宮下志朗のレビュー一覧
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ネタバレ後半の方が興味深いテーマだったのだけど、何でだろう、なかなか文意が頭に入ってこない。
というわけで、付箋は本の前半ばかりでした。
”徳とは、色鮮やかで、強力な染料なのであって、魂が一度それにひたされると、あとはもう、魂もろともはぎ取らないかぎり、その色が落ちることはない。したがって、ひとりの人間を判断するためには、その足跡を、長期にわたり、丹念にたどる必要があるのだ。”(われわれの行為の移ろいやすさについて)
得ではなく徳を行動原理にしたいと常々思っていますが、難しいですね。
自己中ではないつもりですが、好き嫌いが徳の足を引っ張るのです。
精進しなくては。
”酒を飲む快楽というのは、人生に -
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ネタバレ全体として、ギリシャ・ローマ時代の偉人の言葉を引き合いにして語られるモンテーニュの思想は、哲学より歴史の面白さを感じられる。
フランス語で歴史をなんというのかは知らないけれど、英語のhistoryとはまさに、彼の話ってことで、何年に何があったかではなく、だれがいつ何をしたかってことなんだな。(中国の歴史もそうだよね)
”洋服がわれわれを暖かくするのは、その熱によってではなく、われわれ自身の熱によってであり、洋服は、その熱を大切に保ち、はぐくむのに役立っているというのと同じだ。”
第40章「幸福や不幸の味わいは…」に書かれているように、自分を幸福にするのか不幸にするのかは自分次第。
同じ体験 -
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ネタバレいやいや、とんでもないものに手を出してしまいました。
私が一番信頼している読書系サイト『本が好き』でさえ、フレイザーの『金枝篇』を読んでいる人はたくさんいても、この本を読んでいる人が一人もいない!
だれだよ、私にこの本勧めたの。
第1巻は25章に別れていますが、20章を読み終わってまだ半分くらい。
最初の方はエッセイと言うよりも、哲学や歴史についてを読んでいる気がしました。
塩野七生の『ローマ人の物語』、ダンテの『神曲』、佐藤賢一のフランス史物などを読んでいたおかげで、思ったほどつらくはありませんでしたが、やっぱり知識の不足が残念だなあ。
”わが国では、分別(サンス)がない人間のことを -
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エッセイという言葉の語源となった「エセー」という本を書いた、モンテーニュについて語った本ですね。「エセー」には興味がありましたが、超大作でもあり、かつ翻訳も値段が高いので、なかなか読むにはハードルが高い本ではあります。その中で、作者のモンテーニュ自身について書いた新書があると知って読んでみました。
「エセー」がどのように書かれたのかという事が、時代背景も含めてよく理解できますし、随所に「エセー」に書かれた金言もたくさん載っており、手軽に「エセー」のエッセンスに触れることができるので、とても良い本だと感じました。
「エセー」本編も、いずれきちんと向き合いたいなと思います。 -
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『エセー』の最終巻。晩年のモンテーニュが、肉体的にも精神的にも、意気盛んであったことがよく分かる。国は宗教戦争のさなかにあり、自身もそれにかかわりながら、『エセー』を書いている時は、いつものモンテーニュであり、それは最後まで変わらない。自らの慣習に忠実に、食べ、飲んで、眠っている。抑制することもなければ、過激になることもない。悟りすましたりもしない。人間歳をとり、死が近づいてくると、何かに頼りたくなるものだが、モンテーニュは自身の経験をしか頼らない。しかも、頑迷ではなく、融通無碍に晩年に対処している。見習いたいものだが、なかなかこうは生きられない。達人の域である。長めの章立てが、ぱらぱらと読む
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16世紀に書かれたモンテーニュの随筆。根が暗いのでこれを読んで以来「人生に、ふんわりとした平静さ」をもたらす為に夜な夜な死について考えてる。
第19章「哲学することは、死に方を学ぶこと」
死に方を学んだ人間は、奴隷の心を忘れることができた人間なのだ。
人生を大いに謳歌したというなら、もうたらふくいただいたのだから、満足して立ち去るがいい。
人生は、それ自体は善でもなければ、悪でもない。お前のやり方次第で、それが善の場ともなれば、悪の場ともなるのだ。
人生の有用性とは、その長さにではなく、使い方にある。
死んで不幸になった人間を、見たことがあるか? -
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第二十五章 衒学について
(a)われわれは他人の意見や知識をしまっておく。そしてそれでおしまいである。だがそれをわれわれ自身のものにしなければならぬ。われわれは、火が必要になって、隣にもらいゆき、そこに火がたっぷり赤々と燃えているのを見ると、腰を据えて温まり、自分の家へ火を持って帰るのを忘れてしまう人によく似ている。(中略)ルクルスは戦争の経験がないのに、書物を読むだけであれほどの偉大な将軍になったが、はたしてわれわれのようなやり方で書物の知識を身につけたのだろうか。
読書を習慣とするものは、みな多少なりともこの文章にドキリとするのではないだろうか。読書は他人の頭脳を借りる行為である -
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だいぶ前の事だが、翻訳という技術が全く情けないものになったと誰かが嘆いていたが、最近の翻訳者たちはすごいのではないか?宮下訳のエセーも従来にない読みやすさがある。第1巻でも全部読めたのは訳者のおかげである。
「死など恐ろしくはない」といいながらいつも死について考えているモンテーニュがなんとなくおかしいなどど思いながら読んだ。
英才教育を受けフランス語よりラテン語を得意としたモンテーニュという人となりも考えさせられるものがあったし、若くしてさっさと隠居し、塔にこもって出てこない館主のわがままを支えた人たちの事も想像してみたくなる。
現代では、隠居しても、こんなわがままはとても通らないのは言 -
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「ゴリオ爺さん」以来のバルザック。
四篇の中では、面白かった順に、「マダム・フィルミアーニ」、「グランド・ブルテーシュ奇譚」、「ファチーノ・カーネ」、「ことづて」
「マダム〜」は、ここまで絶賛される女性が実在するならば見てみたい。マダムに感化されて、オクターヴ・ド・カンが高潔な精神を発揮し、一旦は一文無しになるものの、ハッピーエンドを迎えるのは、気持ちよく読めた。
それに対して表題作の「グランド〜」は、恐ろしい、のひとこと。神に誓うことの重要性は、一神教徒でない自分にはなかなかピンと来ないが、妻の情事に気が付いた夫の意趣返しの醜悪さたるや。