目でみる日本史というと、これまで知らなかった、多くの知識を、異なる視点から得られるものとばかり、思っていたが、どうも本書は少し主旨が異なるようで、知識というよりは(知識も得られますが)、歴史上の人物の心情に思いを馳せることで、少しでも、彼らのことが身近になるというか、私がそこで見ているものを、彼らも見ていたことを想像することで、様々な感情が芽生えてくる・・それはきっと、何百年、いや何千年もの時を隔てた人々の、想いを知るための旅なのかもしれない、そんな新感覚な歴史探訪の楽しみを提供してくれます。
ということで、本書は、後年に作られた記念館や銅像、石碑よりも、その人が見た風景を主役にしようという試みにより、『歴史上の人物が見た風景を見に行くこと』をコンセプトにした写真集で、文字数も少なくて読みやすく、私みたいに、「文字やページ数の多い歴史本はちょっと・・」と言う人でも、興味深く読むことができると思います。
そして、どの風景も綺麗で美しく、見るだけで楽しいのですが、これは行きたくなりますよ。もう何年も旅行に行っていないけど、テーマを決めて計画を立てるだけでも、目的が明確なだけに、楽しめそうです。
印象的だったものは、いくつかあるのですが、まずは、歌から惹き付けられたものを、まとめてみました(枕草子は随筆でした。ごめんなさい)。
中大兄皇子×大和三山
「大和三山」は、奈良県橿原(かしはら)市の畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山(あるいは「耳梨山」)、香久(かぐ)山のことですが、後に天智天皇となる中大兄皇子が詠んだ、
『香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神世より かくにあるらし古も 然にあれこそ うつせみも 嬬を争ふらしき』
(香久山は、畝傍山を取られるのは惜しいと耳成山と争った。神代からそうであるらしい。そして昔もそうであったからこそ、今の世の人も妻を奪い合い争うのだろう)
という和歌に、山を見て、そのような思いを抱く、中大兄皇子って、なんてロマンチストなんだろうと、とても身近に感じられたのと、高い建物のない奈良県の、大パノラマの美しさ(甘樫丘展望台)が印象的。
清少納言×京都の山際
「枕草子」の始まりの一節、
『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる』
の、「山ぎは」の朝の風景を撮った一枚が、ちょうど枕草子のような、『山際の辺りがすこし明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいている』様で、こんな風景を見たから、書きたくなったんだろうなと、思わずにはいられない美しさ。
紫式部×日野山
紫式部は、その生涯において一度だけ、生まれ故郷の京都を離れており、その場所が、現在の福井県越前市で、「越前富士」とも称えられる、この地の日野山を見たときの彼女の歌には、約千年もの隔たりを感じさせない共感めいたものがあった。
『ここにかく 日野の杉むら 埋む雪 小塩の松に けふやまがへる』
(この地の日野山の杉むらを埋める雪は、都で見た小塩山の松に今日は見間違えるほどです)
続いて、それ以外で印象的だったものを。
竹崎季長(すえなが)×元寇防塁
元寇防塁は、博多湾の海岸沿いにおよそ20メートルにもわたって築いた石垣のことで、竹崎季長は、この元寇に際して戦った武士の一人だが、司馬遼太郎の、
『たかがニメートルの変哲もない石塁を築いて世界帝国の侵略軍をふせごうとしたというのはまことに質朴というほかない』
という掲載されたことばを読んでから、改めて見てみると、なんとも言えない心細さがあり、いったい何を思っていたのだろうと、物思いに耽ってしまいそう。
朝倉義景×一条谷
目立った建物もない、『ただ広大な谷間だけにも見える、この手付かずな感じが、とてもいい』に、私も同感の思いを抱き、朝倉義景は金ヶ崎の戦いで、あわや織田信長を打ち取る戦いを繰り広げるも、最後は攻められ自害し、一条谷も信長軍によって火をつけられ滅亡したそうで、それを知ってから眺めると、また違う思いに駆られるのでしょうね。
織田信長×岐阜城
かたや、信長がこの地に居を移してからの、高く雄大な眺めには、天下統一という意識が芽生えたのかもと、確かに思えそうな、この金華山の山頂に建つ岐阜城は、日本でも屈指の高所にある城だそうです(金華山の標高が329m)。
東郷平八郎×記念艦「三笠」
この艦は、現存する世界最古の鋼鉄船で、艦上だけでなく東郷平八郎が使った「長官寝室」など、船内も見学できるそうです。
川端康成×湯本館
その入り口の階段は、ああ、伊豆の踊子の冒頭のシーンだと思い出し、川端康成自身が、この階段に座っている写真も残っているのだとか。
太宰治×三鷹跨線橋
私は知らなかったのですが、太宰治はここを気に入り、ときには友人を連れて行ったそうですが、老朽化の為、撤去されることが決定したらしく、彼と同じ風景を見たい方はご注意を。
源頼朝×しとどの窟
私は観てませんが、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と聞いて、ピンと来た方は必見です。