西部邁のレビュー一覧
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ネタバレ[ 内容 ]
知識人はなぜ既成権力の批判しかしないのか?
知識人はなぜ大学やマスコミでの権威にかくも固執するのか?
知識人はなぜ己の発言の過ちにかくも無責任でいられるのか?
感情を強く単純に刺激する言説にしか反応できなくなった大衆と手を携えて、虚無主義の大海に落ちゆかんとする現代の知識人。
本書で著者は、自らが知識人であることの意味を絶えず自問しながら、現代社会の権力者たちの実態に鋭く斬り込んでいく。
出色の知識人論。
[ 目次 ]
第1章 知識人の生態学
第2章 知識人の社会学
第3章 知識人の精神病理学
第4章 知識人の認識論
第5章 知識人の政治学
第6章 知識人の観念型
第7章 知識人の知恵
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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刺激的なタイトル。西部邁氏の著作を読むのは(多分)初めてだったが、公に対する言葉には説得力があった。
氏の言うポピュラリズムが蔓延した現在の日本の社会状況では、リアルな世界のパワーゲームの中で日本がどのように対処していくべきか(核武装すべきか否か)といった話が冷静に議論できるとは思えないが、戦後の平和教育による我々の価値観(それを肯定するにしろ否定するにしろ、あるいはそういった二元論ではなく別の道を探すにしろ)をもう一度問い直す作業は必要だなと思った。
そういえば村上龍氏の「半島を出でよ」でも自衛隊は動かなかったし、もちろん米軍も動かなかったよなあ。あれは相当リアリティがあると思ったが、リアルな現実を知り、分析し、想像し、議論の俎上に載せることが大事なことで、そこできっちり「議論」しなければならない。黙殺やアレルギー反応的拒否では「議論」にならない。
そういった意味で、この本は質の高い1冊だと思う。いくつか情報を集めて、まずは自分のなかで思考実験をしてみたい。
それにしてもこの本を地下鉄の中でカバーなしで読むのにはいささか躊躇した。これも戦後平和教育によるスリコミの成果だということでしょうか? -
Posted by ブクログ
西部邁、ニシベススムさんの「妻と僕」……一種の懺悔録と言えばいいのでしょうか? あの「朝まで生TV」の西部さんが実生活ではどうなのか、同級生の奥さんとの記録となります。
奥さんMは大腸ガンで入院します。時すでに手遅れ、医師はそういう意味の事をいう訳です。「余計な心配はしないように」西部さんは奥さんにそう囁くのですがカッコいいのは、そこまで。
自宅に一人で帰る力もなく酒場で飲む。二日酔いで翌日、病室に向う……てんでダラシナイ。病室では同室のクッチャベリ老婆が騒がしく話しこんでおり、そう書いてあります。
Mは苦しんでいる。西部さんは酒と博打、若い時には薬や何やかやの心得まであった。あの偉そうな口調は「生TV」だけで、老婆に黙れとも言えないらしい。止めを医師にお願いする場面はあります。
手遅れはともかく悪いのは判っていて、そんな病室しか手配できないのか? 私なら……いちいちは書きませんが病人として、それなり手を打った体験があります。
医師の手際が悪い、それで病院を替わりました。別な場面では医師にはったりかませ、また別な場面では師長をやりこめました。やり過ぎない程度に事後は低姿勢に……病人は病院にヤラレルと命に関わります。
看護師や他の患者に、西部さんは顔を知られている描写もありますが、世間知らずとも書かれるが対処が不味い。いかにも不味い。そう読むべきでしょう。それともクッチャベリが応えるのは西部さんで、Mさんは女性だから応えてないのでは……
そういう読み方もあるのですが、まあ病人には部屋の雰囲気が応える事も多い。Mさんは生まれた時から虚弱体質だそうです。持病の腸ねん転をこじらしてのガン。
ヨーグルトかなんかで命を永らえる事は出来なかったか? よくしたもので西部さんよりKさんに同情します。なぜなら西部さんはこの期に及んで、哲学用語を使います。
二日酔いで哲学用語を使われても、それはギャグとしか聞こえません。笑ってしまう。笑いまで計算ずくで書かれるのか、ないのか。首を傾げるのは手術だけを受け、抗癌治療は辛いので止めたい。そういう主張オーダーです。
2つは同じ物で、ガンは切り取ればいい物ではなく、合わせて抗癌剤を入れる対処になります。Mさんも医師の娘というのに、そこに理解が行っていないのか?
