天外伺朗のレビュー一覧

  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    脳科学の先生からオススメされた本。メンタルモデルについてワークショップではさらっとしか触れなかったので、改めて自分がどのメンタルモデルを持っているのかを考えながら読むことができました。

    また、本の中で出てくる塾生さんで、最後まで話がかみ合わなかった方が、今どうなっているのか気になっていますw

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    2026年05月10日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    ・全ての課題の原因は自らの内側にあり、自分が変わらぬ限り周囲は変わらない、とういう立ち位置に立っています。

    ・欠陥欠損モデルは自分が出過ぎず、自分が牽引していくというよりも、一緒に働いているみんなが安心して個々がそれぞれの力を出せるようにするにはどうしたらいいか、ということに関心が向きます。

    ・自分のメンタルモデルと、このOSの構造が俯瞰して見えるようになると、現実に起こる不本意な現実に対する認知に変化が起こり、自分の行動を引いて観られる観点や内省力が身についていきます。

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    2024年09月27日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    コーチング会社の社員に薦められて購入し読破した。
    人間はメンタルモデルに基づいた行動をしているという紐解き方をして自己特性他者特性を理解する。
    そしてメンタルモデルは4つの類型があり、人はそのうちの必ずどれかに当てはまる。
    私は価値無しあるいはひとりぼっちの類型が当てはまりそうだと感じた。

    本書の内容としてはセミナーの実録があり、その後でメンタルモデルについての説明、診断テスト、さらには著者らのライフタペストリーについめ記載されている。

    読んでいて自分に当てはまると思える部分も多々あったし、自己理解の解像度を上げるためには読んでおいて損は無いだろう。
    すでに統合期を経て実現期に差し掛かっていそうな気もするが、いずれにせよ自分の特性を活かしてより豊かな生活をしていきたいものである。

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    2024年07月11日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    由佐美加子さん、動画から知り書籍も読んでみました。すごいところに気がついて、人間の絡まった傷をほぐして、改めて自分を生きてね~とまた世界に送り出されていて、温かい地球を作ってくれてるなぁと思います。

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    2024年04月29日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    分離による痛みを統合するという、一見スピリチュアルな内容で疑って飲み始めたが、メンタルモデルを大きく4つに分別して、それぞれどうやって自分のメンタルが外圧に反応し、自らを守っているかを客観視して、知ることができる本。
    著者である由佐氏と天外氏のメンタルモデルが「ひとりぼっちモデル」のため、ひとりぼっちモデルからの克服は2人を例にとるとわかる気がするのだが、他の「愛なし」「価値なし」「欠陥欠損」のモデルが統合した立場となる点は気になったが、私自身内面と向き合うひとつの考え方として、この本のノウハウを生活に活かしていこうと思う。

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    2023年03月08日
  • 「自己否定感」怖れと不安からの解放

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    著者は、昨今の学校や会社では激しい競争状態が作られ、恐れと不安を刺激して「自己否定感」が強化されていると危惧する。さらにはこの恐れを掘り下げると死の恐怖に繋がっており、これらの「自己否定感」は「抑圧されたネガティヴな衝動」でもある。

    これらの衝動による不快感が意識レベルに上がってくると、その存在理由を自分の外側に捏造し、逃れようとするのが人間の習性とのこと。例えば、他者にそれを投影して、その他者を激しく責める行動を取ったりする。だから、人は自分の醜い部分を持っている他者を忌み嫌い、必要以上に否定しようとする。

    では、この決して健全と言えない状況から、どう脱却するのか。著者は、強い戦士として突っ張るのではく、感情が揺れ動き、弱く、欠点だらけの、ありのままの自分の姿を晒すことの重要性を説く。別の言い方をすれば、「情動の蓋を開ける」ということ。

    もし、取り返しがつかないほど評判が落ちるのではないか、後ろ指を刺されるのではないか、という強い恐怖心を持っているとするなら、そこから1歩踏み込み、その「恐れ」を抱いている対象事象そのものを体験してみると良い。往々にして、元々の予想に反して大したことにはならないということに気づく。

    平気で自分を晒すことができるようになれば、「自己否定感」は小さくなっていく。同時に自身が所属する組織に「安心・安全な場」ができ、周りの人間も同じように鎧を脱ぎ始めるという好循環が生まれてくる。

    まずは、自分のみっともなさを、勢いよく晒して見よう。

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    2021年07月17日
  • 幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える

