立石泰則のレビュー一覧
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1990年に刊行され、95年に文庫化された著作。詩人・辻井喬でもあった堤清二の経営理念を称賛する著作が多いなか、本書は、セゾングループの企業統治を堤の独裁かつ無責任体制として、批判的に検証しているのが特色。
また、セゾンのイメージを作ったともいえるパルコについては、社長を務めた増田通二の貢献が大きく、グループの「独立王国」であったこと、堤はパルコ文化に違和感を抱いていたことが強調される。たしかに、同じ出版部門でも、人文・社会科学系の図書を多く手掛けたリブロポートとパルコの『ビックリハウス』では、大きく異なる。
本書はその刊行時期のため、無印良品、ファミリーマート、ロフトなどは登場せず、セゾングループの解体も扱っていない。とはいえ、堤清二やセゾンが社会に及ぼした影響を考える上で、今日でも貴重なノンフィクションである。 -
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経済を専門とする職業ライターが書いたので読みやすく、さっと読めた。ただ書き手としての技術の高さ故か、読み物として面白くするような技術を散りばめられているような気がして、専門家の著した本よりは重厚さには欠ける。しかし、著者もそれは意図しているだろうし、結果、引き込まれるような読書体験をすることができた。
戦地に赴いた経営者は、その体験から得た教訓や使命感を経営に活かし、独特の経営観を構築した。戦争の体験は言語にあらわすことにできないほど悲惨で、当時、若輩の一庶民に過ぎなかった後の名経営者達も、多くの帰還者と同じように、生かされていることの申し訳無さを感じたという。
その精神的なダメージは、帰還後にも完全に治癒することはできなかったのだろうと想像することは容易い。
その理由は、彼らと比べるのは僭越であるが私自身の体験によるものからである。過去の強烈な体験によって与えられた精神的なダメージは、悪夢やフラッシュバックによって鮮明に保持され続け、ちょっとした相手の行動も警戒してしまうようになり、時には気を失いかけるときもあった。文字通り人生を一変させた。
なにかの引用になるが、一度つけたぬか漬けは、もとに戻らないのと同じように、脳の思考回路も変わってしまって、もとに戻らなくなるのだろう。
権力に振り回されてきた彼らの国家に対する猜疑心を私は、以前は冷めた目で見てきた。平和の社会に安住している中で、メディアがスキャンダラスな報道に終始している。そうした環境下におかれた政治家や官僚に対して、同情の念すら抱いていた私は権力に従順な人間だったのだろう。
しかし、自分が当事者となり、入社した企業など一個人では対抗できない大きな権力(他にもあるだろう )に相当痛みつけられた後ならよく分かる。権力というのは保身のためなら手段を選ばないのだ。
ちょっとしたきっかけで、権力に従順であった者にも、強権的な力が及んでくることは肝に銘じておくことだ。
戦後日本は経済大国になった。その要因は様々であるが、戦争を体験した先人のその家庭をも顧みない労働と、彼らの技術革新に対する貪欲さは多いに経済成長に貢献しただろう。
臭い表現となるが、豊かな国を築いた先人の意志に反して、再び戦争への道を通ることは許されない。それなりに過酷な体験をしている中だからこそ、私はこの書に非常に共感できるのである。 -
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チェック項目7箇所。「創業者」は創業者であることだけで求心力を持つ、と言われる、その創業者を失った松下電器の最大の課題は、どのようにして新たな求心力を生みだし、いかにして維持・発展させていくか、にあった、ある意味、それは創業者を超えて進まなければならないというもっともハードルの高い挑戦でもある。松下幸之助の創業者精神と経営理念を堅持した企業としての再建を目指すなら、少なくとも松下電器に与えられた「使命」をいま一度改めて考えるべきである、創業者精神を忘れた企業に復活などあり得ないからだ、そのための手がかりのひとつとして、松下幸之助の評伝を通じて彼の経営哲学の成り立ちを振り返ったのが本書である。たとえ意図しなくても結果として利益を独占することになれば、必ず周囲の反発を買って失敗することを学んだと考えて、松下の経営理念「共存共栄」の原型になったと判断した、しかしその後の取材で、それに加えて幸之助は「生き抜く知恵」を得たのではないかと考えるようになった、それは、「(周囲の)顔色を窺う」ことの大切さを学んだことである。