澤宮優のレビュー一覧
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西武のG・G佐藤が北京オリンピックでやってしまった落球、箕島と星稜の試合で延長にファーストの選手がやってしまった落球、そして巨人V9の最終年に甲子園で阪神池田がやってしまった落球をピックアップしたドキュメンタリー。三つともその試合の結果を左右したことに間違いはないが、後々かそれぞれの選手がその後必死に挽回しようと活躍したことには触れられず
エラーばかりを追いかけ回される。でもそれぞれの選手が、その後いずれも克服して第二の人生を、それも皆野球から離れることなく送られていることにホッとした。
草野球でもやっていればそれこそ無数にそんなエラーはあるのに、オリンピックだ、甲子園だ、そして伝統の阪神巨人という舞台になるとなぜか「世紀の大落球」みたいなことになるのだろうか。
その3人の他にも鳥谷だったり、屋敷だったり、ソトだったりの話もあって、金本、長嶋、ラミレスという監督が、エラーしてしまった選手を守り庇ってくれたのかそうでなかったのかで、その後が違ったものになったという話を読んで、エラーとボーンヘッドは違うという江夏の話も含めて、自分が上司の立場にいる間、親として育てるという立場にいる間は、対応を間違えてしまってはいけないなと気付かせられる想いがした。
鳥谷の金本監督はこれを読んでどう思うのだろう。箕島の故尾藤監督の対応は感動したなあ。屋敷の長嶋もソトのラミレスも。その3人のように自分もできたら良いなと重ねて思った。 -
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1968年巨人 島野修
ドラフト史上最高の当たり年で島野はこの年の甲子園のスターだった。
田淵と巨人は相思相愛、巨人は田淵が他球団に指名されたら指名すると星野に言っている。指名順位1位は東映(本文では触れていないが阪急移籍後3連覇に貢献したショート、覚えていないけど)、2位の広島は山本浩二、3位の阪神が田淵を強行指名しドラマが動き出す。元々は4位の南海が指名した同じ法政大の富田の予定が順位が上がったため行ってしまったのだろう。
本文に無いところで5位サンケイ(ヤクルト)は藤原、この年のサンケイのドラフトは誰も活躍せず、恐るべき見る目のなさか単に育成ができないのかは謎。6位東京(ロッテ)が有藤。7位近鉄は水谷、選手としては活躍しなかったが28年間60歳まで打撃投手を務めた。やはり近鉄もパッとしない。
そして8位巨人、4連覇中の巨人は投手陣が揃っており急遽方針を変更し即戦力の星野では無く数年後を見越して高校生の島野を指名した。指名されなかった星野は「まさか・・・。星と島を間違えたんじゃないのか」と唖然とし、10位指名の中日で巨人キラーとなる。9位は大洋で野村収、最後は阪神にいたな〜。
11位の阪急がすごい、1位山田久志、2位加藤秀司、7位福本豊、入団拒否だが12位に門田博光。200勝投手に2000本安打3名を指名、そら強くなりますな〜。
12位は西鉄の東尾。
島野はニューヨーク・メッツとの親善試合で完封して才能の片鱗は見せるが、体力が続かず投げ過ぎて肩を壊して引退する。
引退後移籍先の阪急が始めたマスコットブレービーの中の人となり強くて人気のないチームだった阪急が観客動員100万人を達成するのに貢献する。
その他の8人は簡単に
1989年 巨人、大森剛
未完の大砲はスカウトになり坂本勇人を外れ1位に推した。
1983年に阪急 野中徹博
同い年だが覚えていない、野村再生工場でリリーフとして優勝に貢献。
1976年 日ハム拒否 黒田真二 1982年ドラフト外でヤクルトへ
広島崇徳の選抜優勝はなんとなく覚えてる。ホーナーの打撃投手。
1995年 ロッテ 澤井良輔
福留のライバル、レギュラー目前で怪我に泣く。
1995年 西武 高木大成
引退後はフロント入りし営業へ。この本に出す選手なのか?
1969年 大洋 荒川尭 入団後金銭トレードでヤクルトへ
荒川事件て有名なのね、知りませんでした。
1973年 巨人拒否 小林秀一
作新の江川を指名出来なかった巨人の外れ1位を拒否。教師志望の為
1988年 プロ入り拒否 志村亮
良く覚えている。こういう選択もいいのでは。
結局ドラフト1位でも何も保証されていないし、運に左右される所も大きい。選択の自由と戦力の均衡をどうバランスさせるかが制度設計のキモの筈だけど、未だに巨人中心ってとこも有る。その上でどうするかは個人の選択でしょう。 -
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本屋で見つけた。かつては温泉で背中を流す「三助」といった職種が存在したように、職業は栄枯盛衰でかる。
翻って現在、高収入傾向のあるホワイトカラー職も、本当に必要なのか?というフェーズに入っているんだろうなと。そもそもAIで出来るなら人間のやる意味って何?という話は今後更に出てくる。
仕事の生産性を追い求めた時に、本当に24時間働ける機械に人間が勝てるわけがない。なので既存の職業が消えて、新陳代謝が起きるのは当たり前である。
まだまだAIだと間違うとか人間じゃないと出来ないといった議論があるものの、結局ある程度の品質で安かったら、多くの人はそこまでの質を求めなくなるだろう。つまり、人間の職を代替するみたいな安直な話よりも、求められる品質の閾値が下がるところに技術革新の意義があると個人的に考えている。
ここで一つのヒントになるのが、人間臭いものなのかとしれないと考えている。上述した三助のように、ただ背中を流すのであれば、機械でも良いが、そこで生まれるコミュニケーションにこの職業の本質があるのであれば、価値はある。
かつてはホワイトカラーが台頭してきて、泥臭い職業が淘汰されたように、これからホワイトカラーに属するようなただ頭の良いだけ人間の価値は、AIの劣化版としてどんどん薄れていくんだろうなと。
これに関しては他人事ではいられないものの、まあそんなもんだよなというところもある。 -
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ここに114種の「昭和の仕事」が取り上げられ紹介されているのだが、昭和半ば生まれの自分でも、その多くは直接には知らない。あるときには相応に必要とされる仕事であっても、時代が移り行き、機械化が進んだり生活環境が変わっていくと、少しずつ廃れてしまったり、場合によってはなくなってしまう。
取り上げられている職種では、身体を使った労働が多いが、それだけ「働く」ことには苦労が多かったし、その働く姿が生々しく人の目に見えていたのだろうなと思う。正に生業(なりわい)の世界。各解説はコンパクトにまとめられていて、社会の片隅で黙々と働いていた人たちの姿が浮かんでくる。
それぞれの職種に平野恵理子さんのイラストが載せられており、具体的なイメージを持つことができて大変ありがたく、ノスタルジーをかき立てられた。