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    ネタバレ

    新年やっとクリアした1冊め、ホワイト企業の事例はどれも泣ける星5つです!
    利益はあくまで結果であり、目的にしてはいけないんだと感じました。

    ------ここから気になったフレーズ
    「会社が儲からなければ社員を幸せにすることもできない」
    という場合、利益の追求による業績向上が「原因」で、社員の幸せ実現はその「結果」ということになる。逆の因果関係は本当にありえないのか?
    かつては、企業が社員を不幸にすることで競争に勝てる時代があった。しかし、それはもう限界。逆に、これからは働く人を幸せにできる企業しか生き残れないー
    ・幸せには長続きしないもの(地位財による金、モノ、社会的地位)と長続きするもの(非地位財による心、安全、健康)がある
    ・幸せの因子4つ(やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのままに)
    ・ES向上は時代遅れ。社員のパフォーマンスは、従業員満足度との相関が高くない一方、プライベートも含めた「社員幸福度」との相関は高い。
    ・人的資源管理(HRM)では、確かに4つの資源のうちでヒトを最上位に置いてはいるが、他の資源と同じ管理対象の1つとしておかれている。しかし、人は資源(リソース)ではなく、存在そのものとして別格にすべきではないか。
    ・伝統的な戦略では顧客や市場の分析を起点とする。往々にして顧客至上主義が命題となり、外からの動機付けになる。一方innovationはin(中に)+nova(新しくする)であり、自らの内側、見方、考え方、あり方の刷新が含意される。
    ・利益は追求するものではなく、追求すべきは、自分たちのあり方、思いの実現に向けた掘り下げと、価値創造に向けた工夫の連続。利益はその結果に過ぎない。ホワイト企業では利を求めない、追わない経営が、結果として利を生み続けている。
    ・経営学がもたらした3つの病
    1. 手法病(手法だけが目的化する)
    2. 計画病(定量化が重視される、計画だけで実行されない)
    3. 分離病(孤立や対立の文化がはびこる)
    ・日本は犯罪が少ない世界の中で最も進化した社会であるが、自己否定感が強いため、「社会はどんどん悪くなっている」「日本社会は遅れている」という脅迫観念に取りつかれている。ソニーのようにアメリカ流の合理主義を取り入れて凋落していく企業が続出。
    ・どうしたわけか日本の経営学者も経営者も欧米の経営学ばかりを追いかけている。もっと日本独自の経営を探求し、世界の企業経営をリードすることはできないだろうか。

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    2020年01月12日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    参考になる。学術的な裏付けがあるわけではないし、にわかに信じがたい概念も出てくるが、本質はそこじゃない。

    自分の深層心理を感じよう、それがどのようなものでもありのままを受け入れよう、だって幼少期までに作られたものだから少なくとも急には変わらない。
    そうすると、自分をゆるすことができ、それが外の世界にもゆるしをもたらす。あるがままに日々を過ごせるようになるとエネルギーが効率的に使えるようになって、その分本来の自分から湧き出てくるアクションを充実させることが出来る。それが生きがいと幸福実感に繋がる。
    という話。

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    2019年10月02日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    由佐さんは絶妙なさじ加減でスピってるのがよかった。
    塾生5との最後まで食い違う会話にハラハラ。

    Key
    ・4つのメンタルモデル
    ・タッチポイント
    ・生存適合OS
    ・源


    いままで多くの人が「社会的な成功」の方法論を説いてきましたが、そのほとんどが「分離の人生」の教えでした。「分離」したまま社会的成功を達成する方法論です。
    本書では、その一歩先にある「統合した人生」への道をお伝えします。「怖れ」、「不安」、「戦い」、「努力」の人生から、「愛」、「調和」、「平安」、「幸福」な人生への変容です。

    生存の何が快で不快か、ということは、思考で判別されてわかるんですよね。だけど、本当に、自分の奥の命が何を求めているのかという世界は、考えても、絶対にわからないです。
    もっとシンプルだし、もっと大事にしたいことって、人間がごちゃごちゃ考えている世界より、もっとずっと深いところにあって。愛が欲しいとか、つながりが欲しいとか、もっと自分の人生を自分らしく生きたい、とか。そういう類のものなんですよ。

    塾生1「高度成長の時代の人たちとか、そんな感じじゃないですか」
    由佐「その世代が、それをやったということは、人間の意識の段階としては、次のスパイラルに登れる可能性があるということだから。だから、前の世代がやったことをずっと繰り返すって、絶対にないんですよね。必ず、世代ごとに進化しています。人間って。だって、宇宙はきっと刻々と、進化しているから。人間も、やっぱり、刻々と進化するわけですよ。なので、前の世代が終わらせてくれたことは、同じことをやる必要がなくて。そこから、次のフェーズに行けるのが、やっぱり、次の世代に生まれた面白さじゃないですかね。」


    塾生9「針の穴を探すって、アクセスポイントという言葉を使っていたんですけど、どういう探し方をしているのかなってところを言語化していただけるのであれば、聞いておきたいなという…」
    由佐「本人の感情が、どこで揺れるか、です」
    (略)
    塾生1「そこに揺るぎが出てきて、突っ込んでいくと、開いていく、みたいな」
    由佐「そう。だから、揺れてるから、すごい。波動が動くので。そこにチャンスがあるんだけど。(略)」


