トーマス・セドラチェクのレビュー一覧
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最悪のシステムの中の最善のシステムである、資本主義について、情報技術によってますます加速し、変容をしていく先に何が待っているのか。2019年の断面で7名の経済学者が未来を予測した書
キーワードは以下です。
米中の対立
資本主義の修正と変容
富の再配分
人工知能の発達と普及、そして雇用への影響
目次
プロローグ 「未完」のその先を求めて
Chapter1 ポール・クルグマン 我々は大きな分岐点の前に立っている
Chapter2 トーマス・フリードマン 雇用の完新世が終わり、人新世がはじまる
Chapter3 デヴィッド・グレーバー 職業の半分がなくなり、どうでもいい仕事が急増する
Chapter4 トーマス・セドラチェク 成長を追い求める経済学が世界を破壊する
Chapter5 タイラー・コーエン テクノロジーは働く人の格差をますます広げていく
Chapter6 ルトガー・ブレグマン ベーシックインカムと1日3時間労働が社会を救う
Chapter7 ビクターマイヤー=ショーンベルガー データ資本主義が激変させる未来
エピローグ 加速する世界の中で
ISBN:9784569843728
出版社:PHP研究所
判型:新書
ページ数:204ページ
定価:900円(本体)
発売日:2019年09月27日 -
Posted by ブクログ
前作がとてもためになったため、本書にも興味を持ち購読。
著者は本書執筆目的として
「経済のシステムにより生じた精神的・実在的な深淵へと読者を案内するため」
と述べている通り、過去と現在の経済動向を心理学や哲学を絡めて解説している。
『予言』をテーマにした項が、コロナ禍に加えて政権の暴走で疲弊する日本の現状を表しているように感じた。
「人間は何かに理由を求めたがる」
「国家の非常時には国民が低俗な情報を信じ、誇張して伝える」
怒りに満ちたネットニュースへのコメントや、根拠の乏しい陰謀論。論理的にこういった現象を紐解いていくと、現状がアホくさく見えて来てしまう。
これからも読む経済本はより本質的な情報が載っているものを選んでいきたい。
〇学長のような手っ取り早いノウハウ本ではなくて。 -
購入済み
経済思想史です
経済の思想史というべきものです。
経済学の知見が少なくても理解はできます。でも、経済学の知見があればあるほど、より楽しく読めると思います。但し、著者の考えがすべてとは思いません。
また、一つだけ、コロナ対策で評価の高い権威主義的国家での経済についての記載が少ないように思えました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレヘブライ人の善をなす理由をそれ自体におこうとする思想、これは神という彼岸に現象の理、因果性、意図を求めようとすることによる悩み、矛盾を解決しようという試みが始まり。彼らの悩みは、問の置き方の掛け違いに過ぎぬのではないか?
ギルガメシュは現象の理不尽さを見て、それが善か悪かといった倫理問題に発展することはない。神は気まぐれであり、洪水の理由は悪行ではない。現象に善悪上の因果性を求めるという奇妙さ。そこに悪行があったのではと勘ぐる陰湿さ、弱者の理論。
この一見した倫理上の矛盾への悩みが倫理を超越した理論へつながる。例えばルカによる福音書を見よ。敗北者の恨み、妬みが結晶化している。彼らがアブラハムは言う。現世で富んでいたから死後に苦しみ、現世で乏しいせいで死後に祝福されると。もはや倫理を超越する。
つまりはこうだ。ギルガメシュやエジプト人はにとって支配者は半神、あるいは神そのものである。つまり倫理と力に矛盾や分裂がない状態が支配的安定状態だ。しかし、ユダヤ人はその一致がない民族で、理不尽な現世を妥当させるかを悩み、新たな発明をした民族だった。その一つが法への愛。
クセノポンの言葉は示唆に富む。アダム・スミスとの対比は、佐伯啓思より面白い。
p188."心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。"。心の貧しい人に、それで良いのだと教えたところ、大いに広まった宗教がある。なぜ、天国は心の豊かな人たちの国ではないのか?堕ちた人たちの国なのか?
# キリスト教徒の救いとは借金帳消を意味していた
彼らの弱さは貧しさでもあった。キリスト教ほど経済、お金、財のことがたくさん書いてある書物も珍しい。そもそも罪とは原意では負債である。赦しとは債務の帳消しであり、破産は奴隷になることを意味していた。現実の問題として、彼ら初期のキリスト教徒にとって借金が最大の問題だった。
対して、ギルガメシュにも、指輪物語にも、お金のことは出てこず、手に入れたければ、冒険や旅をして、足(意欲、胆力…)と力で手に入れている。キリスト教は、足も力もなく、何も手に入れることができない人に向けた慰めなのだ。
# キリスト教の現世観
p199.
