上山春平のレビュー一覧

  • 仏教の思想 4 認識と超越<唯識>

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    前回の記事で紹介した『仏教の思想2 存在の分析〈アビダルマ〉』では上座部仏教(正確には説一切有部)の仏教哲学の頂点であるアビダルマについて解説されましたが、本作『仏教の思想4 認識と超越〈唯識〉』は大乗仏教思想の最高峰とされる唯識思想についてのおすすめの参考書です。

    本書ではまず唯識とはそもそも何なのか、どのような流れから生まれてきたのかということを歴史的な側面から見ていきます。いきなり難解な思想の話から始まっても私たち読者からすると厳しすぎます。というわけで本書は入門書ということで、まずは唯識の難解な哲学よりもその成立過程を見ていき、その大まかな全体像を掴んでいくことから始まります。これは読んでいて非常に助かりました。

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    2024年08月28日
  • 仏教の思想 2 存在の分析<アビダルマ>

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    本書『仏教の思想2 存在の分析〈アビダルマ〉』は「仏教の思想シリーズ」の第二巻になります。このシリーズは仏教思想入門として長らく愛され続けてきたベストセラーで、私が教えを受けている仏教学の先生もこのシリーズを推薦しています。

    本書ではアビダルマという、一般読者だけでなく私たち僧侶にとっても巨大な壁となっている存在がテーマとなっています。「アビダルマ=難解、煩瑣」なイメージがすでに出来上がってしまっていますが、このアビダルマという仏教思想が大乗仏教を学ぶ上でもどれだけ大きな意義があるかを本書では知ることになります。

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    2024年08月28日
  • 世界の歴史〈23〉第二次世界大戦

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    書かれた時期が第二次世界大戦終戦から30年と経過していないため、著者たちも慎重な書き方に終止している部分があり、近年のホロコースト研究書籍や、第二次世界大戦概説書などに比べれば些か精彩を欠く印象はあるが、全く第二次世界大戦の概説書籍を読んだことがなく最も入手しやすい状況であれば興味の深まりの始まりとしては悪くはないです

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    2018年07月23日
  • 仏教の思想 2 存在の分析<アビダルマ>

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     北伝仏教で基礎学と言われる倶舎論を、初心者でも学べる数少ない書籍。入手の容易さや文庫故に安価であることも考慮に入れると、唯一の入門書と言っても過言ではないだろう。
     最近では南方上座部の瞑想法の実践者も増えていることから、上座部のアビダンマの解説書はいくつか出版されている。しかし、大乗仏教の基礎となっているのは、上座部ではなく、本書で解説されている説一切有部のアビダルマ、具体的には世親の書いた倶舎論のものだ。
     したがって、大乗への思想的な流れを知りたい人、大乗の基礎学に関心がある人には、本書が最良のアビダルマ入門書となるだろう。

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    2015年03月02日
  • 仏教の思想 3 空の論理<中観>

    匿名

    購入済み

    難しかった…。中観派の知識がない方は第二部の対談と第三部で龍樹及び中観派のあらましをなんとなく把握してから第一部を読んだ方がよいかもしれません(なおそれでも体感としては半分も理解できてない感じですが)。仏教思想の中では空の思想に惹かれているので読み始めましたが、それ以上に当時のインド仏教の他の学派の思想にも通暁していないと十全な理解は得られない本でした。またチャレンジしたいな。

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    2024年10月20日
  • 仏教の思想 2 存在の分析<アビダルマ>

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    5世紀頃に輩出した世親の仏教思想を軸にその哲学的側面を根源から捉え直す。
          -20101202

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    2022年10月21日
  • 仏教の思想 4 認識と超越<唯識>

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    中観思想とともに仏教思想の最高の理論的達成とされる「唯識」は、日本仏教の出発点であり、またヨーガの実践と深い関わりをもつが、その唯識思想の本質を浮き彫りにする。     -20101202

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    2022年10月21日
  • 仏教の思想 2 存在の分析<アビダルマ>