    本当の愛はどういうものかというと、自分の中にある分離を統合して、すべての私があるがままあるんです、というすべての自分を、いい悪いなく感じるところから始まります。本当に命そのもの、という器の中に、自分がいれるようになる。ここから、表現するんですよ、ただ。自分にあるどんな真実とも分離なく。この表現こそが全部、愛から生まれているから。この愛が表現された時に、愛が循環するという形になって。それは、人間の体験としては、もれなく、喜びなんですよ。だから、奉仕という世界がなくなるんですよね。(略)そこに、正しさも、やってあげるも、取引も、何もない。


    塾生6「価値なしモデルと、欠陥欠損モデルは、何が違います?(略)」
    由佐「人間って、どんな人もいろんな欠陥や欠損があるって思っていて、凸凹な存在じゃないですか。あるがままというのは、いろんないびつな形をしていて、その存在の凸凹であって完全だ、という感じなんですよ、欠陥欠損モデルの人たちのミッションは。価値なしモデルは、行動成果のパフォーマンスじゃなくて、命が存在する『在ること』の価値。欠陥欠損は、でこぼこで『あるがまま』の個性の完全性という感じ」

    メンタルモデルは絶対に一人ひとつ。
    由佐「皆、痛みはすべてもっているんですよ。持っているんだけど、体を使って、その世界を創造するという行動を起こすには、何かの担当分野があるらしいというのが、私の今の仮説で。」

    人間は誰もが固有の肉体をもって事して分離して存在している以上、絶対に避けられない体験があります。それは「痛み」を感じるという体験です。痛みはどういう時に生じるかというと、「自分の内側でこの世界にあるはずだ、と思っていたものが外側の世界にはない」という欠乏・欠損の認識が起きる時です。この世界に生まれてきたあらゆる人間が絶対にあるはずだと思いたいもの、欲しいものは、「自分はありのままで愛される」、という無条件の愛に対する信頼と、絶対的につながっているという感覚から得られる安心感です。

    →それによる回避行動の種類
    ・克服型
    ・逃避型
    この適合OSを自覚できない間は、人生の中で自分の取っている全ての行動は、必ずそのどちらかになっています。つまり、どんなに正しく、素晴らしいと思う行動をしていても、実際にはこの適合OSが見えていない間は、痛みを回避するための回避行動しか本当には人生でしていない、ということなのです。

    生存適合OSは完全に個人特有で、それぞれどんな固有の言葉をメンタルモデルとして持っているのか、そしてどんな回避行動を取っているのか、を細かいところまで見ていくと、一人一人必ず異なります。
    痛みに触れないように作り出したメンタルモデルを形成しているその言葉は、その人が自分の生きる世界を規定し、固定化させた言霊であり、一人ひとりの生存適合OSを紐解く目的は、まるで呪いのような言霊を見つけ、解除することにあるとも言えます。

    特に逃避型の血管欠損モデルの人たちは、大勢の中にいると、不安げな、自身がなさそうな印象を受けることがあります。このモデルは、自分の凹な状態もありのままで完全・完璧であり、その自分としてこの世界に安心していていいんだ、というありのままで存在することへの承認、存在そのものを認知されること、どこにいても自分はここにいていいんだ、という安心を獲得することをミッションとしています。
    (略)
    ここでは心から安心して自分のありのままで入られて、本音で何を話しても大丈夫だ、と思える場所があなたの人生にありますか?と問われたら、かなり心もとない感じがするのではないでしょうか。
    (略)
    どんな個性があったとしても、自分はこの世界でありのままでいて大丈夫だ、という安心感は、本当はすべての人が欲しいものだと思います。自分は他の人と比べると何かがたりない、補いようもない欠陥品だ、という痛みをもつ欠陥欠損モデルは、どんな個性があったとしても、私のまま、あなたのまま、ありのままで人は完全・完璧であり、それが人間として美しく、すべての人がただその人のままでここにいていいんだよ、というありのままの自分でただ入られる安心感から生まれる心理的な安心・安全の場をこの世界に作り出し、広げていくミッションを担っているのです。


    一人の人間の意識は、人生で織り成される様々体験を通して段階的に進化していきます。個人の意識の発達段階を「ライフ・タペストリー(人生の織物)」と名付けています。自我の発達とともに忘却の彼方に追いやられてしまう、生まれつき持ってきた痛みの裏にある、本当に自分が望む世界を体現し、想像していきていくまでの人間の意識の進化を表したライフ・タペストリー。

    「源」という概念は、大いなるもの、神、サムシンググレート、などいろンな表現で語られていますが、私が「源」の存在を初めて感じた体験は、ビジョン・クエストと呼ばれる「魂のビジョンにつながる」ために五日間自然の中で一人で過ごす、というネーティブアメリカンの儀式にアメリカで参加したときのことでした。


