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Posted by ブクログ
さよなら、僕らのソニー、というまさにそのタイトルが表しているとおりの、日本のものづくりの代表とも言えた「僕らの」ソニーが変わっていってしまい、去りゆく輝きに感謝しお別れを告げる、という本。
僕は、ソニー製品に囲まれて育ち、ソニーファンである。僕の家には、トリニトロンテレビがあり、ベータがあり、ベータが壊れた時には、またベータを買い直した親父がおり、盛田さんの本もいくつか読んだし、就職活動ではソニーの関連会社をひたすら受け、自由闊達とした理想工場へ、僕も寄与したいと本気で思っていた。
そんなこともあり、昨今のソニーには大変悲しい思いを持っておりましたが、まさにそうした「僕ら」の思いで表現されている本でした。
最後あたりを引用します。
「SONY」ブランドが輝いていたかつてのソニーを知る者にとって、日に日にメーカー・マインドを失っていくソニーの姿を見るのは辛い。しかし、「グローバル企業」とは、こういうものなのだろうなとも思う。
グローバル経営を目指すストリンガー体制のソニーでは、地球市場を見渡しては儲かる場所をいち早くみつけ、その場所に出向いて利益が確保できるビジネスを展開し、その見返りに経営トップは莫大な報酬を得る、という企業を理想としているのだろう。
いまの私たちに出来ることは、未来への「希望」を与えてくれた「SONY」に感謝の言葉を捧げるとともに、こう言うだけである。「さよなら!僕らのソニー」
Posted by ブクログ
小さい頃からソニー製品を愛してやまない著者のソニー愛。ウォークマンにCDプレイヤー、高性能ブラウン管テレビ、プレステ・・・。次はどんな商品で「僕ら」を驚かせてくれるのか。
しかし、最近のソニーは、そんなワクワクする商品を登場させなくなって久しい。ソニーショックによる株価暴落を経て、多くの優秀な人材をリストラし、ソニー創立時の幹部たちもいなくなった。効率優先の外国人社長ハワード・ストリンガーが率いるソニーはネットワークでつながった世界市場を相手に、ものづくりよりもエンターテイメントやネットビジネスを重視するようになった。
そんなソニーは「僕ら」のソニーじゃない。著者は批判しつつも、これも時代なのかとあきらめ、ソニーに「さよなら!」を告げたとさ。
Posted by ブクログ
ビジョナリーカンパニーを読んだあと、読みました。
読みやすかったです。
個人的な印象がしっかり含まれていて、まぁ主観といえばそれまでだけれど、登場人物がイメージしやすかった。
ビジョナリーカンパニーで絶賛されていた、ビジョンを持った経営とモノづくりへの敬意は、この本を読んでしまうと残念ながらもう期待できないのかな、と思いました。
ストリンガーさんの経営手腕についてよく言う人はいないのね。確かに顧問弁護士がストリンガーさんの次に高給取りで、やっている仕事は会社を守ることではなくストリンガーさんなのね。
今、グーグルで必要なことは全部ソニーから教わった、という本と併読しているけれど、それもやはりカリスマを失い迷走する社内構図が見えました。
でも、それでもソニーの復権を、みな待ち望んでいるはずです。
Posted by ブクログ
最近、ストリンガー体制が崩れて、どこに行くのかますますわからないソニーのこれまでの歴史と、なぜ魅力的な製品を開発できなくなくなったのかの筆者の意見。
本書は単なるソニーの社史ではなく、町工場だったような東京通信工業が、いかにしてトランジスターラジオ、ウォークマン、CDといろいろな独創的な製品を作ってきたが、創業者から連なるエレキの会社としての製品を大切にする文化が、4代目の出井社長辺りからずれてきたように感じた。テレビも不採算部門になりつつあるが、製品作りを知らない人がトップについてしまった悲劇なのだろうか。
しかし、縮小する市場に投資はできないし、改めて会社経営を数十年単位で行うことは難しいと感じた。ソニーファンや凋落するソニーの原因を知りたい人には良い本だと思う。
Posted by ブクログ
成功し成長を続けたベンチャー企業において、やがて創業者が第一線から離れ、普通の大企業に脱皮するということがいかに難しいか。本書はソニーの内情を題材にしているが、その意味で多くの企業にとっても非常に示唆に富んだ一冊である。
