新谷尚紀のレビュー一覧

  • 日本の絶滅危惧知識

    Posted by ブクログ

    日本に古くから伝わるものの豆知識を増やせます。古いのもの、取り入れられることものは取り入れて、大事にしていきたいものです。

    0
    2026年09月27日
  • 神社とは何か

    Posted by ブクログ

    1045

    新谷尚紀(しんたに たかのり)
    一九四八年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得。国立歴史民俗博物館教授、総合研究大学院大学教授などを歴任。現在、国立歴史民俗博物館名誉教授、國學院大學大学院客員教授。社会学博士。『伊勢神宮と三種の神器』『氏神さまと鎮守さま』(ともに講談社選書メチエ),『ケガレからカミへ』(岩田書院)など多数の著書がある。

    神社とは何か (講談社現代新書)
    by 新谷尚紀
    しかし、水田稲作を基本的な生業として定着させていった社会では、恵みの基本である水に対して、その水源への感謝と管理と祭祀、そして水利についての管理と維持などの技術は必要不可欠のものとなったと考えられる。それをよく示すのが、水田稲作を普及させ定着させた社会で誕生した「稲の王」の遺体を葬るための巨大な墳墓、すなわち古墳の築造と、それと密接に関連している水源祭祀と水利灌漑技術の持続的な活用であったと考えられる。磐座祭祀の早い例である三輪山遺跡の三輪山麓には数多くの古墳が築造されているが、それらはいずれも三輪山麓の水源祭祀と水利灌漑技術の持続的活用と不可分の関係にあったものと考えられる。

    天皇と摂関貴族の触穢思想  つまり、七~八世紀には天皇をはじめ貴族層もさかんに肉食を行なっていたが、九~一〇世紀になると、その肉食は禁忌視されるようにと大きく変化していったのである。それは神聖なるまつりごと、つまり、神祇祭祀と摂関政治に奉仕する平安貴族たちにとって必要不可欠とされた清浄性の維持のための規範であり、禁忌とされていったのである。この九世紀から一〇世紀の変化は、藤原良房 による幼帝 清和 の強引な即位という異常な実行によって起こされたところに起因する連動的な転換現象であった。それは日本の古代国家の重要な構造的な転換であり、一言でいえば、律令制から摂関制への転換である。

    日本の古い神社の本殿としては、伊勢神宮の神明造、出雲大社の大社造、住吉大社の住吉造、春日大社の春日造が印象的であるが、それらの建築様式を伝える神社は実際にはその数は少ない。大社造はほぼ島根県域に限られているし、春日造も奈良県を中心に和歌山、大阪、兵庫などに限られている。そのような中で、日本の神社本殿の形式でもっとも多く、全国で約一〇万社もあるといわれる日本の神社のうちで全体の約六割を占めているのは、この上賀茂神社と下鴨神社のような流造の本殿である。そして、この流造の本殿の最古のものがほかならぬこの上賀茂神社と下鴨神社なのである。  流造は多くの参拝者が本殿にまで昇殿し参入することなく木階の下から本殿の祭神に向かって拝礼できる形式である。そうしたところから、中世、近世の神社建築では流造の本殿が普及していった。だから、いまでも日本各地でもっとも目にする機会が多いのが、この流造の建築様式の神社本殿なのである。

    その流造の最古式の神社が、上賀茂神社・下鴨神社の両社であり、切妻造・平入の三間社で、屋根は檜皮葺だが千木と鰹木はつけない。他にも、宇佐八幡宮や石清水八幡宮、祇園八坂神社、安芸の宮島の厳島神社など、平安時代の神社建築には、千木と鰹木はつけないのがふつうである。そして、賀茂社では本殿の柱の下に井桁に組んだ土台をもつ点が特徴である。上賀茂神社と下鴨神社が、古い建築様式であるはずの掘立柱ではなく本殿の下に土台をもつことについては、遷宮との関係で説明されてきている。