両方の頬をつきだすのは、パレート最適。報復合戦に陥るのは囚人のジレンマ。
このパレート最適を実現するために、悪と善の判断を停止すること、さらに効用を現世に求めることの否定を説いた。悪は単なる現象であり、その理不尽さを嘆かずにとにかく、隣人を愛せと解く。善悪の理由の探索の停止と忘却。つまり、善行が報われるのは天国でのみで、現世ではない。
p203. この副作用は、現世は良くなるべきものではなく、脇役に過ぎなくなった。天国での救いの、前段階であり、現世と距離を起き、現世に否定的な姿勢へとつながる。この世では救われないのだから。ヘブライ人の現世での効用の考えを捨てた。
# 祝福としての労働、呪いとしてのも労働
労働が苦しいものになったのはキリスト教の価値観で、りんごを食べて楽園を追放されてからだ。
#デカルト
世界の根源に数学的な規則を見た、またはそれ以外を棄却したのはピタゴラス。ホモ エコノミクスのルーツはエピクロス。そしてこれらを焼き直して数学的、機械論を世界の規則においたのはデカルト。結果、
1. 客観、再現性、再観察性を重視し、伝統、神話を世界記述から排除。
2. 精神と物質の二元論の復活。しかも、精神とは知を主体とした概念に更新。これによって、知的な世界が、物質的現象と対等かそれ以上になり、知的活動のモデルが経験的事実との直接的関係なしに構築可能になった。
3. 数学的に説明可能な機械論を世界説明の方法と価値の中心においた。数学的機械論。ヘブライ人の倫理、キリスト教の慈愛に相当。
人間存在論が機械論で説明可能な世界に萎縮し、数学的機械論の説明可能な世界に限定される。人間は土の像。これが心理学、さらに人間行動原理に及ぶと、ホモ・エコノミクスとなる。
#経験主義の否定とデカルトの合理主義
世界を説明するに相応しい手段は、単なる経験による理論ではなく理性的考察のよって得られる、数学的原理とその機構で説明されると観る。
#合理主義の非合理性
感覚と理性が矛盾する場合は、理性が正しく世界を理解する、とする。このため、デカルト的アプローチの学問は世界の現象と矛盾する。"信じるのが容易か、状況に適しているか、説得力があるか、世界の仕組みに関する人間の内在的な信念、すなわち借用または継承してきたパラダイム、、、偏見と一致するか、ということが決め手となる。"
つまり、トーマス・クーンのパラダイム論を思い出してほしい。通常科学という発想自体、科学が、社会的受容具合に依存し、科学と社会受容の相互関係でら何が通常かが決まることを示唆している。
この曖昧性は、数学依存による。数学的に表現できないことを棄却した世界では、現象に対しての解釈や意味論が意識されなくなる。体系への意味論が熟慮されないまま体型が自己成長じ、自己規定的になればなるほど、革命に危険にさらされる。また、超越的になり、体験される現象との関係が希薄になる。このような自体に対し、フッサール曰く、彼は客観主義ではなく、結果、超越論的な主観主義だ、と表現した。
# ホモ・エコノミクスのトートロジー
コリンズ経済学辞典によると、効用とは"財やサービスの消費から得られる満足または快楽のこと"。しかしこれでは、何かしたいことをする、と言っているだけで、効用を直接定義していない。満足とは、財やサービスの消費によって得られる効用、と言っても差し支えない。これは循環定義、いわゆるトートロジー。トートロジーはその定義域が無限であっても、何も定義していないので、成立する。何も定義していないのだから。反証可能性が理論の価値。
# 見えざる手のトートロジー
p368, c11-.
見えざる手とは何か。市場や社会集団を、集団としての行動の結果を生む、何らかの法則か作用因郡。つまり何らかの経済的作用のうちの何か、くらいの定義だ。この何か、に効用を生む作用であるという信頼を持つに至って、それを数学的合理性に押し込んだのが経済学の議論。
私悪も公益を生む、という考え。そのうち、全てこの見えざる手にゆだねていいという考え方が自由放任主義。その逆が計画経済。
# 数学
p415.