本書では、技術にこだわり革新的なモノづくりを進めてきたソニーが、創業者の引退とともに、製品へのこだわりをなくし、米国流の経営手法に基づいた短期的な数字を目標にした会社に変わったことが現在の凋落の一因であると指摘し、出井氏、ストリンガー氏の経営を批判している。たしかに豊富な内部取材に基づく具体的なエピソードの数々は説得力がある。
しかし、創業者というビジネスオーナーが明確で、その意思を反映させることそのもの戦略そのものであるベンチャー企業が、やがて巨大化し、創業者が引退した後に普通の大企業に脱皮する際には、株主、市場、従業員を納得させるために経営数値にこだわるのは当然だろう。問題は、数値自体がが目的化し、ビジネスの方向性が失われることだろう。
創業者なきあとの普通の大企業であっても、いかにビジネスオーナーシップを明確にして、成長のダイナミズムを維持するか。最近のAppleなどをみていても同様な課題に直面しているようであり、他の多くの企業にとっても、ソニーの事例は示唆に富んでいるのは間違いない。
Posted by ブクログ
【目次】
1. 僕らのソニー
2. ソニー神話の崩壊
3. 「ソニーらしい」商品
4. 「技術のソニー」とテレビ凋落
5. ホワッツ・ソニー
6. 黒船来襲
7. ストリンガー独裁
8. さよなら!僕らのソニー
【概要】
高い技術力で独自の製品を生み出すことで夢を与えてきたソニーが、技術を失うことでそのブランド価値を失っていく。
ソニー神話に心を躍らせた一人である著者が、経営人事を軸に、ソニーの栄枯盛衰を語る。
【感想】
以前読んだ「The Laxuary」に、ブランドビジネスにとって最も大切なことは、その製品に対する「あこがれ」を生み出すことだ、と書かれていた。
そういう意味で、ソニー製品は高性能であることにブランド価値があり、自ら高性能路線を捨てたことによりソニー神話が自壊した、と。
まぁ、大筋その通りなのだろうけど、いくつか疑問もわく。
(1)ソニー=高性能って、どの時代まで実感があったんだろうか。
少なくとも、自分がテレビやパソコンやポータブルMDプレイヤーを買う頃には、既にソニー製品はオンリーワンではなく、数ある選択肢の一つにすぎなかった。
むしろ、「ソニータイマー」の悪名もあるとおり、しょっちゅう故障して買い替える羽目になった、という記憶しかない。
「音のソニー」という単語に胸がドキドキするのは、今の50代よりも上くらいなのかな。
(2)創業者や生え抜きじゃない経営者に、ブランドを維持することって可能なのだろうか。
製品に対する「あこがれ」を生むのに、その製品にまつわる開発秘話や歴史が大きな役割を果たすと思う。
そういう意味で、創業者一族って、それだけで有利。
自伝がほとんどそのまま製品の開発秘話なわけだし。
また、生え抜きの経営者も、入社以来受け継いできた創業者スピリットだとか、過去からつながる製品群の一部の開発に携わった経験だとか、その人の歴史がブランドを体現することができる。
しかし、外から来た経営者に、そのブランドの夢を見ることってできるんだろうか。
アップルとかグーグルとか、あと20年後にもまだあこがれられているんだろうか。
(3)高い技術力を結集したPS3やPS Vitaにあこがれをもてないのはなぜなんだろうか。
PS3やPS Vitaが高性能なのは疑いがないけれど、それが「ソニー神話」につながっているかというと、結構疑問。
そもそも、PS3の開発秘話ってあまり聞かないし。
ニーズ不明の(ムダな)高性能と、高性能をありがたがらないユーザに逆切れする久夛良木健に、あこがれよりも反感を覚えた印象しかない。
むしろ、山内溥が試作品のゲームボーイを床に叩き付けたという逸話(実話じゃないらしいけど)のほうに、心躍るものがある。
そして、PS3にしろ、PS Vitaにしろ、「買ってまでやりたいゲームがない」って理由で売れてないのでは。
そうすると、ハードよりもコンテンツを重視した戦略が、そこまで間違っていなかったという気もする(でも結局コンテンツ不足だった、という点に目をつぶれば)。
ブランド戦略と、PS3の敗因とについて、もう少し調べてみよう。
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