川上純子のレビュー一覧
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やっぱり読ませるな~というのが感想です。これまでの著書にあった人類史というより、近現代の歴史を中心に、個人の危機と国家の危機を比較し、後者については、さらに7つの国の危機対応を対比するという内容。特に、日本と米国には2つの章を割いており、関心の高さが伺えます。
7つの国は、ダイヤモンド博士が住んだか関係の深い国とのことですが、読んだ中ではドイツの記述が興味深かったです。
日本については、1つの章で明治日本をうまく危機を乗り越えた事例としてあげつつも、もう1章では現代の課題を列挙。人口減少については資源保全の観点から寧ろ喜ばしいこととする一方で、移民の受け入れやドイツとの対比での中国・韓国との関わり方については、日本では議論を呼びそうと個人的には思える内容でした(ただ、「外国人からはこう見えるのか」と、これはこれで参考になりました)。 -
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ネタバレ各国に起こった危機を分析している本書は、各章それぞれとても面白いだけでなく、12の要因を分析し、他の国と比較することで、よりその国についての理解が深まる。
第8章で現代の日本を分析しているが、人口現象そのものは憂慮するような問題ではないこと、少子高齢化の対応策として移民の受け入れを提案していたのは新鮮だった。
この様にして歴史から危機とその対応策を学び、将来に生かすことで闇雲な対処をしなくていい。歴史を学ぶことは将来の自国の利益につながるのだと思った。
危機を学び、先人の知恵を得ることで、我々の社会をより良いものに変えていく。 -
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アメリカ大統領選挙が行われましたが、ジャレド・ダイヤモンドはアメリカが抱える大きな危機としてまず最初に「政治の二極化」をあげています。
今回の大統領選挙の投票率は低くなかったようですが、「投票率の低下」も大きな問題だと…、というのも年収15万ドル以上あるアメリカ人の投票率は80%を超えているのに、年収2万ドル未満のアメリカ人の投票率は半分に満たないそうです。選挙活動資金の高騰は、ますます政治権力を富裕層側に向かせ、富裕層の税負担率と再配分のための公共投資を低下させています。
このような事態の進展を招いている原因として「顔を合わせないコミュニケーションの台頭と直接的コミュニケーションの減少」をあげています。顔を合わせないコミュニケーションは、自分と似ている意見の情報ばかりを収集して異なる意見を排除する。政治的な妥協は後退し、自国ファースト、自分ファースト、の風潮が世界中で拡大しています。ジャレド・ダイヤモンドは「政治的2極化こそが、アメリカ社会が今日直面している最も危険な問題」だと言っています。
トランプとバイデンの選挙は、アメリカを分断しました。バイデンはこれから国民に一体感を持たせようとするでしょうが、トランプのプロパガンダは強烈なのでそう簡単には元に戻りません。
アメリカも日本も、現在多くの危機的な問題を抱えているのですが、それを正視しようとはしません。ジャレド・ダイヤモンドの目から見れば日本の財政赤字や少子高齢化や中国や韓国との関係は、とても大きな問題なのですが、最近はますます「日本は素晴らしい国」「世界が尊敬する日本」なんて言う人が増えています。
何か大きな危機が実際に起こらないと、人々は「将来大きな悪いことが起こりそうだ」としても、行動は起こさないのです。そして行動を起こさないことを合理化するため「危機であることを認めない」ということなのだろうなと思いました。 -
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ネタバレ上巻では明治日本の選択的変化を評価した著者は、下巻では現代日本の国家的問題への対応について「希望を持っている」という。そのことは、突然の鎖国政策の廃止や第2次世界対戦での敗戦の時と同様に、「もう一度時代に合わなくなった価値観を捨て、意味のあるものだけを維持し、新しいしせたせいに合わせて新しい価値観を取り入れること、つまり基本的価値観を選択的に再評価すること」である。
女性、高齢者、移民、中国と韓国、自然資源管理について、「公正で現実的な自国認識」が必要だと述べる。自国認識を誤っているという指摘である。
下巻では、戦後ドイツ、オーストラリアの経験を学び、現代日本とアメリカ、そして世界共通の危機(核兵器、気候変動、化石燃料、格差・・・)を明確にし、その危機の枠組みについて明らかにする。あとは、我々の問題である。 -
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ネタバレフィンランドの対ソ戦争、明治日本、チリのクーデターとその後、インドネシアのクーデター未遂後を襲った危機。その時、「国」はどういう選択をしたのか。