    不思議な社  日本の各地の神社の中で、なかなかその正体を見定めることが困難な不思議な神社、それが熊野三山の神社である。古代からの長い歴史をもち、しかも強力な霊験力のある神仏としての独特の世界を形作ってきているのがその熊野の信仰である。その熊野信仰の構造について読み解く上で重要なのは、その基盤に、柳田國男が『遠野物語』(一九一〇) で発見し「 山人 考」(一九一七) や「山人外伝資料」(一九一三、一九一七) などで精力的にその情報を収集した、日本列島の先住民の子孫として山に棲み続けてきた山人たちの生業と信仰とがあるという点である。

    記紀神話と熊野  一つは、『古事記』では 伊 邪 那 美神 が 神 避 りしとき出雲国と 伯 伎 国の堺の 比婆山 に葬ったというが、『日本書紀』では 伊 弉冉 命 は紀伊国の熊野の 有馬 村に葬ったといい、土俗によればこの神の魂を祭るには、花の時には花をもって祭り、鼓吹幡旗をもって歌い舞い祭るとある。もう一つは、神武東征伝承にみえる熊野の 高倉 下 と 八咫烏 の伝承である。天照大神や 高木 神 の命令により、 武甕槌神 が 葦原 中国 を平定したときの 横刀 を、熊野の高倉下を介して神武に与えて、熊野の山の荒ぶる神々を皆切り 仆 して難局を乗り越えたという。その横刀を『古事記』では 佐 士 布 都 神、 甕 布 都 神、また 布都御魂 といい、いま石上神宮に坐すという。『日本書紀』ではその横刀を韴霊と書いている。そして、神武の軍勢を熊野の奥深い山中から大和高原の 宇陀 の地へと先導したのが八咫烏(記)、頭八咫烏(紀) であったという。また、『日本書紀』では、神武が熊野の 神 邑 に着いたとき天の 磐盾 に登ったとある。神話伝承ではあるが、その天の磐盾を現在の熊野速玉神社の摂社・神倉神社の巨大な磐座と考えることもイメージとしては否定しがたいところではあろう。

    厳島神社は瀬戸内海に浮かぶ宮島の波静かな入り江の海上に鎮座しており、その島全体が聖なる神の島とされている。現在の社殿は、仁安二(一一六七) 年に平清盛によって建てられた優美で壮大な海上の社殿群からなっている。その後、鎌倉時代の建永二(一二〇七) 年と貞応二(一二二三) 年の二度にわたる焼失の後、仁治二(一二四一) 年に当初の社殿のままに再建され、その後は造替や改廃や新設が加えられながらも、平清盛の時代の造形がそのまま現在まで忠実に再現されてきている。

    つまり、現在のような壮麗な海上社殿は、 大輪 田 泊 の港湾の大改修や 音 戸 瀬戸 の開削など、陸上だけでなく海上の港湾整備という大土木工事を実現させた平清盛の政権の技術力をもって、入り江の土砂を大量に除去した上で、硬い岩盤が水中に現れた海上にすべての柱を立てて、寝殿造を模した壮大な社殿を建築したものに他ならない。厳島神社の海上社殿は決して砂上の楼閣ではなく、硬い岩盤の上に建てられた強固な建築物なのである。いまでも積もっている大量の土砂を除去すれば、美しく輝く 雲母 や石英などを含む岩盤が水中に現れ、壮麗な寝殿造の厳島神社がその上に建てられていることを実見できるであろう。

    足利義満と五重塔建立   足利義満 の祖父、足利尊氏 は建武年間の騒乱の中で、いったん敗れて海路を西走したとき、二月一八日厳島に参拝して祈念をこめたあと、 赤間関(下関) に向けて出発し二五日に着いたという(「新出厳島文書」一五二号)。そして、九州で勢力を回復して京都へ向けて東上する途中、建武三(一三三六) 年五月には安芸国造 果 保(東広島市高屋町) を厳島神社の造営料所として寄進している。『太平記』によれば、尊氏はその五月一日に厳島に船を寄せ、 参籠 すること三日、その結願の日に 持明院 からの院宣が届き、五日に厳島を出発した、と脚色的に記しており、尊氏の厳島神社への信仰心の篤かったことを伝えている。その尊氏の奉納経もあり、足利将軍家にとって重要な神社であった厳島神社に、尊氏の孫の足利義満もその後に参詣している。南北朝の混乱の終息も近い康応元(一三八九) 年三月、讃岐の細川氏との提携、周防長門の大内氏への対策、九州探題の 今川了俊 へのてこ入れなど政治的な意味のある遊覧であったが、今川了俊の『 鹿苑院 殿厳島詣記』などにその義満の厳島への参詣の様子が記されている。義満からの引出物には白太刀一、料足三〇〇〇貫などがあったが、とくに注目されるのは五重塔の建立であった。

