西田佳子のレビュー一覧
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デボラ・クロンビーの警視キンケイド&ジェマのシリーズ。17作目。
14作目「警視の挑戦」に始まる陰謀の様相が明らかに。
前作「警視の謀略」で、ダンカン・キンケイド警視は、突然スコットランド・ヤードからホルボン署へ異動させられた。
それは悪い想像通り、その前の事件で、警察内部の闇に触れたためだった。
妻のジェマは、かっての同僚で、名コンビだった女性。
キンケイドが思わぬ深層に分け入ったのは、ジェマを守るためでもあったことは知らないでいます。
もう違う部署に勤めているジェマは、ロンドンで昇進しているのですが。
とある庭園に囲まれた高級住宅街で、若い女性の死体が発見された。
美しい庭に思わず感嘆するジェマだったが。
入り組んだ人間関係のもつれを、次第に解きほぐしていきます。
これまでの作品に出てきた人物もかなり登場しますよ。オールスターキャスト?
キンケイドは優秀で穏やかな性格、しかもハンサム。
恵まれ過ぎていて、やや気がつかないところがあるのが唯一の欠点という。
離婚した妻の生んだ息子キットが再婚相手との子ではなく自分の子とわかったあたりから、人間味が出てきました。
キットがまた、すごくいい少年なの!(笑)
部下だったジェマのほうは、離婚後ずっと幼いトビーを育てていたシングルマザー。
明るく人に信頼される温かい人柄で、事件の関係者から話を聞き出すのを得意としていました。
女性ならではの細やかな情景描写や喜怒哀楽に実感がこもっていて、二人の関係が緩やかに進むのも、自然でしたね。
作者はアメリカ人ですが、イギリスに魅了されて住んでいた時期もあり、イギリスを舞台にしたこのシリーズで、1993年デビュー。
事件はコージーというのではないけれど、ドメスティックな魅力もあり、「警視の死角」「警視の偽装」でマカヴィティ賞を受賞したりしているのもうなずけます。
このシリーズ全体として、★五つです! -
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いやー忘れるわー
1年ぶりの新作だもんこれまでの話忘れるわー
読みながらちょっとづつ思い出したけどね
というわけでスカンダーです
ユニコーンライダーです
なんかもう色々ありました!
登録者の少ない物語はなるべく内容が分かるようなレビューにしたいなーと思ってるんですが、なんかもう色々あり過ぎてまとめるのめんどくさい(出た)
仲間たちの力を借りながら、運命にあがらい、強大な敵に立向かう古き良き王道ファンタジーです
イギリス人が好きそうなやーつです
ということはひまわりめろんさんの好きそうなやーつということです(謎理論)
そして話の展開も王道です
ハリー・ポッターとか好きな人は好きそうね
うん、わいハリー・ポッター読んだことないんでテキトーに言ってるだけだけど -
Posted by ブクログ
ネタバレ『むらさきのスカートの女』(今村夏子)を思い出すために読もうと、キーワードで選んだ『ぼくがスカートをはく日』(エイミ・ポランスキー)。
今回は【トランスジェンダーの小学生6年生が持つ苦悩の話】でした。
偶然ハトシェプスト興味で選んだ『碧いホルスの眼』(犬童千絵)を並行して読んでいる事もあって、
「この事で悩む人は昔からいるんだな」って思ったかな。
さらに主人公の場合、自身の考えを尊重してくれた両親を交通事故で早くに亡くしており、心情はさらに複雑なもの。
先日読んだ『違国日記』(ヤマシタトモコ)では高校生主人公も似たような境遇にあった事を思い出し、読後こんな近日中に類似ストーリーを読む事になって驚いてました。
それでも「自分はこうありたいんだ!!」っていう気持ちを持ち、興味を持った演劇で与えられた役を演じ切ったその姿は本当にカッコ良かった。
最後の【普段の生活面でも自分を出していく事を決意して終わるシーン】なんて「ホーッ……」って息吐いてましたね…。
最初の内気な性格から飛躍的変化を果たしたこの一連の流れを知るのには、絶対一気に読むべきです。
本書はキッカケとなった本とは異なるインパクトを持つ一冊でした。
同じキーワードにしても、全然違うスカートだった。 -
Posted by ブクログ
「内向型は、発言するよりは、黙って流れを見守る方が好きです。発言すべきときがあれば、そのときだけ発言します。」p.9
