青山透子のレビュー一覧
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1985年8月12日から39年
昨日読んだ森永卓郎さんの著書に紹介、引用された青山透子さんの本を読む。
「1スチュワーデスの視点から」当時の資料などからのシミュレーションを読むだけで胸が苦しくなる。乗客の手紙、客室乗務員のエピソードが辛い。
青山透子さんは事故当時を知る日本航空の客室乗務員。具体的な証拠や目撃証言を丹念に積み上げ、事故原因を明らかにしようとしている。
その中には上野村の小中学生の文集も含まれている。目撃した子ども達の文章が、説得力を倍加させる。
「この事件で命を落とした人々への供養は、まだ生きている関係者が『真実を語ること』、それだけである。」
明日は8月12日。
遺族はどんな思いで明日を迎えるのだろうか。 -
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日航123便墜落事故の真相が知りたくて、「墜落の新事実」に引き続き読んでみた。
前著『墜落の新事実』では、目撃者の証言から真相に迫っていたが、今回は「遺体及び証拠物である遺物」の化学的分析結果から、墜落に関する事件性を問うものである。
読み進めていけばいくほと疑惑は高まるばかり。
運輸省(当時)が情報公開法施行前に、日航123便墜落関連の資料をおよそ1トン分も破棄したのはなぜか。証拠隠滅としか思えない。
整備ミスが墜落の原因とされているのに、「遺族への配慮」という理由で、コックピット内の機長、副操縦士、航空機関士と管制官とのやりとりや会話を公開しないのは、公表されては不都合な真実があると思われても仕方がないと思う。
青山さんが書いているように、現場の状況からそうなってしまった原因が何か、という視点から見ていくことで見えてくるものもあるので、「あり得ない」とか「信じられない」という思考を超えて冷静に考えていかなければならないとつくづく思った。
心に残った言葉
・当時、検死にあたった医師たちが「筋肉や骨まで炭化し、二度焼きした形跡がある」という資料を残した。連日の夕立で湿度75%以上の夏山で、なぜ骨まで炭になってしまった遺体があったのかという疑問、二度焼かれた痕跡があるという鋭い棘のような記述は、読んだ人間の目をそこに釘づけにする。山頂では一晩中狼煙のような煙が立ち上り、多数のヘリコプターがぐるぐると旋回していた。その直下で、いつまでも燃える炎がしたいを焼き尽くし、墜落場所不明の報道にもかかわらず、自衛隊はや機動隊の多数の車が上野村に集結していた。P58
・朝まで燻り、炎まで上がっている現場状況、消防団の臭いや目撃証言を総合的に見ていくと、遺体状況の比較を加味して考えれば、ケロシンではそこまでならない。ジェット燃料のケロシンは、不時着や突発的事態によって燃料を空中に捨て去ることも多いため引火点も低く、極めて安全性が高いことが表1からわかる。P89
・最も見てほしい部分は、生存者が発見された場所である。最後部のEコンパートメントに座っていた144人は重なり合い、その遺体状況はほぼ完全な遺体であったと記録されている。実はここは山頂からは全く見えない場所で、沢へ滑落して深い森の木々に囲まれている。すぐそばにNo.1エンジンとNo.2エンジンが二つも転がっていたにもかかわらず、さらにジェット燃料の貯蔵部分の右主翼の一部があるにもかかわらず、燃えていないのである。つまり、他の遺体と異なり、「ジェット燃料で燃えた」ということよりも、むしろ山頂から見えないところだったので、燃えなかったと言わざるを得ない状況である。P91
・123便には、当時オープンしたばかりのディズニーランド帰りの乗客が多く、そのほとんどが買っていたお土産のミッキーマウスが、なぜか燃えておらずにそばに転がっていたそうだ。化繊で燃えやすいにもかかわらず、不思議な光景であったという。P94
・あの日、上野村の墜落現場の山奥で、ジェット燃料ではなく、ベンゼンが含まれる大量のガソリンが用いられ、航空機の構造物であるジュラルミンが融解してドロドロになって固まり、その中に硫黄成分を含むゴムのような粘着性の高い物質が含まれていた、という事実は、武器使用の可能性を最大に高めた結果となったのはまちがいないと考える。本来、ありもしないはずの物質があったということは、誰かがそれを持ちこんだ、ということになる。山頂で自衛隊ヘリコプターが物を上げ下げしていたという目撃情報、現場から近い陸上自衛隊相馬原の部隊も所有していたM2型改良型火炎放射器燃料、機体の融解、炭化遺体と一本の線がつながるP160
・一般人が手に入るはずもない武器燃料で焼かれた可能性をどう説明すればよいのだろうか。成分分析の結果とこれらの写真を見比べながら、私は心の底から湧き出てくる激しい怒りを覚えた。こういう実態を直視せずに、33年間もこれを放置し続けてきたことへの強い憤りと当時の関係者への怒り、そして人間性への失望である。何も知らなかった私たちは、この事実が捻じ曲げられて気付かなかったことで、結果的に隠し通してきた人間の思う壺になっていたことは否めない。P165
