野崎昭弘のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
大学生の頃に、この本と出会ったが、なぜか読まずに何年も過ぎ去ってしまった。
SNSの発達により、さまざまな人が議論に触れる頻度が多くなっている。その中で、「それは論理の飛躍だ」「論点のすり替えだ」と言ったような意見が出た際に、何が「飛躍」や「すり替え」なのか分からず置いてけぼりにされることもあるだろう。そんな方におすすめしたいのがこの本である。
相手をうまく誤魔化す詭弁や、声を大にして叫ぶような強弁は、どういった種類があるのか。これらを冷静に分析し、解説している点において、まさしくタイトル通り詭弁論理「学」だと思った。
特に良かったのは、「話す側」の論理、すなわちロジカルシンキングや論理的な話し方だけでなく、「話を聞く側」にも言及している点。
どれだけ筋道立てて話そうとしても、聞かない人がいて、そうしたときは、相手に話させ「つまづきの石を探す」ことが大事だ、と筆者は説く。
正しいことを言えば、相手も納得するだろうと思ってしまうが、相手にも考えがあることは忘れてはいけない。
また、第4章にある、「ワニのパラドックス」が実際に呼び鈴として使われていると、イラスト付きで書いてある箇所は、それまで論理パズルで頭がガチガチになっていたので、拍子抜けして笑ってしまった。
詭弁や強弁は、なくなることはないだろう。著者も述べていたが、使う際は、身近な人や自分の中での言葉遊びに留めたいものだ。 -
購入済み
わかりやすい
抽象的で難し過ぎる事柄まで踏み込まずに、基本的で具体的な事柄が分かりやすく説明されています。いくつか発展的な話題についても述べられているので、読み通すのは意外にたいへんなので、本格的な代数学の本を読む前に、代数学の考え方を理解して、準備するために読む時は、難しい箇所はとばすとよいでしょう。
-
Posted by ブクログ
『数理論理学の基礎・基本』とは対照的な本。この本では不完全性定理を題材にして、ギリシャ数学の証明から集合論、論理学の基礎をとてもていねいに易しくたどってくれる。本の大半はそうした基礎的なことの解説で、最後にそこまで理解した人だったらきちんとわかる形で簡潔に不完全性定理とはどういうものかが書かれている。
その”本の大半”でなされる基礎的な解説が出色。現在の IT の基礎となっている数学的な知識・理論を理解するにはかかせない、集合・論理学の知識がとてもわかりやすくまとめられている。副題の「数学的体系のあゆみ」の方が本の中身を正しく表しているように思うが、まぁマーケティング的な考えでキャッチ―な「不完全性定理」がメインのタイトルになっているんだろうなぁ。 -
Posted by ブクログ
上手なソフトウェアテスト設計をするたえに、数え上げる技術を養っておくことはとても大切と思っています。
それは、テスト空間の大きさを知るためだったり、条件の見落としを防ぐためです。
本書では、第1部で、具体的な例をあげながら、並べ方、選び方、道順、分割、増えてゆくものの数え方の考え方を説明しています。ここでは、どういう絵にして整理すると問題の構造が見えてくるかが参考になりました。
そして、第2部では、数え上げ理論として包助原理、差分方程式、母関数の理論について学ぶことができます。
ブルーバックスですし、難しいことは何もなく、、、と書きたいところなんですが、母関数の所はちょっとね難しかったです(^_^;)。 -
Posted by ブクログ
『詭弁論理学』の著者による一冊です。
前作と同様、こちらも面白い。有名なパラドクスも多いので、聞いたことがあるものも散見されますが、それでも面白い、と言い切れる一冊だと思います。小難しいというより、頭の体操になりました。電車の中とかで十分読めます。誰もが聞いたことのある「メイビウスの帯」(メビウスの輪)は言うまでもなく、サンチョ・パンサの逆説も面白いですし、無限についての逆説はどれも興味深い。最初に出てくる「私の祖父のうちの一人は、私の孫のうちの一人と同一人物」という事例さえも興味をそそります。やはり『詭弁論理学』とともに、オススメの一冊です。 -
Posted by ブクログ
詭弁論理の前に論理学の基礎的な内容も含まれていて、普段の自分の主張の論理の組み立てにも役立てられそうだった。そして、自分の論理が詭弁になってしまうリスクも普通にありそうで、気をつけないといけないなあと感じた。そうならないために、できるだけシンプルに考えること、そして論理の型を理解して理屈を組み立てるのが大事だなぁと感じた。にしても、メディアは詭弁に溢れているなぁ、その前提で触れないといけないなぁと思った。
フレーズ
なまじ「議論上手」になって人に嫌われるよりは、天分を生かして「話上手」になるか、あるいは「勝てなくてもよい」という前提で議論を楽しむ「ゆとり」を身につけたほうが、はるかに好ましいのではないかと思う。
無学者、論に負けず」
理屈ぬきの「押しの一手」は、「強弁」と呼ぶべきであろう。これに対して、多少とも論理や常識をふまえて「相手を丸めこむ(あるいはごまかす)」のが「詭弁」である。
泣く子と地頭には勝てぬ」
「大きく構える」ということは、「自分のほうがまちがっているのかもしれない」という謙虚さをもつことでもある。
すぐ偉い人の名前が出てくるような話は、まず信用できないものである
ある。「選言」とは、「または」による場合分けのことである
「健全な常識、健全な判断力を養う」ことが大切ではないかと思う。いかに力強い言葉で説得されようと、「だから、官憲も婦女子も、無差別に殺せ」というのが結論であれば、断然はねつけるだけの理性は残さなければならない。「あなたの考え方には、ついていけません」反論はこれで十分である。
言葉の意味に注意するのも大切なことである。特に「本質的」とか「純粋の」などという形容詞が使われはじめると、言葉の本来の意味が消えうせて、ほしいままに使われるおそれがある。
【原則 1】無理やり説得しようとするな。 無理を通そうとしたり、思いつきを口にしたりすると、かえって失言をして、議論がもつれることがある。また、いかに「当り前」と思えることでも、好き嫌いや人生観が関係するようなことについては、相手の趣味や判断を尊重しなければならない。もちろん、自分の考えにも(健全な常識に反するところがない限り)自信をもって、たやすく譲る必要はない。
ムダに時間を費やすことはない。相手が強弁・詭弁を弄してきたら、もはや正しい議論は望めないので、惜しまず議論を打ち切ればよい。
相手に自分の考えをうまく表現させることこそ、教育者の腕の見せどころである。