重要だったのは、必要だったのは「選択的変化」。
「危機に直面した個人と国家にとって難しいのは、機能良好で変えなくていい部分と、機能不全で変えなければならない部分との分別だ。そのためには、自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある。」
明治日本は選択的変化によって国家的危機を解決した。それは「他に類を見ないほど公正な自国評価」、つまり欧米は日本よりも強いという真実と、日本が強くなるためには欧米から学ぶ以外に方法はないという真実を受け入れたということだ。一方、1937年以降の日本は「現実的かつ慎重で公正な自国評価を行うのに必要な知識と経験が欠けていた」。それが壊滅的状況をもたらした。
今の日本も1937年から何も変わっていないような・・・・ -
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ジャレドダイアモンド様にどハマりしました。
上下で危機に直面し、変えることのできない制約と選択できる変化とを分別して危機を乗り越えた国家の事例を解説してくれる。
国家が紡いだ歴史から、どう組織は危機を乗り越えるのか。何が危機を生み出したのか、などを世界史を知らない人でも1から学べる。
その上でその国の課題やあるべき姿を提言する。
それは説得力に富んでおり、国が取るべき対応策まで歴史から学べる気がする。
なによりも適切な自己評価、それに伴って最善の行いを行うことの大事さを感じる。
危機に迫られると、人や国家は変わる。それは、ピンチはチャンスということにもつながるのかな。
逆に自己評価を謝ると、破滅的な結果を招くことも歴史から学べた。
問題や課題から目を逸らさずに忍耐強く取り組むこと。
そして、組織を団結させるために神話的なストーリーを繰り返して組織のアイデンティティを増強するなどの方策もまなべた。
いろーんな矜恃に満ち溢れた良書の典型だった。 -
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ドイツは地政学的に弱く、そこでヴィルヘルム2世とヒトラーという独裁者が誤った方向に国を導いてしまった。大戦後はブラント首相が自国の非を認め新たな国づくりに乗り出し、EUの基礎を築いた。
オーストラリアは、歴史的形から白豪主義を取っていたが、地政学的条件から必然的にアジア移民の受け入れを行い政治体制も徐々に変化していくことになり、50年前とは全然違う時ものとなった。
アメリカは、今格差の拡大に直面している。経済と政治的分断が進行しているが、これを認めて立ち向かえるかどうか、日本はアジアとの関係および人口減、財政赤字拡大、自然資源の浪費といった問題に適切に対処できているのか。
世界的には、環境問題特に新興国が先進国の1/32しか資源を消費しておらず、これがキャッチアップすることで人口は数百億人のレベルと同様の資源消費となりうる。これに対しては、問題の認識、正当な自己評価、妥協の受け入れが世界的レベルでできるのか過去に事例はなく、各国の認識をパリ協定のようなもので確保して、さらに個別の判断を地味に積み上げていくことで対処できるかもしれない。 -
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フィンランド、日本、ドイツ、インドネシア、チリ、オーストラリア、アメリカの7カ国の近代史における変化と対応を述べて、今直面しているグローバルな危機にどう対処できるかを問う。
危機の認識、責任を受け入れる、現実的判断、他者から学ぶ、選択的変化の推進、強固なナショナルアイデンティティ、公正な自己評価、失敗の許容、地政学的条件が危機への変化には重要である。
フィンランドは、ソビエトとの対応。圧倒的大国に隣接していることに対して、他国からの援助も期待できず、何が重要なことでそのためには妥協的態度も取りうることを多数の神て犠牲を出して学んだ。
日本は、ペリー来航から他国に学び、ナショナルアイデンティティに沿った形で変化していった。
チリは、恵まれた国土で民主主義国家だったが、短期間で軍事独裁に転化してしまい、未だにその時代の処理をしきれないでいる。インドネシアも同様。両国ともナショナルアイデンティティには欠けていた。 -
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ベストセラー「銃・病原菌・鉄」の作家として知られるジャレド・ダイアモンドが、「個人的危機」と「国家的危機」の共通点と相違点を示しながら、危機全般とその危機に対する対応策について考察を行っているのが本書。
本書の構成が、①個人的危機、②国家的危機、③世界全体の危機、というように徐々にスケールアップしつつ議論を展開してくれているので、自然と自分の視座を高くしていくことができ、大いに知的好奇心を刺激してくれる。
