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生涯の恋に破れ、陰惨なまなざしのままアメリカに渡った東太郎。再び日本に現れた時には大富豪となっていた彼の出現で、よう子の、そして三枝家の、絵のように美しく完結した平穏な日々が少しずつひずんで行く。その様を淡々と語る冨美子との邂逅も、祐介にとってはもはや運命だったような……。数十年にわたる想いが帰結する、悲劇の日。静かで深い感動が心を満たす超恋愛小説。
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Posted by ブクログ
▼大変にオモシロかった。読み終わりたくないくらいオモシロかった。これくらいオモシロイ、上出来の小説に、残りの人生であと何作お目にかかれるだろうか?というくらいにオモシロかったです。(いや、これまでが不勉強なので、時間を割いて本と向き合えば、まだまだあと何十冊も巡り合えると思いますけれど。まあでも、最...続きを読む後はひとそれぞれの好みですが) ▼何かの文章で、 「つまりは水村美苗さんが大まか日本の昭和平成を舞台に”嵐が丘”をやってみたい作品である」 とは知っていました。 そして嵐が丘は既読でした(オモシロかった)。 ところが上巻では、イマイチ物語が始まり切らなかったストレスがあって、もやもやして下巻に入ったら、下巻に入ったとたんに満を持して物語はトップスピードで驀進してくれました。そこンところの上巻エンタメ要素の薄さという課題はあります(作者としては、先刻承知なんでしょうが)。 ▼それから、タイトル。本格小説、という四文字にそれなりの思いがあるのでしょうが、こちらとしては、「本格小説」と「そうじゃない小説」の違いなんて分からないし(どうでもいいし)、あんまり魅力なタイトルぢゃ、ありません。 圧倒的に「恋愛小説」の方が読者が増えたんぢゃないかしら(余計なお世話)。 ▼もうとにかく、 「身分違いの恋」。 そして、 「長い歳月を経た、その身分の逆転」。 そして、 「思いあってるのに、心の友なのに、ソウルメイトなのに、結ばれないふたり」。 激流の奔流の甘いロマンス、格差の苦さ。それらが厚塗りのバターのように塗られます。塗られるパンに当たるのが、 <戦後の日本社会の移り変わり>。 そんなこんなが、ちょっとも説教臭くなく、ひたすら登場人物の喜怒哀楽で綴られる。エグすぎる箇所もあるにはあるけれど、それらは直截には描かれない。 その上、全て読み終われば二転三転の謎解きになっています。 ところが、それはいちばんの魅力ではなくて。いちばんの魅力は相も変わらず水村さんの語り口です。 気持ちいです。日本語って素敵。 ▼超・大傑作の、「母の遺産」以降。 新作の長編小説来ないなあ、もう書かないのかなあと思っていたら、今年2025年「大使とその妻」という新刊が現れました。 すぐに読みたいのですが、 「あっそういうえば、”私小説” と ”本格小説” がまだ未読なんだよな。あれを読んでからにしようかな」 と思って読みました。 ”私小説”も、読むか決めていません。横書きってなんとなく生理的に違和感があって・・・・。 本格小説は、読んで良かったです。 「大使とその妻」は、2025年後半のお楽しみです。 ▼ああ、そういえば、「嵐が丘」を再読したくなりました。考えたら既読って言ってももう、ウン十年前なので。今考えたらあの時代に女性が書きぬいた大長編商業小説って、それだけでも再読する価値がある気がします。 以下、物語の段取りの備忘録を兼ねて。ネタバレします。 ▼要は、「太郎という男性の、ほぼ一代記」と言ってよい。 A※幼少期【1940年代前半~?】 ①超貧しく生まれ(旧満州で) ②親戚たらい回しで小突かれて育ち B※よう子との出会いと、恋に落ちる日々 【1950年代? 10歳前後から~中学生くらい?】 ③小学生くらいから(これが戦後直後くらいだったか?戦中だったか?)ひょんなことからとあるブルジョア一族の、「下僕的な出入りの人間」になる。 ④だけど、出入りしたとあるその、分家が、 「金持ち一族の末端にいた、老婦人と同年代の娘・よう子。