    鳥居と山門  神社といえば鳥居である。寺院といえば山門である。このちがいは神社と寺院のちがいをよくあらわしている。寺院は、病院や学院や修道院などと同じく院の一種であり、壁囲いなどで周囲を囲い、一定の領域を主張する。それは世俗の世界から隔離した特別な場所であるという意味を発信しているものである。したがって、その独自の領域を主張する寺院には、入門と出門という言葉も生まれている。禅宗寺院では、禁 葷酒 入山門、不許葷酒入山門、などと書かれた石碑もよく見かけられる。

    神社とは文字通りにいえば神の社のことです。神を祭る建築物です。では神とは何か、社とは何か。神とは、人間が生活している自然界の生命力のことです。天空の太陽や月星や大地の山野河海の恵みと脅威です。自然界の恵みと脅威に対する敬いと畏れがその基本です。その自然の生命力を畏れ敬うために、人びとが設営し祈りと祭りをささげてきているのが神の社です。社とは屋代のことであり、自然界の生命力を神として信仰し迎え祭るその場所と建物のことです。

    0
    2024年06月17日
  • 京都異界に秘められた古社寺の謎―歴史を動かした京千二百年の舞台裏

    Posted by ブクログ

    タイトルはオカルト本のような趣もあるが、至って真面目な京都に関する歴史の本。平安時代には怪異が信じられていたので、この時代について語ろうとすればそういった話が出てくるのは当然のこと。著者は研究者なので内容は信頼できる。京都散策がより面白くなる一冊。

    0
    2023年02月10日
  • 遠野物語 全訳注

    Posted by ブクログ

    原文と現代語訳、解説が載っていてとてもわかりやすい。遠野物語が古文的な文章で書かれていると知らずに手に取ったが、訳がある本で良かった。

    昨今都市伝説やモキュメンタリーがブームだけど、この本に載ってるのは当時の田舎の都市伝説(伝承)みたいな感じだろうか。作り話とも本当のことともしれない話もたくさん出てくる。
    山に住むサンカのことは知っていたが、里と本当に接触しないで住んでいた人たちがいたんだろうなあ。いわゆる神隠しも、超常現象ではなく山の人たちの誘拐だったりしたのかも…。神様のいない現代だって、一瞬目を離した隙に行方不明になる子供がいるのだし。
    ある日行方不明になった里の少女が、三十年経って年老いた姿で今は山の民と暮らしているが故郷の親戚に会いたいと一瞬だけ里に戻ってきてまたすぐ山へ戻っって行った話とか、不思議な、怪異の話ではなく、誘拐されてたんだ…と思うと悲しい。
    また、出会った得体のしれない者は、旅人でない限りえいやと殺しちゃうのも時代的になんかすごいな。

    最後の付録には、民俗学は文化人類学の中に位置づけるべきではない、広い意味での歴史学に位置づけるべきである、という柳田國男の主張が紹介されている。この民俗学、文化人類学、歴史学の違いが、大学生の頃からいまいちわからない自分は、柳田がなにに怒っていたのかがわからない。
    ただ、この本は著者が言うように柳田民俗学つまり民間伝承学、民俗伝承学の立場から原点であり原典である「遠野物語」を読み解いてみようとしたものだろう。最後の付録まで含めて、この本が柳田の主張に沿って「遠野物語」を読み直す本だったのだと思う。

    0
    2026年08月30日
  • 季節の行事と日本のしきたり事典ミニ

    Posted by ブクログ

    個人的にはきちんと行事やしきたりについて知識を得ようとしたことがなかったので、基本的な知識が書かれていてよかった。
    例えば正月飾りやおせち料理の一つ一つの意味合いや、行事の指針となる二十四節気など、簡潔に書かれていてわかりやすかった。

