水村美苗のレビュー一覧
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中年のおっさんが主人公の小説ってけっこうあると思ってて、
ハードボイルド小説といえばかなりの確率でおっさんだし、
まぁおっさんの定義にもよるけど、40代、50代でも特に
おかしくない感じで。
じゃあおばさんは、っていうと、まぁおばさんの定義は
おっさんの定義に対して極めて難しい問題をはらんでいるので
ぶっちゃけ分からんのだけども、確かにおばさん主人公の
小説ってあんまないのかな。
じゃあって感じで今回なんだけども、
小説の中にも出てきているように、まさにおばさんの
シンデレラストーリー、ただしややしみったれたバージョン。
でもしみったれた分だけ現実感があって、
でもそこそこあり得ないだろって感 -
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村上春樹が訳したスコット・フィッツジェラルドの小説「グレート・ギャッツビー」を思い出した。グレート・ギャッツビーは1920年代、ニューヨーク郊外のロングアイランドの豪邸を舞台に、毎夜盛大なパーティーを開催する若き富豪の物語。この水村美苗の「本格小説」は1950年代後半以降の東京と軽井沢を主な舞台とした日本の富豪を巡る物語だ。華やかな軽井沢の富豪の別荘に出入りするようになった少年東太郎が、自らの出自や貧しさを振り切るため10代で渡米し米国で大富豪になっていく。20代、30代を米国で仕事に全力を注ぎ金銭的には十分に成功するが、実は軽井沢で出入りしていた富豪の家の娘と果たせぬ恋に落ちたまま、満たされ
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ネタバレ予想以上に自然な繋がり方だった。原作と最も自然な繋がり方を探った、とあとがきにあったが、よくここまで再現できたな、という感想である。
何度も滝へ身投げした女性の描写があるので、お延の運命を暗示しているのかと単純に思わせておいて、最後はお延の自然に身を委ねる、吹っ切れた姿で終わるのがなんとも清々しくて良い。
あとがきにあった通り、漱石は文明論を登場人物に語らせるので、どうしてもストーリーへの興味が失せがちだったのが、続明暗では、そのくだりが全くなかったので、漱石のストーリー性と人物描写の巧みさを抽出して読んだかのようで、とっつきやすかった。 -
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夏目漱石の未完の大作で遺作となった、「明暗」の続きを書こうと試みるもの。小学校から大学院までアメリカで過ごした著者、水村氏は、日本語への思い入れが人一倍強い。
日本を代表する小説家が残した小説の続きを書くというのは、当然批判もされるだろうし、とても勇気が要ることだろう。漱石の明暗を読めば、彼がどうやって物語を終わらせしょうとしていたのかは読者一人一人が想像するところだろう。
「明暗」に比べればやや読みやすく、それなりにハラハラさせられる展開もある。これはこれで楽しめた。明治時代の結婚というものは、本当に現在と全く姿が違うものだと改めて驚かされた。漱石の小説の登場人物では、ろくに仕事もしないで優 -
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2012年に単行本で出た際に、読んでいるんです。
2017年現在からみると、たったの5年前。
最近、電子書籍で再度購入。
「母の遺産」水村美苗さん。中公文庫、上下巻。
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50代の女性がいて、結婚していて子供はいない。
父はもう亡く、老いた母がいる。
この母が、色々面倒ばかりかけ、たいへんにしんどい。
コレという判りやすい被害がある訳ではないけれど、とにかく気持ちに負担をかけてくる。手間暇をかけさせる。
ただでさえ自分も体調が悪いのに。重ねて、介護の手間が厚塗りされる。地獄のような疲弊感。誰とも分け合えない苦労。誰も褒めてくれない重労働。
そして、夫が不貞をしていたことが分かる。若 -
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何かの雑誌で林真理子がオススメしてたので積読リストに入れてました。
著者の作品は初めてだったのですが、あーマリコさんが好きそうだな、というのが第一印象です。
親の介護の話を主軸としながら、更年期、老後資金・・・などなど現実的な問題が山積みでいつかは私も向き合うことなんだ、と漠然とですが感じるものがありました。
登場する姉妹が母の死を待ち望みながらも、母の老いが進むのに合わせて母が不幸にならずに寿命をまっとう出来るよう努力して快適にしようと努める姿がリアルで、救われるようでもあり、切なくもありました。
切ないといえば、母親が日に日に老いてゆく姿の描写がかなり切なかったです。