80才前後で人は死ぬ。大雑把にはどの道、覚悟が必要で、奥さんと一緒に西部さんも覚悟を決める光景になります。
トランジスタの森田童子、二人ぼっちは一人ぼっちに似ている。
花を買い来て花を愛でるか、ふたりしてウォークマンのシューベルトでも聞くか? あるいはMさんの好きな本を朗読するとか? もう食べられない時もチョコレートは匂い、風はさすらいの彼方へと心誘うでしょうに、西部さんの野暮。 -
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古いものを好む、という性格が私にはあったりする。
そういうのもあってなのだろう、こういう本に惹かれたりするのは。
そしてその性格は今でもあまり変わりようは無い。
そこで思う事を述べれば、
表層にあるものに囚われる事無く、
深層にこだわろうとし、それを見出す事、
その作業に従事する事、さすれば人は自然に保守化していくのではないかと思う。
単なる懐古趣味を気取るのが保守ではない...いや保守であったとしてもよいにしても、その場合、保守は信用できる概念であると私は考えない。
ともかくそうした態度を有していれば、流行・新奇なるものを嫌おうと意識的に努める事はなく、無意識的に流行・新奇なるものを退ける構えが熟成されていくのではないかと私は考える。
そしてそれは、気づけば歴史・文化・慣習・伝統といったものへの愛着へとなり、むやみやたらに文明に流さない生を確保し、精神の安定へと導くのではないか。
その橋頭堡を築くための参考になる一冊ではないかと思う。〔平成22(2010)年2月14日〕 -
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アメリカ人に同胞が大量に撃たれ、空襲で一般市民たちが焼かれたことを考えると、感情ではなく、アメリカのやり口には一定の批判精神、マナーとしての反米を絶やさずに持ち続けたい。p.96 西部邁(にしべ・すすむ)『反米という作法』2002
左翼とは自由・平等・友愛・合理という価値に強く執着し、根本から疑うことを絶対にしない類の思想のこと。左翼にとって現実とは変革にたいする制約条件であり、旧体制の維持がその目的になることはない。▼「反政府」と「反国家」は同じではない。西部邁『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』2013
新自由主義を支持する人は保守ではない。普遍的な原則に基づく画一的でグローバルな世界よりも、国民国家から構成されるモザイク状のインターナショナルな世界の方がいい。▼アメリカ(ブッシュ政権)は各国の歴史や多様性を顧みずに、原理原則(自由や民主主義)を世界に画一的に広めようとしている。▼現行憲法は「普遍的」人権を謳っているにもかかわらず、最貧国の人々の生活は保障していない。そんなことをすれば、国家自体が成り立たない。だから普遍的人権は空文に等しい。理性だけで現実の世界を設計することはできない。▼ルソーの一般意志・マルクス主義・新自由主義はいずれも合理主義に基づいた改造であり、秩序を破壊するもの。中野剛志『保守とは何だろうか』2013 ★4
松下政経塾。人間社会の複雑さや歴史の継続を軽視、技術知の適用で問題が解決できると考える傾向。p.31 中島岳志『リベラル保守宣言』2015 ★4
冷戦は競争的・自由主義的な進歩主義アメリカと、計画的・平等主義の進歩主義ソ連の対立だった。どちらも進歩主義。佐伯啓思さえき・けいし『保守のゆくえ』2018
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西部邁『思想の英雄たち』★3
