雨宮処凛のレビュー一覧

  • 生きさせろ! 難民化する若者たち

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    興味があったので読みました。
    何で私たちがこんな目にあわないといけないんだという叫びが詰まった文。
    しかし私は全面的に支持は出来ない。だってさ、どうしようもない人も居るだろうけど。もっと頑張れよと思うエピソードもあるからです。
    親が祖父が貧乏だから今不幸なんだ。。って何考えてんだよ努力しろよ。自分で頑張って抜け出せよ。家だって貧乏だわ。国立大学にいってたせいか学生ながら親元に仕送りをするような子もいたんだ。そういうのを見てるので私は彼らは甘えていると思ってしまった。

    自己責任という言葉の元で不幸になると書いてあるけど最低限しなきゃいけない事、するべきではない事を考えないといけない。

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    2009年10月04日
  • 戦場へ行こう!!雨宮処凛流・地球の歩き方

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    この人クレイジー(笑)

    「イラクで射殺されるか、それとも日本で殺されるか」
    いいコト言ってるなぁーと思った。
    北朝鮮のお話が多かったのがちょっと難。

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    2009年10月04日
  • 「生きづらさ」について~貧困、アイデンティティ、ナショナリズム~

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    派遣問題、ニート、自殺、右翼左翼がほとんど同じ問題を抱えていることを対談?で解説されている。
    正直、共感はできませんが内容と考え方、プロセスは面白い。

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    2009年10月04日
  • 「生きづらさ」について~貧困、アイデンティティ、ナショナリズム~

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    「生きづらさ」というタイトルに惹かれて購入した本です。
    新しい貧困問題について,当事者の視点に触れています。福祉事務所等がこれらの貧困問題に対して対応できていないことについても書かれています。生きづらい状況について,心理的なことと社会的なことが関連していることについては分かりますが,ナショナリズムとは強引に結びつけているという印象です。確かに,社会システムや国の施策と大きな環境があるのですけど。

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    2009年10月04日
  • 「生きづらさ」について~貧困、アイデンティティ、ナショナリズム~

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    対談なので多少冗長な感は否めないが,問題を考えるヒントは散見される。特に,第3章「認められることの困難とナショナリズム」は示唆に富む。日常生活で承認を得られない弱者が,日本人でさえあれば受容されるコミュニティとして右翼を見出すというのは,ありうる話だと思う。フリー=どこにも所属しないという定義付けも有用だろう。どこにも所属しないからこそ,徹底的に自己責任に追い詰められる。他者からの承認を過度に要求される社会において,承認を得られないことは,厳しい疎外感を生むことは身をもって感じている。ただ,そこから生まれる「連帯」は,常にナルシスティックなものに堕する危険を孕むのではないだろうか。僕が,インディーズ系メーデーの盛り上がりや素人の乱に素直に共感できないのは,ここの問題なのかもしれない。それとも自己責任の呪縛から抜け出せてないだけなのか?

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    2009年10月07日
  • 生きさせろ! 難民化する若者たち

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    某渋谷先生がすすめてた本。

    衝撃的。
    まぁ、要するにフリーター難民とか名ばかり管理職とかがテーマ。
    とりあえず、労働市場、ひどい。

    絶望的な感じしちゃった。
    もうちょっと解決策みたいなの講じてほしかったな。

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    2009年10月04日
  • 「生きづらさ」について~貧困、アイデンティティ、ナショナリズム~

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    「生きづらさ」についてはわかりやすく説明している。
    解決ではなく、「生きづらさ」の原因、プロセスである。

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    2009年10月04日
  • ともだち刑

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    友達から借りたの

    まだちゃんと読んでないの

    でも最初の文読んで無性に平面構成が描きたくなった

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    2011年12月05日
  • 生きさせろ! 難民化する若者たち