だけの所帯」 だったことと、 「太郎が頭の良い度胸の良い人間だったこと」 と、 「太郎が、よう子と仲良くなったこと。 &住み込みのお手伝いお姉さんの理解と味方」 の三つの理由で、身分違いだけどかなり濃く関係することになる。そして、よう子と、純精神的に恋仲になる。 C※引き裂かれた絶望期 【1960年代? 高校生年代くらい?】 ⑤だが歳月。老婦人の死。思春期。ふたりは引き裂かれる。太郎は意地の悪い親戚と暮らす。学問もさせてもらえない。よう子とは、棲む世界が違ってしまう。不遇でストレスな青春期を。悶々とする。一念発起、裸一貫渡米する。 D※裸一貫、渡米して、成り上がる時期 【1970年代?~1990年代 二十歳くらい~四十くらい?】 ⑥渡米して運転手から身を起こし、アメリカ進出したばかりの日本企業で台頭し、独立し、10年~20年くらいで?アメリカで事業家となり、大成功する。超富豪になる。 E※大金持ちになって、よう子と再会して異常な関係、そして悲劇。 【1990年代?~ 40代~50代?】 ⑦超富豪になった太郎。没落しつつある、よう子の一族。太郎はよう子の一族の軽井沢の土地別荘を匿名で買い取るなど、徐々に接近。そして「理解あるお手伝いのお姉さん」の導きもあって、よう子と再会。よう子は、結婚して子供もいる。なんだけどお構いなしに恋仲になる。よう子の夫もそれを認める。奇妙な関係。 ⑧ところが、世間の目もあるし、子供のこともあるし、気まずくなってくる。もめごとも増える。そして、よう子の突然の病死。 F※エピローグのような。太郎と、お手伝いさんしか残らなかった。 【2000年前後? 50代?】 ⑨太郎はショック。最終的に軽井沢の不動産など、要するに巨額の資産を、ずっと味方してくれてきた「お手伝いのお姉さん(今はおばさんだが)」に残す。 ・・・で、この時期に、たまたま知り合った若い男性に、「お手伝いのおばさん」は、「太郎とよう子の物語」を語って聞かせる。 G※お手伝いさんから話を聞いた若い男性が、とある初老の日本人女性学者(在アメリカ)を訪ねて、聞いた話を伝える。 【2000年前後?】 という流れ。わかりにくい。 ############## この小説の面倒くさいのは(失礼) 出だしは、上記の <Dの時期> が、 <太郎の成り上がりを距離置きながら見守った、アメリカで暮らす日本企業の社員の一家、その一家の中の思春期だった娘> の目線で描かれるんです。 「?この娘(太郎より10歳くらい下?)と、この太郎って男が、どうにかなるのかな?・・・」 と思って読んでると、なんにも起こらない(笑)。 これはエンタメ的に言うと、決してイケてません(笑)。 その次に、なんと上記の <Fの時期>が、 「今まで太郎ともよう子とも無関係に生きてきた、東京の若いサラリーマン男性。たまたま軽井沢に来て、お手伝いさんと知り合う」 という、この若い男性を語り部として、語られるんです。 ここンところが、正直、いちばん上手く書けていない。この時期に恐らく40台か50台かだった水村美苗さん。ぶっちゃけ金持ちに育って大学の職員として生きてきたのであろう水村美苗さん。申し訳ないけれど、<中流クラスの1990年代の若い男性>という生き物は、あまり活き活きと描けていません。この若者の中心的な動機のあり方がさっぱり分からない。 ・・・とにかく、この若者に、「お手伝いのおばさん」が、なんでだか、太郎とゆう子の長い長い物語を語りだす・・・というあたりで上巻が終わったような気がします。 下巻に入るとようやく、太郎とよう子の物語、が熱を帯びます。 これは、「お手伝いのお姉さん」の目線で語られます。 ・太郎 ・よう子 ・お手伝いのお姉さん どれをとってもすごく瑞々しく人間が描かれます。オモシロイ。 そして禁断の恋。引き裂かれる。 <B,C,そしてEの時期> つまり、いちばんおいしいところが怒涛に語られます。 ・・・で、最後はやっぱり、謎の若い男性との状態に戻って終わるんですが、 なんでこんな「語り部が錯綜していく物語」にしなくちゃならなかったの? ・・・と、思っていたら、ラスト近くで頓悟しました。 あんこの物語の語り部は、「お手伝いのおねえさん~おばさん」なんですが、この人が長い長い物語の中で、嘘をついていたから。なのでした。 それが嘘だったということが分かることで、この物語は完結できるのでしょう。