    「どんな仕事をしているんですか?」という質問に対して、なかなかわかりやすく答えることができません。こんなことを仕事にしたいと思ったこともないし、こんな風になっている自分も五年前ですら想像できなかったと思います。
    でも、世の中を変えたいからでも、誰かのためでもなく、自分の一番深いところにある自分を突き動かしている声とその衝動に従って、他の生命に自分の生命が貢献できるように「源」に使われて、その声に応えてやれることを全てやっている、と思える奇跡の連続のような毎日を生きています。
     生命の「源」の意識につながって生きる生き方や在り方が、どんな人生を作り出すのか、どんな現実の体験になるのかを、この人生を使って実験し、望む人がそれを生きられるように分かち合いたい。


    由佐さんの講座HPより
    おまけにその痛みの裏は、この自分がここで、この世界で何をしたいのかっていうその人の自分の使命につながっているんですよ。これ(この講座の)後半でやります。
    私生まれた時からずっとすごい分離なんで、とにかくいつも一人ぼっちっていう感じの人生なんですよね。自分の痛みは「いつも一人にされる」みたいな体験なんですけど。だからこそ、「すべてはひとつで命としてつながっている」っていうワンネスの世界にすごい焦がれるんです。それが自分の情熱なんです。だからこんな仕事をしてるわけです。

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    2019年09月09日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    改めて自分自身にしっかりと向きあい
    逃げずに認めなければと痛感。
    過去の自分からの忠告があっても
    意志の力で真の自分のために
    やってみる。小さいところから
    まず、始めてみよう!

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    2019年09月09日
  • ザ・メンタルモデル 第2版

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    ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー。由佐美加子先生と天外伺朗先生の著書。価値なしモデル、愛なしモデル、ひとりぼっちモデル、欠陥欠損モデルという4つのメンタルモデル。私は多かれ少なかれ4つのメンタルモデルの全てに当てはまっているかも。自分に嘘をつくのではなく、自分に正直に向き合うことで得られる何かがある。

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    2019年09月06日
  • 「生きる力」の強い子を育てる

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    すごい!

    ・今まで自分が学んだ、コーチングの基礎になる考え方、
    ・学校教育に関する、モヤモヤした感情
    ・”ゆとり教育”失墜の本当の理由

    が順を追って、わかりやすくまとまっている。
    これを読むと、これまでの子育て教育感が間違っていなかった
    ことが判ると同時に、人間の能力を伸ばすために必要な環境
    についてのTipsが、知識として獲得できる。

    後は、いかにこれらを実践するか?
    だな。

    本書を通じて知った、サドベリー校については、
    また別の書籍を通じて見聞を深めたい。


    以下、気になったキーワードを書籍からピックアップしておく。


    ・”ゆとり教育”は、教師の力量が問われる
     優秀な教師には、スポットがあたらず、
     ダメ教師のお粗末授業ばかりがクローズアップされた。

    ・アメリカのボストン郊外にあるサドベリー・バレー校
     NHKが紹介した番組(1997年放送)のビデオを入手
     ここは、「生きる力」を強い子を育てる教育の数少ない実践例

    ・日本ほど教育内容の規制が厳しい国は他にない
     アメリカでは、デューイ教育以外にも
     シュタイナーやモンテッソーリの教育など、多くの
     特にな教育が許されており、サドベリー教育でさえも
     公教育として認められ、政府からの補助金が支給されている。

    ・「与える教育」ではなく、「ひきだす教育」を
     適切な環境を用意し、自然に育った子どもは、いまの社会の常識に
     とらわれずに自らの価値観を熟成し、社会を改革する力を身につけていく

    ・「人間性教育」←著者が推奨している定義
    の系譜
    01.ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778:フランス)
    02.ヨハン・ハインリッヒ・パスタロッチ(1746-1827:スイス)
    03.ヨハン・フリードリッヒ・ヘルバルト(1776-1841:ドイツ)
    04.フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フレーベル(1782-1852:ドイツ)
    05.エレン・ゲイ(1849-1926:スウェーデン)
    06.ジョン・デューイ(1859-1952:アメリカ)
    07.ルドルフ・シュタイナー(1861-1925:ドイツ)
    08.マリア・モンテッソーリ(1870-1952:イタリア)
    09.アレクサンダー・サザーランド・ニイル(1883-1973:イギリス)
    10.セレスタン・フレネ(1896-1966:フランス)
    11.ロリス・マラグッチ(1920-1994:イタリア)
    12.ダイエル・グリーンバーグ(1934-:アメリカ)

    ・グリーンバーグが提唱したサドベリー流の教育は、極端
     徹底的に遊び尽くして満足した子どもは、必ず学習意欲が高まる時が来る。
     日本の母親達は、必死になって就学前から文字を教え、知識を教えよう
     としているが、まったく無駄である。むしろ失ったものが大きいと考える。

    ・子どもを癒すには、「無条件の受容」が必要。
     「〜ができたら、〜を与える」ではない。

    ・近代に入ってからは、
     ルソー著『エミール』(1963年)が「性善説」の代表格
     J・ズルツァー著『子どもの教育と指導の試み』(1748年)が、「性悪説」の代表格