・さらに大きな問題が内在している。それは、平時に非合法な武器使用を安易に実行し、それを命じられた隊員がなぜ拒絶できなかったのか、という点である。ここも重点的に検証する必要性がある。これは自衛隊員自らの命と尊厳、そして良心を守るために大変重要なことにつながる。P167
・次に今回の遺物における化学的分析結果を記しておく。
まず、ジェット燃料のケロシンには含まれないベンゼンが、御巣鷹の尾根から検出されたという事実は重く受け止めなければならない。さらにジェット燃料の生成過程で除去する硫黄も大量に検出された。この二つを含むものはケロシンではなく、ガソリン、重油といったものである。
ここからわかることは、日航123便に使用されたJA8119号機の機体が高温で融解して塊となった物質から、ベンゼン、硫黄、そしてなぜかクロロフォルムが検出された、という事実である。P193
・しかし、三十八年という月日を経ても日本航空は開示を拒否し続けている。ボイスレコーダーの情報開示を求めた裁判でも、日航側は乏しい証拠資料を提出するだけに止まり、異常外力の着力点については無視した上で、情報を開示しないと主張した。なぜ墜落原因が後部圧力隔壁説だと主張しながら、その正当性を証明できるはずの元データを公開しないのだろう。主張と食い違い、かたくなに拒む理由がわからない。P212
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森永卓郎さんの「書いてはいけない」の中で引用されていた本。
著者の青山透子さんは事故当時、当時を知る日本航空の客室乗務員として、また単独機として世界最大の航空機事故を起こした日本航空の関係者として、不明な点を明らかにしなければいけないという責任感から、丹念に目撃情報を集め、再度資料を読み返してまとめた本。決して陰謀論などではなく、具体的な証拠や目撃証言から事故原因に迫っている。
人命を最優先にしていたら4人だけではなくもっとたくさんの人たちの命が救われたのではないかと考えると残念でたまらない。
心に残った言葉
・故意か過失か、組織の指示か否か、いずれを問わず人命よりも優先されるものなどこの世の中にはない。戦争でもない「平時」に、人命を最優先するという当たり前のことが行われず、もし何かの隠蔽工作が行われたとするなら、それを正当化する理由などどこにもない。P192
・そして多くの疑問が残る日航123便墜落事故について、私たちが忘れてはならないことは次のことである。
あの日、未だ日の明るいうち、墜落前の日航123便を追尾するファントム二機を目撃した人たちがいる事実。
日航123便のお腹付近に濃い赤色のだ円や円筒形のような物体が吸着しているように見えた事実。
墜落現場付近の人に目撃された真っ赤な飛行機の存在。
検死した医師たちが見た、凄惨な遺体状況や炭化した遺体への疑問。
さらにいまだに引き揚げようとしない海底に沈んだままの機体の残骸。
これらの点を繋ぎ合わせていくと見えてくるものがある。それが私たちに大きなメッセージを持って伝えようとしているのである。P208
・コックピットでは舵の利かない重い操縦桿と格闘する、パイロットたちによる必死の操縦が行われていた。客室ではスチュワーデスたちが、乗客の安全を守ること、そして不時着のその先を考えることに専念していた。
習志野駐屯地の第一空挺団では、墜落現場にいち早く救助に行くための準備を整えて出動を待機していた。
東京消防庁では、すべてのじょうきゃく、乗員、そして仲間を救うために、いつでも出動できるように救助の準備をしていた。
非番の自衛隊員たちは休暇を返上して急いで職場に赴いた。
最初に墜落現場の位置を把握した在日米軍のアントヌッチ氏はその情報を伝え、米海兵隊も実際に現地にヘリコプターで赴き、現場に降下しようとしていた。炎と煙の中、必死に生存者の救助を考えていた。
上野村猟友会はいち早く墜落現場を把握し、上野村消防団が生存者を発見した。
上野村ではいち早く墜落現場がここだ、とテレビ局にまで電話をして知らせていた。
彼らの思いをいっさい、無視し、無にしたものは誰か。P210
・この事件で命を落とした人々への供養は、まだ生きている関係者が「真実を語ること」、それだけである。そして私たちに出来ることは、長い歴史の中で一時的な政権に惑わされることなく、それぞれの立場で歪みのない事実を後世に残す努力をし続けることではないだろうか。P211
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森永卓郎さんの本から本書を知り、購入しました。
本書では推察は一切排除してありますが、森永さんの推察がまさに事実なのではと思います。 -
購入済み
ボイスレコーダーの公開を望む!