    0
    2025年11月12日
  • 遠野物語 全訳注

    Posted by ブクログ

    遠野物語

    ◯動機
    遠野にツレと行くので、現地のキラーコンテンツである世界観を知るべく、どんなもんか読んでみようと思った。

    ◯印象に残った点
    ・実話の体裁
    これは1920年頃の時点で、柳田氏が遠野の住民である佐々木氏が収拾した話を聞き書きしたものであること。ここをスルーするとよくわかんない断片的な話になってしまうので要注意。

    ・不思議な存在やできごと
    これらが実際に見聞きした人や体験した人からのまた聞きらしいが、話が伝言ゲームになってたりリップサービスで盛られてたりしないのか、疑問に思う。

    ・遠野の人たち(主に男性)のリスクテイクな気質
    でかい男につかみかかる、飲んだ帰りにいきなり相撲を取る、山の中で見かけた不審な事物に対してとりあえず鉄砲ズドンしたり絡みに行ったり。
    謎の女にふらふらついて行ったり。
    妻に化けた狐を怪異と思ってとりあえず包丁で刺したり。
    人間の生存本能に反するリスクテイクなムーブが現代のわたしからすると、怪異より不思議。

    ・遠野の人たちの価値観
    河童の子はとりあえず殺す(狂人はコミュニティに包摂するのに、馬と娘のつがいをオシラサマと信仰の対象にしているのに)
    他人の住居(マヨイガ)に無断で入る
    河童、猿、異人が女性に手出しするけど狩に行ったりしてる様子が本書からは窺えない。
    不思議な話より、現代のわたしからすると価値観も違ってこちらの方がむしろ不思議。

    0
    2025年06月24日
  • 民俗学で考える 角川選書ビギナーズ

    Posted by ブクログ

    民俗学とは何かが分かりやすい。
    フィールドワークが研究の中心なのも、
    出てくる例から分かる。
    ただ、こういう学問はお金にならない。
    それでも大事な研究だと理解し、
    研究者を守る国であってほしいなあ。

    0
    2025年05月09日
  • 神道入門 ──民俗伝承学から日本文化を読む

    Posted by ブクログ

    本の内容は
    文体がかなり学者向きで 
    歴史・仏教などのかなりマイナーな専門用語が
    多く使われているので
    一般教養としての神道入門の本としては 
    難しすぎるのでちょっと向かないかな
    と感じました。

    ただ、
    原文引用、引用・文献に基づく解説が
    とてもしっかりしているので
    歴史学や民俗・宗教学などの専門家が、
    神道の概要を知るための
    入口として読むには 
    すごく適している本だと感じました。

    専門的で調べものの参考資料としては
    星5評価をしたいのですが
    一般の人とっては 
    かなり読みにくいかなと思ったので
    星-1 して 星4評価にしました。

    0
    2024年08月27日
  • 神社とは何か

    Posted by ブクログ

     日本の土着の宗教の祭祀の場所である神社は、実は多様であり説明が難しい。筆者は歴史や考古学ではたどり着きえない推論を、民俗学的な考察によって示そうとする立場の学者である。日本の神社を概論的に知るにはいい。

    0
    2024年08月01日
  • 神道入門 ──民俗伝承学から日本文化を読む

    Posted by ブクログ

    古代〜現代までの神道の歴史を幅広くまとめている。引用にもふりがなが無いので調べつつ読まないとちょっと難しい。知りたかった神仏習合、特に牛頭天王の辺りはピンポイントで解説されていて良かった。タイトル通り入門にはちょうどいい情報量だと思う。

    0
    2024年06月29日
  • 遠野物語 全訳注

    Posted by ブクログ

    まずは口語訳。それから原文で読むことでより想像しやすくなりました。有名すぎる遠野物語ですが、これでやっと読破できました。

    0
    2024年06月25日
  • 日本の絶滅危惧知識

    Posted by ブクログ

    「日本文化っていいもんなんだなぁ」って、改めて考えさせられた本。
    昔から何気なく使っていることや身近なことが具体的に
    解説されていて、知ってるものもあるけど再確認できて嬉しい気持ちになれる。
    合間読書にもってこいの内容です。
    世界一タイトルのように絶滅の危機にある文化を語りつごう!って気になります。