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    アビダルマを学ぶのに最適。
    本書ではサルヴァースティ・ヴァーディン学派のアビダルマの思想をヴァスバンドゥのアビダルマ・コーシャをテキストにして説明している。

    仏教における天地創造の定義が非常に味わい深い。「この世はサットヴァ・カルマンにより生まれる」のだという。つまり、仏教では宇宙を創生するエネルギーと一人間の行動する力が根源的に同一であると考える。

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    2012年03月18日
  • 仏教の思想 4 認識と超越<唯識>

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    奈良からコータンに戻る途中、いまガンダーラに来ています。
    興福寺の北円堂で、弥勒(マイトレーヤ)と無著(アサンガ)、世親(ヴァスバンドゥ)の兄弟にお会いし、ぜひ行ってみるといいといわれました。
    ここで、もう少し唯識を学ぶ予定です。

    ガンダーラ行きのバスの中で、
    バスガイドのおねえさんとみんなで歌を唄いました。

    そこに行けば夢もかなうというよ
    生きることの苦しみさえ消えるというよ
    誰もみないきたがる遥かな世界
    その国の名はガンダーラ・・・♪

    ◆学んだこと
    ○唯識っていつできたの?
    発生の年代は特定されていない。

    2~400年 弥勒? 『解深密経(げじんみつきょう)』
    3~500年 無著(アサンガ)、世親(ヴァスバンドゥ)兄弟

    ○兄の無著(アサンガ)ってどんな人?
    パラマールタ(真諦(しんだい)、499―569)が書いた伝記より。

    兄の無著(アサンガ)は説一切有部で出家したが、空を理解できず自殺未遂。その後、阿羅漢の教えから理解したが、心から満足できず、神通力で天に昇り、弥勒菩薩から大乗の空を教えてもらい、空の教理を悟ることができた。

    その後もしばし天に昇り、大乗の教理をたずね、地上に戻って人びとに教えられたところを伝えたが、人々はその教えを信じなかった。

    それで、弥勒菩薩にお願いして、地上で「十七地経」の講義をしてもらった。夜に弥勒菩薩が説法、昼間に無著(アサンガ)が解説のパターンで4か月かかって完了。人々は大乗の教えを信じるようになった。

    無著(アサンガ)はさらに、弥勒菩薩から「日光三昧」を教えられて修得し、従来理解することできなかった教義をことごとく理解し、忘れなくなった。
     (以上、P24-26 要約)

    苦労人ですな~。
    だから、「無住処涅槃」なんてすごいことを考えたんだ。
    『摂大乗論』(しょうだいじょうろん、Mahayana-samgraha)。
    「空の教理」の悟りは出発点にすぎないんだね。

    「日光三昧」ってなに? 
    日光のお菓子みたいな名前だけど、なんかすごそう?
    華厳の「海印三昧」とどちらが強いの?
    同じような気がするんですけど? 同じですか?

    ○弟の世親(ヴァスバンドゥ)ってどんな人?
    初め部派仏教の説一切有部を学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄の無着から大乗仏教を勧められ、下らない教義を聞いていたと自らの耳をそいで、瑜伽行唯識学派に入ったといわれている。その後、唯識思想を学び体系化することに努めた。 (Wikipedia 世親)

    説一切有部の教義を体系化した『倶舎論』、唯識の基本的論書『唯識二十論』、『唯識三十頌』などを著した。 (同上)

    学僧ですな~。
    兄が著した『摂大乗論』に弟が記した注釈を一部見た(岡野守也「唯識のすすめ―仏教の深層心理学入門」)。新しい価値を付け加えるというよりも、後世に誤解なく伝えるために、丁寧に言葉を補足しているようなおもむき。まるで、大先生の原稿をわかりやすく整える優秀な編集者のよう。

    ○中国へ伝来したのは?
    玄奘三蔵が国禁を犯してインドに留学して教えを受けた(629-645年)。帰朝後、『唯識三十頌』に対する護法の註釈を中心に据えて、他の学者たちの見解の紹介と批判をまじえて『成唯識論(じょうゆいしきろん)』翻訳した。