"数学的思考は、私達が現に住んでいる物理的な世界のある部分が、人間の作り出した抽象的な数式にある程度従って振る舞い始める、少なくてもそういう印象を与える、という奇跡的な性質を備えている。"
だた数学も不変ではない。ラッセルのバラドックスのように、定義を変えてつじつまをあわせることもある。
キルケゴール曰く"論理的な系は可能である。実存的な系は不可能である。"
ゲーデル曰く、"自然数論を含む形式的内径が、無矛盾であれば、その体系内に真とも偽とも言えない命題が存在する。"つまり無矛盾性と完全性は両立しない。
数学はトートロジーだ。ウィトゲンシュタイン曰く、論理学の命題はトートロジーである。...論理は超越論的である。...数学とは一つの論理学的方法にほかならない。...実際我々は、生活において数学の命題などまったく必要しない。
本来、トートロジーな数学に妥当性を与えるのが意味論だ。超越論になりえない。
例えば、ある計量経済学の論文で、分析の結果、通貨供給量以上に豪雨がインフレに影響を与えたと求められた。ある観察範囲で共起したからと言って因果性があるわけではない。数学に頼り、それが主になると、おかしな理論が氾濫するようになる。なぜなら数学のモデル自体は、その内部ではトートロジーだからだ。
数学を多用した決定論的な考えはまだ経済学において主流なままだ。量子力学が起こった物理学とは対象的に。 -
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ネタバレ久しぶりの書評です。表面的なテクニックに留まらず「あるべき」という倫理を追求することは、改めて仕事に当てはめる必要があると感じさせられました。
本書は、経済思想は本来、哲学、宗教などと密接に関連し、常に「倫理的な規範」「善と悪」の価値判断と不可分であるが、現代の主流派経済学は分析的アプローチと数学モデルによってこうした倫理と決別したように=「価値中立的」に見える。しかし、実は「効率性、完全競争、高成長」「快楽追求・効率至上主義的」に価値を置いているとし、リーマン・ショックの問題も契機に、物質的反映がもたらす幸福を躍起になって追い求める「経済成長」よりも巨額の債務に依存しない安定性がより重要であるとしている。 -
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この本は作中にも書かれているように「機械論的・強権的な主流派経済学に対する批判の書」です。つまり、現在の経済学にありがちな数式等を駆使したものではなく、数式で表すことの出来ない倫理、哲学を土台にした経済学の本であると言えます。私自身もこの作者の意見には賛成で、物理学等と違い、経済学は人間の行動を相手にした学問であり、そこには倫理学、哲学だけでなく、社会学、心理学等複雑な要素が沢山絡んでいます。その複雑な要素を数式だけで表すのは到底無理な話であり、実際問題現実世界においても様々な経済学の理論はあれど幾度となく金融危機が生じています。経済学は全てを数式で表そうとはせず、数式で表せる部分とそうではない部分を補完し合いながら学ぶのが最適だと考えている私にとってこの本に記されていることには概ね賛成することが出来ました。
また、この本は経済思想の変遷も比較的分かりやすく記しており、社会思想史を学ぶ上でも大変参考になる本でした。 -
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現在のウォール街の問題をギルガメッシュの壁から語り起こす経済学についての一大叙事詩です。道具としての経済学はいかに近年のものであり、経済が人間とか社会に向き合う学問である限り、「倫理」からは目を背けてはならない、という熱い想いが一貫されています。「神の見えざる手」の元祖とされているアダム・スミスに対してさえ「国富論」より「道徳感情論」の作者として光を当て直しています。キーワードとしてアニマルスピリットが多く使われていますが、レヴィ・ストロース「野生の思考」を連想してしまいました。また最近、シンギュラリティが間近とされているAIの専門家が、これからはテクノロジーには倫理についての議論が求められている、と話されていたことも思い出しました。とにかく膨大な教養によって経済学の限界と可能性を語り巡る旅としての読書でした。そして、こんな知性が現実の経済の責任者だったなんて、チェコすごい!