当時は「豊かさ」を感じるには、必要なモノが十二分にある時である、大量生産こそ、産業人、つまり幸之助と松下電器の使命というわけである。しばしば戦後、松下電器は「マネ下電器」と揶揄されてきた、それは、他社が先行して開発・発売した製品が売れ出すと、同じような製品を大量に製造・販売し、瞬く間に高い市場のシェアを奪うからである、しかしここにこそ、廉価な商品を大量に販売することで日本から貧乏をなくすという水道哲学に基づく松下幸之助の経営手法、松下商法の根幹がある。松下幸之助の社長時代、ある家電製品で不具合が生じ全品を回収するという問題が起きた、その製品の開発担当の幹部が、幸之助の呼び出しを受けた時のことである。危機だからと言っては、その都度、退任した幸之助が登場してくるようでは、それこそいつまで経っても後継者は育たない。
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三原脩の一生とプロ野球の歴史を表したノンフィクション・ライティングの前編。上巻は,三原の生誕に始まり,野球との出会い,高松中学への進学,早大野球部入部と早慶戦のエピソード,プロ野球契約選手第一号としての巨人入り,徴兵,巨人軍監督としての手腕,水原復員に伴う左遷,巨人との訣別,そして九州の地に降り立ち,西鉄ライオンズ監督としてチームを育成し,リーグ初優勝を遂げる1954(昭和29)年までの半生を描いている。
中等学校,大学,プロと,野球との縁が切れては,また繋がる運命が印象的。また,関門海峡を越えながら,新たな闘志を湧かす姿には,私も思わず首肯してしまった。
さて,高松中時代の1927(昭和2)年,三原はスイングの練習において,古タイヤを丸太に打ちつけ,それをバットで叩く練習を行っている(26頁)。はたして,このタイヤは,どのメーカーの製品だったのだろうか?おりしも,当時は「第2次資本輸入期」で,外資をもとに国内の自動車工業やゴム工業が成長した時期。サブゼミの「西鉄ライオンズの経営史」研究会では,このように,野球の歴史と日本経済史の関わり合いを少し考えてみることも行ってみた。 -
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三原脩の一生とプロ野球の歴史を表したノンフィクション・ライティングの後編。下巻は,1955(昭和30)年から始まる。前年に西鉄ライオンズはパリーグ初優勝を遂げたものの,絶対的なエースに不足していた。そこに登場したのが,鉄腕・稲尾和久投手である。稲尾の活躍によって三原の「野武士野球」は完成し,日本シリーズ3連覇という偉業を達成した。宿敵・巨人を,水原を倒すという当初の夢は叶えられたものの,三原の球界に対する挑戦は,これで幕を下ろしたわけではない。彼が西鉄を退団し,大洋・近鉄・ヤクルトと相次いで監督を引き受けては退任し,新生球団・日本ハムファイターズにおいて球界出身者として初めて球団代表に就任するに至った背景には,一体何があったのか…。1978(昭和53)年の「江川事件」を扱ったクライマックスまで,目を離さずにはいられない。
私のサブゼミ「西鉄ライオンズの経営史研究会」では,2011年度に本書の輪読を行った。奇しくも同年は三原脩生誕100周年にあたり,また埼玉西武ライオンズが主催するライオンズ・クラシックのテーマに三原が取り上げられた。球界再編が叫ばれて久しいが,野球ファンには是非とも読んでもらいたい一冊である。 -
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ネタバレ大仰なタイトルですが、ケーズデンキを創業した加藤肇と彼のファミリー・ヒストリー。また、戦前から東日本大震災頃まで、市井の民として、どう感じ、どう動いたかも描かれています。
通信隊として終戦を迎え、加藤電機商会としてラジオの修理から創業。松下のナショナルショップへ加盟後、松下以外も扱う量販店へと拡大。ヤマダ電機とコジマの激安戦争「上州戦争」に、カトーデンキ販売(現・ケーズデンキ)も加わった「YKK戦争」を展開し、その後は、ヨドバシカメラ、ビックカメラといったカメラ群も加わった家電量販競争の歴史は、「そういえば、あった、あった」と思い返しました。そのなかにあっても、戦時中で兵士の命が粗末に扱われた経験から、社員に無用な無理をさせない「がんばらない経営」を掲げ、そのため、逆に全国からのFCの申し出で規模を拡大。