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    ネオリベラリズム(=ネオリベ)が推し進める策略による犠牲者の現状を取り上げる。「働かざるもの食うべからず」なんて言葉はネオリベの欺瞞。現実は働いても食えない、生きられない、逆に働くことで死んでしまう、死ぬために働いているような状況にある。
    明らかに犠牲者であるプレカリアート(不安定さを強いられた人々)はしかし、ネオリベに仕組まれた巧妙な詐術によって自己責任論を内面化させている。ネオリベはさらにそこにつけこむ。私たちにとっては負の循環が、ネオリベにとっては願ったりのスパイラルなのだ(不安定にされている人々を殺し続ける限りいずれは破綻するけれど、今のところ)。自己責任論を内面化させられているプレカリアートはその循環を自ら積極的に回しているようなもの。ネオリベは何の手を下さなくてもみているだけで、思い通りに人々が動く。バカにされていると思わないだろうか。バカにしているのだ、私たちを、そして人間の生を。見くびられているのだ。怒れ、内にではなく外へ向けて。
    喫緊の生きづらさ(あるいは「生きられない」こと)は制度や構造のせいである。その先にも個々人の生きづらさは絶対残る(P.268)。だから、制度で解決できることはさっさと解決しなくちゃいけない。その先の「人間としての」生きづらさに向き合うためにも。



    リア王の中で一番気に入った科白は「リアのおっさん!リアのおっさん!」という道化の科白だったのですが、その道化に関連して、前回の読書会でめちゃくちゃな紹介に終わった河合隼雄の「影の現象学」にも、道化が言及してありました。それで、それによると、道化という人格は、王が自らを完全に光り輝く存在とするために、その影の部分を切り離すために作り出だれたそうです。古代の絶対的存在としての王はなんらの過ちも犯すはずはないし、罰せられることもないはずなんだけど、現実には天変地異などによって、国が被害を被ることもある。王をすべての物事の統治者としてみるならば、それは王の失敗としか考えられない。この矛盾を解くために王に代わって罰せられたり、失敗役をつとめたりするものとして道化の必要性が生まれた。そしてその絶対的な王に支配された王国の統一性は、それと矛盾する存在の切り離しを前提として保たれているんだけど、それはしばしば事実を犠牲とした規範性の維持によって成し遂げられる。王が規範と秩序をあらわすとき、道化はその規範で律しきれぬ新たな真実をそこにもたらし、価値の顚倒、や「統一」のために切り捨てられた物事の多様性を知らしめると河合隼雄は言うのですが、それが「生きさせろ」にもリンクするものがあるのではないかと思いました。
    どういうところでかというと、社会学者入江さんの話のところです。ネオリベは中国や韓国、北朝鮮など敵を外に作って国内の「格差」から目をそらせるということをやってきた。ポストネオリベの段階に入った今も景気が上がり調子になってきたことの裏に何か問題が隠されている気がすると指摘しているところがあるのですが、つまりネオリベへの統一によって排除された平等や労働者、生存権等という犠牲にされた事実が今表出してきているのではないかと思いました。ネオリベが排除した事実を知るんだ!!ネオリベに騙されるな!!ネオリベの一面性に気付け、と言うように。
    一方で、リア王においてさまざまな仕打ちを受けることから狂気になって狂気故に、リアは内面化されてべったりと自分と同化していた価値観に、疑惑を抱くようになったのだけれど、自己責任論を内面化している人たちにそれを自己と切り離して考えさせる契機になるのは一体なんなのだろうと思いながら、読みました。

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    2009年10月04日
  • 生きさせろ! 難民化する若者たち

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    日々暮らす最低限の生活を保障しろという日雇いなどで暮らす若者の声が、「生きさせろ」という痛烈なメッセージでもって綴られています。普段の生活ではあまり意識しないですが、社会はどんどん変わりつつあるという事が実感出来ました。経済の成長が止まるとどのような事になるのか・・・
    グローバル経済の波に飲まれて社会はさらにどう変わっていくのか・・・
    注意深く時勢を見極めていかねばと思いました。

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    2009年10月04日
  • 暴力恋愛

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    これは、前半いらないと思う。
    ちょっと読んでてイライラした。
    もうちょっと簡潔に、リアルに書けていれば読み手も入り込めて面白かったように思うんだけど・・・。
    前半部分が同じ事の繰り返しで、まるで最初から読み返させられている気になってちょっとイライラっとする。
    しかも、構成がなんとなくアヤフヤで、誰の話だっけか?って思う事が多い。
    小学生の作文みたいな感じ。
    でも、最後は良かった。結局言いたいのは最後だけなら、もうちょっとマシな書き方あった気がする・・・。
    もう少しまとめた書き方をして、2編ぐらいに分けたらよかったんじゃないかな〜と思う。

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    2009年10月04日