「日本航空123便墜落事故」は中学生の時に発生しました。
当時、ニュース報道を見ていましたが、なかなか墜落場所が特定されずモヤモヤしていた覚えがあります。
本書を読めば、これが「事故」ではなく「事件」であるとしか言いようがありません。
事故調査委員会の報告やマスコミ報道は、数々の疑惑に答えきれていません。というか逃げているのでしょう。(殺されるかも、と脅されたらそうなるのでしょうけど。)
中曽根康弘元総理は「自衛隊のミス(若しくは故意)が発覚したら、自分はクビになる」と、発覚を恐れて隠蔽を謀ったのでしょう。せっかく登り詰めた総理の座。動機としては十分です。
あるいは元軍人でもあるので、彼からすれば自衛隊員は後輩とも言えます。後輩のミスを庇おうとしたのかも知れません。
隠蔽のために、機材(飛行機)を壊す、乗員乗客を火炎放射器で殺す、とても恐ろしいですがその可能性はあります。
実行した自衛隊員から証言が得られればいいのですが、口封じ(自殺や自殺に見せかけた暗殺など)がされているかも知れません。
頼みの綱はボイスレコーダーです。全てを公開すれば真実にたどり着けるのではないかと期待しています。
この事件を有耶無耶にしてはいけません。
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Posted by ブクログ
青山透子『日航123便墜落 遺物は真相を語る』河出文庫。
『日航123便墜落 疑惑のはじまり 天空の星たちへ』、『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』に次ぐ1985年8月12日に御巣鷹の尾根に墜落した日航ジャンボ機の真相に迫るノンフィクション。
本作の中では現場の遺物を科学的に分析し、事件の真相を明らかにしようとしている。
日航123便の墜落事故を巡っては、当時、様々な情報が錯綜し、混乱した情報が陰謀説を生み出したのか、或いは著者が主張するように事故ではなく、自衛隊が引き起こした事件であって、自衛隊と政府による隠蔽操作が行われたのか……
ジャンボ機墜落前に目撃されたオレンジ色もしくは赤色の謎の飛行体と2機のファントム機。墜落の直前に垂直尾翼に掛かった11トンもの異常外力と隠蔽された垂直尾翼の黒い擦れた跡。墜落現場に散乱する遺体は何故か真っ黒に炭化し、かなりの高温で二度焼きされたかのようだった。
ジャンボ機墜落の原因は赤とオレンジのツートンカラーで塗られた訓練用ミサイルの命中による尾翼の破損で圧力隔壁の破損によるものではないというのが、著者の主張である。
当時、相模湾で日本の自衛隊と米軍が合同演習を行っており、日航123便を標的に見立て、訓練用のミサイルを発射し、激突を回避しようと取り消し操作を行うが、取り消せずに命中してしまう。
日航123便は相模湾への不時着を試みるが、2機のファントム機が日航123便を山側へと誘導し、恐らくはミサイルで止めを刺し、御巣鷹の尾根に墜落させたのだろう。
著者は自衛隊と政府は墜落現場を特定していながらも、救助活動を遅れせ、現場の訓練用ミサイルの痕跡を消すためにガソリンとタール臭が特徴的なゲル化燃焼剤を使って機体の残骸を燃焼させたのだとも主張している。その証拠が異常に炭化した遺体と現場で採取されたジャンボ機の機体が溶けて固まった物体だと言う。
ジェット燃料は灯油に近い性質であり、国内線の機体に積まれた量を考えても、遺体が真っ黒のカリカリに炭化することはない。また、現場の遺体の散乱状況と遺体の炭化状況が作為的であり、生存者などの証言からも墜落後に多くの人びとが生きていた可能性があるのだ。
本当に謎の多い事故。JALがボイスレコーダーの音声を全面的に開示しない理由は何か。日航123便墜落で生き残ったのは524人のうち僅か4人で、いずれも女性であった。しかし、当時の報道では自衛隊員が男の子を抱きかかえ、救出する写真が映されたと思うのだが、男の子は亡くなったのだろうか。
定価935円
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Posted by ブクログ
ネタバレ日航123便墜落事件。
国内で、満席のジャンボジェット機が墜落するようなことが起きるなんて!と、とても衝撃的な事件でした。
この事故を題材にした本も多く出版されています。
私も小説を何冊か、ノンフィクションも数冊読んでいました。
それでもこの本を読んだとき、自分が何も知らなかったことに気づかされました。
著者は元日航のスチュワーデスで、事故でなくなった乗務員の直接の同僚です。
事故当時は国際線乗務に替わったばかりで、それがなければ事故機に乗っていたかもしれないはずでした。
だから余計に、耳に入る情報と実際に発表される報道との乖離をもどかしく思ったのだと思います。
不審な、そして解明されていない謎が数多くあります。
1.超低空で飛んでいるジェット機を追いかけるように飛んでいたファントム2機の正体。
それぞれ別の場所で目撃した複数の人たちが、自衛隊機だと証言していますが、その時間その場所を飛んでいる自衛隊機の記録はありません。
2.機体の胴体下部に見えた赤い物体
煙やすすが見られないことから炎ではないと判断された赤い物体とは?
