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Posted by ブクログ
社会の繁栄と貧困の差は、政治と経済の制度の違いによって生まれたと説明する。
多数の資源を少数が搾り取る収奪的制度では、所有権が保護されず、経済活動のインセンティブも与えられない。少数は、自らの利益のために収奪的制度を維持し、手に入れた資源を利用して政治権力を強固にする。収奪的制度の下でも、政治的中央集権化化によって、ある程度の成長が可能だが、創造的破壊によるイノベーションが起こらないため、成長には限界がある。また、政治権力をめぐって闘いが発生するため、社会は不安定になる。
包括的政治制度では、政治権力が幅広く配分され、法と秩序、所有権の基盤、包括的市場経済が確立される。有史以来、収奪的制度がごく普通だったが、14世紀のペスト流行、大西洋貿易航路の開通、産業革命といった歴史的な決定的岐路において、既存の制度との相互作用によって包括的制度が生まれた。
今後、収奪的制度下でも政治的中央主権下で成長しそうな国は、アフリカではブルンジ、エチオピア、ルワンダ、タンザニア、ラテンアメリカでは、ブラジル、チリ、メキシコなど。中国は、持続的成長をもたらさないため、いずれ活力を失うと予測する。
本書は、ポール・コリアー、ウィリアム・イースターなどから称賛されているが、ジェフリー・サックスは単純な制度決定論と批判している。
近代化とは、収奪システムから普遍システムへの移行であるという説明は、今まで読んだ本の中で一番わかりやすかった。
Posted by ブクログ
「世界には四種類の国がある。先進国、発展途上国、日本、アルゼンチンだ。」ノーベル賞経済学者のサイモン・クズネッツの有名な言葉だそうだ。1914年のアルゼンチンは50年ほどの経済成長を達成し世界で最も裕福な国の一つだった。しかしその後は独裁主義と民主主義の間を行ったり来たりした。民主主義と言ってもペロンの正義党は巨大な集票組織による利益供与の賜物で権力は著しく集中していた。そして2001年には経済危機を迎え先進国から果て得ん途上国へと滑り落ちていった。
日本は逆に19世紀中頃までは中国とともに鎖国政策の元で停滞していたが完全な中央集権の中国とは違い、薩摩藩が琉球を通じた交易で密かに力を蓄えていた。中国はアヘン戦争以降国力を落とし、太平天国の乱は一時期江南一帯=中国の穀倉地帯を征圧したにもかかわらず後に自壊し、辛亥革命後も統一政府は作られず各地の軍閥が地方を支配し、抗日戦の一時期を除いて国共内戦が続いた。鄧小平の改革開放以降少しずつ所有権や個人の権利は拡大し経済は発展してきてはいるが独裁的な政治体制が続いている。日本の明治維新が成功しより包括的な政治制度へと踏み出したのに対し、なぜ太平天国の乱や辛亥革命は収奪的な制度を維持してしまったのか。藩の独立性が高かったことで説明しているのだが藩内部の構造は収奪的で独裁的だったのではないのか。中国の軍閥の争いが誰が独裁者になるかと言う争いなのに対し、明治維新後は中央集権制の下で少なくとも民主化が進んでいる。徳川家を打倒した後薩長内戦が起こり、薩摩独裁政権が生まれても不思議ではない。しかし現実は坂本龍馬の船中八策と言う当時の常識ではかなり急進的な政策が採用され政治制度が生まれ変わった。
歴史的な記録は近代化が必ずしも包括的な制度に結びつかないことを示している。20世紀初頭豊かな工業国として発展したドイツと日本でナチスドイツや日本の軍国主義の拡大を防げず弾圧的独裁政権と収奪的制度に屈し工業化はそれを支えてしまった。21世紀のアルゼンチンは未だにとがめ立てもされずに国民の財産を収用できる。敗戦後の日本がアメリカ主導で民主化に一機に向かったのはアメリカ国内の例をみると必然だったとも言えない。そのアメリカの収奪的な制度の名残は今でもまだある。1901年に書き直されたアラバマ州憲法256条は現在でもこう述べている。「議会は、公立学校制度、公立学校の資金の割当制度、白人の子供用と有色人種の子供用の別々の学校を創設し、維持する義務を負う。(中略)どちらの人種の子供も、もう一方の人種用の学校に通ってはならない。」この憲法を削除する修正案は2004年に州議会で僅差で否決された。18世紀末にイギリスで始まった奴隷貿易廃絶は1807と翌年に英米で法制化されたが大英帝国で奴隷制度が廃絶されたのは1834年であり南北戦争に負けた後も黒人に投票権が与えられた南部ではプランテーション農業は存続し、差別的な法律がいくつも成立した。これらの制度が崩壊しだしたのは1950年代からの公民権運動によるものだ。
