岡田麿里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ題名とおり、「あの花」「ここさけ」を代表作とする脚本家である筆者の自伝。その筆者が、実は小学校から高校まで学校へ行けずに自宅に籠っていた、という驚きの事実から、ヒットメーカーとなるまでの半生記が綴られる。
あらすじだけでも良い話。学校へ行けない、というのがどういう心の動きを持っているのかがわかり、外に向かう展開は感動的である。が、「あの花」「ここさけ」のような感情の震えがあるかというと、そうはならなかった。エピローグを読んでもハッピーエンドかといわれると悩ましい。
大竹まこと氏がラジオで、ゲストの本を最後まで読んだ、でも読めてなかった、わからなかった、という趣旨のことを述べておられたが、同じく自分もこの本を読めきれていない。
筆者の視点は客観的で冷静だ。部屋・秩父の山奥という「小さい世界」での苦境から「外の世界」で羽ばたく、というような流れで感動的に描くこともできそうなところ、そのようには書いていない。そのため、不登校児ではなかった自分には、その境遇に共感することもできない。また学術書でもないから、不登校になる動機などを網羅的に知る、ということもできない(これはあくまで一つのサンプルとしてとらえるべきだろう)。さらに筆者は同年代であるため、(年齢だけを理由に)上から目線で「よく頑張った!」ということもできない。良い話なのに、感情のもっていきどころがない。
筆者が恐る恐る接触を続けていた「外の世界」で、シナリオライターという職に出会い、目標として試行錯誤しながら少しずつ成功を積み重ねていく。「書ききることができる力」を武器に。ここで、これまで比較的冷静的だった筆者の熱量が上がり、感情の昂ぶりに共感するシーンが描かれる。アニメと出会うのだ。
『嬉しくて、わんわん泣いた。・・・
「すごい、嬉しいと涙ってしょっぱくない!」
・・・その作品に関わった皆が、同じように苦しんで、同じ痛みを同時に持つことができる。だからこそ、強烈に幸せを感じられるときも一緒。それは観てくれている人も同じ。観てくれた人が喜んでくれたら、泣いてくれたら。私もこうして涙が止まらないのだ。』
そして、「自意識なんてくそくらえだ」と自ら監督に売り込むに至る。
ここまで自らの人生を駆動させる熱量との出会い、ここがこの本のピークと感じた。
しかしこの本はここでは終わらない。ここからはアニメ制作ならではの出会いもあればトラブルも描かれる。でもそれは筆者が惚れたアニメという仕事の事実なのだろうし、名が知られることの事実なのだろう。でも、一方的に感動的な成功譚で終わらせないこと、それこそが筆者が描きたい光と影の二面性かという気がした。
そして苦しみにぶつかりながらもこの世界にほれ込み、仕事をものしていく姿は、やはり眩しいのだ。 -
Posted by ブクログ
ドラマを見たので原作に興味を持って。
思った以上にこの本の中身を忠実に、そして実写で見られるように構成したドラマだったんだなぁ…と感嘆。
いまや名うてのアニメ脚本家となったまりーのトラウマの告白。
それはいまでも彼女の中にあって、向き合いながら仕事を続けてる。
そんな傷が、まりーの脚本の魅力…というには綺麗過ぎるか。
個性?
もしかしたら、まりーが作る物語が嫌いだという人は、この傷が認められないのかなあ。
向き合えないというか。
母と娘の確執…が、まりーの創作の根底にあるひとつと教えられたら、「さよならの朝に約束の花をかざろう」の見方も少し変わるねえ。
あれは(あれも?)閉じた世界から少女が飛び出して、母になるワケだし。
それが同一の人物の上に起こる変化であって…って、それはこの本の感想ではないかw
脚本家としての岡田麿里さん。
これからの作品を鑑賞するとき、その内面を読むとき今作を思い出すことにします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「あの花」「ここさけ」の脚本家。
よく書いたな・・・というのが正直な感想。
此処まで赤裸々に出しちゃった人って少ないと思う。
私が学生時代はまだ「登校拒否児」というのが珍しかった。
小学生時代は居なかったし、中学でも学年で一人。
著者の時代は、当時社会問題として浮上していたことを覚えている。
社会が 軟化してきた と当時はようやく思った。
ある意味、出現できるチャンスで出てきた人。
作品にはかなり色濃く彼女の地元が散りばめられてる。
だからこそ。
アニメであり、共感を呼べるんだと思う。
アニメは子供のもの というが。
本当にそうなのか。
大人が楽しめなくて、子供が納得するのか?
私の持論だが。
大人が一生懸命作ったものは子供は肌で納得する だ。
できれば。
登校拒否の真っ最中でない人が読んで理解する本かも。