    0
    2023年12月28日
  • 遠野物語 全訳注

    Posted by ブクログ

    文献資料や考古遺物とは違う、土地に伝わる体験談を通して、山と里の歴史を紡いでいこうという試みとして、まずは生の情報を仕入れて、それを現実として受け止める事から始めましょう、と読めました。

    0
    2023年11月12日
  • 民俗学がわかる事典

    Posted by ブクログ

    ・新谷尚紀 編著「民俗学がわかる事典」(角川文庫)を読んだ。事典であるから言葉を調べるための辞書ではない。そのやうに使へないこともないが、何しろどの項目も3頁か4頁といふ分量である。索引はない。第1章「民俗学への招待—身近な疑問から —」から始まつて第12章「民俗学に取り組む—民俗学と民俗学者の今昔—」に終はる全12章139小項目からなる。読むための事典であることは容易に察しがつく。しかも、この最初と最後の小項目だけ見ても、民俗学をできるかぎり広い視点から紹介しようといふ意図が分かる。
    ・第12章は民俗学の今昔である。最初は「民俗学は国学とどのような関係があるのか」である。国学との関係である。当然、本居宣長と平田篤胤が出てくる。2人が民俗学にどのやうな影響を与へたか。よりはつきりといへば、「いわゆる民俗学がその直系の子孫であるか」(474頁)といふことである。答はイエスでありノーである。「国学は江戸時代において『私たちはどうしてここにあるのか』という問いを突き詰めるために日本人の古典としての『古事記』や『日本書紀』を対象として、読み解く作業としての古典研究を続けていった」(同前)。儒教研究の動きに対して、宣長は「『古事記』の研究を綿密に進め」(475頁)る。それが「日本という国の伝統に立ち返る『やまとごころ』を強調し、漢心を排そうとして鋭く儒学と対立する」(同前)ことになる。「さうすると国学は近世日本における『日本』ならびに『日本人』を発見する手段だったとみることができ」(同前)る。「国学はそれまでの儒学=中国文化=外来文化の影響から解き放たれた日本本来の姿を想定する。(中略)そのため、国学は古典研究としての側面とイデオロギーとしての側面の両面を持」ち、「国学と民俗学の両者は『私たち』は何かという問いにおいて結ばれる。」(476頁)篤胤の系統がイデオロギーを前面に出していたのはよく知られるところ、それでもその根底にはといふより、その根底にさういふイデオロギーがあればこその古典研究であつた。「国学が明治以降の教育制度の中でやがて国文学科と国史学科を生み出す母体となった」(476頁)のは、その研究内容からすれば当然のことであらう。ただし、民俗学に関しては、実は当時のヨーロッパの学問の影響がある。柳田国男はフランスの影響を受けたといふ。それらと並んで「民俗学の祖先の一つは国学だと」(同前)言へる。だからイエスでありノーなの である。国学は、現在の人文、社会科学の広い分野に影響を及ぼしてゐると思はれる。篤胤の神代文字研究は食はせ物であつたから学問的にはほぼ消えたが、妖怪研究は今や盛んである。幽霊や妖怪は身近でもあつたが故に、篤胤以後も途切れることなく続いてきた。 さういふのは他にもあるはずである。次の小項目2はいささか長いタイトルであるが、要するに江戸時代人の民俗への関心は如何とい ふことである。この最後、「江戸という時代は都市の文化の成立によって田舎という概念ができあがり、その田舎への関心の高まりを見せた時代だ(中略)それは『私たちとは異なる』ものへの興味でもあったろう。」(479頁)とある。例へば「偐紫田舎源氏」はパロディーでもあるが、さういふ中から生まれた題名である。敢へて言へば、田舎への関心は昔の文物への興味、研究と同じことでは ないかと思つてしまふ。東京五輪以後の民俗激変期を経た現在、その基本は江戸時代かもしれない。時代の差を考へれば、私たちの興味や関心はそれほど変はってゐないのではないか。実際のところはどうなのであらう。民俗学の成果を知りたいものである。

    0
    2022年10月30日
  • 日本の絶滅危惧知識

    Posted by ブクログ

    素敵な基本のしきたりを後世に繋ぐための本。
    「へぇぇー、そうなんだぁー」と独り言連発しながら読んでいました。
    イラストも、ほわっとしていて可愛いです。