「内向型の多くは、親しい友達と一緒にいるときや、自分が関心を持っているテーマで話しあっているときは、そうでないときよりも外交的にふるまうと言います。また、たくさんの人に囲まれているのを好む外向型も、そのほとんどは、気持ちをクールダウンさせる時間が必要だと言います。」p.11
「どれであってもかまいません。快適に暮らしていくための鍵は、自分がどういうタイプかを知ることにあるのです。」p.14
「どういう状況で力を発揮したりリラックスしたりできるか、ということがわかれば、気持ちにゆとりができるでしょう。そうすれば、自分にとってよりよい選択をすることができるし、自分が落ち着いてできる活動に集中することもできます。ここぞというときに苦手な領域に足を踏み入れて、自分にとって大切な仕事や勉強、あるいは大切な人のためにがんばることもできるはずです。」p.15
「ひとつのことに取り組む集中力があるというのは、内向型の多くに共通する特徴です。誰にでもいますぐその特徴があらわれるとは限りませんが、あなたもいずれそうなるかもしれません!」p.15
「内向型の人間は、友だちや家族や先生とどのように付き合っていけばいいのか。興味のあることや趣味をどのように追求すればいいか。また、自分自身とどんな風に付き合うべきか。といったことについても考えましょう。この本を読むことで、あなたがありのままの自分自身を受け入れ、自分を大切にできるようになってくれたら幸いです。世界はあなたを必要としています。静かな人間が多くを語る方法はいくらでもあるのです。」p.16
「内向型は外的刺激に強く反応してしまうので、状況に適応するのが大変なのです。」p.32
「今日では、内向型と外向型とでは神経系の働きに違いがあることがわかっています。ほかの人と接するとき、内向型の神経系は外向型の神経系よりも強く反応しますが、両者は、五感に対する反応の強さも違うのです。
外向型の神経系は外的刺激に対する反応が弱いので、その結果として、より強い刺激を求めるようになります。照明をより明るくしたり音をより大きくしたりすることで、生きているという実感を得るのです。刺激が足りないと、退屈したり、イライラしたりします。」p.33
ハンス・アイゼンク
ラッセル・グリーン
「世界の人々の三分の一は内向型です。」p.41
「なにかをじっくり考えたり、なにかに集中して取り組んだりする力。他人の話を根気よく優しく聞く力、これらふたつは、内向型の持つ”スーパーパワー”。大切にしましょう。好きなことを見つけたら、全力で取り組みましょう。」p.47
無理をしない
世界は内向型にとって負担になるようにできている。自分らしさを失うよりはひとりでいたほうがいい。
自分の好みを理解する
誰と一緒にいたいかは、自分の心に従うこと。
コミュニケーションをとる
一緒にいる相手には自分のことを理解してもらうことが重要。
好きなことを見つける
内向型の多くは、本当に好きなことに的を絞ってエネルギーを注ぐのが好き。
心地よい居場所を広げる
無理のない範囲で少しずつ練習することが大切。
笑顔を大切に
笑顔は生物学的に良い。
「不安を感じているときこそ、強い情熱を持つことで心は明るくなるし、不安を乗り越える勇気が得られるからです。不安は強敵ですが、情熱はそれ以上に強い友達です。」p.50
エリノア・ルーズヴェルト
「世間話は精神的に疲れるのです。つま先立ちで歩き続けているかのように、次はどんな気の利いたことを言えばいいだろう、と考えつづけていなければなりません。しかも、お天気や人のうわさ話なんか、何のためにしなければならないの、と思ってしまうのです。」p.131
「ほかの人たちと一緒にいて、自分だけあまりしゃべらず静かにしていたい、そんなとき、内向型の多くは、ほかの人やものに注目が集まるように会話の流れを持っていく、と言います。」p.131
「内向型に分類される人たちは、大人数で群れるのをいやがり、それよりは、パソコンやスマホで好きなことをやったほうがいいと考えるものです。インターネットは、自分と世界をつないでくれる最高の手段と言えます。」p.145
ジョン・グリーン
外向的な人には我慢ならないことが多々ある。しかも外向的な人は内向的な人より人数が多い。でも、外向的な人には新しい情報や価値を受け入れるのが苦手という特徴があるので、世の中を新しい良い方向へ導くのが苦手だ。辛抱強く接してあげなくては。疲れない範囲で。
