山岡洋一の作品一覧
「山岡洋一」の「自由論」「英単語のあぶない常識 ――翻訳名人は訳語をこう決める」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
すっごく暗い本! と心からの敬意を込めて言いたい。現代(本書刊行は2001年)日本の翻訳業界に関する憂慮にあふれている。でもそれは、まさに「翻訳とは何か」ということを、これ以上なく真剣に考えているからこそ出てくる態度であることがよくわかる。翻訳ができるとか好きとか楽しいとか愛とかそういうレベルではなく、少なくとも情熱、または使命感、に突き動かされて、本書にあった言葉では「狂状態」に陥って取り組んでやっと成し遂げうるのが翻訳。歴史の中の名翻訳者として何人か名前が挙がっていた人物のうちのひとり、玄奘法師の例などわかりやすい。しかし、どうも今の社会ではそういうふうには理解されずに、ともするとちょいちょいと片手間でできそうな仕事と捉えられているふしがあるということを、翻訳を発注する者、翻訳を受注して訳者を集めて納品する者、翻訳学習者、翻訳教育産業の経営者、などのふるまいに見られる悪しき例をたくさんあげて、説明し、嘆いている。良き例を喧伝して界隈を盛り上げていく方法だってあるはずだが、敢えて闇を見せていくこのペシミスティック・スタイル。かっこいい。
明るい話はまったくないのかというと、いくつかある。ひとつは、「翻訳者と翻訳学習者との間で実力に大きな開きがあるのは、翻訳者にとっても翻訳者予備軍にとっても、きわめてありがたいことだ」という話。質の高い翻訳の価値が高いまま保たれるし、発注側から見ると、安心して仕事を任せられる質の高い翻訳者は不足しているのだから、質さえ高めていけば翻訳者への道のりはじつは険しくはない、ということにもなるからだ。そしてふたつめは、翻訳者の仕事の成果は出版翻訳であれば本の形になって出回っているのだから、自分で訳して翻訳書と比べる作業を真剣にやっていけば質は高められるはずだ、という話。だいぶストイックな話だが、お説ごもっともであることはわかる。みっつめは、翻訳はニッチ産業であるということ。自分の得意分野を極めていき、少数の発注者、そして少数の読者に認められれば、その小さな蛸壺の中でちゃんと産業として成り立つのだという話。
ただしこれらが明るい話かどうかはわからないもので、戦略的に、地道に、積み重ねていったとて、良い仕事にありつけるかどうか、そして継続的に受注できるかどうか、そこには運の作用も大きいということも語られる。だが、本書でも繰り返し述べられているが、人間にとって「母語で考える」ということがいかに大事であるかを思えば、(みんな原語で読めばいいじゃんという意味で)翻訳が不要になることはない。文化文明にとって、新しい文物を取り入れる必要がないと考えればまた話は別だが、それはあまりに暴論だろう。世界の歴史をひもとけば、母語を奪われた人はたくさんいる。そのまま世代を重ねていけばその言葉は本当に滅びてしまう。日本語がすばらしいからということではなく、わたしはたまたま日本語が母語だから、日本語が滅びたらいやだなあと感じるだけで、世界のどこの言葉が滅びることも悲しいことだと思う。
本書には書かれていないが、現在は、AIが発達していったら人間が時間をかけて翻訳する必要はなくなるのでは、という議論がよくある。ここまでこの本の感想を書いてきていまわたしが思ったのは、AIが外国語から日本語に翻訳してくれたものは、それは「AI日本語」なんじゃないかということ。AIは言葉や画像やその他諸々の手段でいろんなことを表現できるようになっていて、その成果物は人間が作ったものと似たものにはなっているけれど、AIが学習したり表現したりする仕組みは人間とはまた違うようだから、それこそ外国の人が外国語で考え表現するものを「自分たちと通ずるところもあるけれど決定的に違うところもある新しいもの」とわたしたちが感じるように、それは「新しい文物」なのではないか。日本語と中国語は似たような漢字を使うんだからだいたい同じものだ、なんてことはないのと同じくらい、AI日本語と日本語は似て非なるものかもしれない。中国語で書かれた駅名を確かめるくらいなら中国語を日本語に翻訳する必要はないかもしれない。そういう意味では、AI翻訳によるAI日本語でじゅうぶん事足りる場面はあるだろう。でももう少し複雑なことを伝達するときに、まだ付き合いの浅いAI人がAIなりの思考経路を経て日本語に見えるAI語に訳してくれたもので満足していいとは、まだ言えないのではないか。もしそうなったら、それは「AIの技術が向上した世界」ではなくて、もはや「人間の日本語がAI日本語に駆逐されてしまった世界」だと思う。
