例えば、ハリケーン(台風)が過ぎ去った後、家の屋根を損傷を被った被災者に対して、業者が通常の数倍の金額で屋根の修理を受注すること(価格設定は需要と供給の関係で決められるもので本来自由である、また高い価格設定で多くの業者が参入し復興が早まると容認する見解もある)。例えば、戦争で外傷を負ったり死亡した兵士に与えられる国からの勲章が、PTSDなど心的障害を負った兵士には与えられないこと(心的障害は敵の攻撃によって生じたものでなく因果関係も明らかでないと現状を肯定する見解もある)。例えば、経営破綻した大手金融機関に税金から公的な救済資金が支払われたにもかかわらず、その企業の役員に莫大な金額のボーナスが支払われること(当該企業の株式の大半を政府が保有することになるので、納税者のために早期に不良債権を処理するには有能な人材の確保が必要であり、それに見合う報酬が必要と容認する見解もある)。そんな具体的事実や事例をもとに、本当の「正義」とは何かについて考えるのが本書の内容です。
この他にも、課税という富裕層から貧困層への富の再分配、貧困層の臓器売買、現在を生きる世代とは関わりのない歴史的過ち(ホロコーストなど)についての謝罪や補償、代理出産、同性婚。妊娠中絶の是非などについても、個人の権利、倫理的・道徳的な判断も含め、正しいことなのか、すなわち正義という観点から、様々な考え方について提示してくれています。
本書では、これらのような「正義」について考えるアプローチとして、
①幸福の最大化、
②自由の尊重、
③美徳の促進、
の3つの観点が存在するとしています。
①は功利主義的な立場で、例えば1人あるいは5人のどちらかをやむを得ず殺さなければならない状況ならば、1人殺すべきだという、少しでも多くの人間が幸福になれる方向をとる、最大多数の最大幸福こそが正義なのだとする考え方。
②は正しさは善に優先するという立場で、正義とは対立し合う意見に対してすべて中立であらねばならず、個人が「自由に選択できること」こそが正しさであり、正義なのだという考え方。
③は相互的尊重という立場で、人間は多種多様であり満場一致で決めることは出来ないのだから、考え方をすり合わせた「共通善」を目指していくことが正しさ、すなわち正義であるという考え方。
本書では日本では関心の薄い宗教的な要素も記述されていますが、いずれにせよ、「個人の自由と権利」をどこまで認めるか、「社会としての幸福」をどこまで求めるか、その2つの要件から「法律」をどのように規定するか、ということを様々な考え方を紹介するとともに、著者が考えるその判断基準を述べているのかと思います。
私の以上の解釈で正しいのかどうか自信はありませんが、「正義」について、上記の通り様々な要因で多種多様な考え方がある中で、誰もが納得する正解を得ることは難しいと思います。ただ「感情」ではなく「理性」で判断することが大事ということは同感で、その判断が理性に従っているかどうかを確かめるには、『自分の主張が最高裁判事の意見として提示されたら、どう感じるだろうか』と自問してみるといい」、と書かれていた部分には思わず付箋を貼りました。
あらためて「正義」について考えるには有益な一冊で、著者の話をもっと詳しく聞いてみたいと思いました。