エリザベス・ミカ -
Posted by ブクログ
自分は立場や年齢的にサリーおばさんが一番近い立場なんだけど。この本の登場人物の中でサリーおばさんが一番理解できなかった。
「どうしてこんなにもグレイソンを否定するんだろう?」「なぜ、グレイソンのチクチクしている気持ちに気がつかないのだろう?」「自分の価値観を押し付けて振り回し、グレイソンの世界をメチャクチャにするのはなぜ?しかも、PTAを巻き込むとか。この行動力なんなの?」と。わからない事だらけで。
なので、まあ、サリーの立場とサリーを俯瞰した視点で考えてみたんですが。
サリーは「グレイソンが否定的な目で見られることはかわいそう」と言っていますが、サリーの一番の不安は「否定的な目で見られるグレイソンの保護者である私がかわいそう、だし、私が周りからどう思われるか怖い」が正直なところだと思う。つまり、自分がつらい立場に立ちたくない。それは、グレイソンがつらい思いをしている現状よりも未来につらい立場に立つ可能性がある自分の方が大事ってこと。(注目したいのは、現在つらいのはグレイソンだけであって、サリー自身は現在つらくはなく、劇が行われる未来に向かって可能性がある というだけ。しかも、自己中心的な自分の思いに気がついていない。)
まあ、子育てをしている母親にはありがちな「転ぶ前から転ぶよ!気つけて!を連呼する」(この声かけ謎すぎる)「石橋を叩いて叩いて、叩き割ってどこにも行けなくなる」てな感じの。視野が狭く、自身の保身の為になら周りの気持ちなどお構いなしに発言し行動する人のすごさを感じました。
グレイソンがいままでも、これからも、たたかっていかなければいけないのは。こんな、自己中心的で視野の狭い人なんだろうなぁと思いました。 -
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クライマックスには演劇のシーン。主役のペルセポネを演じるグレイソン。
この本のストーリー構成から、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を連想した。
フレディ・マーキュリーの半生が描かれた後、クライマックスのライブエイドのステージで「エィヨ、イーヨ、オールライト!」と観客にコールするフレディ。「ありのまま」に生きようとフレディが宣言するかのような名シーンだと思う。
グレイソンにとって、ライトの光が当たる学校の舞台に、ペルセポネとして黄金色のドレスを着て観客の前に現われたときも、同じような心境だったのかもしれない。
グレイソンもフレディも、「ありのまま」であり続けるための悩みや葛藤を多く経験し、そして舞台に立って多くの人の前で、自分が望む姿や生き方であり続けることを“宣言”した。
日常で異質とみられているものこそが、自分自身の自然体だと表明する場面に、舞台という“非日常”が効果的に使われ、異質から自然体への劇的な変換を演出している。
ただしロックスターとして日々非日常を生きていたフレディと違い、グレイソンは12才の少年にすぎない。舞台を降りれば再び日常に覆われてしまう。だけどグレイソンは非日常から日常に戻っても「ありのまま」でいたいという望みをかなえるため、ある一歩を踏み出そうとする。そこまでこの本では描かれている。
私たちが暮らす日常では、男の子が女の子の服装をすることはまだ一般的には許容されていない。この作品では、まるで微細なカメラワークによって細やかに記録して繋げ合わせた映像作品のような丁寧な描写が印象的だ。だから読者はグレイソンの心理を違和感なくgraceful(=優美)だと自然に感じられるような仕掛けになっている。
それと、「まめふく」さんが描いた表紙の絵が素晴らしい。グレイソンの心のうちに隠された憧れをビジュアル化した構図がとてもよい。ちなみに裏表紙のイラストもいい。紙の本の表紙を前にして自分の本棚に飾るのも悪くない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまず一言…
ペイジごめんなさい。
最後まで疑ってました…
LGBTへの見方が変わった1冊。
今までもLGBTには特に偏見は無かったがこの本を読んでより理解を深めることが出来た。