心震える恋愛小説か怪談話を読みたいと、10年の積ん読を経て人を食ったようなタイトルの恋愛大河小説を読んで心震わす。後にNYの大富豪になった満洲引き揚げ者の貧しい少年東太郎と裕福な隣家の娘よう子の幼い恋心から始まる幸福と悲劇、そして一族の栄枯盛衰が昭和の軽井沢を舞台に何十年にも渡り繰り広げられる。一人...続きを読むひとりの行動の積み重ねが人の心に影響を与え、その結果がまた人それぞれに違う意味を持つ。それぞれが自分の居場所を探す話であり誰が幸せで誰が不幸せだったのかさえつかみきれぬまま恋愛の大河に呑み込まれる。今の日本はある人には良くなりある人には悪くなった。40年前の軽井沢ってこうだったよね、などと思いながら。
軽井沢に別荘を持つ昭和のお金持ちたちの独特の世界観にどっぷりはまった。 アメリカに渡り大成功して大富豪になった不幸な生い立ちの男と、優雅な金持ちの家族の対比によって、豊かさとは?幸福とは?と考えさせられた。
この作者の第一作が『続・明暗』であるうえこの題名 手をつけるのにかなりの読書意欲を必要としたので買って2年も寝かせたが 意外にとても読みやすかった 題材からの連想でサマセット・モーム「平明な文体と巧妙な筋書き」みたいな感じかしらん 物語の面白さで読み始めたら止まらない内容 題名の「本格小説」は作中...続きを読むの作者から説明あるように「小説のような話」を指して 小説である以上は作者の知ることの中で書かれているから(広義の)「私小説」であり では「私小説」でない「小説のような話」はどうなるか みたいな感じらしい なるほど そういうわけで『嵐が丘』を戦後日本へ置き換えたような筋書きを 作中の作者を複数の話し手と聞き手の中に織り交ぜ 山場がいくつもある多重ミステリのような仕掛け 内容分類てきには「昭和日本のお金持ちと使用人」な「時代」を生きたひとたちの記録 みたいな感じか 「ミステリ」の舞台が現代日本か19世紀イギリスかでの分類のように この作品には意味のない分け方だけれども そもそも『嵐が丘』自体読んだのがわりと昔な上に まず「がらかめ」の絵が載って さらにクリスティのミステリでないのとか 『秘密の花園』とかダイアナ・ウィン・ジョーンズとか 極めつけに「あんざろ」で上書きされてよくわからないことになっていて そういうエンタメな味わいと比較してしまうわけだが さすがに最初の作品に『続・明暗』持ってきて評価されている作者だけに どんな方向からのつっつきに綿密な構成で答えて 『虚無への供物』みたいな積み上げっぷり そういうわけでどこで満足して本置いたらよいかわからない 細部まで抜かりなく豪勢な作品だが そういうどこまでも閉じてない感じが 「私小説」でないふうなところなのか 「小説のような話」には「私」たる主人公がなく といって(社会(人間関係)が主人公の)群像劇というわけでもなく 時代のふんいきというのも『嵐が丘』と対比するまでもなく舞台だてなのだし 結局「小説のような話」というのは 「巧妙な筋立てによるお話の面白さというもの」というところへ 行き着くものなのかもしれない
下巻です。 期待を裏切らず、最後まで深みのある恋愛小説で、どっぷりと美しい世界観に浸りました。 (著者は嵐が丘のような話と言っていますが、私は谷崎の細雪、小池真理子の恋がよぎり、再読したくなりました。特に恋の主人公は同名フミコ!) そんな中ラストの冨美子の件は、一瞬小説全体の美しさを汚された...続きを読む気がしましたが、そういう事情のお蔭で彼女の語りには包容する力があり愛があるわけですから、生々しさも許容しなきゃな、という気持ちに変わりました。 また、上巻で感じていた三枝家や重光家等の名家の品格を、時を経て現代の富裕層である久保家には少しも感じず(だからと言って決して下品という意味ではなく)、現代日本への寂しさを感じました。 あの時代を生きた人々が、現代の、小粒で薄っぺらい人材と世の中を嘆く様を見て、確かに現実の経営者や政治家には気迫も個性も足りないかも、と考えたりもしました。松下幸之助や田中角栄に匹敵する今の人、思いつかないもの… 恋愛小説なのにそれ以上のことを考えさせられる、とても素晴らしい作品です。読んでよかった☆