佐伯啓思『日本の愛国心』★3
中島岳志『NHK「100分de名著」ブックス オルテガ 大衆の反逆』★4 -
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2018年1月にみずから死をえらんだ保守思想家が、最後の思索を語っている本です。
本書の最後には著者の死生観が述べられており、どのような考えにもとづいて自裁という道をえらんだのかということをうかがうことができます。
『人間論』(PHP文庫)や『知性の構造』(ハルキ文庫)といった著作でも語られているように、著者の保守思想は日本の特殊性に依拠するものではなく、むしろ人間の普遍的な知性についての理解にもとづくものだといえるでしょう。本書でも、「TEAMの構造」と呼ばれる知性の「言語論的な構図」が普遍的なものとして示されたうえで、現代日本に特有の偏差を明らかにし、そのことがヨーロッパにおいては存在している「近代」に対する健全な懐疑をうしなわせているという指摘がなされています。著者の「解釈学的転回」についての理解は問題を含んでいるといわざるをえないように思いますが、その思想の核心は本書において明快に示されているといってよいと思います。
ところで、本書のサブタイトルは「老酔狂で語る文明の紊乱」となっていますが、著者は本書のような議論が現代の日本において受け入れられないことを知りつつ、言っておくべきことは言っておかなければならないという決意で、その最後の思索を語っているように思われます。著者は、かつて硬直化した旧来の左翼の言説を舌鋒鋭く批判していましたが、東側世界の崩壊とともに左翼が衰退し、アメリカ由来のグローバリズムがこの国を席捲し、みずからの信じる保守思想を押し流していくこと深い絶望をいだいていたのかもしれません。 -
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著者は右派の論客で私は同意できないものの、何故か小気味よい説得力のあるユニークな語り口が魅力的な存在だった。先日(1月21日)の自死のニュースでは、普通の自死ではないことを示唆していたため、この本を読む。9年前に書かれた正に遺書ともいうべき本。正に西部氏らしい死に方で最後を結んだのだ。江藤淳「妻と私」は江藤氏が妻を追って死んだことが感動的に書かれていたが、西部氏は全く異なる。妻を病気で見送りつつ、妻亡き後の自分自身の死に方を2人で話している。夫婦が高校時代から約50年に及ぶ非常に緊密な精神的絆に富んでおり、妻・満智子氏をMと表記し、妻の名の連呼を避けるためとの説明には、著者の恥じらいを感じ、決して冷たさは感じない。江藤氏のような弱さではなく、自らの生き方を貫くともいうべき覚悟である。しかしながら、最期の瞬間までこのような強い気持ちを持ち続けていたのか、あるいは自ら語ってきたことに縛られざるを得なかったのか!最後まで気になる人だった。Mが最後の日々に連日ブルックナー交響曲8番に聴き入っており、著者が「音楽に疎い僕にも、それが「厳格な幻想」の曲であるとわかる。「実直な秘儀」とよんでも良いのだろう」と記し、著者がそれに対して、「月の沙漠」を口ずさみ、Mが反応する場面には、ちょっと感動。Mもまた著者に相応しい人物だったと共感を覚えた。
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ネタバレ文章のとっつきづらさが玉に瑕。
まあ、著者の経歴では
致し方ないのかもしれませんが。
これは出版当時よりも
今のほうがなおさら、抱えている問題は
悪化しているように思えてなりません。
なぜかって?