アフリカの植民地の大半では奴隷制は20世紀になっても存続した。例えばシエラレオネの首都フリータウンは送還された奴隷の安息の地として築かれた町であるにもかかわらず奴隷制が最終的に廃止されたのは1928になってやっとのことであり、すぐ南の国リベリアもアメリカ奴隷のために建国された国だが1960年代になっても労働人口の1/4は強制労働に従事している。イギリスの植民地政府はまずシエラレオネに収奪的な制度を作り、独立後はアフリカ人の政治家達が制度を引き継いだ。イギリス人は大首長を終身制にしこの制度は今でも続いている。シエラレオネ東部の現在はダイヤモンド鉱区であるコノのスルク王=大首長の玄孫は2005年にスルクのために設けられたサンダーと言う保護領の大首長に選出された。イギリス国内で作り上げた包括的制度は植民地政策には適用されなかったということだ。現在のアメリカの自由主義の輸出がうさんくさいのも同根だろう。
アフリカにも包括的な制度を導入できた国がある。ツワナ人の国ボツワナは南アの北にあり、西はドイツ支配下のナミビア、東にボーア人支配のトランスヴァール(現南ア)やセシル・ローズのローデシア(ジンバブエ)に挟まれていた。これらの勢力の拡大を防ぐためにイギリスが支配したが植民地化には値せず出来るだけ手をかけない方針だったがツワナの三人の首長はよりましな方、イギリス人の支配の強化を求めた。1895年チェンバレンの言質を取りイングランドを遊説し庶民の支持を得た。またコットゥラと言う集会所では成人男子の総会が開かれ誰でも発言が出来る。そして実力が認められれば誰でも首長になれる。イギリスの力を借り収奪的な勢力から身を守ったボツワナは1966年に独立した時点では世界最貧国の一つであったがーだからイギリスも植民地化しなかったー翌67年に世界最大級のダイヤモンド鉱山が発見されるとすかさず国営化し、その収益でインフラを整え一人当たりGDPでは2013年世界80位となっている。これは中国やタイよりも上位なのだ。
ここで得られた結論は制度は変えられると言う楽観論でもあり、しかし容易には変わらないと言う悲観的な見方でもある。現在の中国のように収奪的な制度化であっても一定期間の経済成長は歴史上多く見られた。包括的な制度が永遠に続く保証はなくメディアや国民の監視によってなんとか続けていくものなのだろう。そして収奪的な独裁制の下での持続的な発展が続いた例は歴史上ない。
Posted by ブクログ
本書の主張は極めてシンプルだ。収奪的制度をしく国家は衰退する。なぜならイノベーションへのモチベーションが起こらないから。国家を企業に置き換えるととても分かりやすいのではないかと思う。苦労してイノベーションを成し遂げたとしても、単に収奪されるだけで報奨がなければ、モチベーションが上がらないのは当然だ。では何故収奪的制度がなくならないのか。権力の掌握は富の独占を生むからだ。そうした体制において、イノベーションは既存権力を脅かす存在として排除される訳だ。これはリアルでわかりやすい。
興味深いのは、ルーズベルトがニューディール政策を推進するために、最高裁判所判事の任命権を大統領の与える法案を通そうとした時に、米国では、経済的効果が期待できるにもかかわらず、行政権の濫用(=収奪的制度)につながるという理由で通らなかったことだ。現状の日本の状況に似ていると感じるのは気のせいだろうか。日本が収奪的な国家へ向かわなければよいと思うのだけれど。
Posted by ブクログ
2014年30冊目。
包括的政治制度が包括的経済制度を生み出し、それによって勃興する新しい層が多元性を生み出して包括的政治制度を支える好循環がある一方で、
収奪的政治・経済制度を持つ政権を打倒したところで、新たな政権は同じ制度を繰り返す、更には強化してしまうという悪循環も存在する。
