稲盛和夫のレビュー一覧
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ネタバレ稲盛和夫氏の考え方が凝縮されている。目次だけでも読む価値あり。
人生・仕事の結果=考え方 x 熱意 x 能力
まず思い、壁を突破するために粘り強く努力する、体裁の良い言い訳を考えていては、成功な成し遂げられない。信念にまで願望を高める必要がある。
楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する
-引用-
苦労に苦労を重ねてただ1つのことを究めた人だけが、素晴らしい真理に触れる事が出来ます。しかし、最初に決まった仕事を、生涯の仕事としてただ辛抱すればいいというわけではありません。ひたむきに努めながらも、常にこれでいいのかということを考えるのです。決して、昨日と同じ事を、同じ方法で、同じ発想でやってはいけません。
「これがないから、あれがないから、できない」と、できない理由ばかり並べ立てる人がいます。しかし何もないからできないと考えていては、新しいことなどできるわけがありません。強烈な思いこそが、新しい時代を開いていくのです。
集団のマジョリティが働きやすいと感じる環境を、リーダーが自己犠牲を払って築いてこそ、部下の信頼と尊敬、職場の協調と規律、そして発展が得られるのです。
クリエイティブな何ものかを常に集団に導入し続けていかなければ、その集団の継続した進歩、発展は望めないからです。現状に満足することは、退歩につながります。現状維持でことを済ましていくリーダーの生き方は、集団にも同様の影響を与えます。このようなタイプの人がリーダーになったら、これは集団にとっても最も悲しむべき事です。
真の経営者とは、自分の全知全能、全身全霊をかけて経営を行っている人のことを言います。命をかけるくらいの責任感で毎日を生き、その姿勢をどのくらいの期間続けてきたかということで、経営者の真価が決まる。 -
購入済み
何度も読み返しています
シンプルだけど、生きてく上で大切な教えがたくさんつまった本です。
稲盛さんに限らず、下の世代がどうがんばっても追い付けそうにない成功を収めたこの世代の人達は、皆、似たような考えをお持ちのような気がします。 -
Posted by ブクログ
西郷さんが入水自殺をしようとしていたとは知らなんだ。
挫折の先にあった人生は凄みを感じる。
一度死を覚悟した人間は死を恐れず、また生きていることに
感謝して日々、一時一刻の大切さをわかっている。
これは大病をわずらった人も同じ。
薩長同盟もまさにそのあらわれ。
やることは決まっている、それをどう実現するか。
西郷さんがいまでも日本人に好かれるのは人間臭いから。
えらくなってもスパッとやめてしまうし、いく必要ないのに
西南戦争に参戦。
自分の愛する鹿児島の武士のために死ぬ。
これ普通できねーぜ。
ひとのためにつくせるひとはそう多くない。
だから西郷さんは日本の誉れ。
西郷さんの生きた道。興味ありませんか?
人生の王道。
道はたくさんありますが正しい道、
人の道を歩みたいものです。 -
Posted by ブクログ
なにげなーく手に取った稲盛さんの本。
これが初めてで、もっと他に代表作はあるみたいだけど、面白かった。
この盛和塾の塾長稲盛さんと塾生との問答が、吉田松陰とかと塾生とのやり取りってこんな感じだったのかしら?と思うくらい、いつの時代やねんと突っ込まずにいられませんでした。
がしかし、内容は何人もの塾生(中小企業の経営者。2代目、3代目といった後継者が多い)の真剣な経営上の悩みに、稲盛さんが答えていくもので、稲盛さんの実体験に基づいた問いへの答えなんか、経営を支援していくような監査を志す僕にも、たいへん有益でした。
アメーバ経営、もう少し研究したいですね。インターネットカンパニー版アメーバ経営、管理会計の要諦なんか意識しながら。
印象に残ったことば
「核心をついた悩みは成長の始まり」
「目標が違うのに、そのプロセスを比べても意味がない」
特に後者は、稲盛さんのような生き方、哲学を会社に導入しようとしても、勘弁してくれ、そんな生き方したくないと反対にあう塾生への回答として、非常に示唆に富むものでした。
言われてみれば、そうなんだけど、結局、稲盛さんの目標を達成するうえでは、こうした厳しい生き方が必要だった。その目標を定めるのが経営者で、その目標達成に必要な生き方がどんなものかを考え抜かないといけないですよと。
さて、僕はそういう意味だとまだまだ中途半端だなあ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレチェック項目13箇所。お客様に接する姿勢としては、お客様の召使いとも呼べる位置づけを甘んじて受け入れるように言ってきた、「甘んずる」という意味は、嫌々という意味ではない、自ら喜んで、気持ち良くお客様の召使いを務めるように言ってきたのである、お客様の召使いが務まらないようでは、どんな立派な販売戦略も絵に描いた餅でしかなく、また仮に一時的に成功したとしても単発に終わり、持続的な成功を収められるはずがない。お客様に対する態度、サービスだけは限界がない、だから召使いのように徹底して、お客様に奉仕しなくてはならないのである。製品には、つくった人の心が表れる、粗雑な人がつくったものは粗雑なものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになる。私は、完璧な作業工程のもとに、「製品の語りかける声に耳をすます」というくらいに、繊細で集中した取り組みで、「手の切れるような製品」をつくり上げるようにしなければならないと考える。私は、「世の役に立ち、自分も幸せだった」と振り返って感じられるような生き方が、究極的には人々の求めている人生の姿であろうと思う。