もちろん、他著書と同じくジャレド・ダイアモンド氏の圧倒的な教養・知識は満載だ。
様々な読み方ができる本書だが、私はまず自己啓発書として読んだ。
その場合、単純に自己だけに焦点を当てた啓発書に比べ、視点が広い。 -
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『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』、『昨日までの世界』など、広範な知識を元に人類の歴史をグローバルな観点で分析をしてきたジャレド・ダイヤモンドの最新作は、近現代史における国家的危機を分析したものであった。
原題は、”UPHEAVAL: Turning Points for Nations in Chrisis”
UPHEAVALという耳慣れない単語は、激動・動乱といった訳語が当てられる。激動や動乱は、一般的には非常に個別の事象で、その場そのときに固有のものである。本書では、国家的危機の事例がいくつか並べられているが、そういった意味で「危機と人類」と大ぐくりにされるのはいかがなものか感がある。地政学的な違いや歴史の違いから危機に対しての行動や結果も違っていたというのがこの本の主旨であるので、どこか人類一般に適用されるような一般論を語っているわけではない。
本書で取り上げられるのは、まずはいくつかの過去の国家的危機 - 第二次世界大戦までのフィンランドの対ソ戦、日本のペリー来航から明治維新、1970年代から始まるチリの軍事独裁政権、1965年のインドネシアの軍事クーデーター、ドイツの第二次大戦後から東西統一に至る変遷、1972年のオーストラリアの白豪主義廃止を含む急激な変化、が取り上げられる。そして、現在すでに進みつつある将来の危機として、日本の女性の役割/少子化/人口減少/高齢化という社会的問題、アメリカの政治的妥協の衰退、気候問題などグローバルな危機、である。
著者も断っている通りなのだが、この本で個別に取り上げられた国のリストは、著者自身が何らかの関係があり、自身の経験としてもよくしており、友人知人の話も直接聞くことができるという理由で取り上げたものであり、決して網羅的なリストでもない。少し考えればわかる通り、優先的に取り上げられるべき上位の国ですらないかもしれない。
世界には興味深く取り上げられるべき「危機」と「変化」を経験した国には枚挙にいとまがない。
例えば、隣国の韓国が二十世紀に経験したこと、そして今も分断された国としてあることは、どの国にも負けず国家が向き合う危機として記録され、分析され、記憶されるべきものだろう。地政学的な要因をこれほど強く受けて翻弄された国もそう多くない。チリで取り上げられた独裁者による悲劇では、その悲惨と与えた影響を鑑みるとカンボジアを外すわけにはいかない。フィンランドと同じように大国に翻弄された国でそこからの復活した事例としてはベトナムが外れることはないだろう。悲惨な結果を招いた民族対立とそこからの復興についてルワンダを始め、アフリカ諸国にも無視すべきではない多くの事例が存在する。国家としてのアイデンティティの観点からも南アフリカは、オーストラリア以上に興味深い事例である。そして、もちろん、かつてソビエト連邦として知られたロシアの歴史と連邦としての崩壊についても分析すべき価値がある。
もちろん著者はこの本で取り上げた国が網羅的でないことは百も承知である。著者はこの研究をさらに進めて、現代的な計量的手法を取り入れたいと考えていたが、そこには至らず、「本書は、叙述的な探索的研究」であり、「本書がきっかけとなり、今後計量的な検証がおこなわれることを希望する」としている。ここで取り上げた7つの国の事例だけでは、統計的に有意な結論を導き出すには少なすぎるのである。
一方、危機に際してどのように対処するのかを分析するための下地として、心理療法において使われる個人的危機の解決の帰結を左右する12の要因を国家的危機にも当てはめる。その12の要因とは、①自国が危機にあるという世論の合意、②行動を起こすことへの国家としての責任の受容、③囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること、④他の国々からの物質的支援と経済的支援、⑤他の国々を問題解決の手本にすること、⑥ナショナルアイデンティティ、⑦公正な自国評価、⑧国家的危機を経験した歴史、⑨国家的失敗への対処、⑩状況に応じた国としての柔軟性、⑪国家の基本的価値観、⑫地政学的制約がないこと、である。これらの要因によって国家が危機に対応する行動とその帰結を理解できるのではというのが、本書で取り組んでいることのひとつである。確かに個人と国家において共通するところもあるが、そこから新しい定性的な結論を導くには至っていないという印象だ。