家電販売業界では「お客には三種類しかない」という言葉があるそうです。価格重視の「金に付く客」、続いて販売員重視の「人に付く客」、最後が「店に付く客」で、この順で客をつかむことが商売繁盛のコツだそうですが、読んでいると本当にそうだと思います。
内容は、創業者の社員重視の考えを中心にしたものであり、437ページの読後は「清涼感」という一冊です。 -
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文春新書「さよなら!僕のソニー」を読んだのは8年前…ソニーファンである著者の愛したソニーへの決別宣言として読みました。しかし、マイクはまだ置かれていませんでした。本書はソニー版「さよならの向こう側」物語です。製品の差異は意味がなくなるという考えを持つ総帥ストリンガー時代に「愉快なる理想工場」が生み出したトランジスタラジオ、テープレコーダー、トリニトロン、ウォークマンの歴史は「さよなら」を迎えたという前著、しかし著者は井深大のモノづくりDNAと表裏一体を成す盛田昭夫のマーケティングもソニーのDNAであるとし、SMOJ(ソニーマーケティング.inc)に「さよならの向こう側」を見出そうと模索するのが本書です。カンパニーに対して「こんなハードを作ってくれ」じゃなくて、「こんなサービスを始めます。それに合わせたハードを作りませんか?」と言える、ある種のプラットフォーム的な会社を目指して設立されたSMOJ。作るのはモノじゃなくてソニーファン。盛田が市場創造に必要なこととして語ったエデュケーションの最前線としてのソニーストアをフューチャーしています。著者のソニー愛が強くて「さよなら」と言ったものの、まぁ「愛したい」という想いから生まれたレポートだと感じました。たぶん今でもソニーの最大資産はモノづくり時代が生み出したユーザーのソニー愛だし、本書もその最後のひと搾りとして執筆されたのでは、と思いました。ところが最終章「終わりにかえて」に書かれていたのは、『日本の家電業界の「天国と地獄」を間近に見てきた私の最大の疑問は、どうして欧米の家電産業と同じ衰退していく道を選んだのか、ということに尽きる。それゆえ、その過程を描くことで「理由」を解明していくことを私のライフワークにした。そのさい、「経営」からではなく「現場」の視点で、経営の判断が現場にどのような影響を与え、現場はどう対応していったかを検証するという方法を採った。その意味では、本書はライフワークとなる作品(群)のプロローグにあたるものである。」だって!エピローグじゃないんだ…意気軒昂!
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西武グループは、もともと不動産事業を中心に手がける企業集団であり
多角経営は、あくまでその支援を目的に展開されたものだったという
鉄道が通り、百貨店が立ち、観光施設が整備されれば
土地の人気と価格はおのずと上がってゆくわけだ
すると結果的にそれらは
ひとつの街をデザインしてゆく仕事となった
創業者である堤康次郎の興味は、とりあえずその儲けにしかなかったが
息子である清二は
クリエイティブな情熱を街づくりに注ぎ込んでいった
堤清二…西武から独立を果たした流通グループ・セゾンの総帥にして
「辻井喬」の筆名を用い、多くの著作を残す詩人でもあった
堤清二の情熱は、父の剛腕主義に対する反発
ひいては資本主義社会へのヒューマンな反発に、源泉を持っていた
たしかに、すべての社員が仕事を通じて何らかの満足を見出せなければ
経営者のやっていることは単に搾取であり
人間の冒涜だろう
そういう考え方の元をただせば
家庭の暴君で、外に何人も女を囲っていた父親へのシンプルな憎悪だった
ところが、そのように父と自分を相対化した結果
堤清二は、開明的であろうとするあまり、独善に走りがちな人物だった
そして結局、自分もワンマンに落ちていった
堤清二の発想と人脈が
日本の若者文化に今なお残る絶大な影響をもたらしたのは事実だ
全国に出店したパルコはただのファッション総合店にあらず
イベントやコンサートを精力的に行い、文化の発信源になっていった
さらに伝説のタウン情報誌「ビックリハウス」の創刊
また西武百貨店の宣伝には、コピーライター糸井重里を起用した
それらが、日本におけるポストモダン文化の…
誰がどんなオシャレをしてもおかしくない自由を打ち立てたのである
ところが堤清二はある時期以降
パルコ文化を「サブカルチャー」と呼んで見下すようになった