ここにさらにネットが加わってしまいましたからね。
こうなるとその野放図具合はまします。
彼らの精神病理学系統なんか
さらに悪化していると思いますよ。
何せあるSNSなんか批判一切消せますし。
知識人は政治にかかわってはいけない。
これは全うな意見だと思いますよ。
何にも責任を負わずにいいたい放題。
見ていて気持ちのいいものではありません。 -
Posted by ブクログ
保守主義が依拠するべき人間理解についての哲学的考察をおこなっています。
ウィトゲンシュタインは、言語は慣習の体系だと語りました。これを受けて著者は、言語は底抜けでありながら、いやむしろ底抜けであるからこそ、伝統の体系によってみずからを支えようとする努力を続けなければならないと主張します。伝統とは、何らかの実体ではなく、言語活動によってたえず自分自身を振り返り自分自身を確かめ続ける営みと理解されなければなりません。
こうした観点から著者は、一神教の伝統との緊張関係の中で、文化人類学に代表される価値相対主義的な知見を生み出した西洋の知的営為に対する敬意を表しています。他方日本では、長きにわたる多神教の伝統の結果として多文化に対して寛容な姿勢が確立されていると主張されることがありますが、こうした主張にひそむ自己主張に著者は批判を呈しています。
著者の考える保守主義は、みずからの拠って立つ足場の不確実性を自覚しつつ、みずからを支える知恵を歴史の中に求めていく立場です。こうした立場から、著者は歴史を捨てた戦後を批判し、現代では保守主義はユートピアニズムであるほかないと述べています。著者は、歴史から遊離した大衆の中に埋没してしまうことを拒否し、歴史の知恵を掴み出す言葉の必要性を訴えています。 -
Posted by ブクログ
本書では、知識人を三種類に分類しています。第一は、「インテレクチュアル」と呼ばれる人びとで、広く知識の全貌を捉えようとする姿勢を持っているとされます。第二は「インテリジェント」で、専門的知識を身につけた人びとを指します。そして第三は「インテリゲンチャ」で、革命を志向し、人民に革命への意識を注入しようとする人びとを意味しています。
著者は、知識を特定の政治的立場のための道具にしたインテリゲンチャのみならず、自分の専門領域に閉じこもり、人間の知識全体への目配りを欠いたインテリジェントに対しても、厳しい批判を展開しています。とくに、みずからの閉鎖的で幼児的な精神のあり方に疑問を抱くことさえない大学人に対して、容赦ない批判を放っています。
その上で、著者の考える真の知識人の姿が提示されています。真の知識人であるインテレクチュアルは、学問の細分化が進む現在にあって、伝統に向かって蓄えられた知恵を訊ねつつ、ますます多様化の相を深めつつある現実を秩序化するための基準を求め続ける者だというのが、著者の考えのようです。
本書では、ポパーのピースミール社会工学の立場と著者自身の立場の違いについても触れられています。ポパーは、マルクス主義のような設計主義を退け、個別的な問題の解決を積み重ねていくことを重視しましたが、こうした立場には現実の全体性を把握しようとする志向が見られないことを、著者は批判しています。 -
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[ 内容 ]
バブル崩壊と冷戦の終焉から十年すぎた。
しかし今なお、経済の立て直しから有事への対処などに至るまで、依然として議論だけが続いている。
しかも、その空疎な対立と不毛な論争の蔭で、学級崩壊、官民を問わない不正行為の続出、各種犯罪の増加など、日常の社会そのものは緩慢な自死の過程をたどりつつある。
そして、資本主義の挫折と帝国主義の再来、それが世界の大状況となっている。
この危機に、私たちはどう臨めばよいのだろうか。
単なる郷愁やかたくなな復古ではなく、美徳と良識にもとづいて公共空間を再建するため保守思想の真髄をさぐる。
[ 目次 ]
地球の危機―帝国主義が蔓延する
情報の空虚―ITが空回りする
「戦後」の完成―アプレゲールの末路
感情の優位―合理の前提はどこにあるのか
葛藤の遍在―感性は錯綜している
平衡の必要―健全な精神は精神の曲芸を要求する
幻覚の不可避―精神のはたらきはすべて仮想である
持続の意義―リアリティの根拠を求めて
成熟の希求―常識という「死者の書」
愛着の必然―手段へのこだわりが生をゆたかにする〔ほか〕
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
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