読んでいて途中凄く心苦しくなるところがあるが、その場面を乗り越えてこそこの本の意味があるし、得るものがある。
グレイソンの母親のような広い心を持っていたい
12歳のグレイソンの勇気に感銘を受けた
サリーおばさん…もう少しグレイソンを受け止めて欲しかった
~心に残った言葉~
・沈黙ってこんなにも自己主張の激しいものだったのか
・リスクは伴うがそれ以上のものが得られる -
Posted by ブクログ
子どもが借りた本。表紙の絵とタイトルに惹かれて手に取った。
これは、トランスジェンダーと思われる12歳の少年の目線で、彼の学校での日々や心に降り積もる思いが書かれた物語だ。
日本では、多感な中高生時代にLGBTの当事者がカミングアウトするということは、ほとんどないだろう。その多くはきっと誰にも心の内を話せないまま、自分にも周りにも違和感を抱えながら学校という狭い枠の中で苦しい毎日を過ごしているのだと思う。
主人公のグレイソンは、一番の理解者であったはずの両親を幼い頃に亡くしており、心の支えがない中なんとか周囲に怪しまれないように、自分を殺して通学している。しかし、あるきっかけにより、校内の演劇活動の女神の役のオーディションを受けることを決意する。そして本当の自分になる勇気を演劇を通して育てていく。
アメリカのシカゴが舞台だが、アメリカでもこうなのか(ある意味日本より保守的なのかもしれないが)、と思う。日本でも、LGBTと呼ばれる少数派の人たちが注目され、その法的権利を守る活動などが盛んになってきている。私の務め先でもNPOによる生徒、職員それぞれに向けた講演があったが、このような小説が身近になることで、より当事者に寄り添うことができるようになるのではないかと思う。
先日読んだ、夏川草介さんの本にもあったが、本は、様々な人の生き方や考え方に触れることができる、それは人を思う気持ちを育ててくれることでもある。2019.8.18 -
Posted by ブクログ
読み終わるのがさみしい、と久々に思えた作品。
ペットのワニ、アルバートとさよならする旅のはずが、破天荒な脱線の連続...アルバートは球団のマスコットになったり、映画に出演したり...で、湿っぽい別れの予感はどこへやら。ヒッカム夫妻の思惑も(それに職業も)刻々と移ろって落ち着かず。アルバートを本当に手放すのか (手放さないでほしい!)も含め、ギリギリまで結末が読めません。
しっくりいかない夫婦関係と、その鍵を握るアルバートに寓意を読み取ることもできそうですが、実話に基づいているというからニクい。
アルバートの一挙一動と「ヤーヤーヤー」(鳴き声!)に和み、小気味好いジョークに脱力し、最後はホロっとさせられる......深読みはさておき、物語の純粋な「楽しさ」に肩までつかる、贅沢な小説です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ体と心の性が一致しないLGBTの男の子の話。
グレイソンは丈の長い服を着て女の子のスカート姿を空想していたが、思春期になり、自分が変わっていく姿に、空想が出来なくなってきた。
だれにも言えず悩み、ドレスを着るお姫様を描いたりして空想を続ける。
ある日、学校の劇のキャストオーディションを知り、応募、そしてその役は主役の女の子の役。そして見事獲得。
ここからグレイソンを取り巻く環境が変わっていく。
一緒に暮らしている養父母やいとこは、そんな彼に戸惑い、これによって彼がいじめに合うのを恐れ、養母が学校に苦情を入れ学校全体の問題に発展し、劇監督を務めるみんなの人気者フィン先生は退職に追い込まれそうになる。
グレイソンは、いじめっ子から毎日のようにいじめられるようになる。
それでも演じているときはスカートをはいた女の子になれる、と自分を徐々に開放していく姿、とまどいの中の決意。
グレイソンのような子は、世界中に、そして日本にもいて、まだまだ受け入れられていない、不安でカミングアウトできない人もたくさんいそう。本来の自分を受け入れてもらえないことは何と辛いことだろう。
でもグレイソンの周りにもいたように、味方になってくれる人もたくさんいるはず。LGBT理解者が増えていくといいな。
英語なら一人称は【I】だから女性も男性もないのだろうけれど、訳語ならではで、ずっと【ぼく】と自分を語っていたグレイソンが一番最後に【わたし】と表現していたのが心に残った。