パーフェクトであろうとすることは、自分を甘やかそうとする気持ちを抑え、言い訳を許さず、仮借ない態度で常に自らを律することを意味する。必要な瞬間にだけ集中すればいい、というような安易な態度ではない、張り詰めた緊張感で日々仕事に取り組み、あらゆることに真剣に対処する、そのような習慣を我がものとすることが必要なのである。信じ合う仲間から称賛と感謝が得られるということが、最高の報奨なのであり、そのような人間の本質に基づいた考え方が、社員に自然に受け入れられるようになるためにも、前述した経営理念や京セラフィロソフィが必要不可欠なものになるのである。「能力」や「熱意」の重要性については、誰でも分かっているかもしれないが、この「考え方」や哲学が、人生においてどれだけ大切かということは誰も教えてくれない、しかし、この方式式で分かるように、人生においては、正しい「考え方」を持つことが一番大切なのである。利他の心(思いやりや愛)とは、自分だけの利益を考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも、相手に尽くそうという心であり、人間として最も美しい心である、私は、ビジネスの世界においても、この心が一番大切であると思っている。私はすべての判断の基準を「人間として何が正しいか」ということに置いている、この「人間として」というところが大切である、京セラにとって何が良いかということでもなければ、ましてや私個人にとって何が良いかということでもない、一企業や一個人としての利害得失を超えて、人間として公明正大で天地に恥じることがないというような正しい行ないを貫いていこうということだ。私の経営哲学とは、決して難しいものではない、「人間として正しいことは何か」と自らに問い、「正しいことを正しいままに追求していく」ということである、たとえば、子供の頃に両親や学校の先生から教わった、「嘘をつくな」、「正直であれ」などといったことであり、そのようなプリミィブな教えを判断基準として忠実に守り、実践することが大切であると考える。「いかに生きていくべきか」、「人間として何が正しいのか」ということを常に学び、実践と反省を繰り返していくことに努めない限り、人間とは堕落するようにできている。人間と言うのは、一人では成長できない、志ある者たちが集まり、揉まれ合うことによって、より素晴らしい人間に育まれ、その集団もさらなる成長発展を遂げていく。いくら、「利他」が大切だからと言って、競合他社に利を譲り、自社が不利益を被るということを、私が推奨しているわけでは決してない、経営とは厳しい世界であり、市場における厳しい企業間競争に勝ち抜かなければ、どのような企業であれ、いずれ淘汰されてしまうことになる。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「日本を知る」ということが、現代の日本人にはとても希薄に思えます。
戦後(西郷によれば、明治も)の欧米崇拝が日本文化の軽視を助長
してきたのでしょう。
この軸足がないために、日本の政治的な弱さ、企業の規範の弱さが
顕在化してきていると私は思います。
孫文の「西洋の物質文明は、科学の文明であり、武力の文明となって
アジアを圧迫しています。これは中国で古来言われている覇道の文明
であり、東洋にはそれより優れた王道の文化があります。王道の文化
の本質は道徳、仁義です。」という発言が引用されています。
これは、日本が表面的に欧米諸国を真似するようになって、失われてしまったものの大きさを実感させてくれます。
今後、日本人は、国民が徳に根ざして生活することを実践していかねば
なりません。
更には、政治や企業の経営も、徳を中心に据えて実践していかねば
ならないと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ哲学、もとい仏教的な考えが織り込まれている本でした。
著者の稲盛和夫さんは科学者である一方で、こういった哲学や宗教的な考えも大事にしています。
思えば、スティーブ・ジョブズもそうでした。彼も禅から多くを学び、自然科学と人文科学が交差するような製品作りをしていました。
理論的なことも大事にしつつ、心情的なことも大事にする、一見両者は相反しているかもしれないけれども、両者を大事にする事が大事なのだと思いました。
本書にも、
「事業を展開していくときに、情で判断し、情で行動したら、収集がつかなくなります。また、情で判断して、理性で行動しても、道を誤ります。かといって、理性で判断し、理性で対応したら、誰もついてきません。」
「大事なことは、最初の段階では理性で考え、実際の対応について情をつけることだと思います。」と書かれています。
他にも、沢山の印象に残った部分があります。中でも特に、
「私は『人間が他の生命、他の動物と同じ存在』とする考え方が、結局は人間の価値を低からしめることになっているように感じます。もっとも価値ある存在だということをもっと強調して、その誇りに伴う責任を自覚するよう、私たちは自分自身に対する見方を変えていかなければなりません。」
という部分です。
僕が今まで聴いてきた考え方は、「人間は他の生命と同じだから、自然のサイクルに沿うような生き方をしていかなければならない。」というものでした。
それとは、全く正反対な著者の考え方。これは言うなれば、人間至上主義に通ずるのではないか、という疑問も持ってしまいました。
それでも、責任を持っていることを自覚すれば、確かに行動出来るかもしれない。そして、何よりも著書の考え方を真に正しいものにする為には、人の為、世の為という「利他の心」を持ってこそだと思いました。
だから、いつだって自分の心を高める必要性があると感じました。