大江健三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
高校生の頃読んだものを思い立ち再読。収録されている10編の短編のうち5編を読む。「奇妙な仕事」大江健三郎の処女作。実験用の犬の処分を大学から引き受けた男に雇われた犬殺しとアルバイトの3人の学生。何かに熱中するには若すぎるか年を取りすぎてしまった「僕」と笑い方を忘れそうな女子学生と負けず嫌いな私大生。3日間で150匹の犬を殺し皮を剥ぎその処理をする。淡々と仕事をこなしながらも犬殺しは犬に愛情を持っていると感じる。その卑怯な殺し方にも殺されようとしている犬たちにも死んだ犬の血やその匂いにもすぐに慣れてしまう「僕」反対に嫌悪感を募らせていく私大生。処分を引き受けた男の不正が露見し男が不明になってしまう。犬殺しの犬に対する愛情、それは養豚家や肉牛農家が愛情を持って豚や牛を育てるようにそして丹精こめ育てた動物を自慢げに食肉にするように、同じ種類の愛情を持って犬を殺していく。それに対し私大生が感じる嫌悪感は自己憐憫と欺瞞に満ちている。そんな彼らが最後に陥る境遇、何と言うのかすべてが徒労に終わっただけでなく彼らのそんな皮肉な状況、何と言えばいいんだろう。「鳩」少年院の少年たちが熱中した小さな遊び、それは外で暮らす院長の養子にも伝染し、ある夜「僕」はその院長の息子が鳩を盗み殺すのを見る。そして悲劇が起こり院長の息子は不具になる。しかし院長の息子は罪を糾弾するでなく弛緩する。ここにいる少年は平均年齢14歳だが少年でありながら少年ではない。その幼い遊びのとおり危うい少年たちの世界。この世界はもう50年近く前に書かれたものであるにもかかわらずどこにも昔のものと感じさせない。「見るまえに跳べ」跳ぼうとしても跳べない青年の苦悩。理想と現実に悩む青年たちがいた頃の話。読み終わると酷く疲れている自分に気がつく。青年の苦悩は疲れる。「鳥」鳥に取り囲まれていると感じ至福と感じていたはずなのに精神病院に入れられようとした時彼は取りなどいないことに気がつく。結局彼は甘えていただけなのだ。だからと言って今の引きこもりと比べることは出来ないかもしれないが。「ここより他の場所」この若い男は結局情人の意図する罠に落ちてしまったのだ。読み終わり姫野カオルコの「ああ正妻」を思い出す。小早川が雪穂のベタな罠にいとも簡単にはまったように、この若い男もそこにある罠に気づきながら逃れることが出来なかった。表現の違いでここまで精神的に追い詰められる青年の苦悩に書かれているが、恋人とやりたいけど彼女が妊娠するのを心配をするならしないわといったのでもうやる気もなくなっちゃったんだけど、ただやりたくて付き合っていたと思われるのが嫌で優しいこと言ったら押し倒されてやっちゃったら、もう妊娠したかもしれないと婚約させられちゃって、すでに両親と合うセッティングもしてあって、彼は罠に落ちたと言う話。それがまるで違う。うまく表現できなくてもどかしいがまるきり別な話に感じる。これを読んだ頃のことが思い出され辛いような懐かしいような気分がよみがえる。大江健三郎は新鮮だった。何かがひきつけて離さない魅力を持っていた。それは今も感じる。ただ、私はもう16,7ではない。その頃はわからなかった男と女のことも少しはわかる。状況も思い浮かべることも出来る。「ここより他の場所」でどこにもいけなかった青年が結婚後妊娠を心配する妻とどんなシリアスなやり取りをするのだろうと考えたりもする。少し、疲れた。
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Posted by ブクログ
走れよ、走り続けよ!が好きです。後は何というかまあ、いつもどおり。というか。まあすべていつもどおりですが。しかし短編と長編でこれだけイメージが揺るがないというのも珍しいんじゃないかという気がしますよ。どうだか知りませんが。「食べ物をいかにもまずそうに描写する」のが上手ですよねー。コーラと排骨麺って絶対遠慮したい組み合わせだと思う。何か、こういうの上手ね。(意図してやってないとゆー可能性もあるが)作中で異常な程不味そうに描かれていたオックステイルスープは、大江健三郎本人の得意料理らしい。実際おいしいらしい。(大江健三郎にインタビューしたSwitch編集者の弁)
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Posted by ブクログ
遅れてきた青年は、早すぎる未来に復讐を試みるが、やはり早く去りすぎた戦争という過去にはただ憧れるのみで、恨む事は永遠に無いのである。それはひとえに、青年にとっての戦争(過去)が現実に起こった事ではなく、お伽話の空想事と同じ意味合いの存在に過ぎないのであり、それ故にやはり青年は遅れてきた青年なのだ。仮にこの青年が第二次世界大戦の真っ只中に生きた青年であったとしたら、やはり青年は早く来すぎた世界大戦の時代に復讐を誓い、早く去りすぎた過去の戦争いくつかに憧れを覚えたのではないか。青年にとってすべては早すぎる訪れ、或いは早すぎる終焉を持つ出来事なのであり、己を取り巻くすべてのものに対して、己は遅れ続けるのではないか。
そしてその青年とは、この物語の主人公であり、堕胎手術の傷跡から流れる血でベッドのスプリングを錆びさせた代議士の娘であり、男相手に売春を繰り返す代議士の娘の愛人であり、私であり、あなたなのである。 -
Posted by ブクログ
大江健三郎、23歳の作品。
現状から逃げ出そうとしながら、逃げ出すきっかけが掴めずに鬱々と日々を過ごしている青年が やっとの事で残酷な程怠惰な日常から逃げ出すチャンスを得たところに、思わぬ事件が降りかかり・・・・みたいな。(分かりやすくあらすじ)
見ようによっては飛び立とうと思いながら飛び立てない、臆病な卑怯者の主人公。という側面での理解もそれなりに深く掘り進める事は出来るのだが、この主人公が必要としているのは自ら足を踏み出す馬力と勇気、ではなくて 外側から自分自身を引っ張ってくれるあらがいようのない力 であったのだともまた言えるのではないかと思う。自分自身の意思とは関係無く、自分を引き上げる強い力。お前はこちら側の人間だ、そんなところから抜け出してもっと高みへ行こう、とささやく声。自分自身という存在を保証する、天からの、世界からの寛大な許容。欲していたのはそれではないかと思う。
無益で怠惰な日常、退屈で下卑た場末の日常。太陽のあたらない、薄暗いところで生きる人間は つまるところ明るい世界に自分が拒まれる事を恐れるが故に暗がりへ逃げ込んで出てこない。お前はこちら側の人間ではない。今いる所がお似合いだ。・・・運命に拒まれる。その運命を押して、無理やり明るい世界へ飛び出そうと、正しい努力のもと明るい毎日を掴み取ろうと、そうしたところで自分はきっと世界からの総攻撃を受け、何もかも上手くは行かないだろう。そううそぶいて見切りをつけ、暗がりへ逃げ込む。逃げ込んで、その場所から、はるか高みから垂らされる蜘蛛の糸を待つのではないか。
まあそれにしてもこれを書いたのが23歳の青年という点に私は激しくショックを受けた次第。小説が上手い、とかではなくて 何というかいろいろ考えすぎだと思うが、現代の我々の方が考えなさすぎなのだといわれれば、もう返す言葉ございません。