    0
    2022年08月13日
  • 日本人の葬儀

    Posted by ブクログ

    ・新谷尚紀「日本人の葬儀」(角川文庫)は書名通り、日本人の葬儀について3つの観点から論じてゐる。葬儀の深 層、葬儀の歴史、他界への憧憬である。序に代はる文章として「現代人と死」といふのがあり、ここでは尊厳死と脳死といふ死の現代医学的な問題と、葬儀の作法や費用といふ極めて世俗的な問題が採り上げられてゐる。いづれも既に問題となつてゐることばかりである。コロナ禍の現在、葬儀の在り方も変はりつつある。本書は30年前に出てゐる。この間、脳死や尊厳死は日本人に受け入れられたのであらうか。最近あまり言はれなくなつてゐるところからすれば、もしかしたら受け入れられてゐるのかもしれない。しかし、脳死移植は増えず、心臓死後の腎移植もかつての数に及ばない。葬儀の在り方とて一筋縄ではいかない。それでもこれは「序にかえて」であつて本文ではない。私自身もさういふ書としては読まなかつた。本書は極めて今日的な話題で始まるが、本文はさうではない。民俗学の書である。序文代はりの文章の最後、「日本人の葬儀をめぐる大きな変化と混乱のなかにある現在、これからの方向を考えていく上でも、これまで日本の各地に長く伝えられてきた葬送の儀礼や、生と死の思想、他界観などをぜひとも知っておきたいものであ る。」(30頁)とある。本書は正にかういふ書である。本書はどこもおもしろい。葬儀に歴史でも結構つながつてゐる。つながりつ つ変化してゐる。当然だとは思ふが、それが葬儀となると実感できない。具体的なさういふ記述を並べられるとよく分かる。現代の葬儀は「深層」で述べ、過去の葬儀は「歴史」で述べる。かうしてつながるのである。
    ・その根底に何があるのかを探るのが「他界への憧憬」であらうか。ここにもいくつもの問題が含まれている。「憧憬」といつたところで、それで終はるものではない。最終章は「花いちもんめ」と題されてゐる。「日本人は、この世とあの世との交流をどのように考えてきたのか」(444頁)を「昔話や子供の遊びなどを通してみ」(同前)ようとするものである。だから「三枚のお札」で始まる。よく知られた話である。ここに疑問がある。まづ、なぜ老婆は鬼婆かといふ疑問であるが、結論を言へば、これは女性の持つ「境界」性によるのである。女性は「あの世とこの世との間の媒介者」(429頁)なのである。だから、「あるときには異界へと通じる不気味な力をもつ存在」(430頁)となる。これが鬼婆であらう。では、なぜ小僧は便所から逃げるのか。この便所の民俗を私は知らない。所謂便所神は「実際の生活の中に伝えられていたもの」(448頁)であるといふ。それだけでなく、様々な便所にまつはる習俗がある。結論、「人の誕生や死亡などその魂がこの世にやってくるとき、そしてあの世に行くときに、祀られているのが便所で あ」(451頁)つた。従つて、排泄の場所ではあつても、便所は「人々の意識の深層では、この世とあの世の出入り口だった」 (452頁)といふのである。「三枚のお札」で小僧が逃げたのはあの世であつたといふことか。いや、便所神が現れてお札をくれた のはあの世との境界、小僧はこの世に逃げたといふことであらうか。夜が明けて鳥が鳴くのはこの世であらう。鬼婆はこの世の存在、決してあの世の存在ではない。だからこそ食つた人の骨が散らばつてゐたのである。ただし便所は境界、境界たる存在の女性=鬼婆も この境界にあつては神には勝てぬといふことであるらしい。葬儀に関連して便所が出てこようとは思ひもしなかつた。それだけ昔話等 には隠されたものが多いといふことであらう。おもしろい書であつた。

    0
    2021年10月10日
  • 神道入門 ──民俗伝承学から日本文化を読む

    Posted by ブクログ

    著者の新谷尚紀(1948年~)は、國學院大学教授で、日本民俗学、民族伝承学を専門とする民俗学者。
    本書は、日本の神社や神道とは、むしろ伝統的な文化、伝承的な文化であるとの理解に基づき、日本人にとっての神道を解説しようとしたものである。