著者は、戦前から日本が開発研究していた吸着型のミサイルではないかとしています。
3.墜落場所特定の遅れ
墜落直後から事故現場の村長がNHKを始め関係各所に「ここに落ちた」と電話しているのに、翌日昼まで墜落場所不明と報道され続けたこと。
偶然墜落を目撃した米軍の飛行機がすぐ救助しようとしたら、「自衛隊が救助する」と連絡が入り、現場を去るように指示されたのに、その後半日以上も墜落現場不明と報道され続けたこと。
また、地元の人たちが捜索隊員を案内して山に入った時、異常に捜索隊の進む速度が遅く、絶えず道をそれようとしたこと。
結局捜索隊を見捨てて地元の人たちが向かった先で生存者が見つかった事実。
4.事故原因の意図的な漏洩
墜落原因は隔壁の修理ミスであるとのアメリカからの発表により、少なくとも私は「またアメリカの顔色を窺って、事故原因の発表を躊躇していたんだな」とそれで納得しました。
最初は修理ミスを否定していたボーイング社が一点ミスを認めたことで、この件は落着しました。
しかし、事件後も日本の航空業界ではボーイング社が圧倒的シェアを維持し続け、事件の翌月の「プラザ合意」で猛烈な円高(1ドル240円が1ドル120円以下へ)となり、輸出産業が大打撃を受けることとなったと、解説の森永卓郎氏が書いています。
その他にも、エンジン部とともに機体から離れた人たちから生存者が出たのに、エンジンのない機体部分が炭化するほどの高温でやきつくされたことや、現場不明だったはずの事故当夜に現場上空で自衛隊機が何らかの作業をしていた目撃情報があること、現場検証をする前に機体を破砕したり片付けたりしたことなど、不審な点は枚挙にいとまがありません。
さらに、新しく発見された遺品についても、検証する必要はないと政府が発表しています。
こういう大きな事故・事件が起きると陰謀説が出てくるのはいつものことですが、この事件(もはや事故とは言えないレベルと思います)については、陰謀はさておき何かを隠蔽しているのは明らかと思います。
著者は目撃者の証言、文献の読み込み、科学者への確認などを経て、自衛隊機の訓練で発車したミサイルが123便に付着し、当初横田基地に向かおうとしたけれども何らかの理由で断念せざるを得ず、どこか安全な場所に着陸しようとして失敗したのではないかと推測しています。
その推測を言うと、報道陣も役人も「そんなことを言うと殺されるぞ」としり込みしたという事実が、逆に真実を伝えているのではないか、と。
そんな中、事故から30年以上たってから再会した当時の運輸大臣は、明言こそしなかったものの否定をしないことで著者の背中を温かく押したのではないでしょうか。 -
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1985年に発生した日航123便墜落事故の原因を改めて整理し直した価値ある著作。毎年8月12日にニュースで報じられるこの悲劇は、有名人含む死者520名と過去に類を見ない大事故で、無残なご遺体の前に泣き叫ぶご家族の様子、懸命に操縦に集中するボイスレコーダーのやり取りなどが、衝撃的だった。が、当時学生の自分は、悲しいニュースは知りたくない性格もあり、また「圧力隔壁の修理ミス」というそれらしい結論を聞くと「そんなこともあるのか」という程度に理解していた。それから三十何年後に本書に出会ってびっくり大仰天した。なんと、原因と再発防止策が曖昧になっているとは。私もメーカー勤務で製品開発を長く担当しましたが「こんな理屈が正々堂々とまかり通るとはいったいどういうこと?」と信じられなくて思わず公開の調査報告書まで見てしまいました。当時の時代背景の影響もあったのか?と無理に納得しようとしてもなかなかそうはいかない。こんなことも知らずに、その後パスポートの捺印欄が何度もなくなるほど、飛行機に乗りまくった私自身を振り返ってもぞっとする。著者指摘の通り整理するとつじつまの合わない点が沢山あるが、一番あり得ない点は「衝撃音のあと2万feet以上の上空をしばらく酸素マスクなしで飛び続けていたこと。」さすがに平成23年の7月に疑問に対する事故調査報告への解説書が出ているが、明らかに本質を語っていない。まず減圧について。最初から長ったらしく説明しているが、要するに数秒(2.9秒)で急減圧客室状態になるということ。どんな大きさであれ隔壁に穴が開くと一瞬で空気は抜ける。