天外伺朗のレビュー一覧
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いわゆる子育て本ではなく、教育学の質の高い書籍。
多くのお母さん方に読んで頂きたいと感じました。
とことん遊んで遊びに満足した子は、学ぶ意欲が自然に芽生え、学ぶ意欲の高まっている時に得る知識は吸収力が高い。
大人も同じだと思いました。
心が充足されていればフラットな状態でいられ、そこを起点として目指したいところまで手を伸ばし、達成できる力が湧いてきます。
しつけや社会通念で、子どもの充足感を奪ってはいけないと思いました。
子育て中のお母さんたちの間で「自己肯定感」という言葉が流行しています。本当の自己肯定感とはどこから育まれて来るのか、しっかりと書かれています。
わが娘の園生活は、土に触れ、自然の生育に触れ、とことん歩くことが重視されています。田植えで泥まみれを楽しく感じた子どもたち、竹馬でよろけて裸足で地面に降りる子どもたち。
この著者の目指すところには到底届いていないかもしれませんが、よい経験をさせて頂いていると思います。 -
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半分スピリチュアルが入っているなと感じたが、それなりに納得いったメンタルモデルの本。
4つのメンタルモデルをもって色々と説明している。
4つで良いかはさておき、部下がどういうメンタルモデルをしているかを当てはめながら、認知に上手くアプローチしたいな、と。
内容で自分と考えにシックリきたのは、全ての原因は外側ではなく自らの内側にあり、自分が変わらぬ限り周囲は変わらないと言及している点。
昔から、自分の認知以外世界を知る術なんて無い(他人が本当に同じものを同じ風に見ているか証明しようが無い)と思っていたので、自身が世界をどう捉えているか何を受け止め何から逃げているか。
こういうのを見ていかないといけないのだろう。
ネットのレビューが言う通り、構成上読みにくいのは読みにくい。 -
Posted by ブクログ
子どもは本来、好奇心のかたまりであり、いろいろなことに強い関心を抱き、何かに集中することができる。関心をもったときに知識を吸収すれば、集中力が高まり、学習の効率は驚くほど上がる(グリーンバーグ)
どんなことでも集中することが大切。集中していることは邪魔せず、とことんやらせよう(千住家)
モンテッソーリ教育では、指示・命令はおろか、手助けすることも、間違いを訂正することも、褒めることもしない。
無条件の受容というのは、意識してコントロールすればできるという性質のものではなく、人間性が向上すると、自然に発露するのだ。
人間は、シャドーの中に抱え込んでいないものに出会っても、嫌悪感はわかない。誰かの言動に「嫌だな」と感じたら、それと同じものを自分の中に抱えている証拠だ。
情動というのは、ひとつを抑圧すると、すべてが抑圧されるという性質がある。情動に完全に接地できると、人は身体の内側からフツフツとわいてくる喜びを感じるようになる。そうすると、もう、外側に楽しみを見出す必要はなくなる。
自らの感情に、しっかり接地した子どもを育てなければいけない。感情が自由であるなら、知性はひとりでに発達する(ニイル)
「生きる力」が伸びる四要素
1. 無条件の受容
2. 大脳新皮質がいろいろ学ぶ前に、古い脳を徹底的に鍛える:身体性や情動、芸術性の大切さ
3. フロー
4. 大自然との対峙 -
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セミナーの文字起こしなのでまとまりはない。
ロジックよりティールってこういう雰囲気という空気感の共有。
嘉村賢州が年下であることに驚くが,年上だとティールという発想は出てこない?
計画や目標は恐れと不安から生み出される
ティールは目標にコミットしないので失敗はなく責任も生じない
スルメを見てイカをを語るな
機械モデルと生命体モデル
Self Mnanegemet
Wholeness
Evolutionary Purpose
ホラクラシー=矯正ギプス
馬車の時代の自動車
OST(Open Space Technology)
蜂と蝶
べてるの家
目標を持つことの弊害
①あなたの組織はこの世界に何を実現したいのか?
②世界はあなたの組織に何を望んでいるのか?何を期待しているのか?
③あなたの組織がなかったら世界は何を失うのか?
