松沢裕作のレビュー一覧
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明治時代という時代の大きな変換期。
IT 革命の最中にいる現代、時代による脅威:簡単に言うと、時代の波に乗れるか、取り残されるか、という不安を漠然と持っている人が多く、自分もそんな一人。
明治時代も同じように、武士という職業がなくなり、社会が大きく変わる中で、近代化が自分の人生にデメリットとして働いてしまった人達も多かったはずで、そんな人達がこの変換期をどう乗り越えたのか。
そんなことを読んでみたくて読んでみたのだけど、そのような話ではなく、
社会制度在り方、特に保障制度が弱者に向けて作られていなかったこと、その要因として、「貧乏なのは努力が足りないから」という通俗道徳が人々の考え方の根底にあったから、というような内容でした。
通俗道徳というものが、いかに社会を作っていくかに大きく関わるんだと思いました。
いや、誰かが作った社会が通俗道徳を世間に蔓延させていくのか。 -
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「史料」を根拠に歴史を語るのが歴史家、、
その例として土地の売買の契約書が出てくる。
ん?これって別に歴史家だけでなく、
どんなやり取りでも言えることではないのか?
ビジネス、監査、、、
エビデンス、証跡、証憑。
極めてごもっとも、まっとうなこと。
その検証に?事例が3つ。
征韓論、マルクス主義、民衆運動、、、
政治史、経済史、社会史の例として。
わからないのが、
ただの例として著者がとりあげたのか、
それとも意図をもって、内容を伝えようとして挙げたのか。
書きぶりだと例のような気がするし、
でもそれにしては紙面を割いているし、、、
何を得ればよい新書だったのか。
もしかして昨今増殖している歴史修正主義者を批判したかったのか?
消化不良、、
はじめに――歴史家は何をしているのか
第一章 歴史家にとって「史料」とは何か
1 根拠としての史料
2 記録を残す
3 記録を使う
4 歴史学と文書館
第二章 史料はどのように読めているか
1 史料の引用と敷衍――史料批判の前に
2 逓信次官照会を読む――「史料があること」が「何かがおこなわれたこと」を示す場合
3 新聞記事を読む――史料に書いてあることをどの程度疑うか
4 御成敗式目を読む――史料の書き手と歴史家の距離
第三章 論文はどのように組み立てられているか(1)―― 政治史の論文の例
1 歴史学の論文と歴史研究の諸分野
2 政治史の叙述――高橋秀直「征韓論政変の政治過程」
3 政治史叙述の条件
第四章 論文はどのように組み立てられているか(2)――経済史の論文の例
1 マルクス主義的経済史
2 経済史の叙述――石井寛治「座繰製糸業の発展過程」
第五章 論文はどのように組み立てられているか(3) ―― 社会史の論文の例
1 社会史のなかの運動史
2 社会史の叙述―― 鶴巻孝雄「民衆運動の社会的願望」
第六章 上からの近代・下からの近代 ―― 「歴史についての考え方」の一例
1 歴史についての考え方と時代区分
2 「近代」、このやっかいなもの
3 歴史研究との向き合い方 -
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ネタバレ明治時代に関しては江戸時代が終わって、鎖国が終わり、産業革命で日本は近代化が進んだと教科書どおりの知識しかなかった。
大河ドラマや時代小説の影響で幕末のアグレッシブでエネルギーに満ちた時代から明治時代に移るあの時代は日本は凄く元気も未来もあって、現代より良いとさえ思っていた。当時の普通の人々の生活について、ちゃんと思いを馳せた事がなかったので、この本を読む事で視点が変わった。今までの社会システムがガラッと変わってしまうのだから、当時の普通に生きている大多数の人たちはとても不安もあっただろうなと思う。そして今と何だか凄く似ているな、と思う。明治時代から脈々と続いてきた資本主義社会が段々と限界を迎えている気がするし、AIの発達も世界を大きく変えている。歴史は繰り返すというけれど、今もまた江戸時代から明治時代のような歴史の展開点のような時代のような気がする。 -
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Twitterで話題になっていた本。歴史学という馴染みがあるようでよく実態がわからない学問では何をどうやるのかを紐解いている
