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Posted by ブクログ
このダイジェスト本でお腹いっぱいになった。オリジナルのエセーを読むパワーはない、今のところ。著者はこれを翻訳したのだからとんでもないと思う。16世紀も今も大して変わらないなと言うのが感想。人類はたかが数百年では成長しない。結局のところ、それぞれが良心や誠実さをエセーや他の哲学書や宗教などから心に刻み込むしかない。こういった本が人生の羅針盤になるということかと。モンテーニュ本人のお人柄が垣間見えて、より興味深くなった。この本からソクラテスが凄く気になったのは収穫。エセーは戒律的でなく、本当にちょうど良い塩梅なんだろうな。一般ピーポーの視点なのが良い。
Posted by ブクログ
旅と日記が好きなので岩波文庫「モンテーニュ旅日記(上)」を購った。詳細な訳注はあるものの、(上)には解説はなかった。モンテーニュの人生と旅の目的とその他幾つかが、謎のままでは流石に読み難く、同書翻訳者宮下志郎氏の著した岩波新書があると知り紐解いた。
当てが外れた。
旅は旅でも「人生を旅するための」モンテーニュ著書「エセー」解説本であった。まぁ、それでも少しは旅の解説はしていたのだが。
16世紀末、日本では豊臣兄弟が鳥取城や高松城を攻めていた頃、モンテーニュは南仏モンテーニュ村の有力者の城主であり、ちょうど人生最大の旅に出ている時だった(1580-81年)。「エセー」初版刊行直後である。旅のおわりに、彼はボルドー市長に推挙され、四年目に一応退いている。あとはひたすら読書とエセー執筆の日々。
結局は堀田善衛ではないけど『城館の人』(集英社文庫)だったのだ。類まれな古典への教養、そして13年勤めた高等法院判事の経験など買われ、仏王からも頼りにされるけど、本人は隠居したつもりである。ざっくり言えば、「エセー」はエッセイというジャンルの元祖。近代哲学の父、パスカル(「人間は考える葦である」)や仏革命を準備した思想家、ルソー(「社会契約論」)にも影響を与えたらしい。
宮下さん自ら訳した「エセー」抜書きは多々紹介されている。
例えばこんな。
判断力は、どのような主題にでも通用する道具であって、どこにでも入りこんでいく。したがって、今している、この判断力の試みにおいても、わたしは、あらゆる種類の機会を用いるようにしている。自分に少しもわからない主題ならば、まさにそれに対して判断力を試してみて、その浅瀬に遠くから探りを入れて、それから、どうも自分の背丈には深すぎるようだと思えば、川岸にとどまるのだ。・・・・・他人の足跡の上を歩くことしかできず、なにも独自のものなど見いだせないような主題の方に判断力を引っぱりだすこともある。すると判断力は、自分に最良と思われる道を選び出すような働きをおこなって、数多くの道のなかから、これが、いやこれが、いちばんよいから選んだなどといってくれる。
(1・50「デモクリトスとヘラクレイトスについて」)
「エセー」の定義として、もっとも有名な個所である。さまざまな対象と接する機会をみずからに与えて、そこで「判断力」を実践するという「試み(エセー)」が、『エセー』という作品の企てなのですと説明してくれている(らしい)。
外国の「随筆」が、この様に始まっているのならば、文学のようなルソーの『孤独な散歩者の夢想』や、サルトルの『嘔吐』が、哲学書として読まれているのも宜なるかなと思ってしまう。尤も私はこれを含めて、モンテーニュさんのエセーは、ほんとに単なる高等遊民の戯言としか思えなかった。
⸺こんなことぐらいしかわからなかった。
仕方ない。
「旅日記」を読もう。
Posted by ブクログ
エッセイという言葉の語源となった「エセー」という本を書いた、モンテーニュについて語った本ですね。「エセー」には興味がありましたが、超大作でもあり、かつ翻訳も値段が高いので、なかなか読むにはハードルが高い本ではあります。その中で、作者のモンテーニュ自身について書いた新書があると知って読んでみました。
「エセー」がどのように書かれたのかという事が、時代背景も含めてよく理解できますし、随所に「エセー」に書かれた金言もたくさん載っており、手軽に「エセー」のエッセンスに触れることができるので、とても良い本だと感じました。
「エセー」本編も、いずれきちんと向き合いたいなと思います。
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