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Posted by ブクログ
借りたもの。
クリスマスのミサに挑むチェーザレ。同じ頃、ローマでも父・ロドリーゴ枢機卿とジュリアーノ枢機卿の対立・派閥争いもありながら、各々の教会で粛々とミサが行われる。その聖句は前巻の友人や腹心の部下による裏切りやアンジェロの負傷といったフィオレンティーナ団の傷心に寄り添い、庶民・貧しい貧民の慰めとなるのだろうか…
ピサ大聖堂で皇帝ハインリヒⅦ世の墓を前に、チェーザレは思いを馳せる。
ダンテ研究の第一人者であるランディーノ教授にチェーザレは教えを乞うた。
それはチェーザレ達が生きる時代――中世ルネサンス――に至るまでのイタリア(ピサ)情勢が語られる。
そこからチェーザレが導き出すのはダンテ『神曲』から導き出させる君主――統治者――の姿勢。そして、当時のイタリア半島において長く続く派閥争い――“教皇派”と“皇帝派”――についての解説でもある。
天秤の均衡――聖職者(教皇)と権力者(皇帝)の二元論により安定した統治――を目指すも、それは夢物語に過ぎない……
教皇権を拡大させたエピソードとして有名な「カノッサの屈辱」も、当事者(教皇グレゴリウスⅦ世と皇帝ハインリヒⅣ世)が意図したものとは異なり、後に教会勢力が利用したという。ヴィジュアルイメージを伴って、世界史の教科書で受けた印象が真逆のものとなる。俗世の介入を憂いてけん制するために苦肉の策を打ち出したグレゴリウスⅦ世と、どんな手段を取っても覇道を進苛烈な印象を与えるハインリヒⅣ世。
この“教皇派”と“皇帝派”の派閥争いが、イタリア半島ではずっと続いている。
それは詩聖ダンテの時代も同じ……ダンテは教皇派――フィレンツェ人、そして政敵に敗れ追放された人間――だった。
ローマ帝国の滅亡後、フランス、ドイツの大国に挟まれブレやすいイタリア半島……フィレンツェがフランスの子飼いであったこと……
世界史の流れが地続きになっていることを改めて理解する。
また、『神曲』がキリスト教的価値観の世界の中で皇帝至上主義を示しているという指摘を、私は初めて知った。
“権力と金――これに執着した時 聖人は俗人となるのです”
“どのような文献も解釈する側によって微妙にその色合いを変える だからこそ読み取る側も常に柔軟な心を持つべきだと――”
それは今の社会にも通じる名言に溢れている。
ピサ大聖堂の封印された皇帝ハインリヒⅦ世の墓と付属祭壇は衝撃的だった。
團名保紀氏が研究に携わっていたという。
ダンテとミケランジェロが出てきて満足してしまう私。
Posted by ブクログ
いやはや、今号は本当に読み応えがありました。 やっぱり今号の白眉は「新説(? でもないか・・・)カノッサの屈辱」と「チェーザレ vs. ランディーノ教授の『神曲』談義」ではないでしょうか? 世界史の授業で学んだ「カノッサの屈辱」とこの漫画で描かれる「カノッサの屈辱」では結構違いがあるのもなかなか新鮮だし(とは言えども、これに似た話はどこかで読んだことがある記憶はあるのです。 その時はこの解釈にはちょっと懐疑的だったんですけどね 笑)、ピサ大聖堂に安置されているハインリッヒ7世の墓を見、そしてダンテの神曲を読んで、こんなにも多くのことを考えたチェーザレに驚嘆したりと KiKi にとってはなかなか刺激的なエピソードが満載でした。
その話に入る前に描かれている降誕祭のシーン。 こちらも秀逸です。 KiKi はクラシック音楽も大好きで殊に40代に入ってからはいわゆる「宗教音楽」にもかなりやられちゃったクチなのですが、このシーンでは本当に多くの「キリエ」が絵から流れ出て、頭の中でリフレインしているような不思議な感覚に捕われました。 惣領さんのすごさを感じたのは、単にミサの雰囲気を精緻に映した描写をされているのみならず、その「キリエ」がキリスト教徒のみならず、ユダヤ人(ミゲル)、マラーノ(ユダヤ教を偽装棄教し表面上キリスト教徒となったユダヤ人;チェーザレの護衛の面々)、そして街の片隅でぼろをまとって恐らく亡くなった(?)と思われる貧民の上を流れていくという描写をされていることで、このシーンでは多くのことを考えさせられました。
(全文はブログにて)
Posted by ブクログ
チェーザレ・ボルジアを軸にルネッサンス期を描くコミックスの7巻。
1492年は、コンクラーベ(教皇選)、レコンキスタ((キリスト教勢力による)再征服運動)終焉、そしてコロンブス出航の年である。物語はこの山へ向かっていく。
この巻の舞台はその前年、1491年の降誕祭。いわば、嵐の前夜である。
チェーザレは在学中のピサで、メディチ家の子息、ピサ大司教のリアーリオとともに、降誕祭のミサに臨む。同じ頃、チェーザレの父・ロドリーゴもローマでミサに臨む。
夜半のミサを終え、ピサ大聖堂で佇むチェーザレの前には、200年前、遠征中に病に倒れて命尽きたドイツ人皇帝・ハインリヒVII世の墓があった。
聖堂内に横たわる、聖職者ではない皇帝の墓。その意味するところは何か。
チェーザレはピサを訪ねた当初、疑問に思い、ちょうど招聘されていたダンテ研究の第一人者ランディーノ教授に教えを請うていた。
ランディーノは200年前のハインリヒVII世とダンテとの絆について語り、さらにはその200年前のそもそもの発端、「カノッサの屈辱」について語り始める。
「カノッサの屈辱」で対立したのは、教皇グレゴリウスVII世と神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒIV世。グレゴリウスVII世はある意味、遣り手で、教皇庁の財政難を一気に解消し、覇権の拡大を成功させた。だが一方で、権力と金に執着したかに見える教皇を、「聖なる悪魔」と呼ぶものもいた。グレゴリウスVII世は権力闘争の結果、ハインリヒIV世を跪かせることに成功するが、それはまた、諸刃の刃であった。最終的に、どの側が勝利したといえるのか、見方は1つとは限らない。
ダンテの時代にも教皇派と皇帝派の反目は続いていた。ダンテは教皇派であったが、策略によって失脚、失意の日々を送る。そんな中で出会ったハインリヒVII世と意気投合したダンテは、皇帝と終生の友情を結ぶ。ダンテの「神曲」には、理想の姿として二元論が記される。教皇と皇帝が互いに照らしあう「二つの太陽」となること。
だが、果たしてそれは本当にダンテの「真意」だったのか。
ランディーノ教授とチェーザレの議論の中に浮かび上がる1つの仮説はどのようなものか。
降誕祭、聖堂に眠る皇帝の墓、「カノッサの屈辱」、ハインリヒVII世とダンテの交友、そして「神曲」に隠された真意、と展開がドラマチックでスリリングである。
巻末の解説によれば、監修者自身もこれは1つの仮説であるといっているが、なかなかおもしろい見方である。
ハインリヒVII世の墓は、チェーザレの時代に破壊され、今では残されていない。やはり仮説であるが、破壊した犯人も次巻に明かされるという。
現存しないハインリヒVII世の墓の作画の過程も明かされていて興味深い。
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