「言いかえ図鑑シリーズ」2冊目ですが、こちらはちょっと危険を感じました。
ここに出てくる「言いかえ言葉」は参考にはなりますが、「魔法の言葉」ではないとオイラは思いました。
すでに今年(2025年)から使い始めた一人称「オイラ」がNGワードかもしれませんが…苦笑(これもかな?)
人は一人一人、受け取り方が全く違うということです。
オイラはクレーム専門の夜間のコールセンターの責任者を10年やりました(これも場合によってはNGワードですね)。
そこで大切にしたのが、その夜50件の電話が入ったとすれば、その一つ一つが全部別物。マニュアルやカテゴリーに敢えて当てはめないということでした。
例えば集合住宅の騒音苦情。
これなどは典型的な案件で、「はい。来た来た騒音苦情ね。」と思って応対すると、いつか必ず痛い目にあいます(ここでは遭うとは書きません。なぜなら予期せぬ出来事に遭ったのではなく、自分で呼び込んでしまったので)。
騒音苦情といっても、毎日のようになのか?・どのような音なのか?・時間帯は?などなど、お一人お一人訴えたいことは違います。
だからまずは今流行りであまり使いたくはないですが「傾聴」そして「共感」をなにより大切に話を始めていました。
そして「今、この夜の時間帯では警察への通報くらいしか出来ることはないが、必ず私が責任を持って、電話を受けた時間・騒音の内容を含めた報告書を、日中のしかるべき部署に引き継ぎ対応させます」と約束し、安心感を持っていただくこと。
そのためにはオイラは完璧に近い敬語等、キレイな日本語をしゃべれることを前提として、実際の応対にはそれを求めませんでした。
場合によっては(場合によってはですよ。例えば電話の相手が完全に酔っ払っているとか。)「〜っスよね。」もありでオイラはやってきました。
大切なのはいかに早くそのお電話をくださった方独自の訴えを聴き取り、共感し、一緒に解決策を見つけていけるかだとオイラは常に考えていました。
勘違いしないでいただきたいのはこの本の著者、大野萌子さんの考えに反発しているわけではありません。
言葉は生き物です。
そして一度発した言葉は消えてなくなることはありません。
大野さんも書かれているまさに「言霊」だとオイラも思います。
熟読されれば、大野さんもこの点に触れていらっしゃいます。
ただそれぞれの小見出しのインパクトが強いので、くれぐれも取り扱い注意でお読みいただきたいと、オイラは思いました。
長文失礼しました。