水村美苗のレビュー一覧
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ネタバレ先生始め、藤野ゼミのみなさんが大好きな本作、やっと自分も読み始めました。
作者水村氏の200ページ超にわたる自分語り「本格小説の始まる前の長い長い話」。
本当に長いが、その語りが本編でここまで膨らむことになるとは。
「これから先に自分の人生のすべてがあると信じていられた年齢であった。日本の人にかこまれ、日本語で話していられるというだけでハイスクールの建物の中に閉じこめられているときとは別人になったような生き生きとした心地がしたが、皆の中に溶けこみたいとは思わなかった。私からすれば彼らはもう人生の道筋のついた大人であり、しかも「本社」「チョンガー」「出張」などという言葉の世界に充足してい -
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果たして東太郎は実在するのか、架空の人物なのか。
著者が最初に断っているように、これは私小説ではない。本筋に入るまでの長い話は私小説の形式を取っているようだが、これはあくまで後半の本格小説への導入部と考えるべきである。
著者はおそらく、どこまでもフィクションのリアリティを表現することにこだわった。導入部の私小説に架空の人物を紛れこませることで、煙が形を持って実体化するように、その人物があたかも実在したかのように読者に錯覚させる。
そして後半の本格小説に突入する。仮に、これが東太郎の目線で語られる話だったら、リアリズムは逆に薄れてしまったであろう。旅行者、女中と話し手を介することによって、彼の -
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ネタバレ久しぶりに日本の小説を読んで、なんて読みやすいんだろうと驚いた。ちょっと古めかしい言葉使いなのが凄く綺麗で、秋風が立ち、とかバタ臭い、とか忘れかけていた響きに酔いしれて、すいすい読めた。
冒頭の160ページもある「本格小説の始まる前の長い長い話」というのがどこまで本当なのか、実話仕立てで思わせぶりな本当に長い長いフリだが、なんて面白い設定なのか、すっかりその罠にハマってしまった。
そのあとからようやく始まる本格小説は、思わせぶりにフッた東太郎の出番がなかなかなく、早く先が読みたい一心で余計に長く感じて遅々として読み進まず。
それと、読めない字があった。「嫂」。話の流れから考えると当然なの -
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ネタバレ* 2008年01月04日 04:32記載:
友人に薦められて読んだ本。
ちゃんとした長編小説を読んだのはおそらく
初めてじゃないかって感じで、自分の読書スピード
が相当遅いことに辟易しながらも後半は一気に
最後まで読みました。
これからは読書家と言われるようにがんばりたいです。
ちなみに著者はかの著名な経済学の権威、岩井克人
の妻でもあります。
何人かの登場人物が背負う運命はあまりに悲しく
不幸であり、読み終わってから一途な愛情を
美徳とすることに対して抵抗を覚えるような
苦々しさが胸に残りました。
ある女性が言います。
「愛されないっていうのはとても不幸なことだと思う」 -
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「漱石未完のあの傑作の続きを書く」という時点で非常に面白いテーマであったし、現代に於ける創作の一つの根幹をついていると思う。それを抜きにしても非常に楽しめた。
あとがきを読むだけでも漱石文学批評として明晰で興味深かった。それは、自らを漱石として創作するという態度によって獲得される批評であり、その上で自身の作家としての本質も浮き彫りになっているように思う。もっと早くに読んでおけばよかったと思った。
「『続明暗』を読むうちに、それが漱石であろうとなかろうとどうでもよくなってしまう — そこまで読者をもって行くこと、それがこの小説を書くうえにおいての至上命令であった。」
「『続明暗』では漱石のふつ -
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下巻に入るともう一気読み。そして読み終わるのがもったいなくて、いつまでもいつまでも読んでいたいと思うような。単なる恋愛ものではなく、もうこれは戦後日本のすべてというものがつまっているような感じがした。それとさまざまな人たちのさまざまな人生。人生とは、と考えさせられるような。ものすごく読みごたえがあって。まさに本格小説。すごく客観的に人やものごとをながめられる女中フミさんの語りで、人ひとりひとりの人生全体をながめられるような感じ。フミさんの、人生なんてそんなもの、っていう感じ方に共感するような。人生は、はかない。「本格小説が始まる前の長い長い話」からずっと、著者が、将来がひらけているかどうか、未
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非常に読み応えのある作品だった。
主人公津田はいつまでも自分の人生を正面からぶつかろうとしない態度、
素直な感情の発露よりそれと同時に現れる下らない理性による体面ばかりを気にする態度によりどうしようもない人間となってしまう。
津田の妻であるお延も初めはそんな主人を無理やり信じながら(心のどこかで疑っていたが)生きてきたが、津田の元恋人の存在に気づき、
半狂乱におちいる。しかしながら、最後には生きていく決意を見出す。
漱石は女性を描くことに関してはあまり評判は良くなかったが、水村氏はとても肌理細かく女性の揺れる心を表現したと思う。
漱石の『明暗』のあとを引き継ぐ名作であった。 -
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やっぱり不思議。
登場人物のすべてが、どこかで私の記憶や祖母や両親の記憶とつながるような気がする。
懐かしい思い出が蘇るようで、せつなくてたまらない気持ちになる。
嵐が丘の翻案小説でテーマ自体はきわめて一般的なはず。
なのに、自分自身のルーツを強く意識させられる。
祖母と母と私との紐帯を思い起こさせる。
ワイルドスワンを読んでもこんな風には感じなかった。
日本自体が希薄になったとはいえ、私もやはり日本人だということだろうか。
堪えきれない何かをぐっと噛み締めるような横顔や、
黄色い灯の下でのささやかな微笑みを見ながら、私も育ってきた。
作者はきっと、異国の地で母国の香りを何度も何度も繰り