邱永漢のレビュー一覧
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濁水渓
いや〜傑作…。東山彰良氏の解説にて「作家として生き、言葉に焦がれ、作家として死んでいこうとしない者が書いた小説など、その良し悪し以前にまったく読む気になれなかった。」とあり、その気持ちに私も深く同意するものの氏同様、偏見を持つばかりに傑作を見逃す危険性を私も改めて認識した。
政治信条を失い金儲けに走るようになる…と聞くと随分落ちぶれたように感じるものの、そこは中国の統治する地と思えば法などないも同然、思想など何の役にも立たないと察せられるので林の生き方にどうして難癖つけることが出来ようか。(この本を読む前に茂木先生の著作などで繰り返し中国において如何に血縁や地縁が大事で賄賂がまかり通っているかを読んでいたのも良かった。)
でも日本の統治下でも賄賂に値するものはしっかり要求されてるね!個人商店で代金を払わない憲兵とか、恥を知ってほしい。
しかし1955年初出とは思えない読みやすさだったのは、だいぶ改訂されているから?(私が19世紀の小説読んだ後だったからってのもある…?) -
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お金は汚い?
確かに小さい頃から親からお金は汚いと言われてきました。
それが「誰が触ったかわからない」という程度で。
確かに口に入れるのは良くないですがあそこまで汚物扱いされるのも変やなと思ってました。
まあ金のために生きてないという矜持の裏返しやと言われたらそんな気もします。
お金は大切か大切やないかと言われたら大切なんです。
でも1番かと言われたらそうじゃないように思います。
なんとか生活に困らないくらいにはなりました。
要は足るを知るなんですよね。
でもお金が必要な時も来るんですよね。
「十分なお金を渡したい」
そう思える人に出会った時お金が必要になります。
それは仕事のパートナーなのかもしれませんし子供なのかもしれません。
僕は仕事柄お金はそれほど稼ぐことができないのでその分人脈を広げたいと思ってます。
林深則鳥棲
水廣則魚游
深い林には鳥が棲み
廣い水には魚が游ぐ
器を広く深く持てば人は集まると言うことです。
結局は誠実に生きていくことが正道であり近道なんですよね。
僕は僕の考える人に役立つことがあればやってあげたいと思います。
それは自分の損得ではなくて相手の得になるかと言う基準です。
でもそれが回り回って自分に返って来るんやと思います。
因果応報
僕は因果は巡って自分に返って来るもんやと思います。 -
Posted by ブクログ
台湾でうまれ 香港、広州、日本で 生活した
邱永漢の 身体には さまざまな 食が 通り過ぎていった。
また お嫁さんは、広州生まれの料理にくわしい人だった。
それを 噛み分けて、美味しい 文化比較論が さりげなく
表現される。
『人間は生きるために食うのであって、
食うために生きているのは豚だ』
食う楽しみを 単に食うだけでなく
料理の作り方まで 懇切丁寧に 説明する。
よく考えれば、なぜ中国人は これほどまでに
豚が 好きなんだろう。豚を丸ごと食べてしまう。
世界の半分の豚を中国人が食べているという現実は、
なんともいえないほどの ブタフリークだ。
邱永漢の 言葉の選び方が 実に素晴らしい。
選んだ〈中国語〉から、話がひろがっていく。
そして、縦横無尽に 中国の逸話が語られる。
また、父親が 食べる事が好きで、
カラスミに眼がなかったという話から
邱永漢の 食のルーツがよくわかる。
昆明で いっしょに食事した時
学成食堂で 宜良ダックを
『北京ダックよりも安くて美味しい。
それに、気軽に食べられるのがいいね。』
と 笑顔で語られたのが、
読みながら その笑顔を思い出した。
食を楽しみ、人生を楽しみ、
そして、日本 台湾 香港 広州 雲南を
駆け巡る 人生に 終止符をうたれたのが残念。
あの笑顔といっしょに 雲南で
おいしい物を食べたいと思う。 -
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200712/サラリーマンは人を使う側の発想が必要、経営者は人に使われる側の発想も必要/汗水たらして一生懸命働くよりも、お金の儲かる確立の高い仕事を見つけることの方がずっとうまくいく/社会のスキマを見つける→スキマが埋まれば次の新しいスキマができる/特定の人が欲しがる商品、どこで手に入れることがわかれば、お客のほうから買いに来てくれる商品を開拓する/銀行に信用される条件は、嘘をつかないこと、期日を守ること、質素な生活をすることの3つ/偶然に助けてもらおうとしたら、偶然をできるだけ多く迎え入れる姿勢をとる必要がある/老齢化社会では利殖が最有力ビジネス→年寄りはお金を使う話には乗らないがお金をふやす話には乗る/周囲に反対されることをやれ/石の上にも3年と期限を切る/
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私がもっと昭和の人間について詳しければより楽しめたであろう一冊。それでも出版社を中心として色々な人名が出て来るので興味深い。
ただ、商売上の便宜を図ってもらうためにご馳走している訳ではないというのは本人の弁で、奥さんからしたら仕事の一環と割り切らなければとてもやっていけないような料理の品数と手間である!これだけ作らせておいて名前の一つも出さないというのはどうなんだ?と…もちろん名前など出したくない女性も多々いるでしょうが。
さらっと「二時間蒸す」とか書いてるけど、いやいやほんと大変だよ!でも「コックを雇って精神修養」にて奥さん自ら「食べたいものがあったら、私が料理をしますし」と言ってるから(実際コックを雇うのも大変そうだ)昭和の女性が当たり前に備えている忍耐力は私の想像の遥か上をいくかも。
昭和の名だたる小説家たちを「作品の守備範囲が私生活の範囲を出でず、基本的に日本的に花鳥風月なの世界にとどまっていたから、お手本にしたいほどの魅力は感じなかった」とバッサリ書いてる部分には共感。