    ・いまの教育は、社会の枠組みを絶対的な正義とみなして、
     子どもたちを強制的にその枠の中に押し込めようとしている。
     ところが、枠が存在することにより抑圧が生じ、子ども達のモンスターが
     肥大してさまざまな問題を生じているというメカニズムを十分に理解していないと、
     本当はまともな教育は望めない。

    ・昔から、「リーダーは声の大きいやつから選べ!」という格言がある。
     岡田武史前日本代表監督は、それを聞いて
     「そういえば俺も、昔から声のでかいやつばかりキャプテンに選んできたな。。。」
     と言っておられた。

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    2019年05月06日
  • 「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学

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    所属している組織がまさに合理主義経営(マネジメントは賢者の演出、目先の問題対処を推奨しながら信頼して任せることもできず、外発的動機をチラつかせながら管理せざるを得ないので生産性が低く、離職率が高い)であるということが体系的に整理できた。対する人間性を重視した経営(愚者の演出と無条件の受容を基に、信頼してまかせることで考えさせ気付かせる人財育成、目標の量ではなく目的の質、問題解決、そして内発的動機を大切にする)の中でもベクトルがあった人柄重視の採用というのは特に大きな企業にとって取り入れることはむずかしいかと思われるが、内発的動機が生産性を上げる(いわゆるフロー状態)というのは自分の経験としても納得できる内容であった。外発的動機だけで仕事をしていると感じるようになったら辞め時なのかもしれない。合理主義経営の中では目標ではなく目的のために何か活動することはSMARTな成果を説明しにくいため理解されにくく、机の下でコソコソやらなければならない。ということも論理的にスッキリ整理できた。

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    2018年10月21日
  • 「生きる力」の強い子を育てる

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    ネタバレ

    著者は、42年間ソニーに勤務し、CDや犬型ロボットAIBOなどの開発
    を主導して、上席常務にまでなられた方です。また、ソニーコンピ
    ュータサイエンス研究所を設立し、初代所長に就任。茂木健一郎氏
    や北野宏明氏などユニークな人材を輩出することに貢献します。引
    退後は、教育や医療の分野で活動をされ、エジンバラ大学から名誉
    博士号を授与されるかたわら、アメリカのネイティブアメリカンの
    長老に称せられるなど、怪人ぶりを発揮されている方です。

    本書は、そんな著者が教育について語った一冊。題名にあるとおり、
    「生きる力」を育てることがテーマです。

    「生きる力」は、現在の学習指導要領において、公教育の目標とさ
    れているもので、もともとは、悪名高い「ゆとり教育」の導入に伴
    って公式に使われるようになった言葉です。かつての学力偏重・つ
    めこみ型教育に対するアンチテーゼとして使われるようになったも
    のですが、ゆとり教育廃止後も、公教育の目標とされ続けています。
    ただし、ゆとり教育の「失敗」を繰り返さないよう、「生きる力」
    には「学力」も含まれると再定義がなされています。(すなわち、
    「学力」が低い=「生きる力」が低いとなってしまうわけで、これ
    はこれで非常に問題のある定義だと思います、、、)

    本書の前半では、ゆとり教育の前後を軸に、教育政策がどのような
    思想で行われてきたのか、それが本来の教育が目指すものとどのよ
    うにズレてきたしまったのかが整理されています。そこで明らかに
    されるのは、どのような教育にするにせよ、国が教育の中身を決め
    る国家主義教育である限りは、ダメなのだという現実です。既に欧
    米では、国家主義教育から人間性教育へと主流がシフトしつつある
    のに、日本では、国家主義教育から抜け出せないまま。「生きる力」
    を育てるには人間性教育へシフトすることが不可欠なのに、それを
    国家主義教育において進めようとしていることの矛盾が、説得力を
    もって語られます。

    では、生きる力を育てる人間性教育とはどのようなものなのか。そ
    れは、ルソー以来の伝統を持つもので、現代の認知工学や心理学の
    知見も加味して煎じ詰めると、以下の四つの要素に集約できるので
    はないかということが本書の後半で語られます。

    1.無条件の受容
    2.大脳新皮質がいろいろ学ぶ前に、古い脳を徹底的に鍛える
    3.フロー
    4.大自然との対峙

    「なにも難しいことはない。子どもたちを勉強机からひっぺがし、
    大自然の中に連れ出して、思い切り遊ばせればいいのだ」というの
    が著者の結論ですが、一番難しいのは最初に掲げられている「無条
    件の受容」かもしれません。これは子どもの可能性をどこまで信じ
    ることができるかということと関連するからです。子どもにせよ、
    他人にせよ、その可能性を信じて待っていれば、いつかはなるよう
    になるはずなのに、それが普通は我慢ができません。相手の中に神
    が眠っているということをなかなか信じることができない。それで
    神の目覚めを待てずに、余計な介入をして、おかしくしてしまう。