そしてメインカルチャーを上演するための新しい劇場を建てたことが
グループ内の軋轢を生むにいたった
自身は経営者と文化人の、二つの顔を使い分けているつもりでいたが
個人的なプライドが邪魔をして、経営と趣味が混ざっていった
ダブルスタンダードの始まりである
好意的に見れば堤清二は
土地を使ってマルチメディアをやろうとしたわけだ
今ならスマホひとつですむことを、箱物でやろうとしたのだ
先見性はなくもなかった
しかしその、莫大な費用のわりに収益のあがらないビジネスモデルは
グループの借金をみるみる膨らませた
それになにより罪だったのは
まるでスマホを扱うようにお手軽な考えで人々と向き合ったことだ
なんのお膳立てもなくプロジェクトリーダーに据えられたあげく
自殺した部下もいた
そして、そうやってせっかく作ったハコもまた
堤の理想が一般客のニーズに合致しない上、ソフトの供給もおぼつかず
思うような利益をあげられなかった
いいたかないけどその有様は
芸術家から政治家に転身して世界をろくでもないことにした
例のアレを思わせないこともない
楽しむのが自由なら、それを抑圧するのも自由
自意識をめぐるどっちつかずの議論は、ニューアカブームを経て
手垢まみれのまま、今もこねくり回されている -
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先日「血族の王~松下幸之助とナショナルの世紀」を読み、経営者ではなく、人間「松下幸之助」に興味をもった勢いで手にする。
20代で親兄弟をすべて亡くし、松下家の後継として期待した長男は生後1年を持たずに病死。天涯孤独の身である幸之助にとって、血を守ることは執念であり、松下家消滅の恐怖を忘れさせてくれるのが仕事であった。
そんな幸之助の血族と仕事を重視する姿勢は時々、矛盾することもあった。経営幹部に肉親を採用するが、彼らが仕事の結果を出さなければ、その批判は倍増された怒りとなって幸之助に蓄積される。
その結果が、義弟井植歳男の松下電器からの追放であり、社長職を継がせたはずの松下正治からの社長職取り上げであった。
ただし、肉親以外の部下に対する態度は見事であり、多くのフォロアーを育てた。松下幸之助とは確かに経営の神様であり、企業社長として見習う点が多い。しかし、肉親への愛憎が強すぎるあまり、松下電器の後継を作れなかったのは大きな失敗だろう。 -
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成功し成長を続けたベンチャー企業において、やがて創業者が第一線から離れ、普通の大企業に脱皮するということがいかに難しいか。本書はソニーの内情を題材にしているが、その意味で多くの企業にとっても非常に示唆に富んだ一冊である。
本書では、技術にこだわり革新的なモノづくりを進めてきたソニーが、創業者の引退とともに、製品へのこだわりをなくし、米国流の経営手法に基づいた短期的な数字を目標にした会社に変わったことが現在の凋落の一因であると指摘し、出井氏、ストリンガー氏の経営を批判している。たしかに豊富な内部取材に基づく具体的なエピソードの数々は説得力がある。
しかし、創業者というビジネスオーナーが明確で、その意思を反映させることそのもの戦略そのものであるベンチャー企業が、やがて巨大化し、創業者が引退した後に普通の大企業に脱皮する際には、株主、市場、従業員を納得させるために経営数値にこだわるのは当然だろう。問題は、数値自体がが目的化し、ビジネスの方向性が失われることだろう。
創業者なきあとの普通の大企業であっても、いかにビジネスオーナーシップを明確にして、成長のダイナミズムを維持するか。最近のAppleなどをみていても同様な課題に直面しているようであり、他の多くの企業にとっても、ソニーの事例は示唆に富んでいるのは間違いない。 -
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【目次】
1. 僕らのソニー
2. ソニー神話の崩壊
3. 「ソニーらしい」商品
4. 「技術のソニー」とテレビ凋落
5. ホワッツ・ソニー
6. 黒船来襲
7. ストリンガー独裁
8. さよなら!僕らのソニー
【概要】
高い技術力で独自の製品を生み出すことで夢を与えてきたソニーが、技術を失うことでそのブランド価値を失っていく。
ソニー神話に心を躍らせた一人である著者が、経営人事を軸に、ソニーの栄枯盛衰を語る。
【感想】