史料というものが歴史学ではどういうものか、記録とは、それらを使って論文はどう組み立てられているのか。政治史、社会史、経済史の区分けによって論文の組み立て方が違うのは言われてみれば納得なんだけれども、何かの根拠に歴史を引っ張ってくることもそういう歴史の種類による違いを知らないとでたらめなものになるよなあと思ったんであった。最近恣意的に歴史や生物学の一部分を引用してくるようなもっともらしいデマやガセも多いのでこういう本で〇〇学というもの自体がどんなものかを知るのは不確かな情報に振り回されないためにも読んでみてよかったと思う -
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<目次>
第1章 歴史家にとって「史料」とは何か
第2章 史料はどのように読めているのか
第3章 論文はどのように組み立てられているのか(1)~政治史の論文の例
第4章 論文はどのように組み立てられているのか(2)~経済史の論文の例
第5章 論文はどのように組み立てられているのか(3)~社会史の論文の例
第6章 上からの近代・下からの近代~「歴史についての考え方」の一例
<内容>
歴史家が、自分たちの手の内を明かしながら、何を考えながら叙述しているのかを、本人の専門の近代史のカテゴリーの中で、政治史・経済誌・社会史と、少しアプローチの仕方が違う論文を、分析していく。歴史を学ぶ者たちにとって良い参考書だし、他の分野の専門家が、この本から歴史家のアプローチを知るのによいのではないか?浅学の自分にはちょっと難しかった… -
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頑張れば成功する。
安丸良夫さんの提唱する明治期の通俗道徳に囚われているのが明治期の生きづらさと説かれている。
貧民窟、売春のような環境、貧民に対する視線の冷たさ、立身出世による頑張れば報われるという考え。
一見、努力=貧困からの脱出のように思われるが、努力した結果、環境からの脱出が出来なかった場合どうなのかという点が問われている。
明治期の生きづらさと現代の生きづらさは共通はする事があるのではというのが要旨。
共通化しているようで、一概にそうとも言えないというのが自分の意見。
明治期と現代の間を省略して論じるのは無理がある。
それぞれの時代に課題があり、環境も違う。
通俗道徳の概念に違いもあり国民の役割も違うものを同列に扱うのは違うはずだ。
貧困対策に予算が回されなかった社会背景も論じないと一方的に明治は生きづらい社会と断定してしまうきらいがある。
一側面ではあるが為政者の思想も併せて理解しないと結論に厚みが出ないと思われる。 -
Posted by ブクログ
『運動が起き、それが広がるためには、「参加者の間で何らかの価値が共有されていること」そして「その価値が相手にも共有されていると考えていること」が必要』
↓
相手にも共有されていると考えていること、これが難しい。運動まで行かなくても、仕事の部下と上司の関係でも同じことがいえるんじゃないだろうか。多様な価値があると考えることのできる経験と想像力と余裕が必要だと思う。
『事実の認識問題は、「出来事レベルでの認識の共有に失敗」と「解釈レベルでの認識の亀裂」がある』
↓
出来事レベルでの認識の共有は日常でもよくある。それをなくすために丁寧にこまめに伝えようとするとそれはそれでくどい(笑)
でも、仕事も私生活も、「この微妙な空気…出来事レベルで認識が違ってるな?」と察知できるようになったら強いと思う。
モヤモヤが解消できる本じゃないし、知識を蓄えられるような本でもないけど、さくっと読めるし良い問題提起もあるのでおすすめっ -
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大学教授等の専門家が、現代社会での事柄について、上から目線で述べたもの。本書作成の発想はとても良いと思うが、共著となっているので章によって、質にばらつきがあり、感動的な内容がある一方、読むに堪えない稚拙な部分もある。特に松沢氏の意見は、左翼的で賛同しかねる箇所が多く、また下から目線で本書作成方針に反すると思う。
「シェアリングが広まれば、人生の生活水準は上がりますが、GDPは上がりません。物を大切に使うことや、再利用に努めることも、やはりGDPを上げません。エコロジカルな暮らし方はGDPの上昇には結びつきにくい傾向があります」p15
「(勤労)まじめに労働にいそしむことを大切にする考え方は、日本人の伝統的な道徳観や倫理観とかかわていた」p31
「伝統的な相互扶助(ムラ社会)に代わって国家が教育や社会保障を担い、個人を伝統的な社会的結びつきから解放し、自らの意志で職業を選択することを可能にした」p107
「「社会問題の個人化」こそが、私たちの問題を、私たちの力で解決する民主主義を困難にしているように思えてなりません」p109
「(トクヴィル)個人の抽象的「人権」という理念に基づく改革は、むしろ社会の解体をもたらす危険がある」p110