    本書の趣旨・流れは以下である。
    ◆日本の神社や神道は、「伝承」でもあり「変遷」でもある。即ち、長い歴史の中で、重要な部分は継承されながらも、時代ごとに大きな変遷を辿ってきた。
    ◆神道の本質は、「素材」にではなく「形式」にある。時代の変化の中で、その「形式」の中に様々な「素材」を包括してきた。
    ◆長い歴史の中で変わることなく伝承され、神道を神道たらしめている中核的な「伝承」は、「古代以来、稲作の王としての天皇を中核として伝承されてきている人びとの素朴な自然と生命への感謝の念と禊ぎ祓えの実践によるその信仰の意思表示の体系」である。
    ◆一方、「変遷」を追うと、古代の神道は、「稲の王」としての天皇の祈年祭・月並祭・新嘗祭を中心とする神祇祭祀という意味。中世の神道は、仏教の如来・菩薩・明王・天部や、道教・陰陽道の諸神や、山岳修験の諸神を含む、それらの神霊の類の混淆と習合の中での、霊威や霊験への信仰と祈願と祭祀という意味。近世の神道は、中世以来の密教や道教・陰陽道の信仰要素を含みながらも、儒学の説く道徳倫理や、国学の説く古代天皇信仰や、幽界霊界の存在への信仰を含むようになった、混淆と習合の中での信仰と祈願と祭祀という意味。近代の神道は、立憲君主国家の天皇崇拝を中心とする、公的な制度と儀礼と社会的な精神統合を教導する信仰と祈願と祭祀という意味での国家神道。現代の神道は宗教法人神社本庁が包括する全国約8万社の大中規模の有名大社から小規模の村や町の氏神や鎮守まで含む、その信仰と祈願と祭祀という意味での神社神道。

    一般的に宗教とは、その体系に教祖、教義、教団という主たる構成要素が備わっているものであるが、日本の神道には教祖も教義も存在せず、そうした意味では宗教とは言い難いのかもしれない。しかし、日本人の多くは、大なり小なり神道の影響をうけていることは間違いなく、その神道とは、本書が明らかにしているように、時代の要請に合わせたハコ(形式)として機能し、そのスタンス・考え方は良くも悪くも極めて柔軟・寛容なものであり、それ故か、日本人は世界的に見ても包容力に富む民族である。
    世界中で宗教・民族の衝突が絶えない今、日本人として、自らの拠って立つ神道とは何なのか、その「伝承」と「変遷」を改めて認識することは必要不可欠である。そのための一助となる一冊と思う。
    (2018年7月了)

    0
    2018年07月28日
  • 伊勢神宮と三種の神器 古代日本の祭祀と天皇

    Posted by ブクログ

    日本民俗学の立場から、考古学資料、文献資料を徹底的に読解し、伊勢神宮創設の画期が天武・持統朝にあったとし、あるいは、三種の神器において、勾玉の存在が神璽に取って代わられたであるなど、非常に興味深い観点を提示する書です。

    0
    2014年03月25日
  • すぐ忘れる日本人の精神構造史

    Posted by ブクログ

    縄文時代から日本の歴史をさらっと、そして読みやすく解説してくれていて、そういう点ではとても良い本だった。ただ、文化人類学と言う目線では、歴史が述べられているだけで考察や新しい発見などがほとんど書かれていないのが悲しい。
    特に最後は現在の政治に対する怒りが大きく、日本人がなぜ忘れやすいのかと言うところに関しては、稲作による共同作業と言う点と、押さえつけられてきた社会構造と言う点以外は特に言及されていなかった。

    これは文化人類学の本と言うよりは、歴史の入門書な気がする。

    0
    2026年08月21日
  • 季節の行事と日本のしきたり事典ミニ

    Posted by ブクログ

    日本には一年を通してこんなにもたくさんの行事があることに驚いた。
    昔から人々が季節の移り変わりをとても大切にしていたことがよく伝わってきた。
    季節毎の行事に想いを馳せながら過ごしてみるのも良いのかもしれない。

    0
    2026年07月16日