谷川俊太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
谷川俊太郎、江國香織、川上弘美、角田光代らによる、佐野洋子『100万回生きたねこ』への、13人の作家によるトリビュート短篇集
江國香織「生きる気まんまんだった女の子の話」
岩瀬成子「竹」
くどうなおこ「インタビューあんたねこ」
井上荒野「ある古本屋の妻の話」
角田光代「おかあさんのところにやってきた猫」
町田康「百万円もらった男」
今江祥智「三月十三日の夜」
唯野未歩子「あにいもうと」
山田詠美「100万回殺したいハニー、スウィート ダーリン」
綿矢りさ「黒ねこ」
川上弘美「幕間」
広瀬弦「博士とねこ」
谷川俊太郎「虎白カップル譚」
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佐野洋子「100万回生きたねこ」を読んだ作家・詩人たちによるトリビュート集。
惹かれる作品(江國香織、井上荒野、町田康、今江祥智、川上弘美など)もあれば、そう感じない作品もある。一体どうやってあの「100万回生きたねこ」からこのような作品が生まれたのか、一読ではわからないものもある。「ねこ」がまったく登場しない作品もある。「100万回生きたねこ」というテーマがありながら、内容に一貫性はなく、トリビュート集らしい幅広さがある。
「ねこ」が登場しないので、これは「100万回生きたねこ」とは関係ない作品だ、というレビューもあったけれど、僕はそうは思わない。「100万回生きたねこ」はけっして「ねこ」だけの話ではない、と思っているから。また「100万回生きたねこ」を読んだ人は本書を読まないほうがいい、というレビューもあった。確かに「100万回生きたねこ」の読後感の感動からほど遠い作品も収まっているので、そのレビューにもある意味では賛成できる。ただ「100万回生きたねこ」を読んだことによって、こんなにも幅広いリアクションが誕生した、ということも事実なので、僕は「100万回生きたねこ」を読んだ人にこそ本書を読んでほしい、と思ったりもしている。「ああ、読んで失敗した」と思われても責任は取れないけれど。 -
Posted by ブクログ
小学校だったか中学校だったか、国語の時間に「朝のリレー」を音読したときにはじめて谷川俊太郎を知った。それまで何度も彼の詩には触れていたのだろうけど。そしてなんとも心地よいリズムと地球はひとつなんだというメッセージに酔った。それから今まで朝のリレーが一番好きな詩だ。
朝のリレーが読みたくてこの詩集を手に取った。どの詩も谷川俊太郎の少年性が感じられる。確かに小さいときこんなことを感じたなと思う。もちろん谷川の詩のほうが文学的で洗練されているけれど。
この詩集を読むと、大人になって社会に出て子どものときの感受性を失ってしまったことに気づく。些細なことに一喜一憂してたとも言えるけど、それが日々を豊かにしていた。今はなんか不感症になってしまっている。 -
Posted by ブクログ
詩人の谷川俊太郎さんと、えがしらみちこさんの絵による、2015年の作品。
えがしらさんの淡く透き通るような水彩画から漂う、目映いばかりの爽やかな雰囲気は、子どもたちが楽しそうに遊んでいる幸せな光景にぴったりで、何故そのように感じられたのかというと、そこにそっと添えられた谷川さんの言葉『ちょうちょと ちょうちょは せんそうしない』等から、私の身の回りには戦争をしないものばかりであることに、改めて気付かせてくれたからなのだと思います。
それとは対照的な「戦争をしているものは何のためにしているのだろうか?」という問い掛けには、胸を打たれるものがあったものの、それでかけがえのない大切なものを失うことだってあるのだということに加え、「果たしてそうした権利を人間は持っているのだろうか?」という疑問点は、それまでの爽やかさから一転して生命の息吹を全く感じられない悲しみだけが取り残された、えがしらさんの絵と共に、決して忘れてはならないことなのだと思います。
捉え方として近いものに、動物の世界で起こっている食物連鎖がありますが、人間には自ら考えることのできる脳や、相手の気持ちを慮ることのできる心があるはずだということを私は信じたいですし、そうした思いというのは、真っ直ぐに姿勢よく立つ子どもたちの真剣な様子を描いた、表紙の絵にもよく表れていて、あなたはそんな子どもたちからのメッセージに、どう答えますか?