山田敏弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ書名の通りロシアと中国が民主主義諸国に対抗すべく、サイバー攻撃や技術上幇の盗み、情報技術インフラ技術の輸出(情報を盗むため)、要人の抱き込みなど敵対行為を行っているかが網羅的に描かれている。
報道されているように米国大統領選もロシアによるサイバー攻撃(情報操作等)が行われ、トランプの当選を後押ししてしまった事実には背筋が凍る。
しかし、これは始まりであって、今後、サイバー攻撃技術の進展により、我々がサイバー上の攻撃を受け個人資産を含めとんでもない損失を被ること、また、民主主義体制を揺るがされてしまう日がくることが現実のものとなっても不思議ではないと感じた。 -
Posted by ブクログ
CIAで日本語を教え、多くのスパイを育て上げというキヨ・ヤマダ。教え子たちは数々の対日工作に関わり、キヨ自らも秘匿任務に従事していたという。彼女の数奇な人生。
40半ばすぎてからCIAの世界に入ってゆくというのも、そしてその仕事で力を発揮する、すごい才能の持ち主だったのね。極秘に関わることも多いでしょうし、あまりキヨさんのことは深く描かれず。その時代のことやCIAのことが織り交ぜられ、わりにさっと読めてしまった。
『戦場のアリス』でもそういったスパイがいたんだと初めて知ることでしたが、今回もキヨさんのことを初めて知り、興味深く。この本の内容がどこまで真実か謎だし、もっとハードな内容もあったかもしれないけれど、日本人としての苦労、女性としての苦労、それに負けず活躍されていた女性がいらっしゃったのね、興味は尽きない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまずは、タイトルに惹かれた。
「行けたら、行くけど」「コーヒーでいいです」など、そこにその一言(あるいは一文字)付けなきゃいいのに、という「余計な一言」あるよなー、と。
で、その例がたくさん載っているのかと思ったけど、単なる列挙じゃなく、文法的に、言葉の歴史的に、なぜ、そういう言い方になっているのかを丁寧に分かり易く解説してくれている。
さらには、そうした言い方に対して、どのように注意する、あるいは受けいれる、相互に気持ちよく過ごせるには、どうすればよいかを提案する。実に、ケアが手厚いのだった。
“はじめに”にある本書の目的、
“「余計な一言」に対する双方の言い分を聞いて、調停していくことです。”
を、徹頭徹尾、通しているところが素晴らしい。
なぜ、そういう言い方になっているかを理解すれば、受け手の感情だけで発言を捉えずに済む、変に感情をかき乱されなくて済むかもしれない。
たとえば、上記の「コーヒーでいいです」の「で」、満足してないけど、「それで」我慢しておくよ、というふうに捉えがちだけど、
“日本語は、西洋語のようにはっきりと「コーヒーを」と対象を限定して述べるよりも、(まんじゅうを3つほどください、のように)「コーヒで」と脇にづらしたくなる言語なのです。”
と日本語のもつ特性から出たものと思えば、そんなものかと思わないでもない。言葉を発する側にも配慮が必要だけど、受け取る側も、“ことば咎め”に終始することなく、広い心、余裕の気持ちで理解に努めよう。
“会話において、受け手がそう聞きたいと思う内容で理解していることはよくあります。話し手だけの責任ではなく会話の当事者みなが協力してコミュニケーションは成り立っています。”
そんな、余計な一言の成り立ち、理解の方法のみならず、曖昧な表現になりがちな日本語、あるいは動詞が最後にくる日本語は、最後まで聞かないと意味が通じないという通念に対しても、いやいや、そうでもないですよと、面白い解説もある。
主語の後にすぐ動詞のくる西洋語が、言いたいことがすぐ分かるというのは分かるが、日本語も、語尾を想像させる言葉で意味を察知することが可能という指摘は、じつに面白いし、日本語の豊かさ、奥ゆかしさが分かると言うもの。面白い。
また「ら抜き言葉」「さ付き言葉」を、間違いと断罪せず、それが発生するメカニズムを文法的に解説、さらに何故そこまでメクジラを立てられて言葉狩りが行われるかについても、
“すべての表現について、流行が拡大することで批判が生じ、それに過敏になった人がさらに批判をするというサイクルの中でことば咎めがなされていると言えるのではないでしょうか。”
と、要は、みんな気にしすぎ!と注意喚起。言葉狩り、ことば咎めに終始することなく、では、周りが正しい表現を正しく使う例を示すことで、ゆっくり教育していけばよいと指南する。
実に、ゆったり構えた、とても穏やかな気持ちになれる、よい書でした。 -
Posted by ブクログ
日本語の先生が書いた、日本語独特の(あるいは典型的な)表現に、各国語の先生が訳文をつけ解説するというシリーズの韓国語版。
なんだけど、うーん。
この本が対象としている読者って誰なんだろう??
日本語部分はどう見ても日本語学習者向けで、日本語母語話者には不要な解説が多すぎる。
この本に求められているのは「日本語では同じ表現だけど実は意味が2通り以上ある(例:~たら)」とか「似た表現だけど意味の違いはよく分からない(例:~みたい、~らしい)」とか「日常使っているけど意味を聞かれると答えに詰まる(例~ぜ。)」ものをうまく切り分けて示すことであって、「日本語はこれこれこういう言語なのです」というまとめではないはず。
逆に、韓国語部分は説明こそ丁寧だが、日本語部分で示されたテーマ(自動詞/他動詞、とりたて助詞など)にいまいち答えきれていない。作文課題はあくまで「例」なのだから、訳文全体を事細かに掘り下げるのではなく、ポイントを絞ってもよかったのではと思う。
気に入らないところばかり書いてしまったが、翻訳の練習課題・解説としてはたいへん丁寧。前田先生の韓国語の翻訳レッスンをそのまま写したといってもよいほど。また、日本語部分も日本語学習者のための解説としてみれば、さすが山田敏弘先生という分かりやすさで参考になる。
というわけで、私のように、韓国語も勉強している日本語教師にはなかなかおもしろい読み物だった。。 -
Posted by ブクログ
日本語の微妙な表現をイタリア語ではどのように表現するかを説明している本。類書に他言語もあるので、興味がある方は是非読んでみてください。
内容的にはかなり文法に寄っている印象。各セクションの内容をもう少し柔らかくすれば、かなり一般向けになったのではないかと思う。4セクションごとにコラムくらいに。
そもそも、誰を対象にして書かれた本なのだろうかなあ。イタリア語を趣味でやってる人?イタリア語初修者?唯一思いつくのはイタリア語通訳の人かなあ。
とはいえ、日本語の特徴はいろいろわかった感じ。「あの人は、あの人が」でニュアンスが変わる言語は個人的にはかなり好きです。
2013.7.17(水) -
Posted by ブクログ
間違った日本語について解説するような本ではなく、「どうしてそうなったのか」や「どうすればよくなるのか」を考えさせてくれる本でした。
「寛容に」という表現が多く登場したように感じますが、確かに著者の言いたいことはわかります。ただ「じゃあ誰がどう正すの」と考えたときに、ちょっと呑気かなと思いました。
だって、正す側がやっぱり「正しい言葉」を身に付けておく必要があると思うからです。「寛容」という発想になるのも、学者さんだからかな~と考えたりしました。
著者は長い目で見た「国語科教育」の必要性を訴えていました。同感です。正しい言葉遣いや敬語を人に指摘する前に、自分が実践の場で使えるようになることが何より重要だと思いました。