鈴木宣弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
まさに自民党、農水省の政策失策についてわかりやすく書かれている。一方で、その後ろには戦後敗戦時に食料自給率を低下させ、間接的な属国化させてきたアメリカの占領政策がある。
しかし、この作者が提言するまでもなく、軍備があっても食糧とエネルギー自給ができなければ、独立は担保できない。実際、昭和の太平洋戦争もエネルギーが引き金であり、資源エネルギー食糧全てにおいて不足して負けた。(そもそも勝てない相手と戦をしたのだが)
今もなお自動車産業保護で食糧を犠牲にしているが、自動運転、電気自動車が進む中、日本の自動車産業では雇用を守れない。なんのための経済政策か、経産省も経団連も考えた方が良い。 -
Posted by ブクログ
日本の農家の平均年齢は2022年の時点で68.4歳。農家崩壊のスピードは加速していて、現状の農家経営の存続自体、難しい状態が続いている。
これは自分の問題としても捉える必要がある。
作り手がいなくなったら、食べるものがなくなるということ。
少し高くても農家を応援し、みんなで農家を支える必要がある。
また、酪農家の倒産、廃業も相次いでいる。
食料を輸入に頼っているのも怖い。
安全性の問題、食料が買えなくなる危険がある。
農薬、防かび剤、遺伝子組み換え作物等、危険な食糧の輸入。安いからと購入しないこと。
遺伝子組み換え作物のトウモロコシや大豆をアメリカから最も輸入しているのは日本で、一番食べているのは日本人だという。
恐ろしい。
食糧危機、財務省について、読みやすくわかりやすかった。
30坪あれば家族で食べる分は十分に作れるらしい。自給できればいいんだけど。
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Posted by ブクログ
タイトルや見た目のおじさん臭さに反してくだけた感じの対話形式の文でとても読みやすかった
なので今の日本の食糧事情こんなことになってるんだ!という知識として特に首都圏の人達が読むといいかもなーの内容でした。
読んでいると日本…いい加減にしてくれよ…と嘆ざるを得ないほど官僚が嫌いになります。
もう敗戦した時点で日本ではなくなったんだなと思うので私は生まれも育ちもアメリカ国民の貧困層なんか?と極端なことまで考えてしまった。
すでに田舎暮らしで畑を持っているけれど都会にいる時はモノや情報や人で溢れていて流れも早くて、食べ物についてマジメに考えたことなかった。
考えなくさせられてたのかもなとも思います。
食べなくては生きていけないという基本を考えさせられました。 -
Posted by ブクログ
農業がこの先すぐに消滅するか、といわれるとそんなわけないのだが、就農者の高齢化、気候変動、燃料/輸入肥料・資材の高騰、種苗改正と自家採種・開発品種の権利保護、輸入農産物の安全性、またコロナ禍による米価下落と保証システムの落とし穴(普通に運用すれば、最低価格ラインもなく漸減していく危険あり)などトータルで考えれば、近い将来この国に飢餓が発生する可能性はゼロではない。
筆者は農業経済を研究し、FTA交渉の最前線に立ち、農業政策立案の政府ブレーンとして働いた経験から、他国相対的で決して保証が手厚いわけではない農業政策の問題点を指摘する。アメリカが大規模効率化とともに手厚い収入保証、コロナ禍における手厚い買上げ制度により自国農業を保護し、圧倒的物量で世界も穀物市場を手中に収めている。
筆者の主張はとてもシンプルである。市民の生命の安全保障、その一番のフロントラインは食料の安定供給である、という大前提。
だからこそ、これを公共支出によって下支えし、地域が自立した農業経営を行って食料の安定的な域内自給を推進すべし。そのためには輸入農産物の関税率を適正レベルに持ち上げ、コモンズとしての種を営利企業だけに任せることには留保が必要だ、と主張する。
一次産業は補助金が手厚いから競争が発生せずに、産業として衰退する、という論は、はたして正しいか、と言われると半分正解、半分間違いだと思う。意欲的なチャレンジ、合理化は必要だが、コモンズの独占、寡占による安全保障の危機を招かないための介入は必要。筆者曰くその水準も十分ではない。
筆者はおわりに、地域における循環型農業推進の必要性を説く。
「根本的には、都市への人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に対して過度に依存しないで、地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。
地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結びつけて循環経済をつくるには、農林水産業こそが核になる。
農林水産業が元気な上に、地域の環境や文化が守られなくては、観光業も成り立たない。ましてや、政府が掲げる農作物輸出額5兆円という目標が実現できるわけがない。足元を見ずに、“観光だ、インバウンドだ、輸出だ”と騒ぐのは本末転倒であろう」p.221
まずは強い農林水産業、これが基本になくてはやがて地域は立ち行かなくなる。観光も住民福祉も、もとを辿ればすべて一次産業の根ざしている、と思う。
農政にコミットするにはあまりに遠いけれど、現場で考える限り策を練り、ときに体を張って、これまでつながってきた土地の歴史をつないでいきたい。
当たり前が当たり前でなくなるかもしれない、コモンズの議論をすっ飛ばした市場原理主義の行き着く先は、たぶんそういう荒野なのだとすれば、私たち一人ひとりが身近な大地にまずは種をまいてみる、ということが、世界をよくするための、誰も傷つかない抵抗を可能にする、英雄的な行為かもしれない。
と、思ったり。 -
Posted by ブクログ
日本には地域各地に独自の農林水産業がある。であるからこそ、地域の食、日本の食が守られ、地域の関連産業や地域コミュニティが成立するのである。様々な面で日本を支えている農林水産業だが、全く蔑ろにされているのが現実。欧米では、国内の余剰製品は政府が買い入れ、過剰在庫が生じれば輸出補助金により輸出する。世界の農林水産業は手厚い保護で守られているのだ。加えて農作物輸出大国といわれるアメリカやオーストラリアは、食糧生産に戦略的な位置づけを行い国全体で支援を施している。国内供給以上の増産は、世界をコントロールするための武器として利用するため。競争力があるから輸出をしているわけでは決してない。根拠をしっかり積み上げ予算化し国民の理解を得ているからバラマキ批判も起きない。生産者は誇りをもって農業をやっていける。価格に反映されない食糧生産の価値を国民全体が認識しているのだ。他方,日本は戦略物資としての食料の認識が極めて薄い。2008年の食糧危機の教訓も活かされていない。認識の薄さは大きな危険性を孕んでいる。まず消費者である私たち自身がしかと認識しなければならない。