なお興味深いのは、取り上げられた数少ないリストの中で日本に関するテーマが二度語られていることだ。一つ目は明治維新、そして二つ目は近年の少子高齢化社会の危機だ。著者の妻の親族に日本人と結婚した人がいるということもあって、日本に多くのページを割かれることになったのだが、それ以上に近現代史において日本という国が強く興味を惹く素材でもあるということだろう。日本と欧米社会の相違点として、著者は「日本人の親戚や学生、友人、同僚たりは口をそろえて」と言いながら次のように列挙する -「謝罪する(あるいはしない)こと、日本語の読み書きが難しいこと、黙って苦難を耐え忍ぶこと、得意先を丁重に接待すること、徹底した礼儀正しさ、外国人に対する感情、あからさまな女性蔑視的ふるまい、患者と医師のコミュニケーションのしかた、字の美しさが自慢になること、希薄な個人主義、義理の両親との関係、人と違うと周囲から浮いてしまうこと、女性の地位、感情について率直に話すこと、私心のなさ、異議の唱え方」。同意するところ、そうでないところはあるにせよ、著者のような知識人の間においても、日本人に対してこういった視点(ステレオタイプとも言えるかもしれない)がグローバルに共有されているということについては、日本人として十分に意識的である必要があるかもしれない。
巷間言われるように、明治維新については、隣国の中国がいいように列強に扱われているのと対比して、その指導者層の対応について著者も非常に高く評価している。その要因として、明治政府が海外派遣などを通して自国を公正に評価して、冷静に判断を行っていたことを挙げている。それに対して、第二次大戦前の指導部、特に陸軍における慎重で公正な評価に必要な知識と経験の欠如が、彼らをして誤った行動に駆り立てた原因だとしている。
また、明治国家の特徴として、国家神道という伝統に接ぎ木をしたような仕組みを浸透させることで強固なアイデンティティを形作っていたことを挙げている。それがどれほど強力であったかは、第二次大戦の降伏条件に国体の護持をあの時点でさえも必須の要件としたことや、「神風」や「回天」などの特攻兵器に多くの若い兵士が志願したことからもわかる。
チリやインドネシアの近現代史は、この本がなければもしかしたら一生触れることはなかったかもしれない。多数の島々からなるインドネシアがひとつの国としてアイデンティティを保っていることはよく考えると不思議なことかもしれないが、そのためには国語が大きな役割を果たしたということや、植民地からの独立やクーデーターなどについては知ることがあまりに少ない。
また、ドイツについては、冷戦終了後間もない1993年に個人旅行先でベルリンを訪れ、壁を挟んで東西の落差を見て、その後アウシュビッツ収容所後にも足を運んだが、そこに至る歴史を知っていたかと言われるとまったく心許ない。本書を読むと何よりもナチスとの向き合いが国家レベルとしても、とても重要であったことがわかる。著者はドイツと近隣諸国の関係と日本と中国・韓国との関係を何度か引き合いに出す。もちろん、ドイツの戦後のリーダーのふるまい含めて、ドイツが良い結果をもたらしている一方で日本はその事実に向き合うことに失敗しているという枠組みで語るのである。それに対して反対の意見を持っているわけではないが、軽々に語るべきことでもないようにも思う。ただし、ジャレド・ダイヤモンドのような人が冷静な観点でそのように語っていることに対しては謙虚に認識をするべきだと思われる。
そして、現代の日本社会の課題について滔々と語る第八章は、耳が痛いところが多いのだが、著者に言われなくてもという思いも強い。日本は外圧により動くことが多い(これもまた課題のひとつかもしれない)ので、こういうことを言ってもらった方がよい方向に動くのかもしれないとも思う。女性の役割、少子化、人口減少、高齢化の他にも国債発行残高や移民の少なさも問題として挙げられる。一方で、人口減少は必要となる資源が少なくなることを意味することから大いなる強みになると考えていると続く。本当か、と思うとその次に高齢化はもっと大きな問題と続くので、それはそうだ。女性の地位については、自分が生きている時代の中でもそれでも大きく変わったと思うのだが、まだまだ全く不足だと説く。さらには韓国や中国との間でいまだに第二次大戦のしこりが残っているのは結果として失政としか言いようがない。
著者は彼にとって身近なアメリカの格差問題、トランプの問題に触れ、さらに核問題、気候変動、資源問題、格差拡大、イスラム原理主義、などを挙げる。ちょっと風呂敷を広げすぎた感があり、結論が出ない問題をこねくっているような印象も受けた。
自らが住む日本のことにも数多く言及されていたこともあり、眼から鱗が落ちた、といった部分は少なかったが、なかなか楽しめた。著者は、ここで採用したような国家危機の分析を広くまた定量的にも行ってほしいと考えているとのこと。この内容であれば、誰かと共著で『危機と人類 II』というものが出せそうである。御年82歳、誰か後継となるものをそこで指名してもよいのではなかろうか。 -
