西垣通の作品一覧
「西垣通」の「AI原論 神の支配と人間の自由」「AI人類学 生成AI時代の超倫理」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
AIについては全くの素人なのですが、著者の本は何冊か読んだことがあり本書も手に取りました。結論から言うと非常に面白かったです。独特な視点からAIに切り込んだ書籍だと言えます。本書はAIの技術的な解説書ではありません。そのような本は巷にあふれています。著者がこの本で指摘するのは、日本でAIを研究している専門家ですら、AIの背後にある哲学的思想や宗教的思想について理解しておらず、それは非常に危ういという点です。
本書は、これまでのAIブーム(1950年代の第1次、80年代の第2次、そして2010年代からの第3次ブーム)について概観し、第3次ブームに火をつけたと言ってもよいカーツワイルの「シンギュラリティ仮説」について紹介します。そしてこのシンギュラリティ仮説を中心に、それらがどのような思想のもと生まれたか、それがいかに「ありえない」かについて哲学や宗教の視点から解説しています。
本書は重要なキーワードが多数ちりばめられていたと思います。まず科学者が持ちがちな「素朴実在論」。それに対抗する、カントからはじまる「相関主義」(世の中の事象はすべて人間という主観的主体を通してしか理解できない)、そしてそれを突き詰めていくことで生まれたメイヤスーの「思弁的実在論」。また相関主義と似た思想としての「オートポイエーシス」理論で、人間や生命体だけが真の意味で「閉鎖・自律的」な存在であり、AIは「開放・他律的」存在でしかないことを示します(ただし本書で示されているように、深層学習しているAIは疑似的な意味で自律的存在として人間の目には映る)。
私が興味深かったのは、メイヤスーが提唱している2つの種類の不確定性と、それを用いた著者による人間・AIの違いについての説明でした。1つめは確率分布で表示できるもの(潜勢力と訳されている)、もう1つは確率分布で表示できないもの(潜在性と訳されている)があって、AIは前者にしか対応できないが、人間は前者だけでなく、後者の不確定性にも柔軟に対応できること(対応できない固体が死ぬ)、つまり言い換えれば行動ルール自体が時々刻々変化する存在だということです。AIはメタルールを自分で変えられません。それに対して人間はいざとなればメタルールすらリライトできるからです。
ちなみにこの2つの不確定性については、フランク・ナイトという経済学者もだいぶ前に区別をしています。彼は、確率分布で表示できるものを「リスク(risk)」、そうでないもの、たとえば世界大恐慌を引き起こすような株価下落については「不確実性(uncertainty)」と区分しています。ナイトは逆に、人間がすべての事象をリスクとして扱おうとする態度が世界大恐慌のような不確実性を見過ごすという警告をしています。ナイトもメイヤスーも後者の不確定性の存在を強調しているわけです。
なお本書の後半では、ギリシャ哲学(ヘレニズム)とユダヤ教(ヘブライニズム)の混交した西洋文化がAIの背後にあることを解説します。私としては、仏教の思想とAIがどのような関係にありそうか、という点に興味が湧いてきましたので、もしそのような本があれば手に取りたいなと感じました。繰り返しになりますが、本書はAIを通じて様々な哲学思想と宗教思想が学べる本になっていて、知的好奇心を満たしてくれる良書でした。個人的にはとても満足しています。
Posted by ブクログ
西垣さんの本は「ビッグデータと人工知能」(2016年)を読み、とても面白かったので、少し昔に書かれている本書を手に取りました。個人的には集合知とは何で、ネット時代にどういう意義があるのかを知りたいと言うことで購入しましたが、読み終えた感想は、集合知以外のところというか、知のそもそものあり方についてとても勉強になり面白かったです。
また経営学の重鎮である野中郁次郎さんの「知識創造企業」との関連性をすごく感じました。野中さんは日本企業がいかに各従業員の暗黙知を吸い上げてイノベーションにつなげているかを分析されていますが、知は人間個々人に暗黙知として宿ること、そして暗黙知と暗黙知がぶつかりあってグループ内で共有化されるプロセスや、その暗黙知が形式知に「表出化」されるプロセスを分析されていますが、西垣さんの思想との親和性を強く感じました。そして西垣さんの呼び名を借りれば「主観知」こそが出発地点であって、客観世界とは仮象であること、そしてこれからのデジタル技術は、人間の暗黙知を表出化するところにこそ使われれるべきだと述べていて、とても共感できました。産業資本主義が、世界の客観化にあったとすれば、デジタル技術は逆説的に聞こえるかもしれませんが人間の主観知へと焦点を当て直すことになるのかもしれないと思い、非常に興味深く拝読しました。西垣説は正しい気がしましたし、日本はこの領域は得意なのでは?と感じた次第です。