赤坂桃子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ナチスドイツの時代に、コンピュータ技術が発達していてネットワークと携帯電話とキャッシュレス決済をナチが握っていて、SNS/BBSでの情報操作やハッキングまでやってたとしたら… という小説。形の上では。
それはもちろん、現代社会においてそれらの情報を使って国民を管理してる奴がいるんじゃないか、それに対してお前はどうするんだ、という警告でもあるんだろう。映画「スノーデン」で語られていた内容も思い出す。
でもまあ、そんなことは横においといて、純粋に娯楽小説としてめちゃくちゃ面白い。
スピード感もあって、長いけどダレない。読み出したら止まらない。
上下巻一気読み。
傑作だ。 -
Posted by ブクログ
「西でも東でもない世界で、パンダを観せる」。
飼育員さんの苦労がしのばれます。
西ベルリンにある歴史あるベルリン動物園と、東西ドイツ分割によって東ベルリンに誕生したティアパルク。ベルリンの2つの動物園を、それを率いる二人の園長にスポットを当てながら描いた動物園ドキュメンタリー。
見方によっては、文化施設である動物園が戦争をいかにして乗り切ったか、というストーリーです。
動物園と戦争では、日本では上野動物園の「かわいそうなぞう」の話が有名です。本作でもベルリン空襲の爆撃で園外に吹き飛ばされて、供養(?)のため食材としてスープにして飼育員に食べられた「おいしそうなワニ」の話が収められいます。
一方、これら動物園にとって本当の戦争は、冷戦中に東・西それぞれの陣営に分かれてからです。
壁で隔てられているとはいえ、同じベルリン内で、それぞれの威信をかけて、影響力・人・そして貴重な動物の奪い合いが始まります。
パンダに始まり、シカ、サル、サイなどなど。
そもそもそこまで動物園が政争(といってもいい)のタネになるのも、利用者たるベルリン市民の動物園愛によるもの。
“二人の動物園園長が東西に分かれた都市のそれぞれの縄張りで発揮した政治的・社会的影響力は、冷戦下のベルリンだからこそ可能だった。だがベルリン市民と動物園の特殊な関係も見逃せない。何しろベルリン市民は動物愛好家どころか、動物フリークなのだ"
戦争〜冷戦という大変な時代だからこそ、ベルリン市民の動物園愛がそこかしこに感じられる一冊です。
日本の動物園好きも、動物園関係者さんにもぜひおすすめ。 -
Posted by ブクログ
【破壊的創造者の像】ペイパルの共同創設者であり,フェイスブックを初期から支える大物投資家でありながら,リバタリアン的な政治思想を有し,トランプ米大統領を支持したピーター・ティール。次の一手に注目が集まるこの人物の反省を追いながら,その多面的な人物像を浮かび上がらせる作品です。著者は,ドイツのニュース専門チャンネル「n-tv」等で活躍するトーマス・ラッポルト。訳者は,『ドローンランド』等の翻訳で知られる赤坂桃子。
多様な読み方を許す作品だと思うのですが,個人的にはピーター・ティールが何故にトランプ米大統領を支持するに至ったかの説明に特に感銘を受けました。テクノロジーやイノベーションという言葉とその影響が,アメリカにおいて(日本では想像もつかない程に)どれだけ重要かということを思い知らされた一冊でした。
〜「テクノロジーの進歩は人間の問題をすべて解決してくれるわけではありません。ですがテクノロジーの進歩なしには,私たちは一つとして問題を解決できないのです」〜
最近読んだ中でもかなり面白かった作品☆5つ -
Posted by ブクログ
[リークスをリーク]アフガン及びイラク戦争に関する記録や米国の国務省の外交機密を公開して世界的な注目を集めたウィキリークス。創設者であるジュリアン・アサンジの足跡をたどりながら、公開がどのようにして行われたか、影響はどのように広がったか、そして今後ウィキリークスはどのような道を歩んで行くことになるのかについて思索を重ねた一冊です。著者は、いくつかの文書の公開時にパートナーとしてウィキリークスと協力した独『シュピーゲル』紙の記者であるマルセル・ローゼンバッハとホルガー・シュタルク。訳者は赤坂桃子、猪俣和夫、福原美穂子の3名。
著者が極めて近くでウィキリークスを見てきただけあり、知られざる内幕が事細かに描かれています。綺羅星の如く颯爽と現れた感のあるウィキリークスですが、発足当初から次第に活動の軸足が揺れ動いていった様子や、理念とは少し遠ざかる方向に寄り道をしたりする様子が見て取れます。アサンジ氏の良い意味でも悪い意味でも変人的(?)な側面もしっかりと描写されており、大変に読み応えのある作品でした。
秘密をなくしていくという使命とは裏腹に、ウィキリークス自身がその存在のために秘密を必要としていること、また、遠大な理想に向けての技術的及び時間的制約が莫大すぎて、1つ1つのステップが逆に理想からウィキリークスを遠ざけていることという2点がウィキリークスが抱える大きな問題点、ないしは矛盾点のように思います。筆者による今後のウィキリークスに関する論考も非常に説得力がありましたので、ジャーナリズムに携わる方にはその部分だけでもぜひオススメです。
〜ウィキリークスが問題にしているのは、情報の主権を握るのは誰なのかということだ。〜
次はアサンジ氏の手記に手を出してみようかな☆5つ -
Posted by ブクログ
イラク戦争における「コラテラル・マーダー」の衝撃的な映像から、アフガン戦争軍事日誌の公開、イラク戦争軍事日誌の公開、米外交公電文書の公開まで国家機密という概念自体にも大きな衝動を与えてきたウィキリークス。その創立者で主宰者であるジュリアン・アサンジ自身の生誕からの物語を中心として、その足跡を辿っている。
その物語は、"情報公開(リークス)"の話を軸として、情報提供者としての面が割れてしまったブラッドリー・マニングの話や、アサンジの強制わいせつ事件の話を絡めて進んでいく。情報公開プロジェクトに直接深く関わり、アサンジ氏にも近かったドイツ・シュピーゲル紙の記者がその経緯を綴っているため、臨場感が感じられる。
一連の情報公開において、既存マスメディアであるニューヨークタイムズ紙、ガーディアン紙、シュピーゲル紙などの大手ジャーナリズムとウィキリークスが互いにメリットを享受する形で深く手を組んで情報活用の最大化を図った事実は、その成功の鍵となった戦略として興味深い。
一方、その存在が既存のジャーナリズムの役割に与える影響について当事者である著者らも無自覚ではない。
「実際にウィキリークスは、マスメディアとのあいだで互いに影響を与え合うような、変化し続ける組織だ。つまり、ウィキリークスはジャーナリズムを変え、ジャーナリズムもウィキリークスを変えたのだ」(P.371)
ジャーナリズムの情報を取捨選択するゲートキーパーとしての機能は果たしたとはいえ、やはり特権の一部をはぎ取られた思いがあるのではないのか。上記の「ウィキリークス」を「インターネット」などと言い換えても成立しそうな言葉だ。
ウィキリークスの行動は、国家機密という公有情報の所有権というものについても考えさせることとなった。それは国家安全保障上の問題でもあるのだが、国家というものを所与のものとしないものにとっては意味をなさないのだろう。
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ウィキリークスによって実際に何が行われたのかを知るのに非常に有用な書籍。またそれは知っておくべきことでもあるのだろう。テクノロジーの進化による必然的な流れのようにも見えるが、やはりそこには毀誉褒貶まみえる強烈な個性が存在することが分かる。