磯田道史のレビュー一覧
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ネタバレ鎖国はロシア船打ち払い時に作られた「祖法」で、鎖国を選んだ幕府は民命を重んじ、結果的に江戸後期の文化繁栄をもたらした。
民を重んじる意識は天明の飢饉時の治安の荒廃に一端があり、これをきっかけとして幕府の施策が収奪式から、税金を得た分民にも施しを与える民富論に転換していった。
江戸時代の安定した農業社会は、東日本大震災並の、宝永の大地震がきっかけであり、バブル的な新田開発から環境配慮の農村社会へと成熟させていった。
そもそも、江戸が平和な時代になったのは島原の乱における住民大量虐殺、それによる支配階級の困窮があったためで、「平和な江戸時代」は、生類憐みの令によって完成される。
わかりやす -
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『武士の家計簿』の作者で有名な磯田氏の著作である。
日本を代表する日本史の学者でありながら、小説を書くだけあって、実に文章が面白い。
軽快なリズムと、読者を飽きさせないような歯切れの良いテンポがある。
興味深く読み進めるのだが、途中から実に良くない。
最後の第四章に至っては、確実にコロナを意識してしまったため、日本史として、あまりメインではないであろう病気に対する隔離政策が行われていたことが書かれている。
依頼されたために書かれたと思うぐらい本人の乗ってきた筆の勢いが落ちている。
一章、二章と、テンポよく読み進めていただけあって、残念な感じがあった。
タイトルにある『日本史を暴く』という割には -
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ネタバレ「知らないという事と忘れたという事は違う。忘れるには学問をしなければならない。忘れた後に本当の学問の効果が残る」
読んだ本の内容を忘れてしまう。忘れないようにメモするが、それを見返すこともなく、また同じ本を買ってしまうことがある。
でも、それでもいいのかもしれない。
「はじめから知らないのと、知ったうえで忘れるのでは雲泥の差がある。その人に効果を発揮するのは忘れたあと。役に立つかということばかり考えるのは墜落の第一歩」
「内容を忘れるのを必要以上に心配する必要はない。いったん覚え、そして忘れたものは後になって必ずその人に効いてくる」
人生の先輩たちがそう言っているのだから。 -
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「穀田屋十三郎」寂れる宿場町を立て直そうと村人・百姓・庄屋が立ち上がり資金を集め、金貸業を計画。貸付先は金策で難儀している藩・武士でいくつもの難儀を乗り越えていく村人の勇姿を映し出す史実の物語だ。現代風では道理にない発想から国民が固い頭の国を動かし、敷いては国に承認させ、国の仕組みを変えさせる、と言う筋書きとなる。「逆転の発想」的な嘆願書で国を納得させるのだ。国は国民から多くの税金を搾取し、政治家らが思いのある事業へ、企業への分配で税金を使う。一旦政治の腐敗、もしくは独走が起きても国民は選挙でしか合否ができない仕組みは不都合だ。政治家等の特権、不当な行動、振る舞いなどを監視しする第3者的存在、
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今年から始まる大河ドラマ「豊臣兄弟」に向けての関連本。
磯田先生なら間違いなし。参考文献を紹介しながら秀長に関する史実を紐解いていく。
政治や会社経営において、歴史から学べることは限りなくある。歴史を知ることに人生を捧げた磯田氏だからこそ言える言葉がある。
・日本しゃかいが高い価値を置く、丁寧さ、精巧さ、正確さも、もちろん重要なのですが、とらわれすぎると衰退の原因になります。日本で組織が古くなると形式主義・完璧主義・責任回避主義が始まります。無駄を省き、形式を捨て速度と効率を重んじたとき、日本の組織は勃興するのです。
‥豊臣兄弟はまさに速度と効率を重んじて戦略を立てた武将だった‥と。
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磯田道史の歴史小説集『無私の日本人』を読みました。
磯田道史の作品を読むのは初めてですね。
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貧しい宿場町の行く末を心底から憂う商人・穀田屋十三郎が同志と出会い、心願成就のためには自らの破産も一家離散も辞さない決意を固めた時、奇跡への道は開かれた―無名の、ふつうの江戸人に宿っていた深い哲学と、中根東里、大田垣蓮月ら三人の生きざまを通して「日本人の幸福」を発見した感動の傑作評伝。
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2012年(平成24年)に刊行された作品で、以下の3篇が収録されています。
■穀田屋十三郎
■中根東里
■大田垣蓮 -
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坂本龍馬は幕末に活躍した志士の代表格であり、薩長同盟を実現して船中八策や大政奉還の原案を出した人というイメージがある。果たして、現代に流布されている坂本龍馬の功績はどこまでが本当で、どこまでが司馬遼太郎などのフィクションによって作られたものなのだろうか。そして、誰がなぜ龍馬を暗殺したのか。
気鋭の歴史学者によって、龍馬の手紙など実存する資料を丹念に調査した結果、シンプルな龍馬像が浮かび上がってくる。そもそも、龍馬は姉などに宛てた手紙が数多く残っている。筆まめかつ、自身の考えや恋愛までも開けっ広げに書いている。だからこそ後世の人々は龍馬を扱いやすいし、様々な創作が生まれる余地がある。
一方で -
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戦国時代の三英傑の1人、徳川家康。彼の功績を弱者という立場から解説していく新書。著者の磯田さんは歴史研究の中でも分かりやすく解説してくれるので読みやすかった。実際に家康は家柄が良くとも幼い頃から人質として今川家に仕えていたためいつ殺されるか分からない状況でもあったため弱者といえるだろう。その後も家柄を守るため強者の信長や信玄、秀吉たちと上手く立ち回り最終的に天下をとる。これを読むと家康はバランスがよく強弱の使い分けが上手かったように思う。また家臣との関係性をこれも上手く使いこなしていたように思う。興味深かったのは酒井忠次をナンバー2とする書き方。実際に有能な武将であっただろうがあまり細かい書き