我儘ですごい人な -
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ネタバレわがままな母から解放され、つましく生きるには十分な遺産を得て、浮気している夫を捨てる。50代での再出発。これだけ聞けば「最高やんか!!」と思う。
しかし、この決断に至るまでが長い。後半は失速してしまった。箱根の芦ノ湖畔の仄暗いホテルで、過去を正視し、老後資金の計算をし、葛藤する。最後は明るい終わりで本当によかった。
世の中には、暴力とか、犯罪とか、絶対してはいけないことをするような「本物の毒親」もいるだろうけど、ほとんどの場合良い面と悪い面を持つ親ばかりなんだろう。私も自分の親って毒親なんじゃないの?と思って色々調べていた時、自分の親は毒親ではない、だけど、この苦しみは自分にしかわから -
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英語は普遍語だと言うことに、異を唱える人はいないだろう。
日本である一定以上の知識を得ようとしたら、必ず、英語に関わることとなる。(日本固有の事柄なら異なるのかもしれないが、古いものになると中国語が出てくる気がする)
例えば、理系などでは最先端の論文を英語を読み、おのれの研究成果を英語で書く。
英語で書かれた小説は日本語で翻訳されるが、同じ数だけ日本語で書かれた小説が英語に翻訳されることはない。
日本語は亡びるだろう。
私は、近代文学もラノベも実用書も読むし、もちろん翻訳小説も読む。
けれども、国語教育のおかげではなく、国語の教科書に載る作品は初めの頃に読み終え、物足りないと辞 -
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この本を読んで「『三四郎』読みなおそう」と思った読者なので、たいへん興味深く、かつ共感しながら読んだ。
実際のところ、私自身が「自分よりも下の世代に近代文学を読んでもらいたい」と思っているタイプの人間なのだ。だからこそ、日本語にこだわるし、その存在にありがたみも感じている。
好きだから、その価値をわかってほしいという気持ちがある。
<普遍語>としての英語の時代は、すでにもう来ているし、それは他人事ではないのだなぁ、と自覚しなければならない。しかし、実感が湧かないというのが正直なところで、それは現代においてもどれだけ日本人が英語を話せないかを見ても一目瞭然なのではないだろうか。
つまり、「英語 -
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上巻で老母を看取った美津紀は、介護疲れや、夫の火遊びなどの日常の煩わしさを一時忘れるために、箱根芦ノ湖畔のホテルに向かう。
そこにも、個性的な老女が…
そして、普段は連泊客がめったに居ないというホテルに、何故か何組もの連泊客。
元は旧男爵邸であったというクラシックホテルが、なんだかミステリの舞台の様相を呈してくる。
そこに、離婚に絡むお金の計算やら、母の遺産やら…
50代での再出発は可能なのか?
これからの生きる意味は何なのか?
…と悩む主人公でしたが。
うらやましいほどの結末であった。
結局はブルジョワジーな方のお話だったのね。
しかし、断捨離が話題の今日この頃だが、精神的な意味も含 -
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ネタバレタイトルで誤解するかもしれないが、莫大な遺産をめぐる相続の争いの物語ではない。
老親が(この作品では母)身体を動かせなくなり、入院をしたと言って呼び出され、あれこれ用事を言いつけられ、生きるのが嫌になったと泣き言を聞かされ、
介護できないのでホームに入り、毎日呼びつけられ、そしてホームから、熱が出たから救急車を呼んだ、病院を×軒、断られた(ホームの職員が救急車に同乗してくれている)
急激にボケ始め、同時に始まる食べ物への執着、誤嚥性肺炎、延命措置について等々…
経験のある自分には身につまされ過ぎて辛い。
やっと『母』はあちらに旅立ったようですが…
では、下巻のストーリーはどうなるのだろう -
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寡作ながら日本近代文学の系統を唯一現代において引き継いでいると言っても過言ではない作家、水村美苗による言語論。
言語を巡る歴史を紐解きながら<普遍語>・<現地語>・<国語>という3つのカテゴリの関係性を明示した後、インターネットの台頭などの社会変化により、英語が<普遍語>として一極化する現代において、日本語という世界でも稀有な文法性質を持ち、世界に名高い近代文学の系譜を持つ言語が消失しようとすることへの警鐘を鳴らす。決してここで述べられているのは、回顧主義的な議論ではないし、英語の世紀においてはむしろ自国語を適切に操れるようになること、そしてそのために国語教育を強化すべきという議論の流れは納