以前読んだ「The Laxuary」に、ブランドビジネスにとって最も大切なことは、その製品に対する「あこがれ」を生み出すことだ、と書かれていた。
そういう意味で、ソニー製品は高性能であることにブランド価値があり、自ら高性能路線を捨てたことによりソニー神話が自壊した、と。
まぁ、大筋その通りなのだろうけど、いくつか疑問もわく。
(1)ソニー=高性能って、どの時代まで実感があったんだろうか。
少なくとも、自分がテレビやパソコンやポータブルMDプレイヤーを買う頃には、既にソニー製品はオンリーワンではなく、数ある選択肢の一つにすぎなかった。
むしろ、「ソニータイマー」の悪名もあるとおり、しょっちゅう故障して買い替える羽目になった、という記憶しかない。
「音のソニー」という単語に胸がドキドキするのは、今の50代よりも上くらいなのかな。
(2)創業者や生え抜きじゃない経営者に、ブランドを維持することって可能なのだろうか。
製品に対する「あこがれ」を生むのに、その製品にまつわる開発秘話や歴史が大きな役割を果たすと思う。
そういう意味で、創業者一族って、それだけで有利。
自伝がほとんどそのまま製品の開発秘話なわけだし。
また、生え抜きの経営者も、入社以来受け継いできた創業者スピリットだとか、過去からつながる製品群の一部の開発に携わった経験だとか、その人の歴史がブランドを体現することができる。
しかし、外から来た経営者に、そのブランドの夢を見ることってできるんだろうか。
アップルとかグーグルとか、あと20年後にもまだあこがれられているんだろうか。
(3)高い技術力を結集したPS3やPS Vitaにあこがれをもてないのはなぜなんだろうか。
PS3やPS Vitaが高性能なのは疑いがないけれど、それが「ソニー神話」につながっているかというと、結構疑問。
そもそも、PS3の開発秘話ってあまり聞かないし。
ニーズ不明の(ムダな)高性能と、高性能をありがたがらないユーザに逆切れする久夛良木健に、あこがれよりも反感を覚えた印象しかない。
むしろ、山内溥が試作品のゲームボーイを床に叩き付けたという逸話(実話じゃないらしいけど)のほうに、心躍るものがある。
そして、PS3にしろ、PS Vitaにしろ、「買ってまでやりたいゲームがない」って理由で売れてないのでは。
そうすると、ハードよりもコンテンツを重視した戦略が、そこまで間違っていなかったという気もする(でも結局コンテンツ不足だった、という点に目をつぶれば)。
ブランド戦略と、PS3の敗因とについて、もう少し調べてみよう。 -
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私にとって、ソニーといえばPlayStationとWalkmanを生み出した世界的に有名な日本の企業であり、企業体質についてあれこれ言われたとしても、それは有名な企業だからこそのやっかみだと思っていた。PSNの流出事件後の対応と、「宣伝戦略」の事を知るまでは。
一体どうして今のような社風になってしまったのかを知るために、この本を手に取った。
第一章「僕らのソニー」は、私達が一般的に抱いているソニーのイメージを改めて見つめ直し、かつ筆者の体験談・耳にした話を綴っている。
筆者はソニー製のテープレコーダー、FMラジオ、ラジカセを例え値段が他社製品よりも高くとも「高性能・高機能・高品質」でかつデザインが良いという理由で購入し、社会人になってからはソニー製品に対する信頼度の高さとブランドの強さを身にしみて感じるようになり、ドキュメンタリー番組で、反日感情が根強い戦後のアメリカで「ソニーは日本の会社であり、私たちは日の丸に恥じないことをやるため」に国旗を掲げ、日本製品のイメージを変えるために奮闘している姿を観て「ソニーは他の日本企業とは違う」と思うようになったという(戦略としては「ブーメラン効果」もあったという)。
筆者の友人が体験した、「ソニーによって人種差別されていた自分が救われた」というエピソードは、日本人ならば誰もがグッとくる話だ。時代が時代とはいえ、「日本人は猿真似しか出来ない」と言われ続けた友人は胸がスッとしただろう。その一方で、ソニー(米)では「外国人が一人でもいたら日本語は話さない。彼らが疎外感を感じてしまうから」という国際企業への志をはっきりと顕しているのも素晴らしい。が、章の終わりは、そのソニーがどうして「ソニーらしい」商品を作れなくなっているのかを明らかにするという、暗い締めで終わっている。
第二章では「ソニー神話の崩壊」という、大変ネガティヴな章タイトルがつけられている。