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資本主義に対して各識者が色々な主張をしているが、中には反対するような論説もありそれぞれが論理だっているので難しい問題なのだと再認識。脱物質化で環境問題にも対応できると言っているアンドリューマカフィー氏の章だけハテナがたくさんあった。人類が利用している資源量は近年になって減ってきているという主張だが、そもそもが採りすぎですでに環境破壊が相当進んでいるのに、どれほど利用資源量が減ってるからOKと言えるのだろうか?さすがに今までと同じ経済活動で良いとは言えないと思ったが、本を読んでみたい。
原発問題は「化石燃料に比べればマシ」という一方、「長期的なリスクあるからダメ」というところで、やはり政治的な決断でしかない。 -
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経済を歴史や倫理、哲学等の観点から深堀りした読み応えのある良書。
現代の数式やお堅い専門用語を並べがちな主流の経済学へ一石を投じる内容になっている。
文章の大半は偉人や古典文学からの引用で構成されており、現代の通説は過去の原則で成立している事を理解させてくれる。
知性は情動の奴隷であり、「見えざる手」は人間の情動で成立している。
人の強欲さが現代の継続したGDP上昇の源泉となっている。
様々な観点から経済学を捉えてみたい。
そのためには一見関係なさそうに思える歴史や心理学にも目を向けてみよう。
そんな気持ちになれた、良い読書体験だった。 -
Posted by ブクログ
色んな視点があって面白い。
現代社会を憂えている点では一緒。
個人的には、フリードマン、グレーバー、ブレグマン、ショーンベルガーの思想にかなり共感を覚えた。それぞれの著書を読んで、より詳しく勉強しようと思う。
以下、個人的なメモ(ネタバレ?)
ポール・クルーグマン
富の集中は防がなければならない。
資本主義による経済不平等をどこまで是正するか。政治の話。
トーマス・フリードマン
「Average is Over」格差拡大で、平均的では不十分で、常に平均以上になることを志向しなければならない。
「creativity,collaboration,comunity,coding」が必須スキルになる。
加速化する時代に生き残るには「生涯学習者」になる能力が、最も重要。
デヴィッド・グレーバー
「Bullshit Jobs」意味のない仕事をしていると実感している人が多い。
仕事が社会に貢献している割合と、貰ってる報酬が逆相関になっている。
トーマス・セドラチェク
経済学の誤り。数字で計算出来るものだけを考えていること。
長期的な成長が前提であること。意思あるものが多くを取り、意志のないものは少なく取る傾向を前提にしていること。
タイラー・コーエン
中間層の凋落の原因は孤独。人と触れ合うコミュニティが減っている。
ルドガー・ブレグマン
歴史の中で何度もユートピアを現実となっている。奴隷制の廃止、民主主義、男女の権利平等、福祉国家の権利。
GDPの成長は必ずしも幸福を意味しない。この富をどう活用するか?
テレビの視聴時間が長いのは労働時間の長い国。本当に疲れてる時に余った時間を使えるのはテレビぐらい。
より多くの人がボランティア活動に従事し、子供やお年寄りの世話、作曲や芸術活動に携わるのは、労働時間が短い国。
働く時間を短くするべき=ベーシックインカム。
高給の仕事は、富を動かしているだけで、新しい価値はほとんど生み出さない。銀行業、シリコンバレー、管理職。
ビクター・マイヤー=ショーンベルガー
データ納税。
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前書は、経済を「善と悪」の視点からその西洋における歴史と成長の要因を検討・分析したが、本書では、現実の経済を人に見立ててその精神分析をしようというものである。本書の内容について著書の中で触れているのでそれを引用してみよう。
「この本は経済を心理学的な視点から見ようという本だ。だから、心理学がするような質問を次のようの問いかけてみたい。システムとしての経済はいつになったら、なんの世話も助けも借りずにやっていけるようになるのか? いつになったら自分自身と、そして自分自身の問題と折り合いをつけられるのか? 経済という肉体は、いつ成長を止めるのか? いつ大人になるのか? 健康な子どもがすくすくと成長し、大人になったら体の成長はもう期待できなくなるように(その段階で期待されるのは、肉体よりも精神の成長だ)、経済も大人になるのだろうか?まだなっていないのだとしたら(私たちはみな、経済の成長の途上であると思いたがっている)、いつ大人になるのだろう?」
正直なところ、一般の人は精神分析というものにそれほどの馴染みがないせいか、ややわかりにくい面がある。しかしながら、多くの神話やお伽話などが引用されているので、比較的退屈せずに読み通せると言える。 -