小説は、主観的な内的な心象風景を物語で紡ぎながら、その中に美しさとそれから生まれる哀しみがあらわされれているもの・・かなと。 どの時代でも、文化、社会の中で人が思うようには生きていけない辛さみたいなものが澱んで、人が巻き込まれ、自分からまきついていくような人がいて、そういう時代に翻弄される劇的な物語...続きを読むを、人は惹かれるものである。 この本の主人公が登場しているとき、嵐が丘の冷たい暗い風がいつも感じられる。この小説が「嵐が丘」を意識していることは、最初から感じられるのだが、嵐が丘を感じながらも、この小説の舞台は戦後である。貧しい家族に恵まれない辛い子供時代を過ごした主人公は、時代背景が嵐が丘とは違うがその主人公太郎の立ち位置がヒースクリフが非常に似ているためそのように感じるのだろう。 この本の好きなところはいろいろあるが、ラストの意外性がすごいと感じさせた。嵐が丘を意識しながら、全く別の次元のものに昇華したと感じた。 小説とは、これを言うのだなと感じさせてくれる本である。
これを読み終わった知人の勧める言葉があまりに熱烈だったので、惹かれて手に取る。 まず普段翻訳ミステリばかり読んでいる目に、古風で流麗な日本語が気持ちよく、そちらにうっとりする。 そしてまた、著者の自伝らしきまえがきも面白く、これがこんなに面白いのに、本編がどのように始まるのだろうかと思っていたら。 ...続きを読むこれがもう、面白くておもしろくて、ただ、こればかりを読みふけるわけにもいかないので遅々としてページが進まない(通勤電車に持って歩くには重かった)のが何とももどかしく…。休み時間に読んだ小説の続きが気になって仕方ない授業中、のような感覚。寝ても覚めても、どこかがこの小説の世界とつながっているような感覚をずっと持っていた。 斉藤美奈子氏によると、すべてを読み終えてから冒頭を再読すべきとのこと。さあ、読み終わった今、ふたたびその楽しみに浸ることとしよう。 これからは、数十年前に読んだきりで、しかも内容をおそらくさっぱり理解していない『嵐が丘』を読み、水村さんのほかの著書を読むことを楽しみとして読書計画を進めていくことにする。 この本を教えてくれた知人にはひたすら感謝である。
まさに「嵐ヶ丘」! 面白かった 読み終わったのが寂しい(´・_・`) もっとこの雰囲気を味わい続けていたい
誰一人として満たされ尽くすことなく、時代に翻弄される。救いようのない話ではある。 とはいえその救いようのなさとそれゆえの感動を、冗長さを感じさせずにここまで喚起出来るのは、さすがの名作ゆえんか。 小田急線に乗るのが、ちょっと楽しみになるかも。
果たして東太郎は実在するのか、架空の人物なのか。 著者が最初に断っているように、これは私小説ではない。本筋に入るまでの長い話は私小説の形式を取っているようだが、これはあくまで後半の本格小説への導入部と考えるべきである。 著者はおそらく、どこまでもフィクションのリアリティを表現することにこだわった。...続きを読む導入部の私小説に架空の人物を紛れこませることで、煙が形を持って実体化するように、その人物があたかも実在したかのように読者に錯覚させる。 そして後半の本格小説に突入する。仮に、これが東太郎の目線で語られる話だったら、リアリズムは逆に薄れてしまったであろう。旅行者、女中と話し手を介することによって、彼の壮絶な人生を巧妙に描き出すことに成功している。 もちろん、著者の美しい描写力があってこその手法なのだろうが。 戦後の古き良き時代。家督を享受して優雅に暮らす三姉妹と、どん底からはいあがる少年。その凄絶さに惹かれた少女、少女の成熟を守りつづけた青年。そして女中という身分を懸命に果たした女性。様々な人生が交錯するさまは、一大叙事詩を眺めているようでした。いつまでも心に残る、よい小説です。
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