経営の理念っていうものは稲盛和夫さんが言い尽くしちゃった
「計画がない」が「未来の想定を一切しない」ではない。
ビュートゾルフ
スペシフィックとブロード
助言プロセス
感謝と思いやりと責任感と主体性は湧き上がるもの。
ホスピタリティをコンピテンシーにしたら絶対ダメ
オレンジは強さとかタフネスの鎧,グリーンはポジティブの綿の鎧,ティールは素っ裸
グラスフロッグ
テンション(緊張関係・違和感)を大切にする
職務記述書がちゃんと書ける日本のマネジメントはほとんどない
責任という概念の深掘り
実行責任と結果責任と説明責任
トップ→コアチーム→砂場→全体を最低でも3~5年,あるいは10年
崩れた格好をしている税理士が,この服装で会うといいお客さんがいっぱい集まる -
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ネタバレ「生きる力」を育む教育学に関する話
正直、賛否が判断しづらい。
そりゃそうだよなーって思うことと、本当か?って思うことに分かれた。主観論が多すぎて、半信半疑って感じ。
中には研究結果の引用もあり、そこは納得できた。
(愛着形成がうまく行ってる子は、離れてたお母さんが迎えにきてもちらっと見て遊びに戻る、とか)
実際こんな教育できなくない?怖くない?っていう気持ちもある。(勉強させずに大自然の中でフロー体験させて、その後勉強に集中投下して本当に巻き返せるの?とか)
この教育を極端に進めたら、今の世の中には適合しないよねっていう気持ちもある。(牛乳をこぼしてジャバジャバ遊んでいるフロー状態を邪魔しない→他の人の家でもやる、とか)
ただ、共感できるところもある。
(幼少期の古い脳が育たないうちに、大脳新皮質が関与する読み書きそろばんを教え込むのは、発達の順番がちぐはぐでエラーが起こりやすい。とか、無条件の受容を行うことで子どもが安定するとか)
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生きる力、とは、社会に変革を及ぼすような力のこと。
日本では、過去「国家主義教育(与える教育)」を行っていた。
これは、一つの方向に向かって一心に進む力を育む。一方で、自分で考えて進む力が育ちにくい。(戦争頑張っちゃうとか)
その後、「生きる力」を育むべく、「ゆとり教育」が始まった。
しかし根本の人本来が持っているものを伸ばすには中途半端で、失敗に終わった。
本来、「生きる力」は、下記4点で伸ばすべき。
・無条件受容
・大脳新皮質より先に古い脳を鍛える
・フロー (なにかを夢中になって突き詰めること)
・大自然との対峙
これは、サドベリー校、シュタイナー教育、モンテッソーリなどで行われていることと紐づく。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ深層心理学やら、トランスパーソナル心理学、各種宗教の理論を網羅的に整理して紹介している本。
自己否定感に基づき、不安、恐怖に駆られた努力、成長から解放されて、実存的変容を遂げると次はティールになるとのこと。ティール組織の本が、メジャーになる中で、実際この様な流れはあるのかも。
実存的変容を遂げる前の実存的危機『自分は何者で、人生の目的は何か』という段階は、ミッドライフクライシスやら、キャリアコンサルタントの話にも似ていると感じた。こう言う、心理学とかの世界では、共通認識なのかもしれない。
自我の発達モデルというのは、悟りを開くという流れとも似ているので、分かりやすいが、その先の神秘体験やら、チャネリングの話が出てくると少し胡散臭く感じて警戒する自分がいる。そしてまた、そうした自我の発達と、社会モデルを関連付けて、社会の発展モデルまで示されると、社会は一方向的に発展するという観念が言われている様で、何方かが遅れている社会と言っている様にも感じて嫌気がさす。途上国の社会も、伝統的なコミュニティにも其々良いところはあり、多様性と其々の価値を見出す文化人類学的な視点とぶつかる様な印象を覚えたが、これは穿った見方だろうか?そして、私は実存的危機に悩んでるから、そこから脱する方向としてこの理論に基づく自己変容を目指していくことなるのだろうけれども、皆んなが皆、悟ることで社会が発達するよというのは、なんとも気持ちの悪い感じがする。 -
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ネタバレ自覚なしに痛みを回避するために行う行動により人は生きにくい。受け入れて先に進むためには、自身が属するメンタルモデル(4つある)を知り、それぞれに定められた進化するための行動を経て、目指す世界に行く。筆者(由佐美加子、天外伺朗)らはそれを「テクノロジー」と呼んでいる。
人は生まれ落ちると養育者に100%頼って生を開始する。生存戦略として養育者の関心を惹かざるをえない。しかしながらそれを達成できない時にいくつかの反応パターンがある。これが4つのメンタルもでるのそれぞれの特徴となっているのだろう。
「私には価値がない」…成果を成すことで関心を獲得
「私は愛されていない」…他者からもらえず自分から
「私は所詮ひとりぼっちだ」…他者は頼れず自分で
「私には何かが決定的に欠けている」…ダメを全面に出したりできるふりをしたり、ウラでこそこそ頑張る
この本が非常に残念な点があって筆者のふたりとも「ひとりぼっちモデル」なのである。故にその記述は多い。他のモデルも説明はされている。しかし、「欠陥欠損モデル」に至ってはほとんど解説されていない。実際のところも割合も少ないちうことなのだが。
何のことはない私は「欠陥欠損モデル」に属すると思っており、もうちょっと深堀りした話を聞きたかったと、そういうことである。笑