Posted by ブクログ
竹中平蔵の『経済古典は役に立つ』を読んだ勢いで、古典中の古典、アダム・スミスの『国富論』に手を出した。というか、出してしまった、、、。
現在、上巻を読み終えたところであり、まだ中巻・下巻を残しているため、本書全体について評価する段階にはないのだけれと、率直な感想をまとめておきたい。
読み始めは面白かった。分業によって生産性が飛躍的に高まり、それが社会全体の豊かさにつながるという説明は、250年以上前の著作とは思えないほど説得力があり、現代の企業経営や組織運営にも通じる考え方だと感じた。さすが後世まで残る名著。
しかし、読み進めるにつれて辛くなってくる。同じテーマをさまざまな事例や視点から丹念に論じる構成は、理論を積み上げるうえで必要だったのだろうが、経済素人の私には細部にまで踏み込みすぎていてもどかしい。かなりの集中力を要する作業になってしまった。
それでも、上巻だけでも「社会はなぜ豊かになるのか」という問いに真正面から向き合った古典の凄みは十分に感じた。この先、中巻・下巻を読み進めることで、より深く、アダム・スミスの思想を理解できるように、自分に期待したい。
しかし、先は長い!!
Posted by ブクログ
息子へ)
いろいろ夢をもつかもしれないが、たぶん、きみもサラリーマンとして会社勤めするとおもう。
何年か会社勤めすると、「会社とは?」を考えることになる。「ただ、労働を提供して、その代償として給料をもらう。」そこまで客観的でシンプルに考えられるほど、人間は無機質ではないため、「会社とは?」の問いと格闘することになる。
そんなとき、この本を読んでみて欲しい。
この本には、すばらしい企業であるためのポイントが書かれてある。おおまかに言うなら、「基本理念を維持し、進歩をうながす」ことにあるらしい。
きみが選んだ会社と、本書に書かれているような企業を比べてみて欲しい。残念ながら、よほどの会社でない限り、この本で描かれている会社ほどすばらしくない。ただ、きみの会社に、本書に書かれているような要素が全くなかったとすると、もう一度、会社選びをしたほうがいいかもしれない。さらには、きみの意思と、会社の意思を重ねあうところが、全くないなら、きみも会社もお互い不幸になると、父は思う。
会社で働くことは、
「会社を、君の手で育てること」。
きみが育てたい方向に、会社が全く向いていなかったら、、、。さすがに、全てをひっくり返すのは難しい。自分の想いとおなじ想いをもった企業を選ぶべきだ。
さらにさらに、きみの成長という視点から企業を見たとすると、「常に変化」ということが、とっても重要になる。
同じところに止まっていたら、成長はない。
「変化」をよしとする企業で働けたなら、きみの成長は間違いない。
人間も企業も、変化する環境におくことによる「成長」が必要なのだ。
正直、大変かもしれない。
お父さんも、たった今、もがき戦っているところだ。
無理しすぎるのは体によくない。
でも、無理できるぐらい「すばらしい仕事」に、きみが出会えることを祈っている。
ここまで、きみもサラリーマンになることを前提に話したが、もし、きみが起業して、自分の会社をもっていたら、、、。
是非、ビジョナリーカンパニー目指して、会社を営んで欲しい。そして、父もきみの会社育てを手伝わせて欲しい。
きみの会社にとって戦力になるよう、父も成長しておくつもりだ。
きみの会社の専務取締役、きみの父より
(父さんの本の買い方)
BOOK・OFF \1000
(読め、もしくは、読むな)
必ず読め!
(君が、・・・歳の頃に読んで欲しい)
君が、社会人3年目の頃に読んで欲しい。