    相手のもつ可能性をどこまで引き出すことができるか。これは子育
    てに限らず、後進の育成などにおいても重要なテーマです。ですか
    ら、本書は、子育てや子どもの教育に悩まれている方のみならず、
    部下や後進の育成に関心の高い方にも、きっと得ることの多い一冊
    となることでしょう。個人的には、デューイなどに比べて言及され
    ることの少ないニイルの教育哲学を知ることができたのが大きな収
    穫でした。

    人間の持つ可能性、神性について考えさせてくれる一冊です。
    是非、読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    入社してから活躍する人は、趣味やクラブ活動やボランティア活動
    などを通じて、知識や学力とはまったく異質の「何か」を身につけ
    ている。それは、自らを常に磨く力であり、集団の中における適切
    で調和的な立ち位置を確保し、人生を楽しみ、目的を定め、挑戦し、
    自己実現に向かう力だ。
    そういった一連の力を、全部ひっくるめて「生きる力」と呼ぶこと
    にする。

    (2007年中教審答申では)「生きる力」は、「確かな学力」「豊か
    な人間性」「健康・体力」の三つが支えていると定義し直し、再び
    「学力偏重教育」へ舵を切ったのだ。つまり、もともとは行きすぎ
    た学力偏重教育の弊害を是正するために出した「生きる力」という
    概念を、それとは正反対の意味で使い始めた感がある。

    「生きる力」というのは、ことばを換えれば「自己実現」に向かう
    力だ。自分の能力を伸ばすとともに、それをいかんなく発揮し、思
    いを実現して、社会の中で意義のある活動をし、自らの位置づけを
    獲得していく力だ。

    国連教育加盟国の中で、シュタイナー教育が公教育として認められ
    ていないのは北朝鮮と日本だけだという。

    「国家主義教育学」というのは、次のような両面性を持っている。
    A.国家や支配者に忠実で、隣人に親切で、社会のルールやマナーを
     よく守り、勤勉で国の発展に献身的に貢献する人を育てる。
    B.国に押しつけられた枠の中でしか発想できず、視野が狭く、自ら
     の価値観を確立できず、個性や独創性に乏しく、ひとつの方向に
     猪突猛進する、洗脳された戦士を育てる。

    日本のフリースクールは、不登校児を救うために数多く設立された
    が、大多数は「人間性教育学」を実践している。

    知識は、人間の形成にとってはほとんど意味を持っていない。だか
    ら、知識の習得を教育の中心にすえてはいけない。むしろ、無意識
    の表出としての遊びと創造に道を譲るべき。木工、美術、音楽、ダ
    ンス、ドラマなどを重視すべき。文明国には、十分に遊んだ子がい
    ない。子どもが学んでいないと時間を無駄にしているという考えは
    呪いだ(ニイル)。

    「生きる力」には、「与える」教育はまったく無力であり、「引き
    出す」教育以外にはあり得ない。

    すべての子どもは自分自身の中に「神」を持っているのだが、通常
    はその神が眠っている。たとえ表からは見えなくても神の存在を信
    じて、その子を徹底的に信頼し、その神が目覚めるようにするのが
    教育の本質だ。

    自らの感情に、しっかり接地した子どもを育てなければいけない。
    感情が自由であるなら、知性はひとりでに発達する(ニイル)。

    私は人間が生きていく上でどうしても必要な要素を「歌と踊りと祈
    り」の三つに集約した。

    「生きる力」が伸びる四要素
    1.無条件の受容
    2.大脳新皮質がいろいろ学ぶ前に、古い脳を徹底的に鍛える
    3.フロー
    4.大自然との対峙

    いろいろ深く考えていくと、結局は、勉強を強制せず、大自然の中
    で夢中になって遊び回り、たっぷり「フロー」を体験すれば、子ど
    もたちの「生きる力」が伸び、「いい人生」につながるという結論
    に達する。
    なにも難しいことはない。
    子どもたちを勉強机からひっぺがし、大自然の中に連れ出して、思
    い切り遊ばせればいいのだ。

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    ●[2]編集後記

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    先日、高校時代の旧友と久々に会いました。昔やった悪行の話から、
    彼が常習していた万引きの話になりました。

    小学校低学年から始まった万引きは、何度警察につかまっても止め
    ることができず、結局、高校二年まで続けていたと言います。ある
    種の中毒症でしょう。経験者が語るずぶずぶとはまっていくプロセ
    スは、リアルな恐怖がありました。

    そんな彼が万引きを止められたきっかけは、万引きを発見された私
    服警官に、「お前の目は死んでいる」と言われたことと、引き取り
    にきた母親が全く怒らなかったことだそうです。

    自分が人間として終わっているという事実を面と向かって言われ、
    実の親からも完全に見放されたことがわかって、それで更生する気
    になったのだそうです。親御さんは、さんざん彼が目覚めるのを待
    ち続けて、いよいよもうダメだと諦めた時に、ようやっと彼は目覚
    めたわけで、人間というのはわからないものですね。