悪循環を断ち切り好循環へと転じる歴史的事例は確認できるものの、それは生半可なことでは起こらないという印象を受けた。
「国家の貧しさは、エリートによって意図的に生み出される」という大きなメッセージを受け取った。
リーダーの良し悪しが政治において決定的だとは聞いていたが、その重いが強まった。
これからの世界の発展を考えるのに、非常に重要な示唆を得た。
Posted by ブクログ
2013年刊行。
MIT教授(経済学)のダロン・アセモグルと、ハーバード大教授(政治学)のジェイムズ・ロビンソンによる共著。
「なぜ世界には経済的に成功した豊かな国々と、長年貧困に苦しむ国々に分かれるのか?」の疑問に答えることを目指した本。
発刊直後から世界的に好評を集めている本書だが、ボリュームは多い。
文章は比較的平易で、数式やモデルは割愛した一般読者向けの内容なので読みやすい。ただ、ひたすら同じ主張を、古今東西の多様な事例を用いて繰り返す構成になっているので、冗長。完読するには根気が必要だった。
著者らの主な主張は最終章に網羅されているので、これを読めば正直十分。
本書の内容を簡単にまとめる。
まず、政治と経済の体制には、包括的(inclusive)と収奪的(extractive)の二通りが存在する。
包括的政治制度とは、政治権力を幅広く多元的に分配し、ある程度の中央的集権化を達成できて、その結果、法と秩序、確実な所有権の基盤、包括的市場経済が確立されるような制度である。
収奪的政治制度は、権力を少数の手に集中させ、その少数が自らの利益のために収奪的経済制度を維持・発展させることに意欲を燃やすような制度を指す。
所有権を強化し、平等な機会を創出し、新たなテクノロジーとスキルへの投資を促す包括的経済制度は、収奪的制度よりも経済成長につながりやすい。
収奪的制度は多数の持つ資源を少数が搾り取る制度で、所有権を保護せず、経済活動へのインセンティブも与えないからだ。
それぞれの制度はともに循環を生む。収奪的制度から抜け出すのは容易ではない。
しかし、それらは絶対的ではなく、決定的な岐路(14世紀のペストや産業革命など)によって移行がもたらされる場合がある。
既存の制度のわずかな違いが、大きな変化を生むのだ。
その上で、より包括的な制度への移行には、多様な社会集団が、その多様性を維持したまま、現支配者を打倒するための「連合」を首尾よく組むことが必要である。
仮に電撃的な体制転覆が成ったとしても、特定の個人や同質的集団が権力奪取の主体となるのであらば、相変わらずの権力私物化に立脚した収奪的政治の再生産となる危険が高いというわけである。
以上が本書のおもな主張である。
これらが多様な実例を引用して解説され、さらにこれまで貧困国と繁栄国の差異を説明してきた多くの説(地理説、文化説、指導者の無知説など)に反駁していく。
非常に興味深い内容で腹落ちできたが、冒頭に述べた通り、非常にボリュームが多い。
また、本書内で展開される近代中国史と、本論を踏まえた今後の展開の予測は一読に値すると思う。
時間に余裕がある時に読み、教養として身につけたい一冊。
Posted by ブクログ
豊かさの国家間差を生む最大の要因は国家制度が包括的もしくは収奪的かの違いであり、地理説、文化説、無知説というような従来の定説では「国境を境とする2つの街の豊かさの差」を説明がつけられないとし、国家制度による国力発展への影響を様々な歴史事例から多角的に分析した本。
権力による政治変革・自由競争の阻害は悪循環を生むため、世界各地域で走る保護主義政策はいずれ行き詰まるのではないかと感じた。近年大きく進んだグローバル化への揺り戻しではあるが、元の場所まで着地することはないだろう。
一方、この本からでは政治権力と市場には限りなく自由と流動性を与えるのがよいと読めるが、その場合は国内の分断が限りなく進むため、再分配の強化という形での政治介入は必要なのでは?と感じた 。例えばアメリカは自由競争で多くの破壊的イノベーションを生んだけども、その代償として埋めようのない分断が生じてしまった。
事例紹介のボリュームが多く、少々冗長に感じたが、いまのタイミングだからこそ読む意味がある本だった。
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