普段いろんな圧力の絡む操作や実験をしてる人には当たり前の話で計算するまでもない現象。それをタイ航空(A300)で圧力隔壁が爆破されたが、幸いにもすぐ急降下できた事故例とつなげて矛盾はないと言っている(比較すべき本質は酸素濃度であるべきだが、論点が減圧までの秒数にすり替わっている。タイ航空の例も日航123便シミュレーション2.9秒も同じことで急減圧には変わらない。日航123便事故では急減圧が起こらず乗員乗客が恐怖の中、何分間も間無事であったことが問題なのに)。こんな稚拙な論法が「調査報告書」という名前で提出されればまかり通ってしまうのか? フライトレコーダー上では何分間も2万feet以上の上空を飛んでいるのに・・・。挙句の果てに、管制に対する機長の回答が酸素不足のために少し遅れていると書いてあり大笑いした。柳田邦夫氏もこの解説書に「この解説書の大きな意義、納得感のある開かれた事故調査への一歩」という補足コメントを書かされているが「長い道のりを経た上での意義のある大きな一歩・モデル」と書くにとどまっている。技術者誰が見てもつじつまの合わない報告書に対して、専門家として最低限のプライドを守るために「解説書の評価に微妙な違いはあるし、全面的に納得感が得られたわけではない。」とコメントせざるを得なかった柳田氏が気の毒で仕方ない。520名の命よりも優先させたい何かがあったことは確実だが、亡くなられた方々やご遺族の方々さぞかし無念のことと思います。外部から何がぶつかったか明らかになる日が来るのを祈っています。
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青山透子『日航123便墜落 疑惑のはじまり 天空の星たちへ』河出文庫。
関係者の証言から1985年8月12日に御巣鷹の尾根に墜落した日航ジャンボ機の真相に迫るノンフィクション。
以前『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』を読んでいるが、刊行は本書が先だったようだ。もしも本書を先に読んでいれば『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』の感想も大きく変わったのかも知れない。それだけ本書は当事者の声を生々しく反映した衝撃的な内容だった。また、どうして著者が日航123便墜落事故の原因に執着したのかがよく理解出来る。
第1部では著者が一人前の日本航空のスチュワーデスになるまでの過程が描かれ、第2部になるといよいよ本編の日航123便墜落事故発生当時の様子が描かれる。奇しくも著者の初フライトナンバーが日航123便で、事故が起きた日は著者の誕生日だったようだ。そして、事故の発生を女子寮のテレビで流れたニュース速報で知った時の慌ただしい様子や仲間たちの不安な様子が臨場感あふれる生々しい描写で描かれる。同期や同じ寮に住む仲間が搭乗した日航123便の墜落事故。後に新聞の顔写真で知ることになる犠牲になった12名の客室乗員のうち6名が著者がかつて所属していたグループの先輩であったという衝撃の事実。
第3部。墜落事故から16年後。航空会社を退職し、教育者となった著者は航空運輸業界を目指す学生を指導する中で事故調の発表した墜落事故の原因に違和感を覚え始める。少しずつ積み重なっていく疑惑にまみれた多くの事実。果たして真実はどこにあるのか……
定価1,089円
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Posted by ブクログ
今日読むのにこれ程ふさわしい本があるだろうか。陰謀説のトンデモ本かなと不安だったけど、公式発表と矛盾する目撃証言を丹念に拾い上げ、憶測を完全に排除した内容だった。ファントム2機の追尾、オレンジ色の物体、ケロシンは灯油なのに現場にはガソリンとタールの焦げた臭い、完全に炭化した遺体… 自身の客室乗務員としての経験を踏まえて記した墜落までの描写は読んでいて緊張感が凄かった。事故の再調査を望むけれども、本書から導き出されるような真実が公開されて、日本社会はそれを受け止める事ができるのか?解説に、この事故でボーイング社に泥を被って貰ったことがプラザ合意にも繋がりバブルを経て現代日本を形作ったって推測があって背筋が冷たくなった。