    彼はその後、有名私大に入り、現在は総合商社で立派な会社員をし
    ています。

    自分の子どもが万引きに手を染めた時、自分ならどうするか等々、
    色々と考えさせられた体験でした。

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    2015年07月27日
  • 「生きる力」の強い子を育てる

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    天外さんの考えの全体像を紹介されている本。僕は、ニイルやシュタイナーの思想や斎藤公子さんについてしれたことが良かった。
    フロー体験と乳幼児の学びについて、深めようと思った良書です。

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    2015年02月19日
  • 「日本一労働時間が短い“超ホワイト企業”は利益率業界一!」山田昭男のリーダー学

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    ネタバレ

    チェック項目5箇所。本書では、まず山田さんの語りをそっくりそのまま掲載し、その非言語的な情報が読者に届くように配慮した、山田さんの語り芸の味わいを十分に楽しんでいただけたら幸いだ。「ホウレンソウのいちばんの欠陥は何かと言ったら、上に報告するということは、逆にいうと、みんな上からの指示を待つようになってしまうのね。自分でものを考えない。指示を待っとって、それで、指示されたからやりますよと」。「基本的に一般の会社というのは命令するわけ。絶対命令しちゃいけないよ。命令すると社員はしようがないから嫌々動く。嫌々動いて会社がうまくいくわけはないじゃないか。だから命令しちゃいけないよ。じゃあいいたいことがあったらどうするのかというと、説得をして納得させる」。「走ったらニンジンやるよというと、必ず”俺はニンジンいらんから、走らんよ”というのが出てくる。馬は考えないよ、そんなこと。だけど、人間は考えられるわけや。そうすると、俺はニンジンもらわなくてもいいんだから走らないよというのは、これを”権利主義”と僕は呼ぶわけです。権利がある。だから、走ったからニンジンくれよという権利がある」。「一言でいってしまえば、いかに社員の不満をなくすかということ。餌をやるということは社員の不満をなくすということなんです」。

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    2014年09月07日
  • 「生きる力」の強い子を育てる

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    早期教育の弊害がストンと理解できます。子どもに子ども時代を保障することの大切さを痛感する本です。読んで目から鱗というかズシンと本質が伝わるというか…衝撃的な本でした。何度も読み返しています。

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    2014年04月28日
  • 「生きる力」の強い子を育てる

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    久々に教育書を読みました。
    ハッキリ言います! 超オススメ! 騙されたと思って絶対読んで!

    以下のような方はぜひ読まれると良いでしょう。

    ・子どもについいろいろ口出ししてしまう方
    ・子どもが期待より出来ないことにイライラしてしまう方
    ・早く○○しなきゃ!と焦っている方
    ・今、何に取り組んだら良いんだろう、と悶々としている方
    ・子どもが全然勉強に取り組んでくれない方

    また、既にシュタイナーやモンテッソーリ、アドラー心理学など一度は考えたことがあるような方も、本書を読むと改めて知識の再整理といいますか、腹落ち感は半端ないと思います。

    あるいは、叱らない育児、褒めない育児、肯定的なしつけなどなど、あまりメジャーではありませんが、「ポジティブディシプリン」を信奉しているような方もかなりの部分で賛同出来る内容になっています。

    意識の高い親たちはみんな気付いているんです。本書に書かれた教育法の効果を。
    自ら考えたくましく世の中を闊歩する、「生きる力」が養われるという、その効果を。
    ・・・知識として。

    けれども、それを実践するためには、日本にはそういう環境が少ないし、仮に環境が近くにあったとしてもまるでバクチのようにすら思えて、怖じ気づいて、いざやろうとすると出来ないのです。

    そりゃ本書で紹介されたサドベリー校のように、朝から晩までひたすら遊んで過ごしながら集中力を養い、やがてそれが学習意欲としての集中力に転化するなどという奇抜な教育施策など、親の意思が強くなければ絶対に世間の風当たりの強さに負けてしまうというものなのです。

    「あの家庭は子どもを遊ばせていて、それで将来は生きる力が付くなんて信じてるらしい。おめでたいね」
    「どうもあの子はしつけがなっていない。人に迷惑を掛けておいてけろっとしてる。親は何やってんだ」
    「あの子まだひらがなも書けないんですって。かわいそうね」

    真面目な親ほど、そういう声にとても敏感で、いつの間にか既成の枠の中に子どもを閉じ込めてしまいます。
    そうしたとき、子どもの創造力は失われ、型にハマった「良い子」が出来上がります。
    もったいないけれど、それが現実。

    ゆとり教育もそう。あれは極めて高度な教育の思想です。それを全国一律に導入しようとしました。
    全ての教師や親たちが意識の高い人の集団なら、もしかしたら成功したかもしれませんが、いろんな人たちが居る中で理想的な教育理論だけを振りかざしたって、上手く行きっこ無いんです。
    教えないで待つ。与えないで引き出す。
    忍耐が要ります。
    失敗したらどうする? 恐怖が募ります。
    素晴らしい思想だったのにもったいない。欲張り過ぎたのでしょう。

