやり方。
まずは慈悲喜捨の瞑想で、私は幸せでありますようにと念じ、次に親しい人、そして生きとし生けるものが幸せであるように願う。
次にヴィパッサナー瞑想で、判断をせずに歩く瞑想や一つ一つの動作を実況したり、座って行う瞑想として実況中継しながら体勢を整えて実況中継しながら三回呼吸、その後膨らみと縮みを繰り返すという。終わりも実況する。
そしてサティ瞑想についてで、気づきを善心所であるサティまで高め、現象を精密に認識していくことですべての心の働きに気づけるようになるとする。価値判断せず事実に気づいていくだけでなく、価値判断を必要としない高いレベルにいくことが修行。
さらに七覚支で、細かくサティを入れ、因果関係を発見できるようになり、心と物質の違いが見えてくる。
瞑想の方法論だけでなく、ブッダの教えを合間合間で説明してくれて勉強になる。とりあえずヴィパッサナー瞑想まではやってみよう。