    この書を中心にして、玄奘の弟子の慈恩大師基(もしくは窺基=きき)によって法相宗(ほっそうしゅう)が立てられ、中国において極めて詳細な唯識の研究が始まった。 (以上、Wikipedia 唯識)

    西遊記の三蔵法師のモデル。
    玄奘三蔵が留学する前の西暦500年ぐらいに、唯識はすでにインドから中国に入っていて、インドと同じように無相唯識と有相唯識の論争があったようだ。玄奘三蔵は有相唯識派から学んでいたため、帰国後、中国では有相唯識派が正統な唯識説とされたという。

    ○日本へはどう伝来したの?
    653年 道昭が入唐留学して玄奘に師事し、帰国後法興寺でこれを広めた。
    658年 入唐した智通・智達等も法相宗を広めた。これらは同系統に属し、平城右京に元興寺が創建されると法相宗も移り、元興寺伝、南伝といわれた。
    703年 智鳳、智雄らが入唐した。
    717年 入唐した義淵の弟子玄昉(げんぼう)も、ともに濮陽の智周に師事して法相を修め、帰国後これを広めた。なかでも玄昉は興福寺にあって当宗を興隆し、興福寺法相宗の基をきずき、興福寺伝または北伝といわれる。 (以上、Wikipedia 法相宗)

    ○成立時の華厳との関係は?
    華厳経がコータンで編纂されたのは西暦400年前後とされているので、どちらが早いかは不明。ただ、華厳成立以前から流布し、華厳の経典となった『十地経』にある「三界は心のみのものである」という一句は、弟の世親(ヴァスバンドゥ)が唯識の典拠として取り上げている。

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    2011年07月23日
  • 世界の歴史〈23〉第二次世界大戦

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    この編の世界情勢は複雑です。
    戦争は悪と善では割り切れないものなのだと、つくづく思います。
    しかし、最終章を読んだ後で東西冷戦終結後の世界を考えると、世界はまた力の論理で動き始めたのではないかと思います。

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    2009年10月07日
  • 神々の体系 ──深層文化の試掘

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    古事記や日本書紀の成立を藤原レジームの観点から考察した本です。
    図などで現してあり、意外と読みやすいです。

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    2009年10月07日
  • 仏教の思想 4 認識と超越<唯識>

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    読み終えると、何となく唯識がわかった気になるのが、この本のすごいところです(笑)

    実際に良書で、佛大のテキストに指定されています。

    唯識3年、倶舍8年と言われるように、アビダルマに比べて、とっつき易いのは確かだと思いますが、理屈では理解できないのが、唯識をむずかしくする理由だと思います。

    しかしアーラヤ識を、何らかの脳機能の変性と考えず、輪廻思想への迎合と考えるのは私だけだろうか?

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    2013年07月05日
  • 仏教の思想 6 無限の世界観<華厳>

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    この巻は限られた紙幅の中で実によくまとめられていると感じたな。

    天台とは表と裏のような関係にあること。そして、今では東大寺
    くらいしか思い浮かばない華厳の教理が禅の中に息づいているのでは
    ないかという考え方が興味深かった。

    しかし一口に仏教と言ってもこれだけ多様な相を持っているのには
    改めて驚かされる。それぞれがさとりへの方便ということなのかも
    しれない。

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    2013年01月05日
  • 仏教の思想 4 認識と超越<唯識>

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    4巻目は唯識。実はこれもよくわからない(笑)。

    すべては空であるとして輪廻も否定した中観と比べると、私のような
    頭でっかちの理屈人間には後退のようにも思える唯識だが、それは
    瑜伽行の実践のバックボーンとしての性格が強く表れているという
    ことなのだろう。実際に人間の体や心と対峙して作り上げた唯識を
    本当に理解するには、頭でわかろうとするだけでなく、実際に行を
    修めなければならない、ということかもしれない。

    次の5巻からは中国篇。段々となじみのある仏教に近づいていくの
    だろうか。

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    2013年01月05日
  • 仏教の思想 3 空の論理<中観>