    そうなんです。
    この本を読んで感化され、100%本書の通りにやるという行動も一つの選択だと思いますが、そんなことができる親は1%もいやしないと思います。
    でも、この本から20%くらいなら取り入れてみて、少しずつ実践してみる、という取り組みなら、何とかできそうな気がします。

    世の中にはパレートの法則、2:8の法則なんて勇気が出る経験則があります。
    本書の20%でも実践できれば、きっと80%の効果が上がるはずなんです。

    少しずつでもいいから試しながら、一歩ずつ確認するようにゆっくりと、それでも前進して行けたなら、いつか世界中の子どもたちが幸せになれるんじゃないかな、そしたら戦争もなくなるんじゃないかな、とそんな風にすら思えるのです。

    本書のような内容のことを、僕はのんが0歳のときに少し勉強していました。
    あれから5年を経て、今僕は本書と出会い、何だか懐かしい気持ちになりました。

    のんがまだママのお腹の中にいた頃、僕はのんにどうなって欲しいと思っていたのでしょう。
    目の前で字を書くこと、英語をしゃべること。
    そんなことはどうだって良いとは言わないけれども、とりわけて大事なことでもない。
    僕は、のんが、「自ら道を切り開いて、世の中を生き抜いて行ける強い女性にしたい」と、そういう風に思っていたのでした。
    そのためには創造力や決断力、コミュニケーション能力などを高める必要があると。
    そこでポジティブディシプリンを勉強したり、アドラー心理学の本を読んだり、様々な育児書、教育書を読みあさっていたというわけです。

    でも、100%それを実現することは、僕には出来ませんでした。
    僕は意思の弱い人間です。
    世間の目や「普通の5歳」や「出来る5歳」を意識して枠にはめてしまおうとする悪魔が出て来てしまうのです。

    でも、不思議なことに、いろいろ読みあさっていたことが深層心理で効いていたのか、のんの進む道は100%では無いながらも、かなりの部分で本書のような内容を意識した選択をしていたのです。

    ・例えば、山の中を自由に走り回れる自然が豊かな保育園に1歳になってすぐに放り込んだこと。
     →うちは共働きですから、意識せずそうなった。近くの保育園が取れず、結果的に田舎の方の保育園になった。
    ・例えば、音楽や芸術など、本人がやりたいように自由にさせ、そのような環境を準備しておいたこと。
     →ズボラなので、いろんな画材を最初に買って全部与えた。音楽は何となく情操に良いと思っていた。
    ・例えば、本人が集中しているときに、敢えてその集中を削がないようにそっとしておいたこと。
     →単に私がズボラだから、集中していてくれると楽だから。
    ・例えば、教えることより引き出す教育を実践している小学校に進学させたこと。
     →狙ったと言えば、これぐらいかな。。

    100%は無理でも、それでも諦めないで、一歩ずつでも理想の教育に近づけるように、意識して行ったら、もしかしたら自然にそういった選択をしていくのかもしれません。

    答えはまだ分からないのです。将来のんがどうなってしまうのかも。
    でも、100%ではないにしても、少しは幸せに近づけるのではないのかなと、そう信じたいのです。

    良書です。ぜひ読んでみて下さい!

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    2013年12月01日
  • 「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学

    Posted by ブクログ

    今まで「ネッツトヨタ南国」を取り上げた本はたくさんありましたが、いわゆる、会社が行っている制度や取組みを中心にしたMBA的な経営戦略にスポットを当てたものばかりでした。
    この本は、視点を創業者である横田英毅さんにあて、「ネッツトヨタ南国」経営の目に見えない部分に、どれだけの深い…岩盤(真因)に到達するまで深堀した…考えと、時間をかけた綿密な風土づくりがなされているかについて、書かれています。ネッツトヨタ南国を見学した経営者が、システムや取組みを自社で真似しても根付かず、上手くいかなかったというお話を聴きますが、それは、重要な「目に見えない部分」を欠いて、表面だけにとどまったからだであり、ネッツトヨタ南国の他社との違いは、まさにここにあります。
    失われた10年を経て、もはや高度成長期には戻れない今、日本企業は働く人と組織の新しい関係を模索し続けていますが、なかなか着陸地点を見いだせないでいます。それが社会の歪となり、精神疾患や、格差となって露呈してきています。ネッツトヨタ南国の経営は、働く人と組織の新しい在り方のいい成功事例です。
    しかし、頭で理解し共感しても、凡人には実行することがとても難しい…。自身をマネジメントできる高い人間力が伴わないとなかなかできない。知行一致がないと全てが見透かされてしまうのです。ここが難しいところです。

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    2013年06月02日
  • 「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    実際にお会いした時は、あまりお話できず理解が追いついていなかったが、この本を読んで少し理解できた気がします。深い内容でした。

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    2026年01月03日