Posted by ブクログ
チェコ人の経済学者による、経済論。
歴史を紐解き、聖書や古代ギリシア、ローマにおける哲学、倫理学、数学等と経済学との関連を明確にし、善悪を含めた倫理の要素と経済学とに焦点を当て論述している。以前は倫理的要素が経済学でも大きく論じられていたが、現在は経済学と倫理学、哲学とは切り離されている。善悪の観点を排除した現在の経済理論は、目的を見失っていると批判している。常に進歩と発展を追及している資本主義のあり方に警鐘を鳴らす著者の考え方は理解できた。
「よい経済学者であるためには、よい数学者であると同時によい哲学者でなければならない。経済学は数学に肩入れしすぎて、人間的な要素をおろそかにしてきた」p13
「現代人は進歩という概念に毒されているが、古くはこの概念は存在しなかった。時の流れは循環的であるとされ、人間が歴史に足跡を残すとは考えられていなかった」p18
「社会が全体として高度化するほど、その構成員は個人として独力では生き延びられなくなる。社会の分業が進むほど、生存に関わる程度にまで相互依存の度合いは高まる」p40
「14世紀のヴェニスでは、ユダヤ人といえば金貸しだった。経済史家のニーアル・ファーガソンが指摘するとおり、シャイロックが「アントニオはいい人間だ」と言うとき、それは倫理的によいという意味ではなく、返済能力を備えているという意味である。ユダヤ人が、金貸しはどの職業よりいい商売だと知ったのは、この頃である」p117
「プラトンもアリストテレスも、労働は生きるために必要とみなしていたものの、それは低い階級のやることだと考えていた。そうすればエリートは労働に煩わされることなく「純粋に精神的な活動すなわち芸術や哲学や政治」に専念できる。アリストテレスは、労働は「堕落であり時間の無駄であって、真の名誉への道を妨げる」とさえ考えていた」p123
「安息日は生産性を高めるために設けられたのではない。安息日は絶対であって、主が天地創造の七日目に休んだ例に倣っている。主は疲れたから、あるいは元気を回復するために休んだのではなく、大仕事を成し遂げたから休んだ。仕事をやり遂げたら、達成感に浸り、成果を楽しむ。七日目は、楽しむための日なのである」p125
「(クセノポン)家具であれば、家に十分整えればそれ以上は買わないものだ。だが銀の場合は、どれほど所有しても、これ以上いらないと言う人はいない」p148
「(マンデヴィルの平和な蜂の世界)この社会で起きたことはこうだった。蜂はいよいよ栄えてよい暮らしをするどころか、まったく逆のことが起きたのである。窓枠もドア飾りもいらない社会では、一握りの鍛冶職人しかいらない。一事が万事で、多くの蜂は職を失ってしまった。判事、弁護士、検事も失業し、法の執行を監督する役人も不要になる。贅沢も暴飲暴食もなくなり、需要が激減して、農夫、執事、靴屋、仕立屋は商売が立ち行かなくなった。好戦的だった蜂社会は平和志向になり、軍隊は廃止される。あわれ大勢の蜂は死に絶え、ごく少数だけが生き延びる」p262
「悪徳は有効需要を増やす相乗効果に相当し、経済の牽引力となる」p265
「アルコール中毒患者が飲んでも飲んでも飲みたくなるように、消費は本質的には中毒と同じではあるまいか」p312
「経済学は「稀少資源の配分」の学問とされているが、では資源が豊富になったらどうするのか」p340
「私たちは、感謝し満足することを知るべく努力しなければならない。信じられないほど貧しかった古代の哲人に比べれば、少なくとも物質的には何百倍も豊かな状況にあるのだから」p347 -
Posted by ブクログ
無味乾燥で数式とCeteris paribus(他の条件が一定なら...)のオンパレードとなった経済学を、倫理と哲学の視点からRe-buildを諮るユニークな一冊である。
アダム・スミスの代表的著書が『国富論』と並び『道徳哲学論』であることを考えれば当然なのだが経済活動と道徳は呉越同舟である。しかし皮肉なことにアダム・スミスを契機に無機質化した経済学に再度有機的要素の復権を試みる。ギルガメッシュ叙事詩や新旧約聖書、ギリシャ哲学のなかに経済学的要素を見出し、特にマンテヴィルの「蜂の寓話」の非効率非対称だからこそ経済は発展する例えは示唆に富む。
「不足感が不足を生む」「数学はエレガントに創っているからエレガントに感じて当然」など、セドラチェク氏の逆説的論法が小気味良くて面白い。途中までは知的で大局的な内容であったが、最後で「人間的な地に足の着いた経済活動を」的なこじんまりした結論を語っているのでそこは不要だったかも。
倫理に根差した自然発生的な人間の経済活動を、「神の見えざる手」を起点に「アニマル・スピリッツ」から第三者の象牙の塔が何やら得体の知れないものとして扱い始め、ゲーム理論など一周回って余計難解な解釈に行き着いてしまっている。今一度基本に立ち返って経済を考える時期にきたのでは、という警鐘を鳴らす本であった。