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    第3巻はナーガールジュナを中心とした中観派を扱う。

    途中でどちかというと苦手な論理学が顔を見せたりして、少々
    手強い内容だった。

    ・言葉を尽くしたその先に言葉を否定する形で空が現れる。
    ・無我とは今で言う無心という意味ではなく、あらゆるものが
     それ自体として自立的な普遍の実体(=自性)を持っているわけ
     ではない。
    ・輪廻というものをラジカルに否定してしまう。

    など、私にとって一番しっくりとくる仏教論がこの中観派に含まれ
    ているような印象を強く受けた。
    ただ、中論をそのまま読んでもたぶんわからないだろうなぁ(苦笑)。

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    2013年01月05日
  • 仏教の思想 2 存在の分析<アビダルマ>

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    1巻目がとても面白くあっという間に読み終えてしまったのに対し、
    このアビダルマ編は非常に手強かった。
    読んでわからない内容では無いのだが、どうも今ひとつ腑に落ちて
    こない感じ。煩雑で極端に細かい理論に走り、その批判から大乗仏教が
    生まれたと言われるのも何となくわかる感じだ。

    ただ、この理論の部分が今の日本仏教から欠け落ちているのも事実で
    あろう。今この時代にアビダルマに視線を向ける意味は少なからず
    あるはずだな。

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    2013年01月05日
  • 仏教の思想 6 無限の世界観<華厳>

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    間違っているかもしれないが、非常に荒っぽく、現段階で華厳のキーコンセプトをいったんまとめる。

    ◆華厳の世界観「法界」ってなに?
    ○事法界
    感じる→感じる→(以上繰り返す)

    ○理法界
    わかる→わかる→(以上繰り返す)

    ○理事無礙法界
    感じる→わかる→願う→行う→(以上を繰り返す)→できる=叶う
    感じる→わかる→願う→行う→できる=叶う→(以上を繰り返す)

    無礙なので逆もある。
    わかる→感じる→願う→行う→(以上を繰り返す)→できる=叶う
    わかる→感じる→願う→行う→できる=叶う→(以上を繰り返す)

    ○事々無礙法界
    感じる→願う→行う→できる=叶う

    ”事々無礙法界”は完全に悟った人の世界だから、”わかる”はないはず。
    このパターンはどっかでみたことがある。

    ◆「無尽縁起」ってなに?
    ○無尽と融通無礙
    2つ以上のものが互いに妨げることがなく融通していること。

    ○作用と体
    作用には、有力と無力の状態がある。
    体には、有と空の状態がある。

    ○「相入」と「相即」
    作用は、主人(有力)にもなり、従者(無力)にもなる。
    これにより、作用は融通することができる。これを相入という。

    体は、一方が「有」ならば、もう一方は「空」。
    これにより、体は融通するすることができる。これを相即という。

    ○「異体」と「同体」
    一切のものが互いに関係しているとみなすとき、異体という(非独立)。縁起は外部(縁)。

    他の一切のものと関係していないとみなすとき、同体という(独立)。縁起は内部(因)。

    ○縁起相由
    無尽縁起が成立する論理的根拠。

          ┌─異体相入─┐
     諸縁各異─┤      ├─体用双融─┐
          └─異体相即─┘      │
                        │
            倶存無礙        ├─同異円備
                        │
          ┌─同体相入─┐      │
     互編相資─┤      ├─倶融無礙─┘
          └─同体相即─┘

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    2011年07月22日
  • 神々の体系 ──深層文化の試掘

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    冒頭に梅原猛氏の名前があるように、氏と同じく記紀(古事記と日本書紀)制作の裏に藤原不比等がいる…という歴史観に基づいて、古事記・日本書紀を読み解くという内容。梅原猛さんの関連本を読み尽くしちゃったので、今更感の方が大きかった。それに、新書にまとめた内容が今ひとつ中途半端。
    同じ論文の後半をまとめた『続・神々の体系』を読まないと分からないのかも。

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    2009年12月03日