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つながりは積極的に育んでいくことが大事なんだなーと。
人間関係は心身の健康や長寿を左右するものなのに、
・ほとんどの人が人間関係の重要性を見過ごしている
・心の健康をめぐる言説の中で抜け落ちている
・つながりの課題をネガティブにとらえている
ポジティブなとらえなおしが必要というのは、ポジティブ心理学から。
ポジティブ心理学者セリングマン曰く、
これまで私たちは心については無知同然で、ネガティブを減らすことばかりに取り組んでいた。でも、ネガティブな面の手当てだけでは不十分。うまくいっている面に着目し、伸ばすための研究を行って、従来の心理学を補充したものがポジティブ心理学。持続的な幸福を手に入れている人の習慣やモノの見方、考え方を研究、実証。
そうやって、つながりについても、
その重要性、そして積極的に取り組む方法を紹介。
Part1 ASSESS「つながりの健康度」を測る
Part2 ACT つながるために行動する
Part3 AMPLIFY つながりの健康を高める生き方
読みながらいろいろと振り返ったり感が直す機会になります。 -
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ドイツは第二次大戦後、東西に分かれて別々の社会となり、西ドイツは当座は旧ナチス政権の者を追放せずに活用するしかなかったが、次第に自らナチスの罪を糾弾する自浄作用を発揮し、ブラント政権でポーランドで跪いての謝罪などをしたことで近隣国からの信頼を回復し、東ドイツとの交流も復活し、生活格差に気づいた東での願望の高まりによってドイツ統一が実現した。
オーストラリアはかつては白豪主義をとりイギリス連邦の一員であることに強烈な自負を持っていたが、第二次大戦でシンガポールが陥落し日本からの攻撃からイギリスが守ってくれなかったことを恨めしく引きずり、イギリスがヨーロッパ共同体に組み込まれていくことにイラつきつつ、ついには受け入れて、アジアの移民を大量に受け入れ始めた。
現代の日本については手厳しく、女性の社会進出、国債残高、少子高齢化、移民への抵抗、過去の歴史の贖罪の不足による近隣諸国とのトラブル等の危機に対して有効な自覚と対策が取れていないとする。
現代のアメリカもまた、分断による政治的危機と政治的妥協が許されない風土になってきていることによる民主主義の強靭性の欠如が進んでいる。そして、自らの参考になるべき他の国の成功例に習う意志がなく、自分達は特別だと思い続けている。
最後に世界。核兵器、気候変動、化石燃料の枯渇、人口増による資源の逼迫などの危機に対して、世界のアイデンティティのようなものの醸成がなく、参考にできる前例もないままに、これまでの部分的成功(天然痘、オゾンホール)を参考に進んでいくしかない。
全編にわたり面白く(現代日本の否定には、やや短絡的な決めつけも多く、少しフラストレーションを感じたが)、各国の危機の歴史も面白くしれたことと、選択的変化という戦略的な要素がフューチャーされていたことが非常に腹落ちしたため、星4つ。 -
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国家が危機に直面した時に、それを超克できるかどうかについての要素として、公正に自国を評価し危機にあることを認識できるか、国民のアイデンティティのあり方、他国の支援、そして選択的に変化を起こせるか、等があるという。
フィンランドはソ連との戦争で他国からの支援を得られない中、圧倒的な敢闘精神と、ソ連に脅威を与えないという柔軟で難易度の高い外交で危機を乗りきった。
明治日本は欧米列強に叶わないことを冷静に受け止め力をつけるまでは欧米を見習うこととしたが、神道や漢字等の日本的なものは変えず、政治制度や軍事、教育、産業などは大胆に変革する選択的変化を見事に成し遂げた。
チリは西欧のような国民性を持つ穏やかな国だったが、アジェンデ政権の杜撰な左派政治が経済や外交で大混乱をもたらし、これへの反発として生じたクーデターで政権を奪取したピノチェトが独裁恐怖政治を敷くこととなり、遂にこれが倒された後、穏健左派政権が誕生したが、ここではピノチェトの経済政策は残すなど是々非々の選択的変化により安定を取り戻した。
インドネシアは国民的一体性が醸成されないままにオランダからの独立を勝ち取り、バラバラになりそうな範囲の国家を戒厳令をもってスカルノが統治し、これをクーデターで倒したスハルトが経済発展と汚職と独立弾圧の虐殺という功罪まみれる統治を行った。スハルトが倒されてから、インドネシアは急速に国民的アイデンティティを強め、汚職もなくなっている。
それぞれ危機に対してうまく選択的変化を起こせたタイミングで立ち直り発展し安定しているということか。